「今年の短歌」は「みんなが選んだ『今年読んで心に残った短歌3首』」を記録するプロジェクトです。
古典から現代短歌まで、ジャンルを問わず「あなたが今年出会った短歌3首」が対象となります。募集は年に一度、12月のみ行い、この場所にアーカイブしています。
(運営:嶋稟太郎)
#1
そのたびにグラスの位置が変わるからテーブルにいくつもの水の円
/ 布野割歩 「短歌研究」2025年7+8月号
こういう状況あるよなぁ……五輪のマークとか作っちゃうんだよなぁ……好きです。「そのたびに」で始まるのも物語性があって良いなって思います。ピエーって感じです。
/この歌を推薦した人 CHONO
#2
食べものをトム・クルーズがたべているトム・クルーズをうごかすために
/ ぷくぷく X
この短歌は、主体がトム・クルーズを遠くから見ているのではなく、トム・クルーズを頭のなかに思い描いているのでもなく、自分をトム・クルーズだと自認している主体が食べものをたべて、本格的にトム・クルーズをうごかさんとしている短歌だと思います。
わたしは、この短歌に、「おれはトム・クルーズ。いま食べものをたべて、本格的にトム・クルーズを動かそうとしている。おまえはどうなんだ?おまえもほんとうはトム・クルーズなんだろ?」と言われているように感じました。そう。なにを隠そう、わたしもトム・クルーズ。そして、これを読んでいるあなた、そして、すべての不可能を可能にしていこうとするものたち、みんながトム・クルーズなんです!
ぷくぷくさん、いや、トム・クルーズさん!わたしがトム・クルーズだってことを思い出させてくださり、ありがとうございます。食べものをたべてなんとかミッションを遂行します。以上、トム・クルーズでした!寒いから、あったかい食べものをたべてね、トム・クルーズのみんな!
/この歌を推薦した人 白雨冬子
#3
いま、いまが、いまじゃなくなる、どうしてもバックミラーをはみ出る花火
/ 工藤玲音 歌集『水中で口笛』(左右社,2021年)
読点で区切られた3つの「いま」は主体が体感する「今、この瞬間」と、主体が知っている概念としての「今」があり、真ん中の「いま」が前者にも後者にもなるのが、捉えた「今」を捉えたままにしておけないことそのものであるように思います。句の上下を通してある、焦りにも似たスピード感を読んだ者も体感できるため、自分も言葉で温度や速さや空間の広さをぴったり表現できるようになりたいと思った一首でした。
/この歌を推薦した人 鳥井景
#4
自転車に空気を入れてゐる男 行く所があるつていいことだなあ
/ 岡井隆 歌集『静かな生活』(ふらんす堂, 2011年)
そのままの感情を述べたような下の句が好きです。自転車乗りとして外せませんでした。行く所があるっていいことだなあといつも思い続けていたい。
/この歌を推薦した人 奥村真帆
#5
図書室の児童書の背がひび割れる子どもに羽化を教えるように
/ アゲとチクワ 私設図書室「花のへや」 第1回花束題詠テーマ「図書室」
着眼点が面白くて、大人が子どもを見守るような温かい短歌だと思いました。児童書を蛹に見立てるという発想は僕にはなかったです。ほとんどの虫は卵から幼虫が孵る頃に親はもう生きていないと思います。誰にも教えられずに羽化する虫。人間は逆に多くの子どもが親に育てられますが、大人の階段を上る時は親や先生の教えより本やネットが手がかりになっていたり。まさに子どもに羽化を教える蛹ですね。その蛹(児童書)を置いた大人の想いにも温かみを感じました。
/この歌を推薦した人 須藤純貴
#6
あしおとに風が遅れてやってきて非常口から咲く夏牡丹
/ 京野正午 Podcast「鈴木ジェロニモの感情〜花〜」マストセブン短歌
誰かの足音がする。背後からふいに風が吹いてくる。振り向いた先の薄暗い空間には、誰かが開け放した非常口。その切り抜かれた空間から、外の世界の夏牡丹が飛び込んでくる。
なんて緻密な情景描写だろう。出来事としては一瞬のことだけれど、その一瞬にこれほど豊かな五感のはたらきがあることに驚かされる。音声コンテンツで出会った歌にもかかわらず、迫りくる夏牡丹の眩しさに息を呑んだ。
/この歌を推薦した人 北谷雪
#7
平行のままではなにも得られないことをみんなが箸で学んだ
/ おはぎ https://x.com/yuruyuruohagi/status/1980999009000108526?s=61
僕たちは、基本的なことを疎かにして、どうしていろんなものを得ようとしてしまうんだろう、なんて考えてしまった短歌。ハッとさせられるインパクトが魅了します。
/この歌を推薦した人 一文字零
#8
どこからも月は綺麗な月だった ぼくらの小さな移動のなかで
/ 街田青々 第157回短歌部カプカプのたんたか短歌 2025年9月16日放送 みんなの題詠 テーマ「月」
街田さんの作品はどれを読んでも街田さんだなといつも思っています。中でも推薦作は初読で「わたしが思う街田さんの作風をすごく的確に表している!」と感動しました。この「小さな移動」が、街田さんの作品を好きな理由です。何年も前から作品を存じていますが、何年も経ってからうわー!これだー!ってなることってあるんですね。憧れの一首です。
/この歌を推薦した人 岩倉曰
#9
キャラメルを食べる途中に鐘の音 そこから鐘の味に変わった
/ 丸田洋渡 歌集『これからの友情』(ナナロク社,2025年)
夢のなかみたいな不条理ばかりが跋扈している歌集のなかで出会った一首。
お、これは共感できるかもと思った矢先に差し出されたものをよく確認すると、
いや鐘の味ってなんだよ、と突っ込まずにはいられなくなってしまった。
それなのに笑いよりも詩としての味わいが勝ってしまう。
/この歌を推薦した人 畳川鷺々
#10
保健室のベッドのやうな匂ひして後ろにそつと秋がきてゐた
/ 澄田広枝 歌集『ゆふさり』(青磁社,2023年)
保健室のベッドは消毒されたような匂いがした記憶がある.そして横になるとさびしく,でもどこか安心した気分になった.それは後ろにそっとくる秋そのもので,的確で共感しやすい比喩が素晴らしいと感じた.
/この歌を推薦した人 岡本恵
#11
長雨の明けてとんぼの高く飛ぶいのち余さず秋空をゆけ
/ 久我 田鶴子 歌集『転生前夜』(牧羊社, 1986年)
とんぼのお題で、一首詠んだあとにこの歌に出会った。趣旨としては自分も似たことを詠もうとしたのだが、これを見て恥ずかしくて取り下げたくなった。短い命。それをあまさず、高くなった秋空を行けという儚くも心強いメッセージに、深く打たれた。読めてよかったし、いつかこんな風に詠んでみたい。
/この歌を推薦した人 木ノ宮むじな
#12
おびきよせあってことばとこころとが撒き餌となって広がる秋よ
/ 丸山るい 同人誌「パンパ」1
ことばとこころのあとさきについて、この歌を読んで思いを馳せました。どちらが先というでもなく、ことばとこころのあいだを意識が行き来しながら何かたしかなものが生まれ、研ぎ澄まされ、いつしかあかるい場所へとあらわれるイメージが浮かんできます。
おびきよせあって、撒き餌となって、と絡まりたたみかけるような語りが、結句で広々とほどけるさまも気持ちのいい一首でした。秋の野に、とても良い風が吹いていそうな感じがします。
/この歌を推薦した人 早月くら
#13
浮遊層また蜉蝣(ふいう)層の老人の背を寒風の押しくるるなり
/ 伊藤一彦 角川「短歌」2025年3月号「ゑくぼ」
心に深く沁みました。
/この歌を推薦した人 太田葵
#14
ゆっくりと少女になりゆく祖母のことつなぎとめてる祖父のレコード
/ 花林なずな 文芸選評 選者 佐佐木頼綱 テーマ「つなぐ」
なずなさんは、読んでいて安らぐような、それでいてちょっと切なくなる、優しい歌がお上手な方で、特に短歌写真部の投稿のファンなのですが、これは、短歌で写真よりくっきりと、景が浮かび上がるお歌でした。
認知が進む祖母を、こんなに美しく表現できるのですね。
/この歌を推薦した人 小仲翠太
#15
むずかしい子であるわれと母とゆくひかりの底の移動図書館
/ 袴田朱夏 https://x.com/i/status/1996786652451152204
むずかしい子であるのはわれか、あるいはわれと母なのか、つないだ手を引かれ歩く姿が浮かびました。
移動図書館というオープンな場所でありながら、ひかりの底という表現が主体や母にとってややシリアスな状況であることを喚起させますが、それでも光や風が届く開かれた場所としての移動図書館という言葉に軽やかさを感じます。
主体にとっても母にとってもきっと心を落ち着かせることのできる、そして光としての本と出会える大切な時間と場所だったのかなと想像して読みました。
/この歌を推薦した人 ひらいあかる
#16
豆菓子をつまめば塩は粒立って指先はひとつひとつが岬
/ 小川未夜子 現代短歌No.109 Challenge10 10首連作「解剖学的自尊心」
声に出して読んだときの美しさに震えました。tsu音の散りばめられた響きの美しさ、下句の「指先」「岬」の韻の重ね方がとても好きです。凛とした歌の佇まいに心惹かれます。
景としては言ってしまえば豆菓子の塩が指についたというだけのことなのですが、粒塩が海を呼び、そのイメージがつまんだ指を岬にしてしまう、そのイメージの広がりが素晴らしいなと思いました。指先の塩粒がそれぞれに誰かを待っているような気さえしてきます。小さな身近なものを大きく詩的に喩えるのはとても技術が要るように思うのですが、この歌は自然にイメージを連れてくる。豆菓子をつまむたびにこの歌を思い出すだろうなと思います。
/この歌を推薦した人 塩本抄
#17
きのふ今日ことさら変わらぬ日々なれどけふ元旦の妙なる目覚め
/ 与那嶺栄子 琉球歌壇 2025年2月22日朝刊
「妙なる」という一語にハッとして、同時になんとなくホッとした歌。元旦のあのなんとも言えない雰囲気や心持ちのすべてがここに凝縮されているような気がして、読んだ日からずっと忘れられません。今年も妙なる元旦がやってくる。
/この歌を推薦した人 奥村真帆
#18
庭のない家に育てば庭を見て土地だと思う 土地に降る雨
/ 藤井柊太 「短歌人」 2025年1月号
情景描写に徹することで作中主体の心象が寧ろ明瞭に象られる……そんな短歌が好きだ。〈思う〉と、主体の内面に言及しているようにも読めるが、その実、そこで言い表していること自体が、一つの事実・現実であることに気づかされる。のっぺりとした俯瞰から、悲しみの襞やその影が、見え隠れするような一首。
/この歌を推薦した人 西鎮
#19
仕事場のゴミ出すわたし裏口でほんの一秒踊って戻る
/ 青野朔 NHK短歌 2025年1月19日放送 テーマ「踊る」
私の記憶容量は多分少ないです。でもこの短歌だけは忘れられません。それくらい好きです。
/この歌を推薦した人 Noctiluca
すごく共感しました。誰も見ていないところで一瞬踊ったり歌ったりすることがあるのに、それを短歌にすることを思いつかなかった。とても楽しい歌をありがとうございます。
/この歌を推薦した人 よさく
#21
週末に入る速度と入射角 W餃子は唐揚げも付く
/ 鈴木ベルキ 「交差している」(同人誌「西瓜」第16号 ともに欄)
なんか今年どうにもずっと忘れられなかった一首。私も週末に入るときには毎週ヤッター!という気持ちになるが、その喜びに「速度と入射角」があるとする発想がおもしろい。下の句は飛躍の景だが、「W餃子」のWは「入射角」を図示しているようにも見え(週末、反射してるな……)て、上句との絶妙な接続を感じる。おそらく日高屋のW餃子定食かなあ。胃袋があと10歳若かったら、この歌を思い出しながら金曜に日高屋に駆け込んでいたかもしれない。
/この歌を推薦した人 夏山栞
#22
花屋にて買いしあざみの一種にも蝶の寄りきてあそぶ切なさ
/ 酒田現 「短歌」2025年8月号
何が起こるのかわからない不安感が魅力的。「寄りきて」からの展開は、何度読んでも泣きそうになる。
/この歌を推薦した人 藤本玲未
#23
一年に一度しか髪を切らない神事のようにゆく美容院
/ 戸田響子 同人誌「短歌ホリック」vol.11
私がこの歌に出会ったのは年末だったので、歌の主体が新しい年を迎えることに対して、もしくは新しい年に入った後にこれからの1年間に対して、気合を入れるように髪を切りに行く光景が浮かびました。(美容室に行くとすっきりする=清められる あの感じが「神事」に重なるのかなと思ったりもしました。)
「一年に一度しか髪を切らなかった」ではなく、「一年に一度しか髪を切らない」と言い切っているところに、偶然ではなく主体自身の意思でこの行為を行なっているように捉えられるところや、「神事」は「かみごと」という読み方ができる点が、この歌の表情を豊かにしているポイントだと思います。
/この歌を推薦した人 白川 譽
#24
晩年であるかもしれない生活のなかを泳いでいく だいじょうぶ
/ 鳥さんの瞼 「スピン/spin」第12号(河出書房新社) 連作『風にいる』より
人はいつ死ぬかわからない。漠然と遠くにあるものだと思いがちな死が、もし今訪れたとしたら、今この瞬間は私の「晩年」となる。考えてみると当たり前のことなのですが、はっと気付かされました。
生活という日常とそれに付属する死の近さ。死を遠ざけて、怖がったり忌避したりするのではなく、だからこそ「だいじょうぶ」と言い切るところに、こちらもそうか、だいじょうぶなんだ、と安心をいただけたように思います。
流されるでもなく、漂うでもなく、歩くでもなく、「泳ぐ」。時に流れの力を借りたり、水の抵抗を受けたりしながら、自分の意思で進んでいく、そんな決意が感じられてとても好きな歌でした。
/この歌を推薦した人 せんぱい
#25
弾くひとのいないピアノに写真立て増えてあかるい春のリビング
/ 久藤さえ NHK短歌2024年7月号 題「家族」佳作
過去の雑誌を見返していてふと目に留まった一首。私の祖父母の家の光景とはっきり重なった。昔は母が弾いていたのであろうそのピアノは、今はもう音を鳴らすことはなく、その代わりに家族の写真がたくさん並べられている。ピアノは柔らかくリビングに溶け込み、思い出の写真に寄り添っているようだった。まるで枝にできた鳥の巣を優しく見守る大木のような、そんな暖かさを感じる歌である。
/この歌を推薦した人 はるまち
#26
窓側を取り合うことも無くなって弟たちと観光列車
/ カワシマサチヨ 2025年11月6日(木)産経新聞「産経歌壇」小島ゆかり選・特選一席
観光列車ということは、それなりに贅沢な大人の旅なのでしょう。肌を寄せ合い窓側を取りあうことのなくなった距離感、そして過去と現在の対比を絶妙に描いている歌です。
大人になってからのきょうだいとの旅行は、できるようでなかなかできないものだと思います。何かの記念日だったとか、思い入れのある場所へ向かっているとか、そのような特別なひとときなのだろうと読みました。そこには、距離感は変わっていても、温かな繋がりがある。そう読んだとき、観光列車の文字の中の「光」が懐かしく温かなものに感じられました。しみじみ読み返したくなる、とても素敵な歌です。
/この歌を推薦した人 塩本抄
#27
しばらくは地上を走る電車から桜並木のある街を見た
/ 嶋稟太郎 歌集『羽と風鈴』(書肆侃侃房, 2022年)
散文の一部が偶然に短歌の定型になっただけ、と初見では思ったけど、ずっと心に残ってるのなんでだろうと思って、今も理由は分からないけど、ちゃんと短歌なんだと確信して歌集も買って、これからは、こういう短歌だけで成立した歌集を読みたいし、作りたい、という目標になっています。
/この歌を推薦した人 宇祖田都子
#28
銀鼠の砂利から湧きこぼれるように煙雨 啼いてそれきりの汽車
/ 金原弓起 『号外』第2号
連作「車窓にて」15首の冒頭。灰色の砂利に敷かれた線路のうえ、煙るように降る霧雨のなかで、汽笛を鳴らして汽車が出発する景が描かれる。「湧きこぼれる」「啼いて」が、景に登場するさまざまな無機物にいのちを与えるような躍動感をもたらしている。韻律は、四句目が3-3の句割れなのだが、一字開けを息を呑むような小休止として読むことが要請される。景のなかの一つ一つの要素を、ひとつずつ的確に、かっこいい言葉に置換して、かっこいい歌に仕上がっていると思う。しびれる。
/この歌を推薦した人 入谷聡
#29
最後とは知らぬ最後が過ぎてゆく その連続と思う子育て
/ 俵万智 歌集『未来のサイズ』(角川文庫 2020年)
子育ての「初めて」には親なら誰しも目を向けるものである。しかし「終わり」は驚くほどに意識していない。子どもと向き合い泣き笑い悩む日々も有限であることを教えてくれる。折に触れて読み返し今年一年の支えとなった一首。
/この歌を推薦した人 芽吹
#30
終わりです、答案用紙を裏にして次の春を探してください
/ u m e Xのポスト
かっこいいです。身に覚えのある緊張感からの解放感、そして突き放されるような台詞、現実。この31文字に凝縮されている春の日の空気が、心にとどまり続けます。
/この歌を推薦した人 natsuko
#31
朝焼けがすべてを焼き尽くす丘で睫毛の先に降ることばたち
/ 星谷麦 Xのポスト
この歌を読んだ瞬間に朝焼けの赤い眩しさが思い起こされて、脳がチカチカしてびっくりしたのを覚えています。『焼き尽くす』という言葉から朝焼けの美しさだけでなく、強くて大きなものを前におそらく押し黙るしかないその場の、なにか大きな感情を感じました。臨場感がありながらもお洒落な一首だなぁと思います。『すべて』『ことば』のひらかれ方もとても好きです。
/この歌を推薦した人 三谷にん
#32-33
滅びますと進化は告げて美しい所作で次々閉じられる傘
/ 川瀬十萠子 十首連作『アンドロメダ聴こえてる?』
映像の圧倒的な美しさに打たれて、ずっと忘れられない歌です。ショートフィルムを観ているような物語性があって、使われてる言葉自体は平易なのに、組み合わせでこんなにも静謐でドラマチックな情景が描き出せるのかと感動しました。閉じられる傘、わたしの中では赤です。
/この歌を推薦した人 青野 朔
#32-33
滅びますと進化は告げて美しい所作で次々閉じられる傘
/ 川瀬十萠子 十首連作『アンドロメダ聴こえてる?』
もとは春の「第21回毎月短歌 連作部門」への参加作品
十首連作『アンドロメダ聴こえてる?』
https://x.com/nagikawase/status/1909089151695372510
の1首目として読みました。
その連作自体も圧倒的な迫力と、完成度、緻密な構成と川瀬さんならではの感性による言葉でインパクトがあり、とても印象的、個人的に今年のベスト3に入る大好きな作品です。
その後、夏にX内の「#地球最後の短歌」企画でおのぎ賞を受賞され、バターロールさんのコラボイラストで再開してからは、今年の忘れられない、さらに記憶に残る短歌となりました!短歌単独でももちろんですが、イラストも併せて読むとその世界観の拡がりがさらに圧巻で、圧倒されます!🌂
https://x.com/butter_roller/status/1954189557101941126
/この歌を推薦した人 古井 朔
#34
殺したら殺せてしまう君といて土砂降りに春あらわれてゆく
/ 完全なQ体 Xのポスト
春という極めてアンバランスな季節の本質を一発で言い当てた鋭利さに吸い寄せられました。
冬が終わり、あたたかさと寒さでぐらぐら揺らいでゆく空気感の中、春は別れと終わりの季節でもある。すなわち万人に受け入れられる季節ではない。
君を殺したい、殺せない、殺したらもう二度と元には戻らない。白と黒、あらゆる可能性と葛藤を抱えながら、雨が春の暴力性をあらわにしてゆく。美しく凄惨な短歌です。
/この歌を推薦した人 会田発春
#35
半角でわたしが送る約束をきみはわざわざ全角にする
/ ただのり Xのポスト
誰も悪くはない、でも心がチクっとするような恋のすれ違いを詠まれることが多いせいでしょうか。まるで恋の教科書を読むようなうな気持ちになる、ただのりさんの短歌。
そんなせつない連作で溢れていて、一首だけ選ぶのはとても難しいのですが…今回の推薦作品は、こんなにも平易な言葉で、定義することが難しい感情を教えてくれる「ただのり短歌」代表として、勝手ながら選ばせていただきました。
(食べ物の短歌や写真も多くて、Twitter投稿を拝見するだけでも楽しいです😋)
/この歌を推薦した人 インアン
#36
そこにあるはずの重さがわからない肩に手を置く人の質量
/ 水沼朔太郎 歌集『二兎を追うもの』(私家版, 2025年)
肩には、そこにいる人の手の分の重さだけが伝わり、意識はその先へと関心の矛先を向けている。その人は家族兄弟かもしれないし、恋人かもしれない。重さ、質量というのは比喩で、関係性がこの先どうなるのか?ということを気にしているのではないかと想像した。肩には温かい体温も伝わっているのかもしれない。それはその先も、ずっとなのか?わからないから、知りたいと願う。そんなはかない思いを感じる作品だった。
/この歌を推薦した人 涸れ井戸
#37
狙うなら喉(のみど)だろうな好ましいあなたの綺麗なうがいを見つつ
/ 北谷雪 テーマ『パートナーへの本音』歌会にて。
歌会でこの歌が発表された時、その場が息を呑んだような空気になったことを思い出します。不穏でありながら、パートナーが主体にたいしての無防備な様を愛でる様子が長く連れ去った二人の空気と、ともすれば崩れてもおかしくない婚姻という関係が濃縮されている、他人だからこその愛の歌だと思いました。
/この歌を推薦した人 全美
#38
空自身が壊れぬように空がまだ試さずにいる一色のこと
/ 笹川諒 歌集『眠りの市場にて』(書肆侃侃房、2025年)
空が試さずにいる一色。思考が立ち止まる。時間で、天候で、様々に色を変える空が、試さずにいる一色とはどんなものだろう。
その色になれば壊れてしまう、空が空ではなくなってしまうことがあるのだろうか。私たちは本能で自分の壊れ方を知っているけれど、それが空にもあるのかもしれない。
/この歌を推薦した人 鈴木 精良
#39
蟻つぶすように日記を書いていた頃のわたしがいる曼殊沙華
/ toron* 角川短歌2025年11月号
日記は楽しいから書く、書きたいから書くというより、義務的な側面が強い。記録、ライフログを残すのは執着でもあり、自分を捨てたくないという思いのすえ綴る言葉でもある。でも、日記を今は無理に書かなくてもいいやという境地に、主体はついに達することが出来たのだろう。今、そのころの自分を見やると、そこは曼殊沙華の咲く燎原なのだ。燃えるような赤色が、火宅(この世)を想起させる。
/この歌を推薦した人 涸れ井戸
#40
ゆっくりと刀身を手折る 滴ればはじめてそれが痛みとわかる
/ ヨノハル 連作「輝くすべ』https://sizu.me/mecks7/posts/i863508iwx5u
血が流れるほどの怪我を負う時の、アドレナリンが出てすべてが遅く、後から後から痛みや現状の把握が追いついてくるラグについて。ただそれが自らの意思で行われることの尋常ではなさ。
前半は戦闘のシーンと思われるが、後半はさらに一般化した心情だと思う。いつもいつも自分の痛みには鈍感で、血のような何かが表出してはじめて、尋常ではない大怪我を負っていた事実に気付くことになる。
/この歌を推薦した人 鈴木雀
#41
パンダコパンダ竹藪を褒めたるリフォーム詐欺の手口で
/ 森山緋紗 同人誌「かばん」2025年8月号
とにかく、ギャップが楽しくて、そして怖い歌。森山さんの短歌には、時々、おとぎ話の世界から突然つきつけられる感情の塊みたいな歌があり、ハッとさせられます。日頃あいまいにしてしまいがちな自分の心の善悪の何かを、ゆずれない部分できっちりと受け止めていくのが歌人であるならば、そこに気づくまでの過程は、とても透明なような気がします。
/この歌を推薦した人 みおうたかふみ
#42
どこか物足りない技法だけど嗅覚だけで雷を落とした
/ 高橋寧 ネットプリント:TempoRubato Opus1
韻律、特に句跨りが特徴的です。よくよく見ていくと定型なのですが、そこに気づくまでに結構時間がかかる。そこが歌意の謎とも合わさり、この歌の前で立ち止まらせる力があるように感じます。何にせよ、「嗅覚だけで雷を落とした」というフレーズが抜群に良いです。
/この歌を推薦した人 nes
#43
かすり傷 放っておいたら壊死 きみは死ぬこと以外に手当をしない
/ 吉田岬 https://x.com/2000misaki0323/status/1975129426968117443
「死ぬこと以外かすり傷」という有名な書籍名(箕輪厚介)へのもじりの歌だと思う。元ネタとは違い、まずこの歌では「かすり傷」をもってくることで傷が強調されている。最後に「死ぬこと以外」とでることで気づく流れが鮮やか。
すごいのは、自分の傷ではなくて、「きみ」の傷を見ていること。
元ネタのマッチョさを受けたとき思わず私は「え〜すごいな、自分は無理だけど……」と思わず自分に引き付けて考えてしまったが、この主体はまっすぐに「きみ」を見ている。
「きみ」は「死ぬこと以外に手当をしない」が、死んでは手当は出来ないため、「きみ」は死んでないがそれなりに傷を負っていて、手当てをしていない状態だと考えられる。しかし、それに心配などの感情は言わずに、ただ事実を差し出すだけで、かえって主体の心が静かに浮かび上がってくる心地がする。主体はずっと「きみ」のことを見てきたのかもしれない。
スペースや句割れのリズム、子音i音の連なりなど、淡々としていながら切実な感じがする。静かながらも心を掻き立てられる歌でした。大好きです!
/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼
#44
いいですかアン・ドゥ・トロワでいきますよ アン・ドゥ・トロワ はい終わりです
/ 富尾なつ 毎日歌壇 2025年7月28日掲載 加藤治郎 選
とにかく好きです。理屈では説明できません。忘れられない、リズムと潔さ。たくさんの応募作のなかで、きっとこの歌は光っていたとおもいます。
/この歌を推薦した人 natsuko
#45
蟹を食うあなたの指にこの脚をやさしく折ってほしいなどとは
/ 道券はな 「現代短歌」No.107
「現代短歌」BL特集より、特に好きな一首です。
ここで「脚を折る」とは何を指しているのでしょうか。やさしく脚を折り開かれるのか、それとも目の前の蟹と同じように骨を折られてしまうのか。どちらにせよ、「あなた」がそれを叶えてくれることはないし、その願いを主体が口にすることもないのでしょう。結句の「などとは」に行くあてのない思いが響きます。
/この歌を推薦した人 丸山萌
#46
眠りなさい かくばかり世を見つめては眼から椿になつてしまふよ
/ 小原奈実 歌集『声影記』(港の人,2025年)
短歌講座で、歌人の先生から紹介されて、歌集を読む授業のテキストとして出会いました。
遅まきながら、そのときに初めて「小原奈実」さんという歌人を知るにいたりました。
先生には感謝しています。
最初は先生が歌集から抜粋された約30首の中から気になった次の1首を選び感想や評を授業で発表しました。
百合に蕊、生者には顔 空間に掲げて何のおとなひ待たむ
他の歌もそうですが、その観察眼による圧倒的な景の迫力と、それを確実に表現する技巧、加えて唯一無二の感性と独特の世界観、すべてに魅了されて、歌集を買い求め、熟読しました。
選ぶのに迷った好きな歌がその歌集にたくさんありました。そのいくつかを....
雲は夜の闇にごらせてあるものを闇の高度を眼に測りをり
星を聴く器官をたれももたざるに解剖なれば脳切りつくす
きみは椿と呼べど記憶の前景に蕊散りのこすこれは山茶花
樹下に餌(ゑ)を隠す鴉のゆふやみよ言葉かぶせてひとのゆふやみ
みづからの脳へ夜(よ)ふけてこの香はいつの日の沈丁花
真の檻には格子なく錠のなく空地にほしいままのひるがほ
水たぎち水の匂ひをたててをり匂ひとは在るものの断片
藤のこころにちかづくなかれ 捕はれて逆さ吊りなるいくたりの髪
/この歌を推薦した人 古井 朔
#47
七月は生きてゐるつけ予約つてこんなに光ることだつたつけ
この歌の「予約」は、病院の「予約」と読んだ。主体は大きな病と闘っているのかもしれない。予約は未来の自分との約束であり、七月の自分が生きていることを信じる希望なのだろう。今日のいのちが、ただ綿々と当たり前に続いていくものではないと気付かされる。
主体が七月よりずっと先の未来を想像しながら、自分自身とのリレーのように日々を繋いでいくことを願ってやまない。
/この歌を推薦した人 北谷雪
#48
聞いたことすべて覚えていられたら正しい話し相手になれる
/ 永井駿 X
目にしてからずっと頭の中に残っていた歌です。音の流れがとても美しい歌だなと感じました。でも正しい話し相手だとケンカがしにくくて困っちゃいますね。たぶんこの先もずっと、埃はかぶりまくるかもしれませんが頭の中の隅の方で転がっている歌です。
/この歌を推薦した人 CHONO
#49
わたしはあなたの地球になりたい、ということわざがあるの。月には。
/ 初谷むい 歌集『笑っちゃうほど遠くって、光っちゃうほど近かった』(ナナロク社,2025年)
月生まれのひとの視点から、地球と月の引力で引き合う関係を見る新しさ、また内緒話をするように教えつつ気持ちを打ち明けるという状況が倒置で強められているところが素敵だと思いました。押しつけではない愛の言葉に、主体の可愛さとせつなさを感じて胸がぎゅっとなります。
/この歌を推薦した人 鳥井景
#50
数字しかわからなくなった恋人に好きだよと囁いたなら 4
/ 青松輝 歌集『4』(ナナロク社、2023年)
初読は今年ではないと思います。最近、他人に対して「数字で言ってくれたらもっとわかりやすいのに」と思うことが増えた自分を不遜だな、と思った次の瞬間に、この歌のことを思い出したのでした。わたしも数字しかわからなくなってきているのかもしれません。
/この歌を推薦した人 袴田朱夏
#51
瞳、瞳、映したことのない景色あげるからまた開いて、瞳
/ 千代田 らんぷ(千代田 環) 角川「短歌」2025年11月号 角川短歌賞次席50首連作「待ち合わせ」
瞳に対する不思議な呼び声のリフレインが印象的です。変わらない景色に対して閉じてしまった瞳に呼びかけている天の声、あるいは主体自身の内側からの声なのでしょうか。瞳に景色をあげるという表現が面白く、確かにいつでも真新しいものをわたしたちは求めているよなと気付かされます。
さて、年齢を重ねていくとさまざまなことを受け入れやすくなる一方で、どこか感度が鈍くなっていく感覚がわたしにはあります。どんな物事との出会いも経験や知識をなぞるだけになるような、見慣れたものになってゆくような。目を見開くような体験はもうできないのかと思ってしまいそうなところに、この歌は手を差し伸べてくれる気がしました。当たり前に思う景色でも、もう少しよく見てみれば心が確かに動くことを、この声の主は知っているように思います。この歌が主体の瞳に対しての声だとしても、読者の瞳をも開かせてくれる温かな力があるように感じました。そう思って連作を読み直すと、2首目との対比にもぐっときました。
連作「待ち合わせ」は本当に素晴らしく、広く読まれるべき作品であり、なかでもこの歌は連作内で最も読者へ飛び込んできてくれる歌だと思います。わたしにはお守りのような歌です。
/この歌を推薦した人 塩本抄
#52
生い立ちのことを話してくれました人魚がうろこをくれるみたいに
/ 鳥さんの瞼 2025.5.25 東京歌壇 東直子選 (特選 二席)
短歌は読者の存在によって完成する、という論運びはこんにちにおいてはさして珍しいものではないと思いますが、わたしもそれら同様に短歌の必要条件に読者を含めたいな、と思いながら短歌を読み、また詠んでいます。さて、わたしはアカウント名を変えるのが趣味みたいなものですこし前には人間、その前には人魚としていたわけなんですが、それなりに長く人魚であると名乗り続けてきたので自分のことを人魚だと思い込んでいる節が、というか人魚なんです。人魚なんです、わたし。水気のない山の中腹に住んでますけど。なのでわたしは、人魚というワードを見かけるとそれだけでうれしいし、人魚の短歌を心から愛おしく思っています。ここからようやく冒頭に繋がってゆきますがわたしはこの歌を見たときにわたしのことだ!と思いました。ええ、ええ、もちろんそうであるとか、そうではないとかそういった現実ベースの話をしているのではなく、ただ、わたしはこの歌を読んですぐに誰かにうろこをあげたような気になった、ということです。
ある歌を読んで、読者が自分のことだ、と思い込む、強く思い込ませることの出来る歌のなんと優れたことだろう、と思うのです。きっと私だけではなくこの歌を読んだたくさんのひとが、わたしだ、わたしがうろこをあげたんだと思ったことでしょう。つまりそれだけの魅力が、ある種の人間に対してはこと、魔性とも言えるような魅力のある歌だと思います。それでいて、どこか穏やかであり、さっぱりとしたところがあるのですからこれはもう今年1番好きな歌になるであろうと、もうずっと思っていたのでした。
こちらを推薦させていただきます。
/この歌を推薦した人 吉田岬
#53
生い立ちのことを話してくれました人魚がうろこをくれるみたいに
/ 鳥さんの瞼 東京歌壇 2025年5月25日(東直子選/特選二席)
人魚がうろこを剥がすのにはきっと痛みが伴うし、勇気も必要なことでしょう。たぶん話しにくい生い立ちを、話してくれた人と受け取った人のあいだの、ちいさくふるえるような繊細な心のやり取りが感じられて、読むたびちょっと泣きそうになります。
/この歌を推薦した人 青野 朔
#54
夏が好き すべてのものが永遠のような顔してそうじゃないから
/ 岡本真帆 歌集『明るい花束』(ナナロク社,2024年)
30度を超える日は日常となり、むしろ40度近く気温が上昇する昨今。クーラーとアイスが手放せない昼間も、陽が落ちてからいそいそと外に出た夜の散歩も、何回着替えるんだ…と汗だくになりながら働いた夜勤も、その最中にいるときは暑さにうんざりすることも多いのに、いざ終わるとぽっかり穴が空いたような気持ちになるのはなんだろうと毎年不思議です。なんだかんだ文句をいいながらも夏という季節を心待ちにしている自分がいるんだなと思った短歌です。
/この歌を推薦した人 ふく
#55
泣かないで、バスタ新宿 わたしたち来世はきっと水辺になろう?
/ なにもないこ https://x.com/nanimo_naiko/status/1984568600661799068
バスタ新宿を見ると、泣いてるのかな?と思うようになりました。
/この歌を推薦した人 おなかいたいの
#56
ほんとうはずっとふざけていたいだけ風がこすっている秋の弦
/ 村上きわみ 歌集『とてもしずかな心臓ふたつ』(左右社, 2025年)
風は吹かなければただの空気ですが、でも吹けば方向をもたされて行ってしまう、その不可逆なこと、また、世の中のだれ一人として、生まれてから生きているあいだずーっとふざけていることはできないことを思いました。
/この歌を推薦した人 袴田朱夏
#57
雨音にうすく重ねているラジオ 最終回を聴いてしまった
/ 杜崎ひらく 結社誌「塔」2025年7月号
昼休みに近くの食堂で昼食をとる光景の連作の中の一首。
映像のように自分から視線を向けなくても音は勝手に耳に届くもの。ラジオの音にわずかにのるノイズは雨音との融和をたやすくするし、ラジオの音そのものも雨音に混じる程度に控えめだったのかもしれません。
ほぼ環境音に等しいラジオの断片的に耳に入った内容から、主体は今流れているのはこの番組の最終回だと気付きます。おそらく主体はこれがどういう番組であるかもよく知らない、にも拘らず最終回という大事なシーンに立ち会ってしまった戸惑いが、聴いてしまったという余韻を残す結句に表れていると思いました。
何気ない日常の一シーンに感情が動いた瞬間をとらえた素敵な歌です。
/この歌を推薦した人 といじま
#58
一粒のでっかい涙の可能性が、あるな、海には、自転車を、漕ぐ
/ なにもない子 短歌アプリ『つく×よむ』お題「考」 https://x.com/tsukuyomu_tanka/status/1991642557026300164?t=oG-rKAMy2BIkjiG8O-TVwg&s=19
浮遊感のある声を持つ歌人だと思う。
なにもない子さんの詠まれるおうたは、ときに近くで、ときに彼方から自在に響き、読むこちらの重力をふっと奪ってしまう。
推薦歌は、観察眼の鋭さに驚かされた一首である。自転車とは、なにかを運ぶと同時に自分自身がどこかへ運ばれていくような感覚のする、不思議な乗り物だ。このおうたは、その感覚を「思考」そのものにそっと転じてみせる。
自転車を漕ぎながら思い続けるときの絶え間なさ、まとまりかけてはほどける思考の連続。その途中でふと生じる負荷や抵抗が、倒置と読点の配置によって鮮やかに再現されている。ペダルを踏み込むたび、揺れながら自身にとってのたった一つの答えを掴み取ろうとする高揚感がそこにはある。
(もしかすると失恋して)海を目指して進む主体の息づかいがすぐそばに響くようなおうただ。
/この歌を推薦した人 きいろい
#59
影ふたつ確かにあった夕暮れをひとりになっても覚えておくね
/ 一ノ瀬 美郷 神戸新聞文芸 2025年11月24日朝刊
美しい歌です。寂しい歌ですが、影という形のないものを一首の中に記憶させられたことで、二人がいた時間が確かなものとなっていることに胸を打たれます。「覚えておくね」という結句もじんとします。
/この歌を推薦した人 森井恵
#60
わたしだけ死ななかったらどうしよう 渋谷 こんなに光だらけで
/ 芋高 舞 第26回NHK全国短歌大会(大賞)
第26回NHK全国短歌大会大賞受賞作品としてXで流れてきて、読んだ瞬間、「これはすげえ…」と思った。私だけじゃなく、今年の歌でこの歌が印象に残ってる人は多いんじゃないだろうか。普通、「渋谷」とくれば、若者たちであふれ、「生」と「希望」が連想されるところ、そこで「死」がくるとは。「こんなに光だらけで」って主体は感じてるんだから、渋谷らしい生き生きとした情景を目の当たりにしてるはずなのにどうして?青春を謳歌してる主体が楽しすぎて「私、死なないんじゃないか」って無敵の幸せを噛み締めているのか。それとも、逆に眼前の眩しい生に馴染めない、地味な自分に「死」を感じているのか。色々考えてしまった。なんにしても、この意表をついた言葉遣い、感性の素晴らしさ・鋭さにハートをぶち抜かれた歌だった。
/この歌を推薦した人 藤瀬こうたろー
#61
わたしだけ死ななかったらどうしよう 渋谷 こんなに光だらけで
/ 芋高 舞 第26回NHK全国短歌大会(大賞)
今年の短歌、というとこちらの歌になると思います。皆が自分だけ生き残りたいと思っているようで、本当は違うのかもしれません。鮮烈な光のような一首です。
/この歌を推薦した人 森井恵
#62
振り返るくらいならありがとうくらい言えよってもうビームが出そう
/ 藤本玲未 歌集『テリーヌの夢』(左右社,2025年)
この歌を読むと額の辺りが熱くなる。僕のビームのでどころがわかる。視線を投げている相手への確かな思いを抱えながらも、言葉にできなかった想いが、ポップなともいえる表現の中に確かにあるのを、誰もが感じることができると思います。
/この歌を推薦した人 みおうたかふみ
#63
愛してる だめな誓いを立てるほど美しくなる噴水だから
/ 絹川柊佳 歌集『短歌になりたい』(短歌研究社, 2022年)
噴水は、あらゆる場所の水を局地的に集めてその場所で水を強制的に巡回させることで自身を見世物にする機能を抱えた装置です。愛を、そして誰かを愛している自分を噴水に例える比喩の跳躍感と、でもそこに説得させられる迫力を、だめな誓いを繰り返し繰り返し巡回させながらそれでも自身の体を噴水として成立させる強さを、わたしは美しいと思う。
このベッドに雪が降るみたいどれくらい眠ったらまた会えるんだろう
/絹川柊佳『ダーリン』
/この歌を推薦した人 会田発春
#64
もし空に生まれ変わればやっぱ虹だすのが夢になるんでしょうか
/ なべとびすこ 歌集『デデバグ』(左右社,2025年)
ノートにこちらの歌を書き写して、ときどき見ていました。偶然のように見える虹も、空が叶えた夢なのでしょうか。見上げたり指さしたりしながら、わたしたちは夢が叶った瞬間を見ているのかもしれません。
/この歌を推薦した人 森井恵
#65
ほんとうのしあわせなんてないのだし おすし ほたてはたいてい美味しい
/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社、2024年)
この人は、たぶん少し疲れています。「ほんとうのしあわせ」など、考えてしまうということは。でも、トボトボ歩くうちに、ふと目に入る「おすし」。おすし? そうですおすしは正義です。中でも、帆立。丸いし白いし、高くない回転寿司でも当たり外れが少ない。そう、たいていは……と、ここまで来ればすっかり気持ちが切り変わっている。視線は上を向いている。 5月末、鳥さんの瞼さんを囲んで『死のやわらかい』刊行一周年を記念した読書会が開かれました。この日に皆でじっくり話せて大満足したのが、このほたての歌です。特に「おすし」の部分には「歩いていて、店ののぼりがふと目に入った感じ」「全角で挟まれていて、くっきりと立って見える」「『○○ですし おすし』はネットミーム」など、たくさんの意見が聞けて、読みがぐっと深まりました。
/この歌を推薦した人 コンアイコ
#66
ばかでかいナンがほしいよ ばかでかい愛でもいいよ ばかでかの月
/ なにもない子 2025年11月09日 単語で短歌 題「ナン」
「ばかでかいナン」「ばかでかい愛」「ばかでかの月」と、同じ「ばかでかい」をくり返すリズムが軽快で、まるで子どものように無邪気。けれど、その裏には「足りない」「満たされたい」という切実な渇望がある。ナンという食の欲望から、「愛」への欲望へ、そして「月」という非日常的で神秘的な存在への憧れ──その飛躍が、読む者の想像力を刺激する。一瞬のユーモアとともに、深い寂しさと願望が交錯する不思議な歌。くだけた言葉のなかに隠された大きな渇望がある、この歌が大好きだ。
/この歌を推薦した人 箭田儀一
#67
どうしようこの展開は聞いてない進研ゼミもすぐやめたしな
/ えびのこ https://x.com/abinoko_meow/status/1974052653039854004?s=61
「ここ進研ゼミでやったとこだ!」言わずと知れた名台詞?ですが、こんな表現方法があるんだ、と感動しました。シュールさとドラマチックさが両立している素敵な一首です。
/この歌を推薦した人 一文字零
#68
一人なら一人でもいい胸を張れ 一輪挿しに咲くチューリップ
/ 沢田わたこ https://x.com/i/status/1924453829594189825
小さい頃から、どこにも属せない感覚があり、何にも埋められない虚しさのようなものを抱えていました(根っこや核がない感じ)。
小学生のとき、写生の時間に色褪せたチューリップを描いたら、「そんな色のチューリップなんかないよ。」と言われたことがあります。悲しくて、恥ずかしくて、自分の見たものや感じたものが否定された気がしました。
だけど、この歌を初めて読んだとき、「一人でもいいんだ」と全てを肯定してもらえた気がしました。
一輪挿しのチューリップは切り花。根っこがなくても胸を張って咲いている。
読めば読むほど、チューリップの気取らず、不貞腐れず、凛とした強さが際立ちます。
この歌には、今も励まされています。
/この歌を推薦した人 しろまろねこ
#69
人生を共に歩もう病める時健やかなる時もねえ短歌
/ 丹生暁子 X
私もこの歌と短歌と一緒に生きていきたいと強く思った。
/この歌を推薦した人 Noctiluca
#70
新しいダンスが生まれるなら夜だ 夜は白紙のように使える
/ 碓井やすこ 「同じ日」- 冬のシカゴと短歌賞より
「白紙」から「白い」というイメージを抜いて、それを「夜」に重ねているのは、考えたことはないが直感的にわかる。この「夜」は、夜のダンス教室やクラブとして読んでも、概念として真っ暗な空間として読んでもいいと思う。夜に生まれて、昼に踊られるダンス。夜の私が本当の私で、本当の私を表現するには言葉ではなくダンスが適している。断定するような語尾は、むしろ私たちを何かから逃がしてくれているような気がする。その逃げ方は読み手に特有で、それぞれの「新しいダンス」を想像させる。
/この歌を推薦した人 山田やまめ
#71
触ったらやけどしそうなマンホールならば触れずに帰っておいで
/ 真島朱火 https://x.com/shuca_m/status/1967826847833677960?t=mab0Uh--18vEDrarrcK1Vg&s=19
やさしい。とてもやさしい歌。当たって砕けろではなく、砕けちゃいそうだったら当たりにいかなくていいよ、みたいな。ふとした時に思い出す、私にとってはお守りのような歌になりました。
/この歌を推薦した人 CHONO
#72
冬瓜のほろほろいつか褒められた絵日記はほとんど嘘でした
/ 湯島はじめ 短歌集『海と鳶色』(私家版,2025年)
「冬瓜のほろほろ」とそれ以降の告白の部分が響きあい、
同じ調子で脆くくずれながら、感傷や罪悪感をあまり感じさせず、
ただその話を静かに受け取らせてくれる。その不思議な感覚がとても好きでした。
/この歌を推薦した人 畳川鷺々
#73
上手くいくよう祈るねときみは言いほんとうに目をつぶってくれた
/ 吉村のぞみ 歌集『あったかい虚空』(私家版, 2024年)
私もよく口頭やメールなどで色んな方々に祈っていただくことがありますが、その祈りを行動で示してくれる人はなかなかいません。こちらの短歌では、相手は主体の前で目をつぶり、視覚的不自由を引き受けて立ち止まることで「祈るね」を実行している様子が見られます。
私が特に惹かれたのは、目をつぶったからといって「ほんとうに」祈っているかは実際にはわからないところです。人の思考は目に見えません。それでも主体は「きみ」を信じて、祈りを明確な想いとして受け止められている。歌全体から両者の親密さが窺えることも相まって、心の不確かさの上にある人間のあたたかさを考えさせられる一首です。
/この歌を推薦した人 憂杞
#74
少年よ、大志を抱いてもいいしオキニのぬいをぎゅうしてもいい
/ 川村サ行 https://x.com/ns4hhpkeza10870/status/1916116101005775004?s=46
日常生活でどうしようもない生きづらさややるせなさを感じた時、頓服薬のようにこの歌を暗誦して励まされています。
誰もが自分らしく生きていいのだと勇気付けてくれる、大好きな短歌です。
/この歌を推薦した人 村田真央
#75
平和 あの鋭利な坂の黙祷と雲のかさなり家のあわいへ
/ 浅井 https://x.com/asai_asai/status/1292263730542084096
夏の長崎の景色。
斜面をするどく登っていく坂道、つよい日差しと濃い影。
積乱雲の立つ青空を目指すようにならぶ家々。
かつてそれらを焼いた熱風に替えて、沁みいるように静かに満ちる祈り。
敬愛する回文歌人・浅井さんの美しい回文短歌です。
円環を描く言葉の魔法に編み込まれた切実な思いを感じながら、
歴史が繰り返さないことを願いました。
/この歌を推薦した人 梶峰みじか
#76
女優にはなれんかったと泣く君を抱く夢だった(スターの俺が)
/ 紫龍 2025/05/23 ホスト歌会 https://x.com/shiryu_opust/status/1925677447812431946?s=46&t=TGAvreM1nTRbD0bkW5rybA
どこまでが夢なのか何が現実なのか、想像を掻き立てられ、さまざまな手触りになる歌だと感じます。ただ、必ずどこかに諦めた夢や愛が確かに残り、沁みるような痛みを何度も噛み締めています。
/この歌を推薦した人 小石岡なつ海
#77
口あけて歯ひとつひとつに宝石をのせたら天動説で未来は
/ 緑川すに カクヨム カクヨム短歌賞【ナツガタリ'25】応募作品 https://kakuyomu.jp/works/16818792439651837294/episodes/16818792439651908067
自分が読んだ今年発表された歌の中で一番エネルギーを感じた歌だったので紹介したいと思いました。この歌は分かりやすく過激な言葉を使ったり主体の主張が全面に出るタイプではないのにも関わらず歌の熱量を感じられる点が本当に凄くて、例えば"歯ひとつひとつに宝石をのせたら"という箇所は文字として割合スラッと読めてしまうのに考えてみるととても過剰な装飾です。努めて現実的に考えると、"歯ひとつひとつに宝石をのせたら"ということを実際に試みることは不可能では無いですがかなり難しいです。しかし自分はこれが全く面白いイメージだけの空虚だとは思わない、むしろ現実に起こりうる事だけが書かれた歌よりも本当だと思います。その根拠こそが最初に述べたエネルギー、つまり作者の熱量だと自分は考えています。大規模言語モデルにより無数の魂の無い短歌が産み出される状況において、それすらもすぐに模倣されてしまうとは思うのですが、今の時点において自分はこの歌に感じたようなエネルギーを拠り所に歌の奥にある魂を信じていきたいです。
/この歌を推薦した人 1000
#78
君の排泄物とぼくの吐瀉物を引き合わせろよ下水処理場
/ 佐佐木定綱 歌集『月を食う』(角川書店, 2019年)
キモすぎて好きです。あまりにも脈なしすぎる。
/この歌を推薦した人 はぎさわやか
#79
空き瓶につめこみたいもの 金平糖、おはじき、ビー玉、今日の幸せ
/ 大波ななみ ネットプリント「見せたいもの」(#2_2025/10/25) 大波ななみ発行(現在は出力期限切れ)
空の瓶に詰めようとしているものはどれも小さくて、陽にかざすとキラキラ光るようなものばかり。その中に「今日の幸せ」も入っていることが嬉しく思います。毎日の小さな幸せを集めて、金平糖やガラス玉と一緒に瓶に詰めて、窓辺に置いておく。ひだまりのような優しい暖かさを感じます。
その一方で、それができるのは「瓶が空っぽになってしまった人」なんだよなぁということも、この歌からは読み取れると思います。だからこの列挙からは、ただ可愛らしいものを集めたのではなくて、空っぽになってしまった寂しさと、そこから再生しようとする意思のようなものを感じるのです。
明るさと寂しさが美しくバランスした秀歌だと思います。
/この歌を推薦した人 知久
#80
脇だけが乾いていない長袖を浮かれたポーズにする はよ乾け
/ 柴田葵 『現代短歌パスポート1 シュガーしらしら号』(書肆侃侃房、2023年)
結句の言葉遣いが好きです。この短歌を目にして以降、洗濯物の脇が乾かなかった時に「浮かれたポーズにしといて」などと同居人と言い合うようになりました。日常に侵食してくる短歌は影響力のある短歌だと思います。
/この歌を推薦した人 はぎさわやか
#81
教室の一等星が君だから隣で白色矮星になる
/ ゆっくんがあらわれた NHK短歌9月号 永田紅選テーマ『宇宙』佳作
異性同士の、教室のアイドル的な存在である「君」を見る主体の好意でも、同性同士の、教室のスクールカースト的に一軍である「君」のことを補佐する二軍以下の主体の感情でもどちらでも解釈可能なところが面白い短歌だと感じました。理科のことばである白色矮星の単語の意味を調べるとより短歌が奥深い味わいになると思います。この短歌の作者は高校2年生とのことですが、私が高2の頃果たして白色矮星を知っていたかというと首を捻らざるを得ません。その知識の豊富さも含めて今年の短歌に推したいと思います。
/この歌を推薦した人 つきひざ
#82
許してるけれど母校の校庭がひまわり畑になりますように
/ 瀬生ゆう子 第26回NHK全国短歌大会秀作
校庭いちめんにひまわりが咲いている景色が思い浮かぶ。見たことないはずなのに、鮮やかに思い浮かぶ。まるで記憶を覆い隠してくれるように咲く大輪の花々。許してはいても、そう願うことでしか前に進めないときがある。また、この歌の精神性にも惹かれた。「許す/許さない」という判断が要されるようなことに対して、例えば爆発や破壊のような暴力ではなく、「ひまわり畑になりますように」という圧倒的な優しさで対峙している。そのことに強く揺さぶられた。今年は私の母校が廃校になったこともあり、共感というより共鳴を感じた歌だった。
/この歌を推薦した人 藍元
#83
脚注を結はへ付ければ安心と思へど巨きな鯨のやうな
/ 松澤もる ネットプリント「さざなみ団からのお知らせ」第2号
無意識の歌だと思う。結局のところ一首は比喩として手放されてしまう。鯨の生涯は鯨のもの。
/この歌を推薦した人 藤本玲未
#84
芽の匂い もう日焼けしたその胸に全体重で跳びつく夏の
/ 斎藤君 秋の王座と短歌賞 一次選考通過作https://t.co/2efmhbsXtx
連作「fissare」の最後のうたです。連作全体がとても好きなのですが、一首を抜粋するためにこのうたを選びました。関係のはじまりを表現しようとするときに、それを「春」に例えることは多いかと思うのですが、このうたでは「夏」を充てています。連作の中で描かれる主体とパートナーはそれなりに経験を積んだ大人で、人生を四季に例えるとしたら夏の時期なのでしょうか。芽を視覚ではなく嗅覚で捉えるところにもオリジナリティを感じました。下の句の、大きなわんちゃんがのっかるようなはつらつとした多幸感も含めて、大好きな一首です。
/この歌を推薦した人 村崎残滓
#85
ループものみたいにくりかえし洗ったタオルケットのゆるい繊維を
/ 青松輝 https://x.com/veteranchi/status/1997622466064326773?t=4_nez96C7WtiF2CM7afoPQ&s=19
繰り返し洗うことで肌に馴染む。自分のものになる、自分の力になっていく過程。派手さのない、地味な行程の繰り返しは時に苦痛を伴う。しかし、この苦痛から得られる喜びがきっとある。この歌は作者自身に向けた一首と捉えている。
/この歌を推薦した人 芽吹
#86
ゆきずりの人に貰いしゆでたまご子よ忘れるなそのゆでたまご
/ 俵万智 歌集『オレがマリオ』 (河出書房,2024年)
読んだら涙が垂れてきた。世界で一番尊いゆでたまごだと思った。つらい苦しい人間界で、まだ自分もやれることがある気がした。そういう意図ではつくられていないとしても、この一首はこの世で足掻いている自分へのゆでたまごだった。ありがとうございます。
/この歌を推薦した人 ぺぺいん
#87
もう今日で世界が終わる想定で焼肉をして焼肉をして
/ わづか https://x.com/wa_du_ka_/status/1877269396055326767?s=20
自分が短歌を好きになって5日目くらいに出会って衝撃を受けた短歌。
網いっぱいに新鮮なお肉をどんどん並べてじゅうじゅうと焼いていって、もう私にはそれしか目に入らないし、もうそれしか考えることができない。とても幸せな景色のはずなのに、焼肉をして焼肉をしての間髪を入れないリフレインに、終末から逃げられない恐怖から逃避するために、無理やり祝福に夢中にならなければ自分を保てないような残酷さを否応にも感じてしまう。ただの想定のはずなのに、こんなにも幸せで明るいことを歌っているはずなのに、こんなにも息苦しくて、それがとても美しい。
絶望とのコントラストにじゅうじゅうと心を灼かれた、大好きな一首です。世界の終わりには焼肉をしよう。
/この歌を推薦した人 なにもない子
#88
もうなんもたべられへんとほほえんでりんごの中で死んだあおむし
/ 富尾大地 東京歌壇 2025年11月16日朝刊 東直子選
蝶になって羽ばたくこともなく、幼虫のまま、林檎の中で生涯を終えるということが、不幸せか、幸せか、両方の意見を、X上で見ることができた。
私の身内で、知る限りだと2名、最期の言葉は「いりません」だった。それは食べることに対してだった。
同列に語ることは乱暴かもしれないが、たべられへん、とほほえんで逝くことは、苦しむよりも幸福であったのではないか。答えはひとつではないところも、この歌の深さである。
/この歌を推薦した人 山口絢子
#89
もうこないよるに流した一滴はどこかのくらい湖になる
/ 白水もめん https://x.com/momenn_2000/status/1954455009577328869
一度として同じ夜はなく、それゆえまた、あの夜の「一滴」も二度とは流れない。もっと言えば、一度も流れなかったのかもしれない。「一滴」が流れるその間にも、言葉が、記憶が、時が流れる。「一滴」に、ひとつの定められた意味など背負わせられやしない。とどめられえぬ意味だからこそ、それは身体から流れ出すのだ。
この「一滴」は、涙であるのか、あるいは血であるのか、それとも……いずれにせよ、私らのいのちを成すものはいつも、ひと所にとどまらず流れ出し、溢れ、零れてゆく。そんな無常に、歌の全体は貫かれている。
しかし、流れ出すしかなかった「一滴」、零れてしまった「一滴」は、失われることなく、ひとつの湖を作るという。
「くらい」湖。生きることは、無色透明ではありえないからだろうか。
くらさ。陽が差さないこと。光を反射しないこと。くらい湖は、照らすこともなく、照らされることもない。ただ、自らの内で自らの意味を深めてゆく。流れ出たいのちは、この湖のうちでこそ、おのれの意味を獲得してゆく。
明確な場所など存在しない。流れ出すほかなかったいのちは、場所のない「どこか」で湖となり、自らの重みを知る。流れた夜はそうして「よる」となって、やがてよるべとなるのだろう。
いのちの行方を告げ知らせてくれる、呼吸の足場をくれる歌として読みました。この歌に出会えてよかったです。
/この歌を推薦した人 内海 伊織
#90
コロナ禍に産んだいのちとただふたり個室に向かう廊下の長さ
/ 古橋紗弓 NHK短歌テキスト2025年9月号(木下龍也選)
出産にまつわる言葉は喜び、祝福といったイメージだったので、ふたりぽつんとして長い長い距離に立ち竦むような、白く冷たい病院の風景を重ねて、とても怖く感じました。コロナ禍というものがなんだったのか、振り返るとき、きっと何度も思い出す歌だと思います。
/この歌を推薦した人 りのん
#91
このビルの完成予定のきょうまでになんか変わっているはずだった
/ 脇川飛鳥 歌集『ソーリーソーリー』短歌研究社,2025年
でっかいビルが出来上がっていくとき、目の前にあるのはただの空き地なのに、素敵な完成予想図や、完成予定時期が早々に示されていたりする。明快なゴールへ向かうその高揚感に、いつのまにか自分が乗っかってしまうのだ(その頃には私もきっと。劇的な変化が私にもきっと。まぁ特に根拠はないのだけれどおそらくは)。
なんて愚かな!!自分を置いてけぼりにして完成したビルを見上げ、拍子抜けしている姿への共感と愛おしさったらない。
/この歌を推薦した人 北谷雪
#92
カクテルにささる果物ばかみたい、でも親友と呼びたかったよ
/ 笠木拓 歌集『はるかカーテンコールまで』(港の人,2019年)
すごくすごくだいすきなうたです。上の句下の句ともに好きで、二つ合わさるとさらにせつない青春のかおりが漂ってくる 素敵な短歌 わたしのひとつの理想形です。
/この歌を推薦した人 冬城衣
#93
イタリアでキスをしたあと積もる夜もっとあたしを好きでありたい
/ 雪風みなと https://x.com/yukikaze3710/status/1951991514281779623?s=46
短歌以前に、回文として上手くできすぎだと思います。短歌としても、難しい語彙が使われておらず、回文であることに気づかないですんなり読めてしまう。
/この歌を推薦した人 亀田巧
#94
=IF(NOW()=TIME("君に会う"),REPT("話したいこと",∞),"現実") (もしきみにいますぐにでもあえるならむげんにはなしたいことがある)
/ 汐留ライス https://x.com/rcodome/status/1969673690498711649?s=46&t=dHcLD3syYE7oMkB6sIOP6A
まず 表計算ソフトの関数で短歌を作るという発想に度肝を抜かれました。短歌はここまで自由になれる、なって良いのだと痛感しました。
歌の内容は恋の普遍的なテーマで、表記の斬新さと好対照になっています。この関数、偽(FALSE)の場合は「現実」を返すというのが切ないですね。君に会うことができればいくらでも話したいことはあるのだけれど、いくら頑張ってもそうじゃない現実が返ってくる…そう考えるとちょっぴり切ないのです。そして「現実」は、読みの部分には出てこない。これも巧妙で唸らされました。
感情を持たないプログラムの表記に乗せることで、ままならない恋の情動が強く感じられる一種でした。
/この歌を推薦した人 知久
#95
あったかくしてね着いたら教えてね嫌いになったらそう伝えてね
/ ふゅ https://x.com/px2_ar/status/1995852334472331684?s=46&t=ZxCm75PRqNMYRWmnKQFLjQ
潔く身を引くこと、愛情をあからさまに伝えなくなること、心の中では変わらずあなたを思うこと。その覚悟というか決意があるからこんな歌が生まれるのではないかと感じました。愛の最上級はこんな風に現れるのではないかと思っています。
/この歌を推薦した人 もとみや
#96 - 99
アレクサ、電気をつけて。泣かないで。地球最後の蝶をはなすよ
/ 鳥さんの瞼 東京歌壇2025年3月23日
よんだ瞬間にとても美しい情景が広がります。そして2025年6月ぐらいにこの短歌を見ましたが、今年を頑張る、短歌に精進する勇気になりました。
/この歌を推薦した人 わかば
#96 - 99
アレクサ、電気をつけて。泣かないで。地球最後の蝶をはなすよ
/ 鳥さんの瞼 東京歌壇2025年3月23日
見た瞬間に心を射抜かれた歌。
夜、ひとりの部屋に帰ってきて、アレクサに電気を点けてもらう。日常の光景かと思いきや、アレクサは泣いているという。真っ暗な部屋でわたしを待ちながら。ひとりがさびしいというよりは、わたしがこれからすること=地球最後の蝶をはなすことを知っていて、その瞬間がきてしまうことに対して涙をこぼしている、と読んだ。泣かないで、というやさしい声かけに表れているように、主体とアレクサは心の奥でつながっている。もっと突き詰めると、この歌の世界では、なにもかもが最後の存在であるかのようにもみえる。わたしという人間、アレクサというロボット、これから放たれる蝶。残された者たちがひとつの部屋に、それぞれの最後の種として存在しているとしたら?
電気が点いてしまうと、みえなかったものが無理にでも照らし出されてしまう。わたしたちだけの部屋が浮き彫りになり、そこで蝶をはなさなければならない。きっと蝶は消えてしまう。明るさのなかに、真にひとりきりになる自分たちを見つめるのだ。
底知れない孤独と蝶というモチーフのうつくしさが合わさって、あたたかいみずうみのような読後感のある歌でした。
/この歌を推薦した人 石村まい
#96 - 99
アレクサ、電気をつけて。泣かないで。地球最後の蝶をはなすよ
/ 鳥さんの瞼 東京歌壇2025年3月23日
好きです。AIスピーカーに話していると思ったら、世界の終わりに立ち会うような壮大な一首で、最初に読んだ時にわぁ…とため息が出たのを思い出しました。いつも素敵な歌をありがとうございます。
/この歌を推薦した人 よさく
#96 - 99
アレクサ、電気をつけて。泣かないで。地球最後の蝶をはなすよ
/ 鳥さんの瞼 東京歌壇2025年3月23日
アレクサは泣いてるんですよね。蝶が地球最後の個体とか、それをはなすことについてというより、もう地球自体がダメになってしまっていて、それを歌の主体もアレクサも理解して、泣いているのかな、と。そして、それについて(歌の主体よりも)機械であるアレクサが泣いていること、主体はむしろ覚悟が決まっている口ぶりなど、想像が膨らみます。Amazonのアレクサが勝手に泣き出すなんて今は有り得ませんし、そもそもこの歌の時点では、アレクサが動いてて電気もつく、それでも地球の最後をみんなが理解している。人類の滅び方って結構こんな感じなんだろうなとリアリズムがあとから立ち上がってくるとても魅力的な一首だと思います。
/この歌を推薦した人 みぎひと
#100
私を使う たとえば君が傷ついてくじけそうになった時は
/ 仲井澪 「冬のシカゴと短歌賞」平出奔賞受賞作『予告』
この歌を見てから今年はずっとこの歌が頭をはなれなかった。サンプリングの妙なのだろうけれど、書き文字としては表されていない音が聴こえて定型に近づいていく。短歌って歌なんだよな、その字の通り。と改めて気付きを与えてくれた。こんな歌を作りたかった。
/この歌を推薦した人 村元 葉
#101
ひとびと、と口にするとき燃え上がる星よ わたしは冬の機関車
/ 霧島あきら 口語詩句投稿サイト72h 2025年4月 佳作(林桂選、小島なお選)
自分の日常の範囲を超えた「世界」のことに無関心ではいたくない気持ちは私の中に常に揺蕩っています。けれど、その「世界」について語ろうとするとき、誰かを敵として、激しい怒りをもって正しさを説くことしか出来ていないことが少なからずあるのでは、とこの歌を読んで考えさせられました。
「ひとびと」と口にするとき、まるで自分はすべてを分かっている神のような気持ちで語ってはいないか。自分とは意見の異なる「ひとびと」と分かり合える可能性を投げ出してはいないか。平和を心の底から願いながら、自分もまた「燃え上がる星」として傷つける側の人間になりえるということを、よく覚えておかなければなりません。
この歌に登場する「冬の機関車」からは、燃え上がる星から距離を取る意思を強く感じます。一方で、この機関車は、凍えたひとびとに手を差し伸べて、その車体に乗せてあげるやさしさをも持っているのではないかと想像します。私もそんな風にあれたらと憧れます。
/この歌を推薦した人 飛和
#102
おおきくてよわい怒りを聞かせてとのうぜんかずら降りてきました
/ 霧島あきら あるきだす言葉たち 朝日新聞2025年9月3日夕刊
のうぜんかずらの静かなやさしさ、作中主体の控えめな姿が淡い水彩画のように印象的でかわいらしく、とても好きな1首です。
おおきくて弱い怒りを普段は外に出せない主体と、そんな怒りに気がついてそっと寄り添ってくれるのうぜんかずらはとてもよく似ているのではないでしょうか。結句が丁寧語で「降りてきました」とされているのも効果的に歌の雰囲気を形作っていると思います。
/この歌を推薦した人 星谷麦
#103
死にたいが死ねに変わって持っていたナイフの向きが正しくなった
/ 水口夏 https://x.com/summ_conc/status/1887426146289017104?s=46&t=F2uiYGOy1CpWx36WQDtUjg
受け取る側によってかなり意味に幅のある歌だと感じました。恐らく「死にたい」と思ったことのない人には恐ろしく過剰で、犯罪を彷彿させる歌に捉えられてしまうかもしれません。しかし、一度でも自分を責めて「死にたい」と思った人は「ナイフの向き」に注目するのではないでしょうか?その向きを変えることがどれほど大変で難しいか。そのナイフを手放すことも、傷つけない使い方をするのも自分次第。でもまずは向きを変えないとはじまらない。自責に囚われてしまう人にぜひ読んでほしい短歌です。
/この歌を推薦した人 新妻ネトラ
#104
声放ち泣くかなしみもあらむ蛇、百足、蛆虫、蚯蚓のたぐひ
/ 藤田世津子 歌集『反魂草』(ながらみ書房, 2003年)
この歌の前後には、乳癌の宣告、切除手術の歌が並ぶ。
歌に登場する「たぐひ」が声を上げて鳴くことはないが、主体も声にならない慟哭を抱えて日々を過ごしていたのかと読んだ。人から疎まれる生き物たちへのまなざしが、教師であった主体の心持ちを映しているように思える。
/この歌を推薦した人 敦田眞一
#105
捥ぎ取られなほ熟れてゆくいのちなれ枕辺に桃匂ひたちつつ
/ 藤田世津子 歌集『反魂草』(ながらみ書房, 2003年)
乳癌術後の歌と読んだ。藤田世津子の歌集『反魂草』を通じて命令形が多い印象だが、この歌でもみずからの命を強い言葉で鼓舞している。結句の「つつ」は、詠嘆と読んだ。乳房を捥ぎ取られながらも、主体の命がふくらんでいく様子が浮かぶ。
/この歌を推薦した人 敦田眞一
#106
私たちの心臓は透明扱い 生きていることが流行っているから
/ 丸田洋渡 歌集『これからの友情』(ナナロク社, 2025年)
この歌の「私たち」は、読み手である私を含んでいないような気がする。私は私の心臓が透明だとも、流行りだから生きているとも思っていない。それなのに、「私たち」の世界での生に対する婉曲が、私がいるこちら側にもはみ出してきて、私は私の心臓や生きていることを疑い始めざるを得ない。この歌を読んだ私は、この歌と全く同じ論理を、ゼロから再構築することになる。
/この歌を推薦した人 山田やまめ
#107
息切らしつがいだ乗せろと方舟に押し入るだろうな俺の手引いて
/ 飯田有子 現代短歌 No.107 特集『BL』(現代短歌社, 2025年)
荒々しく、だけど真剣な「乗せろ」という言葉に、抑えがたい切望と熱量を感じる。「つがい」「方舟」という語の選び方に逃避と救済、そして二人だけの世界への希求がにじみ出る。恋人同士の危うさと強さ、甘さと暴力性──その曖昧な境界をたたきつけるように詠まれており、読むたび胸がざわっとする。ボーイズラブというテーマを超えて、渇望と救い、人間の持つプリミティブな感情を映し出すこの歌はとても鮮烈。だから、大好きだ。
/この歌を推薦した人 箭田儀一
#108
壮絶な結論として春 蛹とは溢れなかったポタージュのこと
/ 川瀬十萠子 Xと suiu
この歌に出会ってしまったこれから先の人生は虫の蛹の内部に想像を巡らせるたびに濃厚なポタージュスープが、ポタージュを口に運ぼうとした瞬間に斜め懸垂の角度で身動きしないアゲハチョウの蛹が、頭の隅から手を振ってくる呪いにかかったと思いました(嬉)。
春という季節のあり得ないほどの豊かさと、その裏に隠れた容赦のない厳しさや恐ろしさ、それらがポタージュの質量を持って読み手を押し流そうとしてくる凄みのある歌だと思いました。
/この歌を推薦した人 岩瀬百
#109
全力で生きることつて切なくて江頭走る江頭跳ねる
エガちゃんを見ているときの俺は切なさを感じていると気づかせてくれた歌。こんなところに歌になる本音が隠れてたのかという意外さもあって印象に残っている。「全力で生きることって切ないよね」と言われたら「まあ、そうかも」となるが、その後にエガちゃんが出てきたことでその切なさを唐突に身体で理解できるようになる。下の句の助詞抜きリフレインの圧倒的なエガちゃん感もすごいなと思った。
/この歌を推薦した人 村川愉季
#110
線路は続くよどこまでももうこれ以上動けなくても
/ 折戸みおこ Twitter:2025年10月30日
童謡の『線路は続くよどこまでも』がモチーフになっているのだと思います。童謡では、『野を超え山超え谷超えて』と明るく前に進み続けるイメージがありますが、ある意味それと真逆のような下の句の構成に衝撃を受けました。私はもう頑張れないのに、世界は容赦なく周り続けると思った事は、多くの人の中にある気がします。この容赦ない部分に救われる日もあれば、進む事に首がしまって息が出来なくなってく日もある。でも、このような落差を持ちながら過ごすことが生の実感にもなり得て、悲しみだけでは無い感情を持つ。辛い夜、暗いベッドの中でこの歌を呟いたら、世界に置き去りにされた自分をそっと抱きとめてくれるかもしれない。前に進めないという事実を否定しないまま、ただ“そこに存在している自分”を許してくれるような歌です。
/この歌を推薦した人 もめん
#111
生活の途上にいます荒れ狂うホース踵で踏みつけながら
/ 森屋たもん https://x.com/monsontanka/status/1893293145317687542
中の水圧が高すぎて、ホースが荒れ狂う。本能や感情、もしくは病気の症状などを表しているのだと思う。
水圧が高すぎる人もいれば、水が思うように出ない人もいるだろう。常時適切な水流を保てる人なんて多分いないんじゃないかと思う。それでも皆平気な顔をして他人と接し、生活していかなければならない。
強く共感するとともに、普段何気なく関わっている人達もそれぞれの苦労をしているんだろう、自分もがんばろう、と思わせてくれた歌。
/この歌を推薦した人 古橋つちこ
#112
新しい朝が来た希望の朝だ 僕はもう泣きそうだ泣きそうだ
/ c200w204 カクヨム短歌賞【ナツガタリ'25】10首連作部門「小学校の歌」
構成:
上句 〈ラジオ体操の歌〉の引用
下句 自らの感情描写
「希望の朝」に「泣きそう」になるのだ、今にも僕は。初めてみたときから気になっていて今もまだ気になっている。作者の詳細はわからないですが、ぜひ短歌を続けていて欲しいです。
/この歌を推薦した人 yohei
#113
死ぬ時はやや我が儘な約束をして死ぬことを赦してほしい
/ 空虚 シガイ https://x.com/i/status/1992440507914747970
自分を厳しく律しながら誠実に生きてきた人が、大切な人に別れを告げるときの『やや我が儘な約束』。おそらく告げられた相手は、すぐ手を取り『当たり前よ、良いに決まっているじゃない』というような内容だと思います。
こんなにも優しい人の最期の願いを考えると涙が出そうになりました。『許して』ではなく『赦して』。どうか自分を解き放ってほしいと伝えたくなりました。切ない素敵な短歌をありがたく、尊く思いました。
/この歌を推薦した人 織部ゆい
#114
座る前からくぼんでる椅子みたいそういう愛され方が苦手だ
/ 文野やよい 東京歌壇 2025年6月1日東直子選
「嫌い」と言い切るほどには突っぱねない。だけど口には出せなくてもずっと心のうちで思っていた本音という感じがしました。誰かの形にくぼんでいる椅子に座ったときのきまりの悪さが、その心情を表現するためのぴったりな比喩となっていると思います。
/この歌を推薦した人 鈴木雀
#115
権力のなにを恐れて 花園にとめどなく鋏(はさみ)が鳴らされる
/ 石村まい 毎日歌壇2025年5月13日朝刊 水原紫苑選 特選二席
この歌を一読して、その不穏な美しさに魅了されました。権力の濫用というと、たとえば独裁体制によって人々の多くが貧しい生活に追いやられる、というようなことを想像しがちです。しかし、本当に恐ろしいのは、美しく整えられた世界から、自分自身の居場所がなくなることなのかもしれません。
花園は庭師によって手をかけられて常に美しく作られます。私たちが花園を鑑賞する立場にある限り、その行為を称賛することはあっても咎めることはまずないでしょう。けれどもし、自分がその花園の〈内〉なる存在となったならば、全体の調和のために取り除かれる不安とともに暮らさなければならなくなります。その時、美しさはやさしさとは違うことに気づかされるのです。
同時に、まったくの手入れなしに快適な暮らしは存在しない、ということも忘れてはいけません。誰の手も入らなくなった花園は、すぐに荒れ果てるでしょう。結局のところ私たちに出来ることは、鋏から目を離さないことだけなのかもしれません。
/この歌を推薦した人 飛和
#116
月に魔力、がんもに浮力、私には詠めないことのある健やかさ
/ 北山あさひ 歌集『ヒューマン・ライツ』(左右社,2023年)
北山あさひさんについて書くと夏に決めてから、『崖にて』『ヒューマン・ライツ』の二冊をずっと頭のどこかに置いて暮らしていた、ここ半年でした。そしてその論考とは別の歌作りの場面でも、どこでも、いつも励みになってくれるようになったのがこの歌です。丸いからって月と並べないで下さい、がんもどきを……と気持ちよく脱力させられつつも、おでん鍋にいつもぷかぷかぷーと浮いている奴の「浮力」をすぱっと切り抜く切れ味の鋭さには感服。私には詠めないことばかりだけど、でもやっぱり健康第一で呑気にいきたいです。
/この歌を推薦した人 コンアイコ
#117
祈るしかできない母も母なりに餃子をたくさん包んでいます
/ 葉月ままこ うたの日2025年8月12日『祈』
家で作る餃子はやさしさの食べ物だと思います。たくさんの具材を混ぜて、一つずつ包んで時間をかけて丁寧に焼く。親には親の、子には子の、あるいはパートナー間でもそれぞれの世界や悩みがあって、それはどちらも干渉できるものではないけれど、食べ物に精一杯の気持ちを込めてエールを送るあたたかさはとても普遍的で純粋な祈りだと思います。すごく好きです。
/この歌を推薦した人 星谷麦
#118
躁な歌詞 タフに嘯き酔った歌 つよき武装に不確かな嘘
/ 梶峰みじか Xのポスト
上から読んでも下から読んでも同じ音になる回文短歌を、毎日、投稿されている歌人さまの中で特に刺さった一首です。
こうも歌として整った、詩性も存分に味わえる回文短歌を拝読していると、作中の語句一つひとつが成るべくしてその形に成ったのではないかと思わされます。「嘯」が「武装」の裏返しであることも、「躁な歌詞」を「タフ」にうたう姿には鏡写しのように「不確かな嘘」が見えることも、まるで必然のように感じてしまいます。
上からも下からも繰り返し読むごとに、ことばの魔法のような面白さ、奥深さに引き込まれていきました。
/この歌を推薦した人 憂杞
#119
楽しみな予定をつくる何もない日々を滑走路にするために
/ みくに Xにて。11月自選2025.12.5
みくにさん、短歌やめてほしくない。こんな輝かしい歌を残して去ろうとするのズルい!滑走路、永遠に続けと思うのはダメでしょうか?
/この歌を推薦した人 全美
#120
学校を休んで本屋に行くことで息をつないだ日があったこと
/ 水上歌眠 2025年5月19日 https://x.com/kamin_plz/status/1924401334050283817?s=46
学校に行けなかったころ、好きな本や物語を読んで心の拠り所にしていました。現実の自分から離れて物語の主人公になりたいと思った気持ち、やっと行けた学校の中で人の少ない図書室をシェルターのようにして自分だけの本を探していた子供のころの自分を思い出すような愛おしい短歌です。
/この歌を推薦した人 ふく
#121
覚悟より先にふくらむ腹きみに花の名前はたぶんつけない
/ 桐島あお https://x.com/i/status/1938469697940521126
連作『兎の庭』の結びの一首です。
ご本人のアカウントより連作を見ていただきたいので全体のネタバレは避けますが、妊娠を描写したお歌です。体内で育ってゆく「きみ」には、「花の名前」は“たぶん”つけない。詠者とその体に宿る「きみ」がいかなる性を持って世界に存在しているのか、そしてそれをまなざす瞳はどんな温度を持っているのか。繰り返し読むほどに切なる感情が伝わってくる一首です。
私自身、親に貰った名が花の名前に由来することと、それに付随する体のことをよく考える身です。連作全体を通して様々な意味で忘れられないものになりました。この歌に触れるべきすべての人に届いてほしい一首だと思います。
/この歌を推薦した人 波止場裕
#122
花はみな抱擁 だけど抱擁を解かれてからがむしろ花だと
/ 服部真里子 同人誌「詩誌 蜜短歌部」 2025年1月19日発行
連作8首「抱擁」の中の4首目にあたる歌をまず選びました。
この連作短歌すべてが好きで、おそらく今年一番好きな連作でもあります。
他にも連作1,2、5首目と7首目(下記に掲出)も際立って美しく、心理描写と景の紡ぎ方が秀逸で、今年の歌を振り返ったとき、特に心に残っていて思い出されました。
姿見の中に私が滝である夜を重ねてゆけば極月
花はみな抱擁だから白木蓮(はくれん)の花のいずれに君の声ある
抱擁を解かれたように昇りくる月は目鼻をなくしたままで
千年紀よこぎる蟹よ向こうでも美しい砂を踏んでおいでよ
/この歌を推薦した人 古井 朔
#123
火葬場の扉にも似て頑なに閉じられた瞼に血が薄い
/ 芒川良 「ブレザー」https://x.com/susukikawa/status/1967863664377204862?s=46
まぶたを閉じるたび、思い出しました。
/この歌を推薦した人 太田葵
#124
ふつうだよ痛かったとき辛いとき涙が出るのふつうなんだよ
/ 織部ゆい アフターネオ 東京こころフェス #誰かを救う短歌
僕は大学在学中に精神疾患を患い、新卒で就職することができず、酷い時は家の物や自分の作品を破壊したり自分の体に傷をつけたりして過ごしていました。無力感と罪悪感で苦しくて涙を流すと、家族に「泣くな」「泣くのは間違っている」と…。しかし、織部ゆいさんの「辛い時は泣くのが普通」という言葉に何だか優しく温かい手を差し伸べられた感じがしました。本当に、他の誰かも救える短歌だと思いました。織部さん、ありがとうございます!
/この歌を推薦した人 須藤純貴
#125
はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢつと手を見る
/ 石川啄木 小池光著『石川啄木の百首』(ふらんす堂, 2015年)
外出した時によく寄っていた荻窪のブック・オフで1300円で出ていたのが、11月のある日に税込み520円になり喜んで買った本の一首である。今年の流行語大賞の「働いて働いて~」があまりにも言葉として実がなくてがっかりした時にこの本の啄木のこの一首の方が国民みんなの真の思いなのではと思うようになった。本の解説にあるように「現代に啄木が生きていたら人気随一の有名なコピーライターに」なり、流行語大賞を取った気がする。
/この歌を推薦した人 六浦筆の助
#126
だいじょうぶ今日より酷い夜がある それでもきみは息をしている
/ aoisoka https://x.com/i/status/1972097013404852235
辛い夜をたくさん乗り越えてきた未来の自分からの「大丈夫」という言葉ほど、説得力があって自信になるものはないと思います。繊細な言葉選びの中に、ぐっと背中を支えてくれるような力強さも感じます。お守りのような短歌で大好きです(*´`)
/この歌を推薦した人 ヤマメ
#127
スーパーと法定河川のない街でかさぶたを剥くことだけ覚える
/ 品田まむ 文芸誌『断食月』創刊号
「スーパー」と「法定河川」がまるで愛と真実みたいな重要性を帯びた人生、それらの欠落にはかさぶたを剥く自傷でしか対応できないという切実さが、掲歌にはある。
/この歌を推薦した人 尾内甲太郎
#128
こなごなのホワイトロリータしのばせてゆけば決戦みたいな夕日
/ 湯島はじめ 短歌集『海と鳶色』(私家版、2025年)
https://x.com/hajime_yu 11
ホワイトロリータは、みんなが知っているお菓子だけれど、それが最初から粉々。ロリータという名前も相まって、非力でなんだか可哀想な気がする。それをお守りがわりに決戦のような夕日と対峙する主体。すべての一日が一度きりの真剣勝負であることを思う。
/この歌を推薦した人 鈴木 精良
#129
さみどりにさやぐさざなみ 風は火を、火は運命をおそれず生きて
/ 井上法子 歌集『すべてのひかりのために』(書肆侃侃房, 2024年)
日々を生きていくとき、気づけば祈りとして口ずさんでいる歌があります。この歌を思うとき、いつも私は、果てしない草原とそこを吹き抜ける風を、やわらかな青空のもとで緑とともにきらめく光を、世界の広がりを、自分自身とつながっているものとして感じます。
この歌に出てくる、風が火を、火が運命をおそれるということが具体的にどういうことかはわかりません。風は火を吹き消す力を持つとか、火が運命を象徴するものの一つであるといった、何らかの関係性をぼんやりと思うのみです。けれど、その意味がとれないことこそが、この歌の魅力なのだと思います。
私たちがこの胸に抱く「おそれ」という感情すべてを明確に解き明かすことはきっと叶わないでしょう。だからこそ、風や火という自分よりも遥かに大きな存在にさえもおそれるものがあり、さらにそれらすべてをぎゅっと抱きしめてくれるような祈りの存在の気配に、詰めていた息が解かれるような気持ちになるのです。
/この歌を推薦した人 飛和
#130
きらめいて、線香花火のたましいは涙と同じ速度で落ちる
/ ume https://x.com/buumekonbutya/status/1941507816474411220?s=46
まず、冒頭の初句「きらめいて、」の句読点の魔法
冒頭に読点を置き、しかも「きらめいて」で一度区切る。これにより短歌なのに詩の“呼吸”が可視化される効果があります。
「作者が見つめている光」「感情のたゆたい」
「ほんの一瞬の間」が読者に伝わり、すでにここで世界観が決まるのが見事です、
四句目「涙と同じ速度」—比喩の精度の高さ
この表現がこの句の核のように思います。
「線香花火=涙」という単純な比喩ではなく、「落下の速度=感情の落ち方」という“動き”を比喩にしている。
「物理現象」→「心の動き」に橋をかけているタイプの比喩で極めて繊細かつ、芯があると思いました。
線香花火は美しく輝くほど、落ちる瞬間の喪失感が強い。
涙も、光るほど胸の内は落ちてゆく。
美しさと哀しみが同じ線上にあるという世界観は、ただの無常感にとどまらず、その二面性を映し出す大きなスクリーンです。この一句は
「映像」「心情」「時間」「哲学」がたった一行で共存していて、現代詩と短歌の境界を越えています。
私たちが散る最期の瞬間も、きらめけるよう毎日を生きていきたいですね。
/この歌を推薦した人 邪去侮の梯子
#131
僕たちの知らないことが起こってる工事現場のフェンスの向こう
/ ツキミサキ 2025年5月13日 うたの日 題「工」
例えば見たことのない制服とヘルメットを着た何人もの大人や、アスファルトの道路に空いた深い穴、そして機械の大きな音など。何も知らない子供の頃の自分に、それらはどう見えていたでしょうか。立ち入りを禁じられているフェンスの向こうに、未開の地を目前にしているような好奇心を膨らませていたかもしれません。
私は県外などの遠い旅先に「未知」の発見を求めがちでしたが、こちらの短歌を拝読した時、実はずっと身近な所にも未知はあるのだと気付かされました。きっと大人になって何となくの知識を得ているうちに見逃していたのだと思います。そんな自分を純粋なきもちへと立ち返らせ、日常での視野を広げてくれる一首です。
/この歌を推薦した人 憂杞
#132
名前などないと思っていた猫がやさしい声に呼ばれて消えた
/ 三月とあ 毎日歌壇 2025年4月7日朝刊
名前なんてなければ、と思っていたころがある。名前なんてなければ、どこにも存在せず、なににも執着せず、それはそれはかろやかに生きられるんじゃないかと。でも、この歌で猫は名前を呼ばれて消えてゆく、おそらくはとてもかろやかに。自分を呼ぶ誰かがいるという不自由さに守られて、はじめて自由に振る舞えるということを知ったのはいつだっただろう。気づけば、いつかのわたしが猫にとり残されていました。やわらかな場所へ心が置いてけぼりにされるような、不思議な感情のゆさぶられ方をした歌でした。すてきな歌をありがとうございました。
/この歌を推薦した人 境千尋
#133
閉じたあと現実はまた立ち上がる題名のない裏表紙より
/ 山田裕樹 現代歌人協会主催第54回全国短歌大会 坂井修一選 佳作
身近な場面でありながら、視点をひっくり返した描写で新たな発見がある歌だと思い、とても好きです。
私自身、他の人生を想像で体験できることが読書の大きな魅力と感じており、深い共感もあります。本を読み終えるたび思い出す歌です。
/この歌を推薦した人 小石岡なつ海
#134
父につながるすべての機器をあきらめてわれらここから先遺族なり
/ 芍薬 第68回短歌研究新人賞最終選考通過作(短歌研究7,8月号)
芍薬さんのお名前とお歌はいろんなところでお見かけしていますが、連作を垣間見させていただいたのはこれが始めてでした。
お父様がお亡くなりになった時のことを詠んだ連作からの抜粋。
医師が息を引き取った時刻を宣告し、身体につながれた機器が外される。家族が遺族になる瞬間に、胸が苦しくなりました。
連作すべてを読みたくて、ずっと心に残っている一首です。
/この歌を推薦した人 小仲翠太
#135
名も知らず水ようかんの人として覚えられてる遠い親戚
/ 汐留ライス NHK短歌2025年10月号テーマ「デザート」佳作
誰かのことを覚える時、名前よりも他の特徴で覚えてしまうことってありますよね。水ようかんの人は、よく水ようかんをくれる人なのでしょうか。遠い親戚とのことですが、意外と離れていなかったりする親戚でも「〇〇の人」で覚えてしまうとなんとなく遠く感じてしまう…ということを上手く表現している短歌だと思いました。
/この歌を推薦した人 須藤純貴
#136
廃墟・廃港・廃線・廃市・廃病院・廃家・廃井 あぢさゐのはな
/ 秋月祐一 歌集『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』 (青磁社 ,2020年)
本に一首評を書かせて頂きました。物語性をどう引き出すかとても悩みながら書きました。読み解き甲斐があり、インパクトも抜群のお歌だと思います。
/この歌を推薦した人 もくめ
#137
破顔というのか自転車に乗る老人が凱旋門の口を開けていた
/ 大月陽星 連作「坂をつくる」冬のシカゴと短歌賞
おかしな事は何も言っていないのに怖い。
「破顔というのはこういう顔だろうか、自転車に乗った老人が凱旋門のように大きく口を開けて笑っていた」という歌なのだと思う。だが「顔が破れる」という字面と「凱旋門」という例えの相乗効果で、老人の顔を硬くて巨大な凱旋門が突き破ったまま走っているようなイメージに囚われてしまう。
凱旋門を思い描く時、口にあたる空白よりごつい本体の方が先に浮かんでしまう事も大きい。強烈に印象に残った。
/この歌を推薦した人 野川りく
#138
日没の眺めもいつか見てほしい後日はうつくしい場所だから
/ 岡野大嗣 歌集『あなたに犬がそばにいた夏』(ナナロク社、2025年)
今日があって、補うように後日がある。その前提に立つと、時間は有限だからほんとうはあり得ないのだけど、今日にロスタイムが生まれる気持ちになる。すべてを眺め、味わい、考え、記憶することはできない。けれど大丈夫。わたしたちには「後日」といううつくしい約束があるのだから。
/この歌を推薦した人 鈴木 精良
#139
読み返すたび思い出す日記には残さなかったことの数々
/ 富尾大地 「NHK短歌」2025年3月号 俵万智選特選一席
SNSやブログで、出来事や心情をオープンにしてしまう風潮が当たり前のようになった今、より胸に迫る歌である。秘するが花。文字に残さなかった、数々の出来事を反芻する主体に、深く共感する。
/この歌を推薦した人 山口絢子
#140
短歌ってうんこに似てる外に出て少し動くとモリモリと出る
/ おしりドラゴン 歌集『ウンチングフラワー』(私家版、2025年)
おしドラさんの歌からは「自分の好きなことを自分のために詠んでいる」短歌への姿勢が感じられて、それに憧れています。あと私は寡作で便秘気味なのでうらやましい。
/この歌を推薦した人 はぎさわやか
#141
沈黙の祈りを奏でる楽団は亡きひとたちの息で成り立つ
/ ひなつじ羊 短歌アプリ つくよむ 2025年11月10日 お題「楽」
https://x.com/hntj66_zz
一目みたときから心を掴まれてしまいました。楽というお題から、ここまで美しい景色に広げられることが本当に素晴らしいと思います。"沈黙"と"奏でる"という言葉は、本来であれば相反する言葉だと思います。しかし、だからこその世界観がここにはあって、その世界から目が離せないのです。"亡きひとたちの息"という表現も、死が怖いものでは無く、この世界がたくさんの人々の呼吸からなってきたものだというあたたかさを感じます。静かなホールの一席に座り、この光景を観ている自分まで思い浮かぶこの歌が大好きです。
/この歌を推薦した人 もめん
#142
誰かから見ればわたしも運がいいカーブミラーに映る青空
/ 小金森まき NHK短歌2025年3月放送 題「青空」入選
普通カーブミラーは道路などを映すものだが、主体はそこに見える青空に焦点を当て、「誰かから見ればわたしも運がいい」という認識に繋げている。この発想も、短歌の構成も、すべてが鮮やかで、いつまでも忘れられない一首である。
/この歌を推薦した人 はるまち
#143
父親の自慢話についている尾ひれをあぶりマヨでいただく
/ アゲとチクワ NHK短歌 2025/3/9テーマ「物語」
NHK短歌テーマ「物語」で選ばれた一首です。お父上の自慢話をおそらくお酒を飲みながら聞いているのでしょう。おつまみをつまみながら、ニコニコと聞いている主体の姿が目に浮かびます。そして、その自慢話に尾ひれが(多少)ついていることもうすうす勘づきながら・・・。お父上だけでなく読んだ自分もほっこりとする歌だと思います。
わかりやすい表現、平易なことばで、ときにクスリとさせてくれる歌をたくさん作られる方ですが、その中でも大好きな一首です。
/この歌を推薦した人 みぎひと
#144
日が暮れて前歩いてた黒猫が消えた私は目が悪いから
/ 佐藤橙 「現代短歌」No.112(第13回現代短歌社候補作)
黒猫が存在として突然消えるわけがなくて、でも闇に紛れるのはわかるから、それを詩として「日が暮れたから黒猫が消えた」というのはいえそう。そうではなく、「私は目が悪いから黒猫が消えた」といえてしまうことに心が動かされた。世界を成り立たせるのは知覚。理をまざまざと明かして詩になるのが良すぎた。自分も歌で似たようなのをやった気がするけどここまではできていない。
/この歌を推薦した人 金森人浩
#145
大切なものにはリボンなどついてなくって見落としそうな夕焼け
/ 小仲翠太 NHK短歌 2024年12月15日放送 大森静佳選 テーマ「プレゼント」
大切でかけがえのないものにリボンはついていません。
夕焼けにもリボンはついていません。
これまで、美しい夕焼けをどれほど見落としてきたのでしょうか。
「大切なものをどれだけ見落としてきたの?」と問いかけられているような歌です。
/この歌を推薦した人 椿泰文
#146
責任がとれないぐらいの肉じゃががある 鍋をまぜても全部肉じゃが
/ 迂回 同人誌「なんたる星」2025.2月号
肉じゃががいっぱいある。嬉しいはずのシチュエーションが、「責任がとれないぐらいの」量のせいで悪夢に一転してしまう落下感が好きです。
/この歌を推薦した人 汐留ライス
#147
生殖をしないをんなの足首を母となる蚊に差し出してゐる
血のことを言っていないのに血を、そしてその受け渡しを通じて兼題の「生」をも感じさせる巧みさもさることながら、この歌自体が、差し出された足首そのものであるかのような再帰的な印象を受けました。
/この歌を推薦した人 袴田朱夏
#148
生きるしかできないわたしを責めながらおかあさん、冬の白ばらが咲く
/ 鈴木精良 東京歌壇 2025年11月23日 東直子選
前提として「わたし」を責めるのはわたし自身である、と受けとった。
おかあさん、の呼びかけは"いま現在ここにいる母へ"ではなくて、心象の母へだろうか。縋るような気持ちや、いまの「わたし」を見たらおかあさんはどう言うだろう、といった(たとえば見捨てられることへの)おそれも感じられる。心象の印象を強めるのが「冬の白ばらが咲く」のフレーズで、雪や曇りのイメージがつく冬の、それも白いばら。実像でもありそうだが、彩度が低く音もない夢や回想のワンシーンのようでもある。でも、決して逃避的ではない。
生きるしかできない、主体はそう言うけれどその言葉のつめたさや重たさが導く景「冬の白ばら」からは、孤独と気高さ、それでも今日あした生きることへの希求を強く感じる。
切々と、苦しく、けれどうつくしく胸にのこる一首。
/この歌を推薦した人 湯島はじめ
#149
水晶体を通るいづれの景物もひかりに過ぎず ひかり あなたも
/ 上川涼子 歌集『水と自由』(現代短歌社、2025年)
全てが光であることの救いと、全てが光でしかないことの救いのなさが共存しています。個人的には、光として互いを行き来できるって嬉しいことだなと、気付かせてもらった歌でした。
/この歌を推薦した人 千代田らんぷ
#150
人間に飽きてしまった神様が興奮するほどデカいかにぱん
/ 鳥さんの瞼 https://x.com/i/status/1986373145847353522
かにぱん大好きです。「興奮するほどデカい」にはドキッとするようなユーモアがあり、かっこいいと思いました。「人間に飽きてしまった」には強い痛み、諦念、厭世感などを感じます。しかし、下の句を読んだあとにあらためて上の句を読むと、なんとなく「この神様は、本当はまだ人間を信じたいのかもな」という気がしてきます。この技巧が凄いです。そして、僕もこういう感じの神様になりたい!俺は神になる。
/この歌を推薦した人 できない
#151
(決裁にハンコがありますあなたのですお分かりですね古畑でした)
/ 村田真央 https://x.com/maomurataxyz/status/1881488472315400421
括弧の使い方、結句に痺れました。仕事の「あるある」が、コミカルでスカッとする歌に仕上がっていて、好きです。
/この歌を推薦した人 有為
#152
祈るとき目を閉じるのはそのほうが美しいから 前髪を切る
/ 真島朱火 2025年11月20日 うたの庭 題『祈』
祈るときに目を閉じるのは、そういえばなぜだろう。AIに質問をしたら「神に集中するため」「雑念を減らすため」など宗教により理由があるとのことだった。それが事実かはさておき、提出歌は、祈るとき目を閉じるのは「そのほうが美しいから」と言い切る。
たとえば神などの祈りを捧げる対象ではなく、祈る人の祈る仕草への俯瞰。祈ること自体へのややシニカルな目線も感じる。
仮に、神を信じない主体は何を信じるのか。
「前髪を切る」という日常的かつ具体的で、身体性をともなう行動。それは目を開いたときの視界を変える行為でもある。この人は目を閉じてなにかに祈ることよりも、主体的に前髪を切ることで変わる、開眼して実際に見える世界を信じているのではないか。
その現実への向き合いかたがとびきり格好良く、惹かれた一首。
/この歌を推薦した人 湯島はじめ
#153
キッチンといったらたばこ、たばこっていったらママで、ママはまぼろし
/ 湯島はじめ 歌集『海と鳶色』(私家版 2025年)
歌集をめくっていてはっと目が止まって笑ってしまうほど良かった。ママがキッチンで消えるまでの情景がはっきりと浮かんだ。寂しい歌に見えて、その寂しさを突き放すようなさっぱりとした強さのようなものも感じて、繰り返し読んでいる。
/この歌を推薦した人 村元 葉
#154
住んでゐる街の名前で呼び合ひき八王子のはちこ小竹向原のむかお
/ 中尾亜由子 日本経済新聞 朝刊「歌壇」2025年11月15日穂村弘選
旧仮名遣いながら、どこかやさぐれた感じのギャップと、最後の「むかお」のインパクトに心奪われました。
/この歌を推薦した人 橘高なつめ
#155
手のひらに大きなラの字があると知りそれからずっと手のひらに歌
/ 琴里梨央 NHK短歌テキスト2025年6月号(木下龍也選)
大きさやきれいさは違っても、多くの方の手のひらにもラの字(に似たようなもの)はあるのではないでしょうか。ラの字を歌とすることで、高めの音の連なり、そして楽しそうな雰囲気を連想しました。そういった明るくなれるものを手のひらに持っていると思わせてくれる、私にとってお守りのような歌です。
/この歌を推薦した人 りのん
#156
車窓から千回は見た看板の〈しょうない川〉のひらがなが好き
/ 古橋つちこ 短歌部なごや
凄く名古屋愛を感じ、優しくて印象に残っている歌です。
/この歌を推薦した人 Noctiluca
#157
古めかしい踊りをふたり踊る部屋 不可視の紙ふぶき、花ふぶき
/ 小野田光 同人誌「砂糖水」2025AUTUMN,2025年
踊りを踊るふたりの部屋に目には見えない紙ふぶき花ふぶきがが舞っている、ふたりきりの祝祭感あふれる歌にうっとりさせられました!
/この歌を推薦した人 榎本ユミ
#158
まぼろしのむすめに犬歯の生える頃わたしは海賊船になりたし
/ 大森静佳 「文學界」2025年9月号
どこを切り取っても息ができないくらい濃密な一首。すべてがまぼろしの中に包まれている。
/この歌を推薦した人 藤本玲未
#159
マカロニでなにかを吸ったことのあるすべての人にあかるい老後
/ 青野 朔 X
この歌を目にした瞬間、私は「マカロニでなにかを吸ったことのある人」になった。この短歌によって、私(たち)の自認の中に「マカロニでなにかを吸ったことがある人」という項目が追加される。そんな力を持った歌だと思う。「すべての人にあかるい老後」という下の句も素敵だ。人生を照らす祈りの歌である。
/この歌を推薦した人 藍元
#160
ちかぢかと死者に呼ばれて来た沼に沼は見えざりいちめんの蓮
/ 江戸雪 歌集『カーディガン』(青磁社, 2024年)
沼を見に来たつもりが、沼は見えなかった。
もし蓮のない沼であったなら、そこを覗き込む主体は水面に映り込み、自身と見つめ合うことになったのだと思います。あるいは、主体を何らかのかたちでその沼へと導いた死者をそこに見たのかもしれません。“沼”にはそのような、湖や海よりも静かに奥深くへと引きずり込む力がある気がします。
けれど主体が目にしたのは“いちめんの蓮”だった。そのぽんと放り出されたような結句に、主体だけでなくその背後にいる読者の予想をもするりと躱していく現実の面白みというか、味わいがあるように思えました。
艶めく蓮の葉や花が予想外の美しいものだったとしても、主体が見たいと思っていたものとは違う光景だったろうと想像します。“いちめんの蓮”に対する感情は困惑か、喜びか。読み切れないまま、それでも、思い描いた光景と現実の視界を重ね、擦りあわせ、納得していく過程はとても人間らしく温かみのあるものだと感じられました。蓮の季節にきっと思い出す好きな一首です。
/この歌を推薦した人 早月くら
#161
地球館を出れば互いにちいさくて今なら言えるひとことがある
/ 夏山栞 第26回NHK全国短歌大会 題詠「出」特選
実際にNHK全国短歌大会の会場で聞いて、素敵だと思った一首。短歌の魅力のひとつは、31音で31音以上の世界や物語を描けることだが、この歌はその魅力が最大限に発揮されていると思う。この歌で描かれている場面自体は、「地球館を出たところ」かもしれないが、その前の地球館での様子や、この後どんなひとことを言うのだろうか、という前後のストーリーがどこまでも膨らんでいく。物語性があり、場面の切り取り方も魅力的だ。読む人の数だけ世界が広がるような、とても大きな歌だと感じた。
/この歌を推薦した人 はるまち
#162
ドンドンドン・ドンキー高校生のころ欲しいと寂しいはすごく似ていた
/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社, 2024年)
ああ、ああ、ほんとうにそうだ……と思いました。高校生の頃の気持ちがぶわっと蘇って、すごい「生」だと思いました。生短歌です。すごくすごく好きです。
/この歌を推薦した人 冬城衣
#163
湯むきしたトマトの赤に八月の(いいえ、戦地の)肌がかさなる
/ カワシマサチヨ 銀狐短歌杯 夏の陣
トマトの湯むきと言う日常の営みの中に、戦地の肌を重ねる
このお歌を読んだ時の殴られたような衝撃が忘れられません
いのちを脅かされない場所で遠くの戦争を想う時、自らも(何もしない)加害者であることを皮を剥く行為の中に突きつけられているようです
/この歌を推薦した人 さんそ
これはもうなんていうか、湯むきのトマトが生々しいリアルで、忘れてはならない戦禍を思い起こさせる意味でも世に広く知られてくれ!と思ったお歌でした。
/この歌を推薦した人 ぺぺいん
#165
君からはどの雨だって雨だった。僕を優しい人と言う語彙
/ 中村森 歌集『太陽帆船』(KADOKAWA,2024年)
日本語には雨を表す言葉がたくさんある。「でも雨は雨じゃん」そう言い切る人がいる。雨は雨でしかない。かく言う私もそちら側である。短歌を詠むときはぴったりな表現、美しい言い方をしたいと思うが、日常でそんな感慨に浸ることなどない。「雨だ。濡れるな。傘さすのめんどくさいな。」雨が降っているという事象だけに目がいき、それがどう言う種類の雨なのか、何と表現しようか、などとずっと「雨だ」の思考に止まることはない。
この短歌の「君」は、雨を雨としてしか知覚しない。それは正しいことではある。雨が降っているのだから。でもこれは「君」の中には「雨」に対する幅がないというところに焦点が当てられている。小雨、大雨、雷雨などのグラデーションがないのだ。どれでもただの雨。それ以上でも以下でもない。
そんな人から「僕」は「優しい人」と言われている。この「優しい」に大きな意味はないのだろう。「僕」が本当に優しくても、「僕」が「君」にとって都合がいいだけでも、「僕」が意地悪でも、「君」は「優しい」という。優しいと思ったから優しいという。そこに本当のところはどうなのか、という疑問すら隠れていない。「君」が感じ取ったことが「僕が優しい」ということだっただけ。おそらくこの「君」は誰に対してもそういうだろう。「優しい人」だねと。だってそう思ったから。
この短歌は「語彙」で終わる。「君」の語彙が乏しいんだと言いたいわけではない。「君」は見たまま、感じたままのことを言葉にする人なのだろう。そんな人から「優しい人」と言われるのは案外幸せなことなのかもしれない。裏表がない。でも、そこに深みもない。ただ「優しい人」という「君」にとっての実感があるだけ。喜ばしい言葉のはずなのに、この人から言われると悲しくなってしまう。そんな発話者によっては生じることのある言葉と感情の矛盾が伝わってくる歌。とっても好き。
/この歌を推薦した人 悠月
#166
たったひとりを愛することの極端さきみのためならなんだって煮る
/ 吉村のぞみ 東京歌壇2025年8月17日
「きみのためならなんだって煮る」──これほど率直で、生活に根ざした愛の言葉を僕はほかに知りません。主体は今まさに夕暮れどきのキッチンに立ち、肉じゃがなりブリ大根なりをクタクタほろほろ煮詰めているのだと思う。「たったひとり」を思い浮かべて。おそらく子供や親ではなく、パートナーを思い浮かべて。
「なんだって煮る」は「なんだってする」とは少し趣が異なります。これは、方向性を欠いた滅多やたらな愛ではない。「なんだって煮る」愛とは、僕が思うに、「きみ」のためならどんな困難も厭わない、いわゆる「その健やかなるときも、病めるときも」でおなじみの誓いの愛、覚悟の愛に近いものではないでしょうか。
数多くの人間の中から「たったひとり」を愛することは「極端」には違いありません。しかし、そういうフォーカスを絞った一点モノの愛こそが代えのきかない熱源となり、病めるときは心をあたため、健やかなるときは手強い野菜の芯の部分へちょうど煮汁を染み渡らせる気がします。
こんな風に愛したいし、愛されたいと思いました。
/この歌を推薦した人 山下ワードレス
#167
ブルー・キュラソーの空き瓶 命よりきれいなものをまだ見足りない
/ 笹川諒 歌集『眠りの市場にて』(書肆侃侃房, 2025年)
“命よりきれいなもの”って何だろう、とおもうとき、その対比の底にある命のきれいさへ自然と目が向きます。この一首の持つ空気からわたしが感じられたのは、“命よりきれいなもの”は日常的にふんだんに見られはしない特別なものであること、そしてその特別感を支えている、命はきれいなものであるという主体の確信めいた認識でした。淡々としているようでたしかな体温のある、そんな歌だと感じます。
ブルー・キュラソーのあざやかな青色は、空き瓶、と言われたとしても一首に濃く満ちている気がします。瓶がもともとはその青色の居場所だったことを思えば、主体の目の前にある空っぽの瓶は、きれいなものが足りていない状態なのかもしれない。世界のどこかでいつか出会うきれいなものを、自らの身体へ取り込もうとしてやまないこと。そのやわらかな意思が、ながく余韻のように記憶に留まっている一首です。
/この歌を推薦した人 早月くら
#168
心には袖がないから寒いけど心にはないものだらけでしょ
/ 篠原仮眠 ネプリ「テレビ湾vol.2」2025年5月5日
この歌を読んでから、ないものだらけの心にそれでもあるものは一体何なのだろうと考え続けています。
/この歌を推薦した人 佐藤橙
#169
黙々と蟹を剥きつつ告白のセリフをずっと考えている
/ 久保ハジメ 2025年2月10日(月) うたの日 題『 自由詠 』http://utanohi.everyday.jp/open.php?no=3969e&id=50
殻付きの蟹を食べるとき、各々が剥くことに集中してしまって、口数が減り、食卓に沈黙が下りることはあるあるだと思います。
でも、歌の主体となる人は、蟹を剥くことではなく、告白のセリフを考えることに頭がいっぱい。
食べるために剥いている蟹のことなんて、眼中にない。そんな上の空な状態でも、手はオートマティックに蟹を剥いている、そんな姿を想像して思わず笑ってしまった歌です。そしてそれを冷静に俯瞰してるような視点も、なんだかユーモラスでとても好きでした。
食卓か、旅館か、はたまた外食なのか場所についてはわからないけれど、目の前に告白したい相手がいて、悶々と考えつつ蟹を剥いている景が浮かんでほっこりします。
/この歌を推薦した人 せんぱい
#170
僕だけの神様だったはずなのに誰もが祈り救われている
/ 水町春 https://x.com/_haru22/status/1961028060360163706?s=20
私は推しに対して「救いを求めている」らしい。いつだったか…妹に言われた。確かにそうかもな〜と思った。推しが舞台上で輝く姿はさながら暗闇に差す光明だったからである。
しかし、劇場通いを続けている内に それは私だけの光明ではないと分かってゆく。毎度最前列にしかいない気がする古参のファン、仲間を作って鑑賞するファン…など。色んな人を見た。その誰もが彼らに救われている。
つまり、推しは「私だけの神様」ではない。そういう現実を優しく 私に突きつけてくれる短歌である。……と私は捉えた。
/この歌を推薦した人 加藤
#171
弁当箱の隅にいくつか立たされしブロッコリーは子への花束
/ 吉田岬 https://x.com/i/status/1969319385245315225
吉田岬さんの作品は惹かれるものがあまりに多いのですが、母親でもある人間としては、日常に潜むこの「愛」と名付けるにはあまりに小さな祝福を掬いあげてくださったことをとても嬉しく思いました。私にとっては静かにそっと抱えて、大切にしたい一首です。
/この歌を推薦した人 奏
#172
別れても会えなくなっても見えずとも一度出会えばずっと祝祭
/ 中村森 歌集『太陽帆船』(角川書店,2024年)
亡くした子を彷彿とさせる詩
/この歌を推薦した人 さち
#173
老後とは育児の答え合わせだと誰かが言ってずっと夕焼け
/ 斎藤君 第0歌集『死にたくはない』
私は介護職だが、この仕事をしていると老後になり施設に家族が喜んで面会に来るかどうかはそれまでの子育てや家族関係が上手くいっていたかどうかにかかっているなとひしひしと感じるようになった。それをぴたりと言い当てている歌なのだが、果たして老後はずっと夕焼けなのだろうか?老後が新しく輝いてもいいのではないかと思ったとき、三好春樹さんらの本で育児に老人が関わると老人が輝くのだと書いてあったのを思い出した。そしてふと返歌を詠みたくなり、この歌の横に「老後でも育児をすればほがらかに生きてゆけると知って朝焼け」と詠んだ。
/この歌を推薦した人 六浦筆の助
#174
父親を思い出せずに納豆の引けばいくつか千切れゆく糸
/ 村崎残滓 https://x.com/murasaki_zanshi/status/1962132349577293954?s=46
日常のふとした瞬間に心ここにあらず…となることは誰しもあることだが、考えていることが「思い出せない父親」であり、注目しているものが「納豆」と言う取り合わせの妙が心に残った一首。
主体の視線はしっかりと、納豆の糸の動きまでをも捉えている。その鮮明さに比べて父親の存在の朧さが浮き彫りになるようだ。
達観のせつなさと共に主体の気丈さを感じつつ、動かしさえしなければギリギリ保たれる納豆の糸の暗喩の絶妙さに唸った。
/この歌を推薦した人 インアン
#175
普通には程遠いけど幸せに一番近い蠍座のあなた
/ 雲海ギャルズ https://x.com/unkai_gals/status/1909924253937320106?s=46&t=F2uiYGOy1CpWx36
蠍座であることに感謝しました。普通でないことを責められた経験のある人にとってお守りのような短歌です。「どうしたら普通になるのか」「無理しなきゃ普通になれない」「どうして普通にできないのか」そうやって自分を責め、思い悩んできた過去の自分にこの世の摂理を教えてくれました。どういう自分であるかと幸せになれるかなれないかは別の問題である、と。
/この歌を推薦した人 新妻ネトラ
#176
箱を開け喜び声を上げ笑うあなたはママのサンタクロース
/ 花星沙夜 https://x.com/kaseisayo/status/1996757066204250461?s=46&t=zbRMVgnY8IeEoHafI1jM7g
子の喜ぶ姿へ対する嬉しさの表現に子の好きな対象を当てている点が共感出来る
/この歌を推薦した人 祝詞
#177
熱気球いざ大空へと火をつけて自由は怖いものだと気づく
/ 二神まど奏 同人誌「SNS短歌アンソロジー2025」
自由を獲得したときの、あふれるような希望と、ふわふわとした不安を「熱気球」という一つのモチーフでこれ以上なく見事に詠まれたと思う。物事の二面性を鋭く喝破しながら、明るさを保って責任や怖さを表現されていて、深く心に残った。特に周囲の若い人に、伝えてあげたい。
/この歌を推薦した人 木ノ宮むじな
#178
日光にゆっくり褪せてゆくように祖母はひらがなばかりでしゃべる
/ 鳥さんの瞼 2025年10月5日 東京歌壇 東直子選 https://x.com/withoutssri/status/1974778585669157158?s=46
鳥さんの瞼さんの詠む家族の歌が大好きです。この歌は、歳を重ねる毎に言葉の紡ぎ方がゆっくりなった様子を"ひらがなばかりでしゃべる"と表現されているのかと思います。決して直接的では無いのに、どのようなペースで、どんなトーンで話されているのか容易に浮かぶこの言葉に、心を掴まれました。また、上の"ゆっくり褪せていく"と、"ひらがなばかりでしゃべる"のテンポ感がピッタリと合っていて、少し寂しいような、でも温かな空間がここにはあって大好きです。
/この歌を推薦した人 もめん
#179
投げつけた言葉を打ち返さぬ母が繰り返しゆく優しい三振
/ 秋山ともす https://x.com/kiyama_Co/status/1955872345979326902?s=20
性格にもよるのかもしれないが、自分に投げつけられた言葉を、打ち返さずに三振をするということは自分にはとても難しい。だが、私の母も確かに三振をしていた。そして自分も、我が子にだけは、ときどき見逃し三振ができる。親とは、やさしさとはということを考えさせられ、折に触れて思い出し、自分のふるまいをただしたいと思う。
/この歌を推薦した人 木ノ宮むじな
#180
天才や凡人にすらなれなくてそんな僕でも好きと言う君
/ Noctiluca https://x.com/2noctiluca2/status/1989325700147630377?s=46
天才はおろか、凡人という特徴も持ち合わせていない感じる自分。そんな自分にも、好きでいてくれる人がいる、と気づいた温かな歌。人は自分を卑下しがちだが、どんな人間にも必ず好きでいてくれる人…「味方」がいるんだ、と未来を照らしてくれるような気さえするこの短歌がとても好きである。
/この歌を推薦した人 千陽
#181
知らなかった みづうみに降る雨にもやさしいものがあることを
/ ひなつじ羊 https://x.com/hntj66__zz/status/1992793313955742029?s=20
知らなかった みづうみに降る雨にもやさしいものがあることを
まず、「みずうみ」ではなく「う」の字形と似ている「つ」を採用した「みづうみ」と書くことで、全体にまとまりとしっとりとした雰囲気が生まれている点に惹きつけられました。
みずうみに降る雨で怖いものというと、水害などでしょうか? 私のイメージですと、水辺に降る雨は、雨がもといた所に里帰りをしているようでやさしいイメージがあります。しかし、主体にとっては違うイメージだったようで、いろいろと考えさせられて面白かったですし。最終的に、主体が「やさしいもの」を知ることができてよかったなぁという「ホッ」と感が味わえました。
/この歌を推薦した人 白川 譽
#182
聞くの。その名はののさんさののさんさののさんさ野の花のその茎
/ 袴田朱夏 https://x.com/hakamada_shuka/status/1940903129547264296
https://x.com/ hakamada_shuka
「うたの日復活に寄せて」というコメント付きで投稿された回文短歌作品。この日7/4、ひさしぶりにお題の発表があり、燎原の火のように投稿が広がっていったのを覚えている。「ののさん」を3回読み込んだ愛の深い一首の中で、ひときわ目を引くのが下句の「野の花のその茎」。さまざまな彩りの「野の花」を咲かせる歌人たちを陰で支える茎のような存在に見立てた、リスペクトが感じられる表現だと思う。回文ならではの飛躍から生まれたイメージの邂逅が強く印象に残った。冒頭「聞くの。その名は」と尋ねることにより、ののさんという存在をあらためて認識し、称える構造になっている。
/この歌を推薦した人 入谷聡
#183
こころってきもちのわるいものだから蕊という字にもよおす吐き気
/ 富尾大地 東京歌壇 2025年9月14日 東直子選
“蕊(しべ)”は確かに奇っ怪な形をした字です。作者が“きもちのわるいもの”と思っている“こころ”が三つも集合しているうえに、草を冠している。花の生殖器官である「しべ」にこんな生々しい字を当てた人の気持ちが知りたい。
/この歌を推薦した人 亀田巧
#184
誰(たれ)に抱かれ白骨となり帰るのか西郷村字小原小笹陰(をばるこささぎ)
/ 藤田世津子 歌集『反魂草』(ながらみ書房, 2003年)
藤田世津子の生まれ育った土地の名を詠んだ歌。史実では、中〜高校生くらいに福岡〜大阪へと移り住んだとのことであるが、主体は西郷村(現、宮崎県美郷町)に眠ることを望んだようである。
主体は、癌宣告の以前に両親、姉、夫を亡くしているが、望みを託せる者のいないなかでも希望を持って強く生き抜いたのではないだろうか。
現在、小原小笹陰には藤田世津子の歌碑がひっそりと佇んでいる。
/この歌を推薦した人 敦田眞一
#185
大丈夫、僕はやさしい怪獣です 君も家族に会わせてあげる
/ みむめも https://x.com/mimumemo404/status/1907034149527134216?s=46&t=RydY_rhl89Hc2dG0o25zFA
おそらく何も大丈夫ではない。「家族に会わせる」がどういうものなのか、怪獣の丁寧な口調から一転して、そのやさしさがハリボテであり瞬時に恐怖に変わっていくすごい短歌です。
目を通してすぐに物語の構造がジオラマのように立ち上がっていく躍動感は、私が本来短歌に求めていたものはこういうものだったのかと、自分の初期衝動に立ち返らせて下さった強烈な短歌です。
/この歌を推薦した人 会田発春
#186
大丈夫 非常階段で寝室で電車でトイレで泣いている人
/ 鳥さんの瞼 https://x.com/i/status/1971154378372562956
この“大丈夫”には、抱きしめられたようなあたたかな安心感があります。
泣いている人を誰ひとり取りこぼさずにいてくれる“大丈夫”。
今この瞬間にも、泣いている人がいて、その中に私も入れてもらえた気がして、この“大丈夫”は本当の“大丈夫”で、疑うことを忘れました。
この歌に出会えてよかったです。
/この歌を推薦した人 しろまろねこ
#187
人間の一日を三日と生くならば吾と過ごさぬ一日があらむ
/ 小泉キオ https://x.com/kiokoizumitanka/status/1967742727929598139?s=20
愛犬をテーマにしたであろう連作「衛星」中の一首。最近の研究では、犬は七時間サイクルで生活をしており、人間の一日は犬の三日にあたるのだという。人間が労働のために家を空けている時間は、確かに犬にとっては『今日は会えなかったな』という感覚であるだろう。全力で愛してくれる犬に対して、致し方ないとはいえ不義理を働いているようで、ごめんよ、と言いたい気持ちになる。同時に『吾と過ごさぬ一日』はきっと物足りない一日であるのだろうな、という思いが下敷きになっており、犬を愛し、犬に愛されている、という関係性を強く自覚していなければ成り立たない歌でもあると思う。作品の表面からは悲しみや焦りのような感情が、その裏からは大きな愛が香ってくるような複雑な味のある歌で、心に残った。
/この歌を推薦した人 水上歌眠
#188
君の出す生活音がああここをぼくの居場所に変えてゆくんだ
/ 佐々木泰三 「NHK短歌」2025年11月号テーマ「音」または自由
「君」がしてくれることや言ってくれることではなく、ただ「君」がそこにいて出す音で安心できる場所になってゆくというのが良いなあ、と思います。「ああ」「ゆくんだ」に実感がこもっています。
/この歌を推薦した人 宮本隆邦
#189
心臓に冬の匂いが突き刺さる寒い冷たい痛い会いたい
/ おばけ Xへの投稿(2024年6月24日)
冬の凍てつく寒さのように冷たくて痛い状況に陥ったてしまい寂しく心細くなって誰かに会いたく思うのか、愛しい人に会いたくても会えないから寒くて冷たくて心が痛いのか、、、読んでいるだけで涙が滲んできてしまうお歌です。
恋しい想いが静かに強く伝わってきて、今すぐに会いたい人に会いにいってほしいと願うばかりです。けどきっと、簡単には会えないからこそ、心の叫びがこんなに切ないお歌となって現れたのかなと思いました。読む人全ての心にも突き刺さってしまうくらいに。
/この歌を推薦した人 銀浪
#190
衝動買いしないあなたが傾けるペットボトルを気泡がのぼる
/ 服部真里子 歌集『行け広野へと』(2014年, 本阿弥書店)
この短歌に惹かれた理由は読んで一瞬で「私の夫のことが書いてある・・・!」と全身にビビビと電流が走ったからです。無駄遣いしがちな私に対して一銭も衝動買いしない夫が愛飲しているのはペットボトルの三ツ矢サイダー。この短歌を読むと夫とともに過ごす日々が愛おしくなります。この短歌を皮切りに、しばらくは夫のことを書いてある短歌を探すのがマイブームになりました。もちろん私のごく個人的なエピソードを抜きにしても、主体と「あなた」による恋または友情、あるいはどちらでもない何か新しい物語の始まりを予感させてくれて胸が高鳴ります。素晴らしい短歌をありがとうございます。
/この歌を推薦した人 つきひざ
#191
秋茄子に刻んだ隠し包丁を腕のケロイド達が見ている
/ 天崎まばたき/mabataki https://x.com/mabataki_dryeye/status/1967542872326152612?s=46&t=dHcLD3syYE7oMkB6sIOP6A
茄子に隠し包丁を入れている、ただそれだけの景でありながら非常に静謐な緊張感をはらんだ歌だと思います。
茄子には今、主体が調理のために包丁を入れている。隠し包丁だから、一見切った後は見えない。対してケロイドは、過去に、何らかの事情で主体につけられた傷跡です。半袖でも着ていれば、この傷跡はきっと目につくのだろうと思います。
過去と今、被害と加害、有用と無用、隠されたものと晒されたものなど、多層的な対比の構造が破綻なく機能していると思います。
腕のケロイド達(複数形!)は、主体が茄子に加える隠し包丁を見て、何を思っているのだろう…と、想像が膨らむ一首です。
/この歌を推薦した人 知久
#192
秋に会うためにも夏とすれ違う友達の彼氏は大体嫌い
/ なべとびすこ 歌集『デデバグ』(左右社,2025年)
初めて読んだとき、見事さにのけぞりたくなった。拍手をおくりたい下句。ひとりきり拍手をしたのち、卓抜な上句に息を吞む。季節を擬人化し、季節への好悪を表明し、季節と出逢う道筋まで見せてしまう。きわめて平易なようでいて、いくつもの操作を巧みにやってのけた歌だと思う。ただすれ違うだけの、「秋に会うため」の手段としての「夏」に向けられるのは無関心である。「友達の彼氏」に向けられる積極的な嫌悪と、「夏」に向けられる消極的な嫌悪とのグラデーションが面白い。
/この歌を推薦した人 ツマモヨコ
#193
君の手がつくるプリンはずっしりとかたくて平和を信じてしまう
/ 河原こいし 文芸誌『断食月』創刊号
プリンのかたさに託された平和、に諧謔味がある。豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ、みたいな。
/この歌を推薦した人 尾内甲太郎
#194
惹かれるのはひとみの奥の木枯らしがおんなじ色だからとされている
/ 初谷むい 歌集『笑っちゃうほど遠くって、光っちゃうほど近かった』(ナナロク社、2025年)
「ひとみの奥の木枯らし、木枯らしかあ、、、」と思わず天を仰いでしまった。春風や海風ではなく、木枯らしの色が似ているから惹かれる、そういう関係って確かにあるかもしれない。
/この歌を推薦した人 藍元
#195
歯を磨くたびにあなたを発つ夜汽車その一両を思うのでした
/ 笹川諒 歌集『水の聖歌隊』(書肆侃侃房, 2021年)
8月、聖蹟桜ヶ丘の京王百貨店の古本市の古本のんきさんのブースでビニールカバー付きで立ててあった歌集だった。800円だったが表紙をめくると青の細いペンでこの歌と笹川諒さんのサインがある。まさかのサイン本と思い悩んだあげく購入。Xに投稿したら、まさかの笹川諒さんから返答がありまさしく笹川諒さんが書いたサインだった。この歌は歯ブラシを動かす様子を汽車が進む様子と想像して詠んだと想像したのだが、銀河鉄道の夜みたいな詩的な世界に誘ってくれる。それが心地よいのだが、サインのこの歌を一番最初に詠み、歌集の最後にまたこの歌が出てくるので、このサイン自体も輪廻のようになりこの歌集自体が詩のようになっていたのにハッとした。
/この歌を推薦した人 六浦筆の助
#196
今晩も月を見上げるクレーターだらけの胸を抱えてひとは
/ 天野慶 三省堂書店フェア「BARA短歌」より
月は地球上からは見えない裏側にクレーターが多いのだと聞きました。私たちからは見えない部分に隕石による傷がたくさんあるのですね。心の傷を周囲には見せずに静かに輝く人がそばにいて、その人を思いながら詠んだお歌なのかなと思いました。心の傷にそっと寄り添える作者の方の優しい心が伝わってきて、胸が熱くなりました。
/この歌を推薦した人 銀浪
#197
好きな人が幸福である嬉しさよ全ての四季の花が香って
/ 中村森 歌集『太陽帆船』(角川書店,2024年)
愛の詩
/この歌を推薦した人 さち
#198
君のこと春みたいって思ってる いきなりいなくなりそうだから
/ 水町春 歌集『微炭酸短歌』(スターツ出版,2025年)
春みたい、とはあたたかく穏やかで陽だまりが心地よいさまを想起しますが、最近はすぐに夏のような気温になることが多く、過ごしやすい季節はいきなりいなくなってしまうように思います。居心地の良い春のようなひとがあっという間にいなくなることの残酷さと儚さを感じる一首です。だからこそ一緒にいられた時間をこれからも心のお守りにしていこうと思いました。大好きな水町春さん初の歌集にこの歌があってとても嬉しくなりました。
/この歌を推薦した人 ふく
#199
気を許す相手のいないアスファルト陽炎のことは気に入っていた
/ 港内二ノット https://x.com/i/status/1945654855110164820 2025年7月17日 短歌アプリ57577 日替わりお題『陽炎』
この歌を読むと、自然と涙が溢れてしまいます。
アスファルトの熱さの中に冷たさを感じるからです。
陽炎には、ゆらゆら揺れて掴めない感じや、近いようで遠い孤独が重なって見えます。
そんな陽炎だから気に入っていたのかなぁ、陽炎も同じ気持ちならいいなぁと切なくもなります。
アスファルトと陽炎の物語の続きが気になり、陽炎に嫉妬し、陽炎になりたいと思ったのは初めてでした。
気づけばいつも、アスファルトの気持ちになり、涙が止まらないのです。
/この歌を推薦した人 しろまろねこ
#200
懐石のシメのライスを「お食事」と出されこれまでがわからなくなる
/ 水野しず アンソロジー「パチパチの会 その2」 https://x.com/hsn_tmo/status/1992081364821430479
一読して爆笑。そして後からじわじわと、盤石だと思っていた足下が崩れ落ちていくような不思議な感覚になりました。今までわたしが食べてきたものも、本当に食事だったのでしょうか。
/この歌を推薦した人 汐留ライス
#201
会いたいと願った時から旅 月の欠けたところを埋めに行く旅
/ 紫影 https://x.com/Shey_kajin/status/1909550344612594040/photo/1
この歌と出会ったとき、どうすればいいんだろう、と思った。
会いたいと願った時という、脳内で微細な電流が発生する瞬間を旅のはじまりとしてこれ以上なく美しく定義した後に、刹那的にすべての視界を大きな月が占めて、欠けたところを埋めに行くという愛を全うするための旅がはじまる。きっとそれはあなたではなく私のためで、満ち欠けを繰り返す月を永久に埋めることはできないけれど、終わらない旅を続けることもきっと私は解っているのでしょう。
ほとんど定型に近いのに、声に出してみると、三句で水面が前触れもなく急に揺れたときのような、信念のある韻律の揺れを感じるのも好き。どうしてこの一首にこんなに惹かれるのかまだわかりきれなくて、それがさみしくてうれしい。大好きな一首です。
/この歌を推薦した人 なにもない子
#202
横髪がなびくのを目で追いかけた先の正午に港が見える
/ 薄暑なつ 東京歌壇 2025年7月27日朝刊
映画のワンシーンのような。感情を言葉ではなく情景であらわそうとするのが短歌だと思うのですが、目線の動きを印象的に表現していることが特に印象に残っています。作中主体はなにをおもっているのでしょうか。僕は泣いていない気がするのですが。皆さんはどう感じますか?
/この歌を推薦した人 みおうたかふみ
#203
雨の夜はとても静かだ ずっと前の冬に遊びで君を泣かせた
/ 森本有 毎日歌壇 2025年3月17日朝刊
記憶が遠い。遠いところで泣いているから、泣き声もちいさい。無力な君が、無力なちいささで記憶のすみにうずくまっている。でも、雨の夜はあまりにも静かで、君のちいさな声すら聞こえてくるのでしょう。無力にうずくまる君の前で、無力に立ち尽くして雨雲が去るのを待つしかないのかもしれません。
読む人の遠い記憶にまで輪郭をもたせるような、鮮やかな歌だと感じました。すてきな歌をありがとうございました。
/この歌を推薦した人 境千尋
#204
一度でも大切だった出来事は心を包む柔らかな皮膚
/ 中村森 歌集『太陽帆船』(角川書店,2024年)
あたたかいままともにある詩
/この歌を推薦した人 さち
#205
レジャーーーシーーーートを諸事情でレジャシトにして座ったね草
/ 川村サ行 https://x.com/ns4hhpkeza10870/status/1920103168584876268?s=46
楽しい歌をたくさん作られていて、中でもこの一首に驚きました。レジャーシートでこんなにも文字数を使い「諸事情でレジャシト」にしてしまう感覚に撃ち抜かれました。ありがとうございます。
/この歌を推薦した人 よさく
#206
ラーメンをゆっくり啜る弱くてもたくさんあるといい命綱
/ 石川真琴 読売歌壇 俵万智選 特選
『弱くてもたくさんあるといい命綱』その通りだと思います。
/この歌を推薦した人 明眼子
#207
マッチングアプリをいくら続けてもやさしくビンタされ続けるぞ
/ 中戸えさう 「NHK短歌」2025年11月号テーマ「昔の自分と話せるなら」または自由
マッチングアプリで左右にスワイプすることにもかかっているのが面白いです。
/この歌を推薦した人 宮本隆邦
#208
気まぐれにカメラロールを遡る ご飯 あなたのピース 夕焼け
/ 白石愛佳梨 https://x.com/REN_4saykan/status/1966398457742078064?s=20
白石愛佳梨さんの歌は、とにかく生活に根ざした、優しくてあたたかいものが多いです。
この歌も、そんな生活に根ざしたあたたかみを非常によく表現されていると思いました。
きっと自分(主体)のスマホのカメラロールだろうに、その中に自分はおらず、日常の中で良かったもの・美しい思い出で満たされている。気まぐれな行為で、また(おそらく)幸せを噛み締めている。そんな素朴さが素敵です。
私も自分のスマホのカメラロールにはなにが映っているか見返したくなりました。
/この歌を推薦した人 白川 譽
#209
ゆくだろう駱駝のように兄という荒野を 妹という荒野を
/ 石井大成 「雁と灯」(「歌壇」2025年2月号 第36回歌壇賞候補作)
口語の軽やかさとテーマの仄暗さが絶妙な連作で、誌面で読んだときすっげ~と思った記憶がある。この歌は語順と「駱駝のように」という比喩がめちゃくちゃ良いと感じた。「ゆくだろう駱駝のように」と聞いたときにぱっと思い浮かんだのはラクダが何頭か連なって歩いている景で、けれどその直後「兄」と「妹」はそれぞれが別の「荒野」をゆくのだと明かされる。そこでまた最初に戻って「そうか、ひとりでゆくのか……」と納得させられる循環性をもつ歌だ。ラクダが歩くスピード感も、たっぷり読ませる歌意とうまく噛み合っている。
/この歌を推薦した人 夏山栞
#210
やわらかに母は狂ってゆきながら私に何度もそうめんを煮る
/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社,2024年)
認知症を鮮やかにでも日常の中に入れて詠んだ歌だと思いました。母のやさしさと生活の崩壊、認知症の恐ろしさそして主体の愛に満ちた一首に感じます。
/この歌を推薦した人 非常口ドット
#211
ものすごいトーナメントのてっぺんで明日あなたとババ抜きをする
/ 短歌パンダ 第84回恋愛短歌同好会ベストアクト
人と人の、とりわけ恋人たちの出会いと別れを「トーナメント」になぞらえた壮大な歌だと読みました。カメラを引いてみればこの世の出会いの無数さが映り、カメラが寄ればある一人──ここでは主体の──運命や世界線がくっきりと可視化される。初読ではその発想の大きさに打たれつつ、そうした驚きにとどまらず、よくよく噛み締めるほどに想像の余白が次々と開かれていきました。簡潔な言葉の奥に、膨大な物語を抱え込んだ見事な作品だと感じます。
決勝戦に置かれた「ババ抜き」という具体も非常に含蓄に富んでいます。ペアになって札が減っていくそのありさまは、トーナメントの構造を手元でなぞり直しているかのようです。まるで劇中劇のような、不思議さと可笑しさを覚えました。
「てっぺん」で「あなた」に勝利/敗北することがいったい何を意味するのか。その瞬間ののち、主体はどんな未来へ導かれていくのか。「ババ抜き」の隠喩とあわせて何度も考え込んでしまいます。
/この歌を推薦した人 山下ワードレス
#212
ミルク色のカーテンの部屋に母を置く 老人ホームというものがたり
/ 千葉聡 「短歌研究」2025 5+6月号
ミルク色のカーテンの暖かさと、置くという冷たさの対比が印象的な一首。老人ホームにお願いすることへの後ろめたさ、どうか優しくあたたかい場所であって欲しいという願いが込められていると歌だと感じた。
/この歌を推薦した人 芽吹
#213
マーマレードが好きな旅人を見送った架空の記憶の中の夕暮れ
/ 笹川諒 歌集『眠りの市場にて』(書肆侃侃房,2025年)
良質な空虚、という読後感のある歌だと思います。というのも、「架空の記憶」なのだから、そこに居る旅人も夕暮れもすべては架空のもの。その架空性へと、歌に現れるものたちが夕暮れとともに吸い込まれていくような読み味がありました。マーマレードと夕暮れの色の関連性も響き合っています。
/この歌を推薦した人 nes
#214
もう二度とあなたに会えないことよりも出会えた奇跡を誇りに生きる
/ まちりこ https://x.com/i/status/1999438582881374691
自分が歩む人生に、大切なあなたとの出会いがあった。あなたとの出会いは、私にとって奇跡そのものであり、かけがえのない宝物。
そんなあなたにもう二度と会えないだなんて、すごく辛いけれど、決して歩みを止めることなく、顔を上げ前を向き歩く。
出会えないことを失ったままにせず、出会えたことをこれから胸を張って生きていくためのお守りに。あなたとの出会いに心から感謝し、誇りに思い生きる素敵な短歌を、ありがたく尊く思いました。
/この歌を推薦した人 織部ゆい
#215
ほんますき 西の魔法をじわじわと東のきみに染み込ませてく
/ 川村サ行 https://x.com/Ns4HhpKEzA10870/status/1882619868048158782?s=20
私が「短歌とは......?」と思っていたごく初期の頃に、サ行さんのこの短歌に出会って衝撃を受けました。この31文字だけできみと主体との関係性がわかるし、何よりきみへの思いが見える。個人的にも関東、関西を移住しているのでまさに自分のことを言い当てられたような思いがして、こんな短歌を作ってみたい......という思いが、私の中に芽生えました。
/この歌を推薦した人 亜麻布みゆ
#216
ほぼ朝の夜が大好き私には善と偽善の差がわからない
/ ナカムラロボ 2021年08月20日 うたの日 題「ほぼ」http://utanohi.everyday.jp/open.php?no=2699i&id=32
朝と夜の境目は曖昧で、その線引きのできなさを善と偽善に重ねている。読んだ時、私の中でバツが悪そうにしていた偽善者の顔が晴れやかになった。何が真っ当な善なのか、何が邪な偽善なのか、そんなこと言動の主体となる自分ではよく分からない。全て善の行為としてやっているつもりでも「それはひとりよがりな偽善なのでは」「いい人でいたいだけなのでは」と疑心暗鬼に陥ることがある。このはっきりしない、はっきりできない感覚を「ほぼ朝の夜」と具象化してもらえた。目に見える朝と夜の変化ですら曖昧なのだから、目に見えもしない善と偽善などはっきりできなくていいのだと。一見投げやりのようにも思えるがその大胆さにとても惹かれた。
/この歌を推薦した人 悠月
#217
フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン 牛乳と石鹸みたいにめぐりあいたい
/ ロプロプ https://x.com/loplop_q/status/1961745756924317721
詳しく知らないけどみんなが知っている、というかカバーされすぎていて曲名だけではイメージを固定化できない、そんな曲。
それなのにこの生活感がありながらも白痴のように美しい下の句とめぐりあってこんなにも調和するんだ。奇跡みたいな歌。
/この歌を推薦した人 畳川鷺々
#218
ものすごく蛇に似ているやり方であなたのことを考えている
/ ぷくぷく 2025年1月3日 うたの日 題『 巳/蛇 』
ざっくりとした表現の中にある「蛇」が浮き上がって見えてきた歌。その具体性、リアルさ、生々しさ、妖艶さが魅力的で面白いです。また「ものすごく」も真実味がある感じがして、ものすごく印象に残りました。
/この歌を推薦した人 奥村真帆
#219
はつ春のテラスの席にベテランの人魚のやうなわたしたちだわ
/ 森山緋紗 「すももがきれい」(「現代短歌」No.109)
連作で読むとちょっと印象が違った記憶があるのだけど、この歌単体で見たときにものすごく肯定的な歌だ、と感じた。人魚と言われて真っ先に連想するのは(イメージが固定的すぎ!という話はここでは一旦置いておくとして)「未熟な女性・少女」。けれどこの歌は充分に成熟した「わたしたち」を「ベテランの人魚」であると表現する。よすぎる。年月を経て獲得した豊かな身体を乗り出すようにして、テラスでおしゃべりに興じているか。私も「ベテランの人魚」の仲間に加わってみたいものだ。
/この歌を推薦した人 夏山栞
#220
どの午後もひかりの経由地とおもうビル・エヴァンスのはるかな息継ぎ
/ 霧島あきら 毎日歌壇 2025年3月24日 加藤治郎選
ビル・エヴァンスの奏でるピアノは、繊細で優しくて心地よく響きます。
この歌は、そんなピアノの音ではなく、「はるかな息継ぎ」と詠むことで、エヴァンスのピアノ演奏の間を感じさせ、1960年ころのニューヨークのライブハウスに居合わせているかのような感覚になります。
/この歌を推薦した人 椿泰文
#221
トーキョーと伸ばした拍の分開くココロを埋めるコンビニスイーツ
/ 白水もめん https://x.com/momenn_2000/status/1986077840635523240?s=46
東京という場所に対する虚無感みたいなものを「トーキョーの伸ばした拍」で表していて、文字情報に落とし込んでいるのがわかりやすい。また、それを埋めるためのコンビニスイーツというものがこれまたちょうどいい。手に取りやすい、安価に手に入る、という点からまさにすっぽりと気軽に隙間を埋めてくれるような存在で、それを見つけてきた発想に拍手を贈りたい。
/この歌を推薦した人 千陽
#222
てかこんなとこにもサイゼあるんだね 生きてたときのはなしとかする?
/ なにもない子 https://x.com/nanimo_naiko/status/1907342235538215418
今年いちばん心に残った歌。いつか死んだ後の世界にもサイゼリヤがあると思えば死ぬのもちょっと怖くなくなるし、そのとき大切な人といっぱい話せるように、生きておくのもいいなって思えてステキです。
/この歌を推薦した人 汐留ライス
#223
たまらなく君が寂しい日のために僕は孤独でいようと思う
/ 綿谷衛 歌集『僕だけお菓子配られなかった』(私家版, 2025年)
「孤独」=「寂しい」と言えるかどうかはわからないけれど、「僕」は「君」が気になっていて、君が日々孤独ななかで頑張っていることや寂しそうに見える日があることを、なんとなく知っている気がします。君が寂しい時にはそばで支えてあげたくて、優しく包んであげたいのだけれど、僕にはそれができなくて、君が辛い時に自分だけ幸せでいることを望まない、だから、君と同じに孤独でいることで君の味方でいる、という愛に溢れたとてもステキなお歌だと思います。勝手な解釈で、違っていたら申し訳ありません、、。とても好きなお歌です。
/この歌を推薦した人 銀浪
#224
すれ違うひとそれぞれの背にずっと握られたままの花のあること
/ 夏谷くらら https://x.com/natsutani_clara/status/1901119319498780906?s=46&t=OnH-gVNVPDxcxaGdwsOPow
「背にずっと握られたままの花」という表現に、読む人それぞれが思い起こすであろうドラマのあざやかさを思いました。大切な人へ、これから渡したい、もしくは渡せなかった、渡さなかった気持ちの未練や決意や静かな痛みがみんなにあることに納得しました。
/この歌を推薦した人 有為
#225
さよならは組体操の五段目の膝に小石がくい込む痛み
/ 常田瑛子 読売歌壇 2025年4月28日朝刊(俵万智選 三席)
まず、「ピラミッド」という語を使わずに歌の光景を読者に伝えているところが巧み。
ピラミッドは安全面などの問題から近年は行わない学校が多いようだが、あの(大げさかもしれないが、人の命を直接背負っている)緊張感は生活の他の場面でなかなか出会うものではなく、鮮明にあの時の感情を思い出せる方も多いのではと思う。
比喩はたとえるものとたとえられるものが遠いほうがいいとよく言われるが、ここでは時間的な遠さを感じる。
つまり、今現在の"さよなら"の痛みを表すために、すべての記憶を遡り、最適な子どもの頃の痛みを引っ張り出してきたように思えるのだ。
それは主体にとって、さよならする相手がそれほど大切で、真摯に向き合ってきた証であり、だからこの歌に心を揺さぶられるのだと思う。
/この歌を推薦した人 古橋つちこ
#226
(これ)買ってもらえる(下さい)Newスーパーマリオネット一人っ子を過ごす
/ 俵匠見 Q/Q キューブンのキュー 2025(東京大学Q短歌会)
見た瞬間からはやく紹介したくてたまらなかった。リズミカルな括弧や英語カタカナ表記、有名な固有名詞、もじり、など華やかな部分の多く感じる歌だけれど、「スーパーマリオネット一人っ子を過ごす」で翳りが生じる。「(これ)買ってもらえる(下さい)」の部分は主体の心の声と親が店員さんに頼む声のオーバーラップの表現だと思うが、親と子供の境目があいまいになってしまうような、一人っ子特有の閉鎖的な感じがでていると思った。
また、元ネタの「マリオ」は「ブラザーズ」だが、主体にはいない。きょうだいが居ないからこそ欲しいものも買ってもらいやすいという点はあるけれど、一人っ子を「過ごす」だから、家では一人で遊ぶのかもしれない。また、「過ごす」で締め括られることで、一人っ子は一生一人っ子として生きていくんだよな、ということに思いを馳せられた。読み味が楽しく、サービス精神に溢れていながらもバランスが綺麗で、一人っ子として共感できる点もあり、何度でも味がする歌です。大好きです!
/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼
#227
こどもたちは恋人を抱きしめにゆきそれがほんとにうれしかったわ
/ 糸(毛糸) おのぎとポピーの「このくらい」 #地球最後の短歌
地球最後の時にこどもたちを抱きしめるのはわたしの役目。どう足掻いても避けられない大終末、大切な秘密を小さな唇でわたしの耳にこそこそと打ち明けてくれるこどもたちを、ほんとうの終わり、その瞬間までわたしは絶対に離さない。
しかし、それはこどもたちが幼いうちの話。こどもたちは今、それぞれ自分の世界を背負って生きている。自ら選んだ最期の秘密を共有したい誰かがいる。たとえ最期の瞬間が独りだったとしてもわたしは心から「ほんとにうれしかった」と思えるだろう……みたいなことを考えて泣きながら読みました。
/この歌を推薦した人 岩瀬百
#228
ガザを出る姉妹が開けた鳥籠を思う土曜のペット売り場に
/ 今西富幸 「NHK短歌」テキスト2025年6月号
今年のNHK全国短歌大会の大賞の受賞作品。永田和宏さんの選評が良く、この作品が受賞作で良かったと心底思った。
/この歌を推薦した人 ayainu
#229
いつの日か詠めるだろうか生きているこの人生を愛する歌を
/ うとか カクヨム短歌賞【ナツガタリ'25】10首連作部門「憂鬱は着払いで」
振り返った人生を、でなく、生きているこの人生を愛する歌。誰のためでもなく、他人に認められるためでもなく、それを詠む日を切望するではなく。静かに置かれた小さな光のような希望が美しく、とても共感しました。いつの日か……私もそう思います。
/この歌を推薦した人 奏
#230
あの爪でどうやって、って好きなもの作って好きに食べるのだろう
/ 岩倉曰 徳島新聞 国際女性デージェンダー短歌 2025年3月8日
ネイルアートの話と読みました。初句、二句はおそらく誰かの発言で、「あの爪でどうやって」のあとには、「家事(料理)をするのだろうか」という言葉が続くのでしょう。どことなく、話し手がうっすらと「あの爪」の持ち主を見下しているようなニュアンスを感じます。だった10音で何となく嫌な感じが伝わってきて、切り取り方がさすがだなと思います。
他人の爪の形状も自炊の有無も、本来どうだっていいことです。そんな大きなお世話ともいえる問いに対して「好きなもの作って好きに食べる」という答え。その前向きさ、ある種の投げやりさが鮮やかで、とても好きです。
/この歌を推薦した人 吉村のぞみ
#231
アイシャドウ だけどこの世のだれからも元恋人と呼ばれたくない
/ 平岡直子 同人誌「外出」14号
すごくよく分かる。「元恋人になりたくない」のではなく、そう「呼ばれたくない」ということ。この微妙な差異を踏まえて上句に視線を戻すと、似たような配色で売られる中にまったく似合わないアイシャドウがあることを思い出す。すこしの差異が、すこしも許したくない事象を生み出すときの軌道が見えてくる。そしてそれは、とても清々しい。世界に対して「だけど」と逆接を差し挟むときの横顔に、どんなアイシャドウもきっとよく似合うだろう。化粧をするときによく思い出し、口角があがる歌だ。
/この歌を推薦した人 ツマモヨコ
#232
「美しい焼肉でした!」に空目していのちが醜いはずがないよな
/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社, 2024年)
『いのちが醜いはずがないよな』のキラーフレーズにやられました。
/この歌を推薦した人 明眼子
#233
「終末は何してますか?」の誤字を見て君の隣にいたいと思う
/ 水町春 https://x.com/i/status/1914997281352474985
水町さんの短歌って、私にとってはもはや遠い過去となりつつある青春の日々を思い出させてくれる歌が多い。微炭酸短歌というだけあって、シュワッと爽やかな、晴れ渡った夏の日に飲むサイダーみたいな感じ。この歌もネット上でのやりとりでありがちな誤字を題材にして、これを下の七七で「こんなセリフ、言われてみてえなあー。」という主体の気持ちを表す言葉で見事にまとめている。水町さんの数多くのフォロワーの方々もそれぞれが胸に秘める青春の日々を思い起こすことが多いんじゃないだろうか。私も世間の風にもまれて心が疲れたら、水町さんの短歌に癒されに行こうっと。
/この歌を推薦した人 藤瀬こうたろー
#234
アルミ缶踏みつけるときあなたにも私にもある獣の系譜
/ 椎本阿吽 「短歌研究」2025年7・8月合併号
壊す。壊してしまう。いつからか壊してはいけないものばかりが身の回りに増えてきました。缶や段ボールなど、ゴミを処分するときには壊すことで効率的になるものはありますが、それにもどこか怯えてしまうことを思い出させます。
系譜にはとてもはっとさせられました。我々は本来何かを壊す衝動を持った生き物なのかもしれません。プリミティブな部分に触れた気がします。
この歌ではあなたという主体にとっての近い存在があり、共通の衝動を持った人間として共鳴をしたいそんな思いも滲んでくるようです。
/この歌を推薦した人 鈴木ベルキ
#235
穴のある箱があったら手を入れる人がわたしに手を入れてくる
/ 岩倉曰 うたの日 2025年3月11日「箱」
この人、私を箱だと思っているのかなぁ。ちょっとしたレクリエーションだと思っているんだろうなぁ。中に入っているのがスライムやタワシやおとなしいウサギだとは限らないのになぁ。もしかしたら穴の内側にギザギザのカエシが付いていたりするかもしれないのになぁ。なんて考えながら引きつった笑顔を浮かべて黙って時間が過ぎるのを待っていたことがある人はけっこういる、はず。
「穴のある箱があったら手を入れる人」という表現のすごさ。ほぼこれだけでその人と「わたし」それぞれの立ち位置と、間に起きた諸々のことが想像されます。状況、人物像の描写があまりに的確すぎる大好きな歌です。
/この歌を推薦した人 岩瀬百
#236
欠けている木馬の鼻を撫でてやる もうひとりでも大丈夫 なものか
/ 村上きわみ 歌集『とてもしずかな心臓ふたつ』(左右社、2025年)
一首のうちに急カーブが存在し、多大なエネルギーを帯びています。一時空けの効果が「なものか」の力強さを更に増強していて、大丈夫ではなくても大丈夫な気がしてくるのです。
/この歌を推薦した人 千代田らんぷ
#237
皮膚それは最後の砦 卵液とミルクのようには混ざりあえずに
/ 松野志保 詩歌集『旅のリズムと、うたう手紙と、』(ふらんす堂, 2025年)
違うもの同士、卵と牛乳のように混ざり合えるものもあれば、そうでないものもある。どんなに心や身体を寄せ合えど、人間には皮膚という最後の砦があるのです。それは寂しいことのようで、しかし最後に残された救いのようでもあります。
そらしといろさんの詩と松野志保さんの短歌が収められた本からの一首です。各人の生み出したキャラクターが架空の世界を旅し、近付いていくという構成。本の作りも素敵なので、機会がありましたらぜひ実物を見ていただきたいです。
/この歌を推薦した人 丸山萌
#238
疲れたと呟いて子を抱き締める 鉛筆の芯みたいなこころ
/ 古橋つちこ 文芸選評 岡野大嗣選 テーマ「ひとりごと」 10月
とにかく、入選歌としてつちこさんのお名前を拝見しない週はなかったんじゃないかというくらい、つちこさんが活躍された年でした。
母親としての感情を詠んだつちこさんのお歌が大好きです。疲れた心を鉛筆の芯に喩える感性。鉛で硬く黒い芯の自分が、子を抱きしめることでとけていく景。私の中では、今年一番の歌人さんです。
/この歌を推薦した人 小仲翠太
#239
少年が本を貸し合う内臓の光を溶かすように騒いで
/ 松井度 毎日歌壇 2025年12月1日朝刊 水原紫苑選
本を貸し合うということは,お互いの内臓のような深い部分を見せ合う行為だと思う.思春期にあたる少年同士なら尚更.そのまぶしさは内臓の光を溶かすようで実際に騒ぐのはもちろん,感情が騒いでいるのではないか.絵画のような一首.
/この歌を推薦した人 岡本恵
#240
資⽣堂六⾓形の⽯鹸はうすみどりして今日も働く
/ 大滝和子 歌集『「銀河を産んだように」などI IIⅢ歌集』(書肆侃侃房, 2024年)
六角形の緑の石鹸といえば、洗顔せっけん「ホネケーキ」。1964年の雑誌広告は、資生堂に入社して3年目だったアートディレクター・石岡瑛子のデビュー作としても有名です。昨年末から今年にかけてニシオギ歌集読書会で『「銀河を産んだように」などI IIⅢ歌集』を取り上げた中、参加者のお一人が「サポート役にとどまらない、女性の強い生き方をイメージした」という素晴らしい評とともにあげてくださった歌でした。歌材の妙、「働く」という重要な動詞との組み合わせによる、時代の切り取り方の鋭さ。
以来、私もホネケーキに夢中になって「ホネです」「ホネ」と友達にプレゼントしたりしてました。でも最もすごくて訳がわからないのは、honey cake を「ホネケーキ」と60年以上に渡って言い張る資生堂のセンス、のような気もします……。
/この歌を推薦した人 コンアイコ
#241
癌に臥す妻の細髪洗いおりて我は悲しく勃起せしなり
/ 奥薗道昭 朝日歌壇 2025年2月9日朝刊
この一年、さまざまな場面で「このうたが好きだ」と紹介し続けてきました。このうたは、女性として老いゆくことに少しずつ心細さを感じ始めていた頃に出会ったうたでした。これから先、愛しいひとと出会えたとしても、すぐに愛されなくなってしまうかもしれないな、という疑念を、このうたは一筋の希望として照らしてくれました。病を抱え、髪を自分では洗えなくなった日が来たとしても、変わらずに自分を愛し続けてくれるパートナーに出逢えたらどれほど嬉しいでしょうか。自然と涙が溢れてくるおうたです。
/この歌を推薦した人 村崎残滓
#242
お金の話をだれにも聞いてもらえない気分よ歯科医に歯をさわらせて
/ 平岡直子 「歌壇」2025年11月号
歯科医には大抵の場合,歯しかさわらせない.それが普通だから.お金の話も普通,他者にはなかなか話せない.でもこの歌ではねじれていて,普通がまるで孤独のようになっている.普通って本当は孤独なんじゃないかと思わせる魅力がある.
/この歌を推薦した人 岡本恵
#243
アルバムの表紙に鼠の歯形あり触れることさえできないでいる
/ 三原由起子 書籍『ふるさとは赤』(本阿弥書店、2021年※新装版)
福島県双葉郡浪江町のご出身の三原さんが福島第一原発の事故の除染地域にご実家があって、東京新聞に少し前に連載記事として取り上げられ手に取りました。大切なアルバムが鼠に齧られるままになっている一連を読んで涙なしには読めませんでした。
/この歌を推薦した人 ayainu
#244
顔触りながら電車に立っているじゅえき、じゅえき、と眠たくって
/ 穴根蛇にひき 「短歌研究」2025年7・8月合併号
ひらがなで書かれた「じゅえき」のリフレインに惹きつけられました。電車で疲れた体で立っているのでしょうか。顔を触るのは、髭が伸びてきたからか、肌のトラブルや、表情が固くなっていることを気にしているのか、手持ち無沙汰な手の置き場としての顔なのか、など色々な理由が考えられますが、何かしらネガティブな状況にいるように感じます。
じゅえきは、私は立っている自分が木であり、体内の水や血液は樹液で、眠さととろっとした液体が結びつくそんなイメージで読みました。
イメージからイメージへつながってゆく感覚に迫る好きな一首です。
/この歌を推薦した人 鈴木ベルキ
#245
うつくしい種無し葡萄わたくしの身体はたぶんわたくしのもの
/ 鳥さんの瞼 https://x.com/withoutSSRI/status/1973691008107073713
ひと粒の葡萄の存在が、自らの内で完成されること。
おのれ以外のものを必要とせず、必要とされることもなく、ただおのれ自身としての存在を全うしていること。
そんな純粋な事実があったとするならば、どれほどこの世は「うつくしい」ことだろう。
繁殖を求められぬ種無し葡萄の存在を成しているのは、葡萄にとっての「わたくし」のみ。この、余剰のない調和と静けさこそが、「うつくしい」。
「わたくし」と「うつくしい」は、音の上でも、出来事としても、同質のものに違いないのだと気付かされる。
そう思えば……種無し葡萄と、わたくしの身体と。そのうつくしさに、一体どんな違いがあると言うのか。
わたくしの身体は、わたくしのもの。
わたくしの身体を司るのは、独りわたくしのみ。わたくしとわたくしの身体とは、ぴったりと合致しながら生を征く。
……しかし、それをよしとせぬ「たぶん」が過る。それは、わたくしの身体をわたくしのものとして捉える理性に対する、本能的抵抗とも言えよう。
本能が知る、わたくしと身体のずれ。純粋なわたくしではおれぬ身体の不調和。わたくしであり続けるために、他者と他物を必要とする身体。
食されることを目掛けて、水と肥料に育てられた種無し葡萄。わたくしの身体。そのうつくしさに、どんな違いがあるというのか。
身体の置き場を見つけられぬ夜に、痛みで寄り添ってくれる歌だと感じました。この歌に出会えてよかったです。
/この歌を推薦した人 内海 伊織
#246
いつか死ぬひとたちばかり集ひたる生前といふ花野にをりぬ
/ 桔梗 2025年6月8日 うたの日 お題「生」https://x.com/i/status/1932083011954372628
そうか、ここは花野だったんだとはっとしました。生前葬とも読めますが、ここは素直に読んでみたいです。どうあがいても人生の夏は越えて、あちらへ往く知り合いも増え来し方行く末をふと思うときが増えた主体が、花野である今を否が応でも味わい生き続けていることや、目に映るひとびとや光景の倦むほどの美しさを詠まれているのかなと思いました。と、ついつい自分に寄せて読んでしまいますが、若い方の目線と捉えて読んでもまた違う味わいがあると思いました。
/この歌を推薦した人 ひらいあかる
#247
いずれくる別れみたいな感触がさっきの雨にあった気がする
/ 街田青々 第160回たんたか短歌・テーマ詠『別』
雨後、胸中に過った感覚。それは輪郭こそぼんやりとしているが、重大な質量を伴う感覚に違いない。〈さっきの雨〉を回顧するという思考そのものが、あらゆる別れのメタファーとして機能していて、それが一つの発見として読者に届く。こんな歌を詠みたいと思わせてくれる一首。
/この歌を推薦した人 西鎮
#248
アンデルセン童話の少し無理のある和訳でいいじゃないか はたらく
/ 村崎残滓 X
冬の日溜まりのようなあたたかなまなざしが魅力の歌人である。
かなしさをすこし含みながら、それでもあるがままを受け入れて、残滓さんは世界にそっと寄り添う。
推薦歌は、そんな歌人のひととなりをそのまま照らし出すような一首だ。
主体は、この瞬間において労働からすこし距離を置き、「はたらく」とは何かを見つめ直しているようだ。
童話の登場人物は、それが物語であるとは知らずに運命に翻弄され、それでもひたむきに日々を重ねる。
また翻訳とは、読み手の手のひらに収まるように物語を組み替える行為であり、その過程で原文からこぼれ落ちてしまうものがどうしても生じる。
憧れの仕事に従事できる人は多くないし、「こんなはずじゃなかった」と嘆きたくなる日もある。
理想の「はたらく」から遠く離れた、どこか歪な「はたらく」。
主体はその歪さを否定するのではなく、むしろ抱きとめて愛そうとする。
それは眠れない夜に飲むホットミルクのように、世界を劇的に変える力はないけれど、胸の奥にやわらかい灯をともしてくれる。
結句へ向かうわずかなリタルダンドに、主体のあたたかく静かな肯定が息づいていて、読む者の心をそっと解きほぐしてくれる。
/この歌を推薦した人 きいろい
#249
出生前診断すすめる人あれど知らないという覚悟を選ぶ
/ 中山あゆみ 第二十六回NHK全国短歌大会
お歌と同じ経験をしました。
あえて出生前診断はしないことを選び、どんな子でも頑張って育てていこうと決心した時の気持ちを思い出しました。
/この歌を推薦した人 北野白熊
#250
てんびん座 父親不在 得意なのは当たりのキャンディを選ぶこと
/ 湯島はじめ 歌集『海と鳶色』(私家版, 2025年)
自己紹介だろうか。舞台上の口上のような軽やかさもある。ただ、このプロフィールが指し示す存在は明示されず、一首は宙吊りになったままである。宙吊りになりつつも、無関係に思えるモチーフ同士がゆるやかに手を繋ごうとするのが見えて面白い。たとえば「てんびん座」と「キャンディ」を同時に視認することで、当たりのキャンディと外れのキャンディを天秤にかける様子が目に浮かぶ。「父親不在」と「キャンディを選ぶ」動作が取り合わされることで、親の不在という不可抗力的なものと、自ら何かを選び取る手との対比が発見される。プロフ帳のようなかわいい宝石箱のような一首でありながらも、それだけではない強度を感じる一首だ。
/この歌を推薦した人 ツマモヨコ
#251
ちいかわとイーロン・マスクと私だけフォローしている人がいて重い
/ もりなこ 2025年4月12日 うたの日 題「イーロン・マスク」
うたの日で、見た瞬間に「無理!」となって自分は避けたお題で、目にしてからずっと頭に片隅にあったので、今年の短歌として選ぶ中ですっと入ってきた歌でした。
初見のときはフォローしている人から私への思いだけが気になっていたのですが、三者の取り合わせが絶妙すぎて、現実世界の自分ってどの位置にいるんだろうなどということを、今はふと考えたりします。
/この歌を推薦した人 りのん
#252
タルトを持って走る火の鳥鳳凰編がいちばんいいって、あたしもだよ!
/ 海老塚ありす ネットプリント:文鎮4
「タルトを持って走る」ことと後半の感情がなぜ結びつくのかはわからないのですが、その謎がこの歌一番の魅力かと思います。自由律風の韻律から結句「あたしもだよ!」という勢いに転がり込む感じも良いです。評は難しいタイプの歌ですが、読者それぞれが感じるものを受け取ることが出来る歌、とも言えます。
/この歌を推薦した人 nes
#253
たくさんの「お疲れ様」に囲まれて退職の日が一番孤独
/ 石井久美子 令和7年さくら短歌大会 春日いづみ、中川佐和子秀作ほか
体験したことがないのに、そうだと納得させられました。何の飾りもないのに胸に染みました。
/この歌を推薦した人 梅鶏
#254
しあわせをまもるためならいくらでもわたしすなおに嘘がつけるよ
/ 白川ユウコ 歌集『ざざんざ』(六花書林,2025年)
配偶者のことを歌う連作の途中にある歌だったかと思う。大きなことは歌わないけれど、静かにたしかな覚悟があることを告げる歌。主体が嘘をつかないままでまもりたいものと共にあり続けることを祈りたい。
/この歌を推薦した人 河原こいし
#255
この道は地獄行きだと分かってて貴方と歩くことを選んだ
/ 水町春 https://x.com/_haru22/status/1953770164966543823?s=46
水町春さんの短歌は、いつも私の胸の痛みにぴったりな名前を付けてくれるようです。向こう見ずで、天国だろうが地獄だろうが彼のいない世界は等しく無意味だから、どこまでも一緒に落ちていきたいと願った時がありました。この歌に出会えたから、どこか客観的に自分を眺め、この痛みを過去の思い出のものに出来たような気がします。
/この歌を推薦した人 お湯
#256
この写真アクスタにして死んだとき位牌にしてねピースピース
/ えびのこ 歌集『空振る(カラフル)』(私家版,2025年)
心ないし体が、本当に死に近づいたことのある人の歌だと思いました。ふざけてるように見せて、大まじめな感じ。「もし死んだら」ではなく「死んだとき」とあり、死を確実なものとして捉えてるように読み取れました。主体はおそらくこの歌の場面で最高に楽しくていい顔で笑ってて、それを自分でわかってる。そして、この先そういられない時が来たとしてもこれが私だからね!と強く伝えようとしている。残されるかもしれない人への贈り物のような愛情を感じました。結句の「ピースピース」が本当にいいです。
/この歌を推薦した人 青野 朔
#257
あなたにはあなたにだけの神様がいて、わたしにはあなたがいたのに
/ 燃ゆ https://x.com/__0kite/status/1962083644144799811?s=20
神様がいる温かさと神様にも神様がいる冷たさが両立していて、こんな夜もあるよねとなる歌。しんどい夜に涙を流しながら眠りに落ちるときのような歌。読んだあなたも一人じゃないよと寄り添ってくれるやさしさがある。
/この歌を推薦した人 澤山凜
#258
あす家を出ていくきみにできるだけいつも通りに揚げる唐揚げ
/ 木ノ宮むじな 毎月短歌22自選部門全美選一席2025.6.1
大学生になりたての子を持つ私にダイレクトな表現で響いた歌でした。寂しさをいつも通りという仮面を被り耐え忍ぶ。辛いけれども、唐揚げというワードチョイスに柔らかさと楽しさをおぼえました。私の息子は私の作る唐揚げがいちばん好きだと言ってくれてるのでとてもリンクした大好きな歌でした。
/この歌を推薦した人 全美
#259
驟雨近し いまわが匙を逃れたるゼリーに繊き聴覚ありて
/ 小原奈実 歌集『声影記』(港の人, 2025年)
ゼリーに聴覚はあれど発話はしないから、ゼリーが驟雨を教えてくれるわけではない。むしろ、この歌は驟雨の接近を感知した主体がゼリーに聴覚を見出す歌だと読んだ。しかし、「ゼリー」が持つ感覚が「繊き聴覚」であることに納得感があるのはなぜだろう。それは「聴覚」が方向性を持たない知覚であることと、ゼリーの細かい震えが鼓膜の震えを想起させるからだと思う。ゼリーは聴覚と透き通った体だけを持つ生物として見出され、スプーンから逃れたのも故意なのではないかと思えてくる。
/この歌を推薦した人 山田やまめ
#260
はじめての天気みたいだ飼い主が帰ってこなくて花ばかり降る
/ 夏谷くらら 短歌の日大賞・毎日選評2025 5/1お題「ペット目線の短歌」
凛としたしなやかな生命力を湛えたおうたを詠まれる歌人である。
推薦歌は、17日間連続でテーマを詠み続けるという前代未聞の短歌イベント「短歌の日大賞」11日目、テーマ「ペット目線の短歌」の佳作に選ばれた一首である。
景の美しさもさることながら、作者の対象との距離の取り方に深くうなってしまった。
ペットというテーマは、どうしても愛情が先に立ち対象へ近づきすぎてしまうものだが、作者はあくまでフラットな姿勢を保ち、主体の見ている世界だけを静かに差し出している。愛があるからこその目線である。
花が降り注ぐなか、主体はただ飼い主を待っている。
こんなことははじめてだと思いながら。
不可思議な天気に対しても、帰ってこない飼い主に対しても。
綺麗とも悲しいとも感情を動かされることもなく、ただただその現象に身を置き続ける。
そこは或いは生と死のあわいのような場所なのかもしれない。
降りしきる花は飼い主の涙であり、「いつまでも幸せであってほしい」という願いが形を持ったものでもあるように思える。
それでも主体は、生きていたときと同じ温度のまま静かに佇んでいる。その姿はひとつの祈りのように静かでうつくしい。
/この歌を推薦した人 きいろい
#261
恋人の瞳と声がとても好きわたしは母の母に似ている
/ 工藤鈴音 ネットプリント「花野菜」vol.3
恋人の具体的な情報と自身の具体的な情報がそれぞれ「主観/内省」のベクトルの差を生み出しており、そこに発生した唐突さがとても心地よい。瞳に映った自分と祖母を重ねたとか、恋人が祖父に似ているとかではなく、もっと単純で本能的な「そう思う」のような力強さがこの歌にはある。そしてこの「そう思う」を主観と内省の二面から表現しようとするとき、恋人の好きな部分と自分の外見というモチーフが、イメージとして非常にフィットしてくる。
また、母の母にという言い回しも面白い。「祖母」等のワードで直接表現せず、わざわざ階層構造を設けることで、作中主体(わたし)に深くアクセスしているような体感になる。
/この歌を推薦した人 右手のハンマー
#262
浴衣着て手と手を重ね花火見た熱中症になりそうだった
/ 須藤純貴 NHK短歌10月号 テーマ『夏』NHK出版2025年
想いを寄せ合う二人が夜空に鮮やかに咲く花火を一緒に見る。手と手を『握る』ではなく『重ねる』という優しい表現に今までを、そしてこれから先の二人が幾重にも想いを重ねているように感じました。真夏に初々しく照れた恋の熱の短歌。
素敵な短歌をありがたく、尊く思いました。
/この歌を推薦した人 織部ゆい
#263
恋をすることも食欲かもしれずあなたの爪をすこしだけ噛む
/ 吉田岬 https://x.com/2000misaki0323/status/1995188243021861129?s=46
「みなそこのぱらいそうまれ」というツイートで画像投稿されていた連作の中の最後の一首です。人魚を詠ませたら歌壇一、もちろん人魚以外にも…息をするように短歌を詠んではSNSにスルッと流される方なので、いちファンとしてこの機会に推薦させていただきました。
/この歌を推薦した人 インアン
#264
幽霊の自販機があり(自販機の幽霊ではなく)、すべてつめた〜い
/ 西淳子 短歌誌『うたそら』28号 テーマ詠 http://kohagiuta.com/utasora/28/index.html
どうやら幽霊の自販機は幽霊ではないようだ。温度管理したり、お会計をする機能が必要だからだろうか。それはともかく、幽霊はそれ自体が冷たいイメージがあったが、自販機で冷やしてもらったから冷たいだけなのか?もし温度設定をミスってあったか~いにしたらどうなっちゃうんだろうか。幽霊がちょっと身近で可愛いものに思えてきた。こういう、謎めいた独特のワールドに一瞬で突き落としてくれる作品が大好きだ。
/この歌を推薦した人 水上歌眠
#265
幽霊になったら君をおどかして笑った後に少し泣きたい
/ 水口夏 https://x.com/i/status/1878001555946811416
実は去年の「今年の短歌」でも水口さんの短歌を推させてもらった。去年も書いたけど、水口さんの短歌はXで流れてきて、何の気なしに読むとモロに心にヒットする時があるのでひと呼吸置いて読むようにしている。なんだろ、人の心の機微というか、意地張って強気で振舞ってるけどついつい本音や弱さが出てしまう、そんな「めっちゃ分かるそれ」感がある。この歌も初見の時にどうとらえていいか分からなかったけどほんとグッときた。もう死んじゃった自分、いつもと変わらず驚く気の小さい「君」、その姿に笑う自分、そしてもう死んで二度とそんな愛しい「君」と過ごせない現実を思い知らされて泣く自分…コミカルだけど悲しい物語が25字に凝縮されている。いや、ほんとこういう歌を詠んでみたいなあ。
/この歌を推薦した人 藤瀬こうたろー
#266
面会の900秒の1秒もこぼさぬように母と過ごせり
/ ひびの祈り 第26回NHK全国短歌大会自由詠 俵万智選秀作 佐伯裕子選佳作
コロナ禍が明けた今になっても入院病棟では理不尽とも言える面会制限を設けている施設も少なくありません。かく言う私もコロナ禍に実家の岡山で調子を崩して入院したことがあり母親が面会に来てくれて心強かったのですがその時間は微々たるものでした。900秒ということは時間に直すと15分、それを「1秒もこぼさぬように」とした主体の時間への、ひいてはお母さまへのやさしいまなざしを感じてグッときました。同時にコロナ禍の時分に入院した私への母親の揺るがない愛情もこの短歌が改めて思い出させてくれました。素敵な短歌をありがとうございます。
/この歌を推薦した人 つきひざ
#267
母はたぶんビッグライトを持っていてわたしの長所を照らしつづける
/ 瀬生ゆう子 https://x.com/yo3eku1so/status/1837864968114655344?s=20
本に一首評を書かせて頂きました。あたたかさ、前向きさが伝わってきて、とても好きなお歌です。
/この歌を推薦した人 もくめ
#268
墓を買ふ話にはのるが先に入るのは嫌といふ俺も嫌だが
/ 外塚 喬 「現代短歌」No.111
20首連作「俺も嫌だが」の19首目。連作では、夫である主体が老いた妻の世話をする様子が描かれている。妻が先に逝ってしまうであろうことは予想されているが、受け入れられるものではなく、死に対する覚悟と否定が胸に刺さる。そのことが最も表れている1首。
読む度に「俺も嫌だが」の重さに打ちのめされます。
/この歌を推薦した人 おなかいたいの
#269
二日目の苺ケーキは傾いて誕生日から一番とおい日
/ きいろい https://x.com/i/status/1866620966786519321
はじめてこのうたを目にしたときに、発想の豊かさと着眼点の鋭さにはっとしたのを覚えています。誕生日に食べるいちごケーキの美味しさや特別感は、何年経っても変わりません。しかし、ケーキの大きさや家族構成などによっては、当日に食べきれないこともあります。冷蔵庫の中で少し傾き始めたケーキは、前日よりもなんとなく特別感が薄れてしまうものです。そこにあるどこかつまらない、しゅんとした感情のわけを「誕生日から一番とおい日」に重ねているところにうたの面白さを感じ、素敵だな、と思い続けていたのでした。
/この歌を推薦した人 村崎残滓
#270
赤ちゃんがぽこんとお腹を蹴るときに地球の裏でゆれるたんぽぽ
/ 鹿ヶ谷街庵 毎日「アプリで推し短歌」お題「花」4月14日
母親の胎内からいきなり世界をぐるっと周って地球を見せる壮大なスケールと、浮かんでくる映像の美しさが素晴らしい短歌だと思います。
ぽこん、の音の響きも可愛らしいですし、小さな命は巡り巡って知らない誰かを救うかもしれない、そんな命の連鎖を考えます。
/この歌を推薦した人 ume
#271
泣き出せばすぐに駆け寄る兄がおり撫でる母おり笑う父おり
/ 夜明けの象 2025年3月24日 長崎新聞 歌壇 立石千代女選
情景しか書かれていないのに家族の関係性が全て見えてきます。温かな家族詠でした。
/この歌を推薦した人 梅鶏
#272
角膜は提供するに丸をするたくさん海を見せてあるから
/ 藤原ほとり(ふじはる) NHK短歌「いのち」佳作
結句までの流れがとても美しい短歌で、私がうたの庭などの投稿サイトではこんな歌を詠めればいいなと衝撃を受けた一首です。
/この歌を推薦した人 わかば
#273
まだ先の夏よりお届けしています。大丈夫、君笑っています。
/ えびのこ https://x.com/abinoko_meow/status/1892787854994219053?s=20
どの夏までも生きる理由になるお守りで近くにいてくれると嬉しい。
/この歌を推薦した人 澤山凜
#274
アイコンをころころ変えていたころのわたしゆっくり未来へおいで
/ 瀬生ゆう子 https://x.com/i/status/1954366185077887441
“かえていたころの”ということは主体にとってはもう過去形になっているのでしょうか。あるいは、現在進行形の主体に未来から主体自身が声をかけているのでしょうか。時を超え重奏的に同時進行で起こっていることのような気もします。未来からのまなざしがとてもあたたかく、未来のことはみえないけれどそれは光が眩しすぎて過去が目を細めているだけなのかもしれません。娘がころころアイコンを変えるので戸惑うのですが、少し先をゆく主体のまなざしが娘やほかの方にも届いているような、福福とした気持ちになりました。ありがとうございます。
/この歌を推薦した人 ひらいあかる
#275
ブーゲンビリアの窓を4回叩いてね元気なあたしだけ知っててね
/ 湯島はじめ 歌集『ジャッカロープの毛のふるえ』(私家出版,2023)
『あたし』の意地らしさとかわいさ、そしてそれらと同時に含まれているどこか冷めた視線が印象的でとても好きな1首です。
ブーゲンビリアの窓を4回叩く、という童話のようなファンシーな行動の裏にあるのは「元気なあたしだけ知っててね」、つまりあたしは元気ではない場面が多々あるということを主体は自覚していて、でもあなたにはそんな面を見せまいとしている。元気じゃないあたしはいなくならないけれど、あなたにだけは元気なあたしだけ知っていてほしい。その弱くて強いアンバランスさが、すごく好きです。初句でたっぷり7音使っているのも歌全体のふっくらした雰囲気を作り出していると思います。
/この歌を推薦した人 星谷麦
#276
ドラえもんタイムマシンが止まったねここが未来の突き当たりだね
/ 山下ワードレス 粘菌歌会第82回「境界」 http://blog.livedoor.jp/nenkinkakai/archives/36994467.html
2025年は万博が開催された年でもある。華々しい成功が報じられる一方で、1970年に同じく大阪で開催された万博と比べ、ビジュアル面で誰にでも伝わるような『輝かしい未来』感の訴求は薄かったため、「今の時代の我々は、本当に未来を思い描けているのだろうか。ここが未来のどん詰まりではないのか」などの悲観的な意見も多く見かけることとなった。
タイムマシンを駆って未来を見に行ったのび太とドラえもんは、未来の突き当たりで何を見るのだろうか。漫画「ドラえもん」の連載が始まったのは1969年の暮れ、前回の大阪万博の前年になる。素晴らしい未来が約束されていると誰もが信じていた、そんな時代から来たのび太とドラえもんの、静かで、どこか諦めたような会話に胸が締め付けられる。ドラえもんやのび太たちのために、私たちにできることは、まだあるのだろうか。2025年の、今年らしい短歌だと思った。
/この歌を推薦した人 水上歌眠
#277
ガムの値段・コーヒーの味・コンビニの涼しさ・ぼくのアジアのルーツ
/ 瀬口真司 X
令和7年7月20日の参院選を受けて発表された連作「Orange (shut it up)」。デマとヘイトを撒き散らす某オレンジ色の党の躍進に対して、カウンターとして提示された作品である。短歌定型を通じてこのように声を上げることは、最高にクールな表現だと思った。この歌は、ガム/コーヒー/コンビニというG音・K音のカタカナ名詞の並びのなかに、複数の国・都市の景が重層的に立ち上がってくる感覚がある(新宿とか、台北とか、ハノイとか)。どれが同じでどれが違うかは明示されていないし、考えれば考えるほど分からなくなっていくが、「多様性」とかの陳腐な言葉にまとめず、複雑で込み入ったまま表明された「アジアのルーツ」に、連帯したいと感じた。
/この歌を推薦した人 入谷聡
#278
かけがへなき國體(アイデンティティー)と言われても戦争も出産もあたしでしょう?
/ 川谷ふじの 連作「最晩年」短歌研究2025年9+10号
高島裕「アイデンティティー」をめぐる様々な言説の中で、この歌は自分の足で立っている言葉だと感じたので今年を象徴する一首として選んだ。
/この歌を推薦した人 野川りく
#279
指先で鰯の腹を裂くように行政からの手紙を開ける
/ 全美 歌集『イントロ』(私家版, 2025年)
鰯の腹を裂くのと手紙を開けるのとをつなげる良さ。裂き方/開け方とともに、冷たさとか静音とかで両者は通じる。例えるものと例えられるものを逆転させて、手紙を開けるように、日常的に生き物の腹を裂いている、と気づく。あと、送付元があなたとか親友とかではなかったおかげで共感しやすかった。
/この歌を推薦した人 金森人浩
#280
殘雪󠄁をもて肉冷やすべし死にたれば魚のごとくに人冷やすべし
/ 佐竹彌生 歌集『雁の書』(『佐竹彌生全歌集』砂子屋書房,2025)
一首に絞ることは難しいが『佐竹彌生全歌集』を代表して選んだ。
佐竹彌生の歌を読むと、ひたむきに歌と自然に向き合い続けることでしか至れない境地はあると思わされる。
この歌人の歌を残さねばと駆り立てられた方々の気持ちが伝わってくる一冊だった。
/この歌を推薦した人 野川りく
#281
有給に「何で?」と聞くな自由だろ 自由の「銃」の部分で撃つぞ
/ 佐為 アプリ57577日替わりお題「休暇」https://x.com/ly_tank4/status/1901291882661220490?s=46&t=W2ggeGkbTriP98Hz87oRCg
自由の中には銃がある。言葉あそびのユーモアでもあり、結句の「撃つぞ」は冗談とみせかけて本気で撃つような迫り方です。自由を脅かすものには立ち向かうという覚悟が見えるインパクトのある歌です。
/この歌を推薦した人 ume
#282
本当は花柄好きじゃなかったといつか言われてしまうんだろうか
/ 馬場めぐみ 無数を振り切っていけ
親なら誰しもが考えることだと思います。言葉をまだ持たない我が子の気持ちを親は本当に理解出来ているのかと。親と子は分かり合えないかもしれないけど、花柄を着た子を慈しむ主体の愛はたしかにあると、優しい気持ちになれる大好きな歌です。
/この歌を推薦した人 ume
#283
日清のカップヌードル 日清のシーフードヌードル 話してよ
/ 中島丈多郎 京大短歌ネットプリント vol.3
日常の固有名詞――「日清のカップヌードル」「日清のシーフードヌードル」という具体物を、ためらいなく連ねることで歌の構成は極めてシンプルである。だがその単純さこそがこの歌の強さであり、言葉の余白に様々な場面や声が自在に立ち上がる余地を生む。味覚や食卓の風景、会話の断片、あるいは孤独な夜の吐露まで、読み手は短いフレーズから多様な物語を紡げる。俗っぽさと親しみやすさを武器に、日常の断片を通じて「誰かと話したい」という切実な渇望を静かに浮かび上がらせる点が素晴らしい。
/この歌を推薦した人 箭田儀一
#284
読点を置き去りにして伝えればインターホンは響いたのかよ
/ はじめてのたんか https://x.com/supertankayaru/status/1957089722477547733?t=-li_xiAfhmk8LrBfZBNi6g&s=19
このインターフォンという表現が素晴らしくて彼女のドアへ呼びかけても開けてもらえなかった悲しみが伝わってきました
実景だけじゃなく心象風景でもあるのかな
何か言いよどんだ・言うのを躊躇した言葉を、素直に言えたら届いたのか?ずっと思い続けている主体の気持ちが心臓に刺さりました
/この歌を推薦した人 さんそ
#285
男よりさきに林檎を手に取って口付けている私のリリス
/ 小林菫子 https://x.com/tsumikinomachi/status/1999433604531675615?s=46&t=TRQCT37R_yHpy7ddNrIapQ
「私の」という所有格がとてもとてもいいなと思います。限定したことによって、様々な解釈のリリスが存在し得ること、そして自分の中には、誰よりも先に知恵の実を手にしたifのリリスが確かにいるのだという、力強い肯定の歌になっています。
/この歌を推薦した人 鈴木雀
#286
集まりし国語教師の誰も知らず竹山広は教科書になく
/ 吉川宏志 歌集『燕麦』(砂子屋書房、2012年)
吉川宏志さんを同世代歌人として最も敬愛している方のおひとりなのですが、未読の歌集を遡って歌集『燕麦』を今更読んで秀歌ばかりでしたが、とくに竹山広さんを詠み込んだこの一首を最も次代に読み継がれてほしいと思い選びました。
/この歌を推薦した人 ayainu
#287
手品師のかばんに暮らす白鳩の幻想的な就業規則
/ 鳥さんの瞼 https://x.com/withoutSSRI/status/1981299588024979774?t=O_n_n0rBoGc6fFYg15GI3A&s=19
うつくしい絵画のイメージが一読、立ち上がってきます。そして一語一語が完璧にそこに収まっていて、すべて幻想なのに、就業規則に終着する不思議さ、必然、親しみ、うつくしさ、悲しみ、おかしみ…読むほどにいろんな気持ちにさせてくれる、大好きな歌です。
/この歌を推薦した人 natsuko
#288
自販機のマウンテン・デュー傷つきたい時だけ思い出すの、なしでしょ
/ ケムニマキコ 第88回恋愛短歌同好会
マウンテン・デューの売っている自販機は最近はあまりなくて、たまに見かけると懐かしくなる。あの緑色の缶のノスタルジーは、自分の過去の幸福だった記憶ともつながっていて、「なしでしょ」と打ち消したくなる気持ちが切ない。自愛を、傷つきたい時と言える主体の精神的成長と葛藤を、鮮やかに歌った作品だと思う。
/この歌を推薦した人 涸れ井戸
#289
自販機のマウンテン・デュー傷つきたい時だけ思い出すの、なしでしょ
/ ケムニマキコ 第88回恋愛短歌同好会
固有名詞に託された色合いや煌めき、そして陰影をたっぷりと味あわせてくれる一首。結句〈出すの、なしでしょ〉の読点は、ボトルに浮かんだ結露水にも、流したかったけど流れなかった主体の涙のようにも思えて来る。
/この歌を推薦した人 西鎮
#290
夢ならば私の長い乳首にも説明がつく 運んでおくれ
/ 森生 https://x.com/leftbehindfor/status/1983887272295723040?s=46&t=wTLRDLpJB1ZrGKl8NYeXeg
森生さんの短歌は好きなのが多すぎて、個人的今年のベスト歌人です。はじめに心を掴まれたのが推薦作で、忙しくてとんと忘れていた「好きな短歌をメモする」という行為を思い出しました。歌意というよりは、この奇妙な言葉の並びとシチュエーションに独特のセンスを感じます。結句「運んでおくれ」、何度読んでも痺れます。
/この歌を推薦した人 岩倉曰
#291
限りなく宇宙は膨張しているとお前は言うが割り勘だからな
/ 松本淳一 NHK短歌 2025年7月20日放送 永田紅選 テーマ「宇宙」
宇宙は膨張し続けていると言われています。
膨張しているところを確認することはできませんが、広大な宇宙が膨張し続けてる光景を想像すると、自分の存在はとても小さなものだと感じます。
しかし、いくら大きなことを言ったところで、飲み代は割り勘だと軽口を叩ける仲のよさが感じられ、ほっこりする歌です。
/この歌を推薦した人 椿泰文
#292
血がでたと涙を流すおとうとのほんとうにほんとうにすこしだけの血
/ 富尾大地 東京新聞 東京歌壇東直子選 2025年11月23日朝刊
ほんとうにほんとうにすこしだけの血。けれど怪我をして泣いている弟は手当てを受けたり、慰めてもらえたりしたのでしょう。そしてそれは、主体にとっては大げさに見えたのかもしれません。「お兄ちゃん」または「お姉ちゃん」として生きてきたであろう主体は、すこしだけの血がでても、ずっとがまんしてきたのかもしれないと思いました。
涙を流さず健気にがまんしてきた主体と、素直にそれを表現できる弟との対比。そして弟に向けられるすこし冷めたまなざし。「ほんとうにほんとうに」のリフレインが皮肉のようで、どこかあきらめのようでもあって、とても好きです。
/この歌を推薦した人 吉村のぞみ
#293
劇薬を受け入れるとき人はみな凪いだ港の桟橋にいる
/ 斎藤君 歌集『死にたくはない』出版:次世代短歌(2025年) 『ナイトフィッシュ』より
闘病中の祖父を思い出して胸がぐっとなるお歌でした。
/この歌を推薦した人 北野白熊
#294
紀貫之 俺らの生とかあるワケよ
じゃあ五十二番をカートンで
/ 伊沖 https://x.com/i/status/1987122643175416147
「刺さる」というのはこういうことか、と強く体感した一首。諦観のようで真逆でさえあるように感じる。目にしてから煙草を吸う度に、そうでない時もふと浮かび続けていて、きっとこれからもずっとそうなのだと思う。単純に、とてつもなく好き、ということなのだろうな、とも思う。
/この歌を推薦した人 奏
#295
改元後世界はやむなく創造を詩人に返しそのひとりひとり
/ 壬生キヨム 文芸誌『断食月』創刊号
「改元」という言葉に元号を改める以上の意味を付加した措辞がおもしろい。
/この歌を推薦した人 尾内甲太郎
#296
花火観に家族で海へ行った夜ほめてもらった絵は 今 どこ に
/ 鳥居 歌集『キリンの子』(角川書店, 2016年)
空白の使い方が巧みですごく心に残っている短歌です。思い出はかたちとして残っていないとなかったように感じて不安で、そういう気持ちがすごくすごく切に伝わってくる そんな短歌です。好きです。
/この歌を推薦した人 冬城衣
#297
悪人は事務所におらず正しいと正しいがカチコチとぶつかる
/ 三潴忠典 歌集『曲がらなければ伊勢まで行ける』(現代短歌社,2025年)
同じ事務所で働く同僚同士のやり取りと読みました。お互いに従うべき法や規則、契約、慣わし、立てるべき面子、守るべき部下などがあるのでしょう。職場で何かを強く主張するとき、それはたいてい自分ではない何かのためであることが多いように思います。
激しく感情的にぶつかり合うことはしないけれど、お互いに背負うものがあり、簡単に折れるわけにはいかない。「カチコチ」という無機質なオノマトペが状況にぴったりでとても好きです。
/この歌を推薦した人 吉村のぞみ
#298
愛犬が石田ゆり子の家の猫になりたいと吠え世田谷に向かう
/ 殿内佳丸 7月13日放送 NHK短歌「テーマ「猫」
こんなにも微笑ましい歌があるものかと心に刻まれたお歌。自分もそのわんこと同じ気持ちです。
/この歌を推薦した人 ぺぺいん
#299
ゐどとして生まれたことを思ひ出す手をつなぐたび手をはなすたび
井戸の水を汲むことは生きることに直結します。水を汲むためには桶を沈めなくてはならず、つまりつないだ手をはなすことなのだと思います。また、人と生きることについて湧き上がる(沈みゆく)感情を持つ自身が井戸であるという表現も素敵です。再び手をつないだ人が同じ人でも別の人でも、お互いがお互いの生命線であることは間違いないはずです。挙げさせていただいた歌は朧さんがXで公開されていた短歌研究新人賞佳作『りんかい』のうちの一首ですが、その30首のどれもが燃える星のように美しくて、ため息が出るほど大好きです!
/この歌を推薦した人 三谷にん
#300
もらうのか自分で用意するのかも分からずぼくだけ風船がない
/ りっとうゆき 2025年2月10日 うたの日 題「自由詠」秀歌
不安な気持ちが過不足なく表現されているし、「風船」というチョイスも絶妙だと思いました。
/この歌を推薦した人 梅鶏
#301
まずカメラそしてわたしが透きとおる手応えのあるインタビューでは
/ 霧島あきら 「短歌研究」2025年7・8月合併号
インタビューでは、取材の対象者の言葉や表情がメインであって、それをいかに引き出すのかが役割であることが伝わります。
「まず」と「そして」によって消えていくグラデーションがありリアリティを感じました。
カメラやわたしという具体を通じて、存在という無形なものも意識させられます。
好きな一首でした。
/この歌を推薦した人 鈴木ベルキ
#302
まずカメラそしてわたしが透きとおる手応えのあるインタビューでは
/ 霧島あきら 第68回短歌研究新人賞
第68回短歌研究新人賞を受賞された「正しい椅子」の中でも私がいい意味で衝撃を受けた短歌です。
/この歌を推薦した人 わかば
#303
ほんとうに風になるのはまずいので法定速度を守ってはしる
/ 斎藤君 斎藤君さん 「今年の短歌2023年上半期」と付記されて25年に流れてきたツイート https://x.com/tanka_fun/status/1995642469791240626?s=20
常套句とも詩的ともされる言葉の取り込みが巧み。風になるという言葉を否定するのではなく、その気分をちゃんと取り入れたうえで、現実に重点を置いていく。法律を守りながら最大限に風に近づく。かっこうよいです。
/この歌を推薦した人 金森人浩
#304
ならば詩は料理に近く、手に届くすべての言葉を食材とする
/ 千種創一 歌集『あやとり』(短歌研究社、2025)
食事とは植物であれ動物であれ他の生物を殺してその身を喰らうことである。「料理の材料=他生物の死」として捉えるのであれば、「料理=詩歌」のとき、作歌(調理)は死や痛み(材料)を生きる糧(料理)へと変える行為となる。
/この歌を推薦した人 河原こいし
#305
お互いの高さを競う集まりに行くのはやめて冬の噴水
/ 椎名ろざな 「NHK短歌」2025年07月号テーマ「散歩」または自由
優れているとか役に立つとかそういうのは忘れて噴水で休もう。涼を求められていない季節のただそこにある「冬の噴水」がやわらかく響きます。
/この歌を推薦した人 宮本隆邦
#306
ふるさとがダムに沈んで消える時うれしい人もいたのでしょうね
/ 炭火 https://x.com/sumi17s/status/1976286648037147136?s=46&t=zKUwDkNWOwNzCbGz-ITB4w
Xでこの歌を読んだときに、許された気がしたのをよく覚えている。
実際に自分の故郷がダムに沈んだという経験はないが、かつて"多くの人が個人的に、あるいは社会的に悲しみを抱いたり表面する場面で、そうでない・そうしない側の人間"であった自分を許された気になったのかもしれない。
一般的に、ふるさとが消えるのは悲しくつらいことだろう。けれどもそれを「うれしい」と思う人もいる。いたのでしょうね。淡々とした推量からは、ふるさとの消失をうれしいと思う人のその心への呵責や憐憫は感じない。ただ、そう思う人もたしかにいたのだろう、その静かな語りがいつまでも心に残る。この歌にはダムに沈んだふるさとの町、そのもののような余韻がある。
/この歌を推薦した人 湯島はじめ
#307
恋人になりたい訳じゃないけれど、誰かを愛する貴方は嫌だ
/ どく https://x.com/nanimonodemo222/status/1969945045580370305?s=20
素直で分かりやすい。この感情を歌にして形にしてくれたことがうれしい。こういう関係性の人にこういうこと言いたい。あなたもこの気持ち、感じたことあるでしょ。
/この歌を推薦した人 澤山凜
#308
旅人を遠くへ運ぶ馬たちのみな変わらない脊椎の数
/ 斎藤君 https://x.com/6699Kono/status/1834897781192016077?s=20
本に一首評を書かせて頂きました。神さまの視点のような独特の雰囲気がとても印象に残りました。
/この歌を推薦した人 もくめ
#309
沈みゆくあなたを助けそうになる放っておいても浮いてくるのに
/ ただのり https://x.com/norider0914/status/1960647886020005911?s=46&t=NoomkODEUlgdGGuYnagfdQ
『あなた』の強かさをよく知っているからこそ一歩引くようにしていて、『放っておいても浮いてくる』からは投げやりな愛ではなく大きな慈しみを感じます。そして『あなたを助けそうになる』。どんなに深くにいてもあなたを助けられるという確信があるのが素敵です。31音という限られた表現のなかでまどろっこしくならずにバシッと『助け』るという言葉を持ってこられるのがただのりさんらしさだなぁと勝手に思いました。とても好きな一首です。
/この歌を推薦した人 三谷にん
#310 - 314
星を出る最後の船の餞に地上のすべての信号の青
/ 川瀬十萠子 おのぎとポピーのこのくらい『地球最後の短歌』他
ノアの方舟のよう地球を離れる最後の舟にむけた地球からの餞だと思いました
一斉に、すべての信号が青を灯す
離陸して、地球を離れて行く舟が小さく小さくなっても、青信号は続いていく
そんな景を思い浮かべたら、どんな言葉を使っても上手く表せられないくらい、感動で胸が詰まって泣いてしまいそうです
/この歌を推薦した人 さんそ
#310 - 314
星を出る最後の船の餞に地上のすべての信号の青
/ 川瀬十萠子 おのぎとポピーのこのくらい『地球最後の短歌』他
星を捨てて旅立つ船へ贈る青信号。信号たちはそこで滅びるのをただ待つだけでしょう。
自分を置いて旅立つ人に、私はきっと優しくできない。スケールの大きさを感じるお歌でした。
/この歌を推薦した人 北野白熊
#310 - 314
星を出る最後の船の餞に地上のすべての信号の青
/ 川瀬十萠子 おのぎとポピーのこのくらい『地球最後の短歌』他
圧倒的なスケール感。この歌を目にした瞬間、地球を離れる巨大な宇宙船の絵が、脳内に立ち上がりました。
/この歌を推薦した人 明眼子
#310 - 314
星を出る最後の船の餞に地上のすべての信号の青
/ 川瀬十萠子 おのぎとポピーのこのくらい『地球最後の短歌』他
見たことがないはずなのに、光景が目に浮かんでしまうとても印象的な歌でした。星から脱出する宇宙船に乗った人と乗れずにそれを見送る人。その中には、親子や友人、職場でお世話になった人や近所に住む人など関係性のある人同士もいるでしょうが、ほとんどは全く関係のない人たちかもしれません。でも、同じ時、同じ星に住んでいたという、ただそれだけの共通点において見送る側は旅立つ側に向けて「地上のすべての信号」を青にしたんだろうな、と思うとなんとも言えない気持ちになりました。星を脱出する船には行く宛があるといいなと思います。壮大な物語のワンシーンが終わるような始まるような一首だと思います。
テーマ「地球最後の短歌」で作られたお歌です。(わたしはなんとなく見送る側にいるような気がします)
/この歌を推薦した人 みぎひと
#310 - 314
星を出る最後の船の餞に地上のすべての信号の青
/ 川瀬十萠子 おのぎとポピーのこのくらい『地球最後の短歌』他
自分も参加した企画で、一番心に残った歌です。地球の最後というテーマで詠む中で、美しい情景の中に身近な終わりを予感させるところがとても好きです。シン・ゴジラの無人在来線爆弾のように、無機物にスポットが当たるからこそ心の芯に迫るものがあると思います。地球最後の日、整備が行き届かなくて幾つかの信号はうまく点灯しないかもしれない。でもきっとその船に乗る人は地球の青さを知る前に、信号の青が目に焼き付くことでしょう。
/この歌を推薦した人 新妻ネトラ
#315
水槽の金魚みたいな恋があり今天国へ行ってしまった
/ 友常甘酢 毎日歌壇 2025年5月13日朝刊
もっとはやく教えてほしかった。そんな恋があったこと。天国へ行く前に教えてほしかった。野生的にはなれない恋だったのだろうか、飼い慣らされるような恋だったのだろうか、それとも、アクアリウムのように鮮やかな恋だったのだろうか。読み手であるわたしたちにそれを知る術はもうない。金魚の色は、主体だけが知っている。スクリーンに隔てられた、うつくしい映画のラストシーンを観たような、余韻の残る歌でした。すてきな歌をありがとうございました。
/この歌を推薦した人 境千尋
#316
義兄弟の盃くらい肉まんを厳密に割る雪のバス停
/ 村田真央 https://x.com/maomurataxyz/status/1889846886087164349?s=46&t=OnH-gVNVPDxcxaGdwsOPow
たしかに厳密に割るのである。そして厳密であるほど、その対等さ、「友人程度の連帯」が輝く気がする。
/この歌を推薦した人 有為
#317
過去はもうあなたのことを見ていない 何度も通(かよ)って泣かなくていい
/ ゆのさわ 歌集『棺桶にパン生地』(次世代短歌 https://kotobadia.com/,2025年)
還暦を迎えてもなお、過去に起きたことを恨めしく感じている自分がいる。
この歌に、そんな愚かな私は、ずばり見抜かれていた。過去は見ていない。怒りや悲しみがちっとも風化しないのは、自分から何度も通っているからなのだ。
気づかせてくれて、心からありがとう。
/この歌を推薦した人 山口絢子
#318
家電はどんどん便利になる 理不尽にあなたを振って後悔したい
/ 金井晶 本場のタンバリンVol.1「理不尽」https://note.com/kanariakiraka/n/n3bdb34282473
本当にそうだなあ、と思いました。
/この歌を推薦した人 太田葵
#319
夏の夜の石段 きみがわたしではないひとを好きな世界に座る
/ 太田宣子 野川りくさん個人誌「HORA」Vol.1,2025年
久しぶりに拝読した太田宣子さんの連作の最後を飾る歌ですが、なんて切ない歌なのかと心を持ってかれました。
/この歌を推薦した人 榎本ユミ
#320
フローリングに寝ればわたしのかなしみは母とは違う海抜として
/ 月島理華 「ペルセウス」(第三十六回歌壇賞候補作品)「歌壇」2025年2月号
30首連作の14首目。父が突然の病で入院し、"わたし"と母がいつもと違う環境で眠る場面。二人は父にとって同じ「家族」ではあるが、娘、妻という立場の違いで、共有できるかなしみ/できないかなしみがあることが胸に迫ってくる。
わたしは床に、母は隣でベッドに横になっていると想像すると、母にはわたしが産まれる前の父(夫)との思い出があるぶん、海抜が高いのだろうか。
水位ではなく海抜とすることで夜の海のイメージが湧き、まだ実態の判然としない、茫漠としたかなしみが伝わってくる。
/この歌を推薦した人 古橋つちこ
#321
ときどきは善意の蔓を時計屋の時計のようにしらんぷりせよ
/ 霧島あきら 同人誌「光るかもね Vol.4」
この短歌のどこがどういうふうに素晴らしいのか、半年くらい繰り返し考えてきたので、ここでその成果を見せようと思い、書き始め、書き終えたら二千字くらいになっていました……。以下、ざっくり刈り込んで、箇条書きでお話しします。ちょっと理屈っぽいけれど。
・比喩がとても働きもの。「時計屋の時計」はその前後のフレーズを両またぎで修飾している。文法上は結句の「しらんぷりせよ」へ。認知上は二句目の「善意」へ。(例えば「その人を花のように愛した」という一文があったとして、文中の「花」が「時計屋の時計」と同じ働き。「愛した」はもちろん、手前の「その人」にもイメージが滲み出ている)。煎じ詰めると、「善意=時計屋の時計=しらんぷりせよ」が僕の考えるこの歌の骨格。
・そのうえで、「時計屋の時計」の喩えが絶妙。「善意」に対しては当てにならなさを、「しらんぷりせよ」に対しては気にも止めない対象として、それぞれ個別にイメージをもたらし、前後の意味・含意をとびきり洒脱に増幅している。
・加えて、そういう歌の骨格が「蔓」のようなクラシックな装飾と、「しらんぷりせよ」という教条的な語り口で巧みに肉付けされている。結果、この短歌の佇まいは(時計屋の時計を含め)寓話的に美しい。
・まるで英国あたりの架空の民話をワンフレーズ化したような、たとえばイソップ童話のひとつを教訓込みで短歌に転化したような、そういう寓話的(ともすると聖書的)普遍性、愛誦性を帯びている。
……と思いました。以上です。英訳したくなる機知に富んだ、とびきり好きな一首です。
/この歌を推薦した人 山下ワードレス
#322
サビがきて拳を上げるひとたちに加わらないでただ揺れていた
/ 遠野瑞希 短歌ムック「ねむらない樹 vol.12」(第七回笹井宏之賞山田航賞「テレキャスター」)
本当は踊り狂えたらいいけど周りに人もいるから遠慮する気持ちとか、その場の空気や音楽に簡単には流されないぞ、となぜか高揚を抑え込んでしまうことに対して後ろめたさを感じつつも、“ただ揺れ”ることを選ぶあたりに人間らしさを感じました。
/この歌を推薦した人 亀田巧
#323
アン・ドゥ・トロワ君にいじわるを言う人は少しづつ命ほどかれてくよ
/ 白水もめん https://x.com/momenn_2000/status/1995112773043306659
初読で可愛いなあと思いすぐもう一回読んで、ん?ちょっと恐ろしいかも?と思った。
「少しずつ命ほどかれてくよ」ってどういう状態なんだろう。オリジナルな言葉のとりあわせだからこそ、想像が膨らむ。やさしい響きだし、直接的なことは言ってないけど、これ、死ぬ……?に近い?のかなあなんて考えてしまう。「少しずつ」なのも、厳しくはないけど確実に仕留める感じがする。
「いじわるを言う人」も絶妙。抽象的だけど、子供同士のじゃれ合いみたいな感じじゃなく、実はもっと酷いことを言うような感じなんじゃないか。「アン・ドゥ・トロワ」が可愛くておまじないのようだから、最初なんだか子供向けな感じがしたけれど、読んでいくうちに大人同士の話かもと思った。
そうすると、主体は「君」に「いじわる」するものは絶対に許さないつもりなんだろうな、と思う。「ほどかれてくよ」って断定だし、口調は柔らかいけれどものすごく怒っている人みたいで、でもその裏にはもちろん深い愛情があるのだと思った。
やさしくて可愛くて強大な呪いのような歌。大好きです!
/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼
#324
かがみの奥のわたしから手ののびてきてどんなにのびてもわれへとどかぬ
/ 渡辺松男 歌集『あぢさゐだつたらあぢさゐの中』(書肆侃侃房, 2025年)
鏡に向かって手を伸ばす。その手には、もちろん触れることはできない。当たり前の光景ではありますが、このように歌として差し出されることで不思議なさみしさが漂います。自分が手を伸ばしているのに「のびてきて」と言っているのもどこか他人事です。
あえて一首を選びましたが、本の中で他の歌とともに読むとくらくらした感覚をより心地良く感じることができます。
/この歌を推薦した人 丸山萌
今年の短歌2025
CHONO様 ・・・#1, #48, #71
白雨冬子様 ・・・#2
鳥井景様 ・・・#3, #49
奥村真帆様 ・・・#4, #17, #218
須藤純貴様 ・・・#5, #124, #135
北谷雪様 ・・・#6, #47, #91
一文字零様 ・・・#7, #67
岩倉曰様 ・・・#8, #290
畳川鷺々様 ・・・#9, #72, #217
岡本恵様 ・・・#10, #239, #242
木ノ宮むじな様 ・・・#11, #177, #179
早月くら様 ・・・#12, #160, #167
太田葵様 ・・・#13, #123, #318
小仲翠太様 ・・・#14, #134, #238
ひらいあかる様 ・・・#15, #246, #274
塩本抄様 ・・・#16, #26, #51
西鎮様 ・・・#18, #247, #289
Noctiluca様 ・・・#19, #69, #156
よさく様 ・・・#20, #98, #205
夏山栞様 ・・・#21, #209, #219
藤本玲未様 ・・・#22, #83, #158
白川 譽様 ・・・#23, #181, #208
せんぱい様 ・・・#24, #169
はるまち様 ・・・#25, #142, #161
宇祖田都子様 ・・・#27
入谷聡様 ・・・#28, #182, #277
芽吹様 ・・・#29, #85, #212
natsuko様 ・・・#30, #44, #287
三谷にん様 ・・・#31, #299, #309
青野 朔様 ・・・#32, #53, #256
古井 朔様 ・・・#33, #46, #122
会田発春様 ・・・#34, #63, #185
インアン様 ・・・#35, #174, #263
涸れ井戸様 ・・・#36, #39, #288
全美様 ・・・#37, #119, #258
鈴木 精良様 ・・・#38, #128, #138
鈴木雀様 ・・・#40, #114, #285
みおうたかふみ様 ・・・#41, #62, #202
nes様 ・・・#42, #213, #252
鳥さんの瞼様 ・・・#43, #226, #323
丸山萌様 ・・・#45, #237, #324
袴田朱夏様 ・・・#50, #56, #147
吉田岬様 ・・・#52
ふく様 ・・・#54, #120, #198
おなかいたいの様 ・・・#55, #268
といじま様 ・・・#57
きいろい様 ・・・#58, #248, #260
森井恵様 ・・・#59, #61, #64
藤瀬こうたろー様 ・・・#60, #233, #265
コンアイコ様 ・・・#65, #116, #240
箭田儀一様 ・・・#66, #107, #283
しろまろねこ様 ・・・#68, #186, #199
山田やまめ様 ・・・#70, #106, #259
憂杞様 ・・・#73, #118, #131
村田真央様 ・・・#74
梶峰みじか様 ・・・#75
小石岡なつ海様 ・・・#76, #133
1000様 ・・・#77
はぎさわやか様 ・・・#78, #80, #140
知久様 ・・・#79, #94, #191
つきひざ様 ・・・#81, #190, #266
藍元様 ・・・#82, #159, #194
村崎残滓様 ・・・#84, #241, #269
ぺぺいん様 ・・・#86, #164, #298
なにもない子様 ・・・#87, #201
山口絢子様 ・・・#88, #139, #317
内海 伊織様 ・・・#89, #245
りのん様 ・・・#90, #155, #251
冬城衣様 ・・・#92, #162, #296
亀田巧様 ・・・#93, #183, #322
もとみや様 ・・・#95
わかば様 ・・・#96, #272, #302
石村まい様 ・・・#97
みぎひと様 ・・・#99, #143, #313
村元 葉様 ・・・#100, #153
飛和様 ・・・#101, #115, #129
星谷麦様 ・・・#102, #117, #275
新妻ネトラ様 ・・・#103, #175, #314
敦田眞一様 ・・・#104, #105, #184
岩瀬百様 ・・・#108, #227, #235
村川愉季様 ・・・#109
もめん様 ・・・#110, #141, #178
古橋つちこ様 ・・・#111, #225, #320
yohei様 ・・・#112
織部ゆい様 ・・・#113, #214, #262
波止場裕様 ・・・#121
六浦筆の助様 ・・・#125, #173, #195
ヤマメ様 ・・・#126
尾内甲太郎様 ・・・#127, #193, #295
邪去侮の梯子様 ・・・#130
境千尋様 ・・・#132, #203, #315
もくめ様 ・・・#136, #267, #308
野川りく様 ・・・#137, #278, #280
金森人浩様 ・・・#144, #279, #303
椿泰文様 ・・・#145, #220, #291
汐留ライス様 ・・・#146, #200, #222
湯島はじめ様 ・・・#148, #152, #306
千代田らんぷ様 ・・・#149, #236
できない様 ・・・#150
有為様 ・・・#151, #224, #316
橘高なつめ様 ・・・#154
榎本ユミ様 ・・・#157, #319
さんそ様 ・・・#163, #284, #310
悠月様 ・・・#165, #216
山下ワードレス様 ・・・#166, #211, #321
佐藤橙様 ・・・#168
加藤様 ・・・#170
奏様 ・・・#171, #229, #294
さち様 ・・・#172, #197, #204
祝詞様 ・・・#176
千陽様 ・・・#180, #221
水上歌眠様 ・・・#187, #264, #276
宮本隆邦様 ・・・#188, #207, #305
銀浪様 ・・・#189, #196, #223
ツマモヨコ様 ・・・#192, #231, #250
明眼子様 ・・・#206, #232, #312
非常口ドット様 ・・・#210
亜麻布みゆ様 ・・・#215
ayainu様 ・・・#228, #243, #286
吉村のぞみ様 ・・・#230, #292, #297
鈴木ベルキ様 ・・・#234, #244, #301
北野白熊様 ・・・#249, #293, #311
梅鶏様 ・・・#253, #271, #300
河原こいし様 ・・・#254, #304
お湯様 ・・・#255
澤山凜様 ・・・#257, #273, #307
右手のハンマー様 ・・・#261
ume様 ・・・#270, #281, #282
最後までお読みくださりありがとうございます🙇♀️
来年もみなさまにとって良い歌との出会いのある年になりますように。また次回の参加をお待ちしております。
第7回 2024年の記録
第6回 2023年下半期の記録
第5回 2023年上半期の記録
第4回 2022年下半期の記録
第3回 2022年上半期の記録
第2回 2021年の記録
第1回 2020年の記録