今年短歌

 2024 

#1 - 248


世界のありようについて ・・・ #1 - 32


#1

しなやかなめまいがあって手をついた場所から果樹が広がってゆく


/ 早月くら 「ハーフ・プリズム」(『歌壇』2024年2月号)

https://x.com/k_hayatsuki


第35回歌壇賞受賞作であり、ことし何度も読み返した一連「ハーフ・プリズム」冒頭の一首。指先から果樹が生き生きと伸びてゆく情景を思いました。神話や絵画のような美しさがあります。幻想的だけれど遠すぎず、生々しささえ覚えるのは、めまいという生理現象、日常と地続きだからからかもしれません。

/この歌を推薦した人 吉村のぞみ

https://x.com/mechanobiru



#2

きみが泣く夜をつくった神様を天から引きずりおろして殴る


/ 埃 https://x.com/hokoriest/status/1742415668283400673

https://x.com/hokoriest


バズるべくしてバズった。なぜだか嬉しかった。

/この歌を推薦した人 野村直輝

https://x.com/naoki_23337125



#3

百年たてばみんな死ぬって力強く言われてすこし驚いて眠る


/ 野村日魚子 歌集『百年後 嵐のように恋がしたいとあなたは言い 実際嵐になった すべてがこわれわたしたちはそれを見た』(ナナロク社,2022年)

https://x.com/jdpjja


百年後には自分も死ぬ、大好きな家族も死ぬ、犬も。そんなことを、しかも力強く言われてしまうなんて。でも死ぬ、というのがどういうことなのかわからない、それは言われたのが子供だからじゃなくて、大人でも学者でも、みんなどういうことかわからないのだ。

わからないので、悲しむのではなく、驚いて、そして眠る。共感した、というのとは違うけど、ああ、そうだよね、と心に残りました。幻想的な歌集のなかにあって、他の歌と同じ色をしていながらもとても現実っぽい感じがしました。とても好きなお歌です。

/この歌を推薦した人 畳川鷺々

https://x.com/ttmx6



#4

怪物は影から先に来るだろう洗濯物のうねる小春日


/ 霧島あきら X(「短歌の文化祭大賞」投稿作)

https://x.com/kirishima2325


上の句で示される「怪物」の予感が、下の句の具体的な風景表現を読み通す時にもう一度重層的に読み手に迫ってくるように感じました。カ行を多用した軽快な音韻が、かえって怪物の怖さを強調していて印象的です。

/この歌を推薦した人 アカマツヒトコト

https://x.com/htkt_



#5

粘菌のように地べたに広がった猫が突然猫へと還る


/ 無地ムジカ 2024年8月26日 読売歌壇 黒瀬珂瀾選一席

https://x.com/rgc1br


だらけている猫を粘菌と比喩することによって猫の体勢が読み取れ、それを「猫へと還る」と表現し立ち上がったことを表した詠みっぷりにただただすごいな、と思いました。

/この歌を推薦した人 梅鶏

https://x.com/ume_dori



#6

もんしろ蝶 光の路地にあらはれてみるみる燃ゆるまひるなるかも


/ 睦月都 歌集『Dance with the invisibles』(角川書店, 2023年)


モンシロチョウの白さが昼の光に溶け込んでいく景を想像させられました。

/この歌を推薦した人 岩田茶閑子

https://x.com/northfolk98



#7

屋根に雪、猫にかつぶし 選ばれたり選ばれなかったり疲れるぜ


/ 北山あさひ 歌集『ヒューマン・ライツ』(左右社,2023年)


破調や句またがりを感じさせない、軽やかなリズムが好きです。後半では少々重めな内容を詠んでいますが、最後の「ぜ」で一気に砕けた印象に。全体の明るく軽い読み口と、そこに含まれた真剣なメッセージのギャップが印象的でした。

/この歌を推薦した人 ナカムラロボ

https://x.com/nakamurarobot



#8

連休という名の季節 橋があるからこの河はここを流れる


/ 蜂谷希一 『未来』2024年8月号

https://x.com/hachiya_kichi


読者に歌意を取りに越させるような度胸のある作り。説明的でなく、かといって難解でもない。

/この歌を推薦した人 若枝あらう

https://x.com/WakaedaArrau



#9

的確な場所に出された広告に感心したら電車になった


/ 平出奔 同人誌『おだやかなささくれの羽ばたき』(2024)

https://x.com/Hiraide_Hon


職場に向かって車を運転していると、驚くべきことに、突然、職場についていることがある。同じ道をずっと走っていると、風景から受け取る情報量が少なくなってきて、運転の適度な緊張感と、考え事やカーラジオの内容であたまがいっぱいになっているのだ。通学や通勤の電車にも、おんなじようなことがあった。駅までの道を当たり前のようにイヤホンをして歩いて、そのまま電車に乗ったりすると、「自分が電車に乗っている」という意識は、もうほとんどない。そこに、電車でなければならない「的確な場所に出された広告」が目に飛び込んでくることで、「ここが電車である」ことを自覚するという認識のズレを起こしている。そして、この認識のズレのあり方は、書かれた事実以上の「現代っぽい感じ」を射程しているようにみえるのだ。

/この歌を推薦した人 大月

https://x.com/YouOtsuki



#10

水ひきて魚一匹の潮だまりさみしきことを人や知るべし


/ 尾形貢 歌集『水の呼吸』(洛西書院,2012年)


歌集を出したら飲み友達の先輩から実は父も短歌をやってるとご恵投頂いた歌集。飲み友達の先輩が読み込まれているのを見て得難い読書体験だと思いました。その中にたくさんある良い歌の中から他の方にもお伝えしたい一首です。

/この歌を推薦した人 真野陽太朗

https://x.com/kuroinogaboku



#11

くちびるの赤は止まれを意味せずにゆっくり進めとささやいてくる


/ 白灰 https://x.com/r5tt3mmyff25618/status/1818986499297133000?s=46

https://x.com/r5Tt3mMYFf25618


見てはいけないような気がして目を覆いながら指の隙間からちらちらと見てしまうような、こんな大人っぽい止まらない赤ありなのかと強く印象に残りました。

/この歌を推薦した人 中白春海

https://x.com/pear_harumi



#12

\てじな~にゃ/神はそう告げ地を創り海を拓きて天に光を


/ 坪内万里コ toi toi toi 歌集『救心』(私家版, 2022年)

https://x.com/11marico17


「てじな~にゃ」は、みんな大好き山上兄弟がマジックを成功させたときの決め台詞。山上兄弟をはじめて見たとき、愛らしさというより、そろいの衣装で大人が思う愛らしさのアイコンがつめこまれたことをやらされている二人の様子に、芸能界の闇を感じてそわそわしたものだが、そもそもあの台詞が、神が世界を創生したときの言葉ということならば、話は変わってくる。そう、山上兄弟は、神の末裔だったのだ。そして、この世界は「手品」であったというディストピア感も魅力的で絶望的である。あと、「\」「/」の使い方である。やられた。これは、「」でくくってはだめなのだ。表記の発明。この歌によって短歌はまた世界を一つ広げた。 『救心』(toitoitoi著)の感想 

/この歌を推薦した人 中森温泉

https://x.com/midiumdog



#13

手習ひの筆を休めて外を見るすみれの花の影の細きを


/ 中村成吾 『塔』2024年9月号

https://x.com/sakuru_cerasus7


「手習い」ということは中々の努力家。とはいえ学習は疲れる。ふと休んだ時に見える「すみれ」の美しさ。些細な行為のなかの、僅かな心の動きを掬う。短歌は繊細な詩であることを、確認させられる。

/この歌を推薦した人 蒼音

https://x.com/chari433



#14

よく肥えた金魚の影が回転し少し揺れてる赤い水草


/ 中森温泉 note <海に乱射> 「月へと」 

https://x.com/midiumdog


金魚が回転するのはその向きによって意味が大きく異なり、事実を見せない美しさを感じました。色が反転した世界の不思議さが綺麗だと思いました。

/この歌を推薦した人 豊冨瑞歩

https://x.com/miohuz



#15

地下鉄に窓があること ここじゃない場所ならどこでも構わないです


/ 村元葉 2024年9月21日X(Twitter) 

https://x.com/y_mrmt_tanka


そういえば地下鉄に窓のある理由を知らない。少なくとも景色を楽しむために設置されているものではない。一部の路線(丸の内線など)を除いて、地下鉄は基本的に地下を走るものであり、窓に映る景色のほとんどが無機質なコンクリートの壁だ。『世界の車窓から 地下鉄編』がもし放映されたら興味深くはあるけど、視聴率は取れないだろう。

だから地下鉄に乗っているとき、誰も外の景色なんて見ていない。スマホか本を読んでいる人がほとんどだと思う(それかドアの上のモニターに流れる謎の宣伝番組か)。

それに、外の様子が分からないから、いま自分がどこを走っているのかも不確かだ。本当にいま自分は日比谷と銀座の間を走っているのか、この電車は本当に終点の新木場に向かっているのか。

この歌の作中主体は、スマホも本も読まずに、地下鉄の窓の外をぼんやりと眺めている印象がある。いま自分の立っている場所は、代替可能などこでもある場所であると思っているのではないか。列車がトンネルを抜けて、再び窓から光がもたらされたとき、たどり着く場所がここではない場所でないことを祈っている。その祈りはきっと叶うことはないのだけれど、それでも主体は窓の外を独り見つめ続けるのだろうと思う。いつか光に満ちた、ここじゃない場所に辿り着くまで。

/この歌を推薦した人 ニコ

https://x.com/watch_niconico



#16

鯛焼に粒餡がゆゆと沈むのを見ながらきっと雌だと思う


/ 千代田 環 2023年『短歌研究』新人賞掲載作

https://x.com/chiyodatamaki


鯛焼きに餡が沈むオノマトペが「ゆゆ」って何?とすごく惹かれました。そしてどうして雌?って。脳内が???になるお歌でした。粒餡のつぶつぶが魚卵ぽいから雌なのかもだけどそんなことはどうでもよくて、自分には決しで詠めないタイプのお歌で、軽い嫉妬と共に決して忘れられないお歌になりました。

/この歌を推薦した人 小野小乃々

https://x.com/aurora_konono



#17

大根の断面冬をたくわえて切っても切っても凍った湖面


/ 石川真琴 2024年4月7日 東京歌壇(東直子氏 選 4月月間賞)

https://x.com/shinkin_memo


たとえば大根の酢漬けを作るとき、おそるおそる薄く包丁を落とす。その瞬間の、(シャッ)という静かな音、そして氷の表層を削るような感触がありありと伝わってくる。この歌の冬はどこかやわらかい。“たくわえる“という言葉選びから、旬を迎えた大根の瑞々しさが浮かぶからかもしれない。厳しい冬の台所仕事を(冷たい水さえも)こんな風に愛おしんでみたいと思う。

/この歌を推薦した人 北谷雪

https://x.com/kitaya_misomiso



#18

新三田行きに乗れども新三田見ることはなし未来のごとく


/ 瀬川幸子 第25回NHK全国短歌大会 大賞


具体や情景描写を通じて、ゆらりと真理が立ち上がってくる読み味。短歌の醍醐味の一つだろう。この歌は、そうした構造をもつ歌の中でも最上級の完成度を持っているものと思われた。必然性のあるリフレインも心地よい。

/この歌を推薦した人 西鎮

https://x.com/xi_zhen_ivUT



#19

子を送り作業着を着て母を脱ぐ帰宅するまで研究者である


/ 水川怜 NHK短歌2024年2月号 岡野大嗣選 佳作

https://x.com/mizukawa_rei


子育てをしながら仕事に没頭する主体を細かく描写している。母と研究者という二足のわらじとも言える状況を逞しく描いているのが印象的。暗唱できるくらい好きな歌です。

/この歌を推薦した人 海沢ひかり

https://x.com/TY_57577



#20

月に水はないと発表されている 氷砂糖はまだわからない


/ 水上歌眠 2024年09月18日 うたの日 題「月」

https://x.com/kamin_plz


この世界を面白がるような、短歌的な飛躍が心地いい。宇宙に浮かぶ月と、冷たく甘い氷砂糖が調和していて、この歌の世界観に引き込まれる。

/この歌を推薦した人 藍元

https://x.com/coke_piplup



#21

真昼間の児童公園(唐揚げは光源)、ここで息継ぎをする


/ 深川泳 カクヨム 短歌の秋 第2回テーマ「光」https://kakuyomu.jp/works/16818093086057818169/episodes/16818093086057910522

https://x.com/ ef_eiei


昼休みに公園のベンチとかで唐揚げ弁当を食べているのかなと思うんですけど、「唐揚げは光源」が良いなと思って。「カレーは飲み物」みたいな(笑)。一首目の歌でも焼き肉が光だったので、やはり肉は光なんだなと。「ここで息継ぎをする」からは、好きなものを食べることが昼休みの唯一の楽しみなのかな、という印象も受けます。仕事中ずっと苦しくて、昼休みでやっと一息つけるけど、また午後からは働かなくてはいけない。かっこ付きで表記されているところは、黙々と唐揚げ弁当を食べていて、頭の中だけで「唐揚げは光源」と思っている感じなのでしょうか。なんだか、好きな食べ物から食べ始めるタイプのひとかなって気もします。唐揚げをもぐもぐしながら、ここからどんどん食べていくぞ、みたいな。 もし「ここで息継ぎをする」が楽譜上のメモみたいなもの、という捉え方をしたら、児童公園でしか息継ぎできるタイミングがないのでせねばならない、みたいな、強制感が出てきて、暗さが強調されるのでそれもよいですね。

(宇野なずき) https://kakuyomu.jp/info/entry/tankautumn_3

/この歌を推薦した人 海沢ひかり

https://x.com/TY_57577



#22

ほのひかる飛び子軍艦沈みゆく私のなかのサルガッソ海


/ 深海泰史 2024年6月29日 X投稿

https://x.com/Shinkai_Taishi


結句の「サルガッソ海」を思わず調べてしまいました。飛び子軍艦を食べたというだけの歌がこんなにドラマチックになるなんて、と嫉妬すら覚えました。

/この歌を推薦した人 梅鶏

https://x.com/ume_dori



#23

桃色を見てしまいたり口を開けぼんやりとしている夏鴉


/ 松本志李 『塔』2024年11月号

https://x.com/mapi_roku


誰かの無意識を見ている自分自身の無意識について思いを馳せました。自然の激しさの中にある一瞬の静寂と穏やかさを感じました。

/この歌を推薦した人 豊冨瑞歩

https://x.com/miohuz



#24

声しぼる蟬は背後に翳りつつ鎮石(しづし)のごとく手紙もちゆく


/ 山中智恵子 歌集『紡錘』(『山中智恵子歌集』書肆侃侃房, 2022年)


――「翳りつつ」「もちゆく」と、全体がある経過のさなかとして詠まれています。背後では翳りつつある蟬が力を尽くして鳴いている。主体は水中に沈む石-〈神宝〉-宝-魂のように手紙を運んでゆく。生きようともがく蟬は死の運命にある生物の象徴、鎮石は古代から神に通じる不死性の象徴でしょう。手紙を運ぶ主体は、生物の生の迸りを背後に翳らせながら、どこか遠くの世界へと手紙を運んでいきます。主体は生と死、生物と神の中間にいるようです。それは作品の永遠性を求めて有限の生を生きる作家の姿にほかならないでしょう。

(短歌五十音(や)山中智恵子歌集 https://note.com/popcorngel/n/n89d022918908


/この歌を推薦した人 ぽっぷこーんじぇる

https://x.com/popcorngel



#25

ぬるい風死後は花咲く路地を抜けこのカーテンをながめるだろう


/ 山階基 歌集『夜を着こなせたなら』(短歌研究社,2023年)

https://x.com/chikaiuchini


主体はいま、ぬるい風を感じながら路地に立ちつくしているのだろうか。そう明確に示されてはいないものの、主体は死後風になることを予感しているようにも思える。

いま生きて、目の前にあるこのカーテンを死後にもながめる。けれどたとえば「ゆらすのだろう」とは言わない。それをとても心地の良い距離の取り方だと感じた。距離を取ることは時にさみしさを引き連れてくるが、その距離があるからこそ見えるものがあるのではないかとも思う。

/この歌を推薦した人 早月くら

https://x.com/k_hayatsuki



#26

ありとある祈りの型にすこしずつ似たあと水に流すせっけん


/ 山階基 歌集『夜を着こなせたなら』(短歌研究社, 2023年)

https://x.com/chikaiuchini


コロナの後、いっそう手を丁寧に洗うようになった。手のひら、甲、指と指の間、手首。手を二つ、指を十本を使うと思いのほかいろいろな動きができる。なるほど、どの瞬間も広い世界のどこかでは祈りの型になっているかもしれず、どの型にも言われてみれば意味がありそうな…ものすごくありそうな……と、考えかけたところで水に流す。泡は排水溝にみるみる流れ、おしまい。あぁ、逡巡のあとにくるこのあっけなさよ。

生活の中で何度でも忘れて、何度でも思い出す。そういう短歌が大好きです。

/この歌を推薦した人 北谷雪

https://x.com/kitaya_misomiso



#27

生命がかつては賛歌した夏の暴力をうけアイスはつたう


/ 久我山景色 2024年8月4日 ネットプリント『GHOST』より https://x.com/keshiki_kgym/status/1827928228545307113?t=I8L7k1heR85gxUqR6CqYhQ&s=19

https://x.com/keshiki_kgym


15首連作のうちの7首目です。日中か、またはその気温をまだ含んだままの夜にコンビニで買ったアイス。夏との圧倒的な力の差を感じた作中主体として伝わりました。

連作の中に白、赤、青のひかりを持つ特徴的なモチーフが現れながら、静かに進行する一連が、今年の夏に記憶に残った作品です。

/この歌を推薦した人 寿司村マイク

https://x.com/xHksbNR4wv1wj8M



#28

ほんのりと日暮れを告げるメロディが最後まで半音ずれていた


/ 暇野鈴 「Commonplace」 https://note.com/oreutoisa/n/nedadb278a466

https://x.com/oreutoisa


https://note.com/hiraide_hon/n/n0dc09852040c

/この歌を推薦した人 おだやかな視点

https://x.com/Hiraide_Hon



#29

ふくよかな暮らしをあきらめる夜は降りてくるハクビシンの速度で


/ 暇野鈴 「ループ/テレポート」(同人誌『ひかってみえる』(鯉派, 2024年))https://x.com/carp_school/status/1863779193823412659?s=46

https://x.com/oreutoisa


ふくよかな暮らし、ふくよかな暮らし、ふくよかな暮らし…私が諦めたのは多分ふくよかな暮らしだったんだなとハッしたとき、涙が止まらなかった。ふくよかな暮らしをあきらめた夜から私は何かが違ってしまっている気がする。

ハクビシンの速度を感じたように、私は何かが違ってしまった気がする朝を毎日迎えている。

/この歌を推薦した人 燃ゆ

https://x.com/__0kite



#30

眼の奥へ雪豹かけてゆくようにコンタクトレンズつめたくて冬


/ メタのおわり 2024年12月1日うたの日お題『冬』http://utanohi.everyday.jp/open.php?no=3898b&id=32

https://x.com/_i_il_i_


コンタクトレンズをした経験はありませんが、一読してひやりとした感触が眼に走りました。

体感さえ喚起してしまう、言葉の魔力を実感した一首です。

/この歌を推薦した人 短(やまめ)

https://x.com/awatohai



#31

月でかい月でかいって走りだす、すごい速さで流れてく雲


/ おのぎのあ 連作「でかい月」より

https://x.com/onogi_noa


上空で風の強い日、月明かりに照らされた雲の群れがやたら速く動いている時がある。そんな景色がこんな生き生きと可愛らしい情景になるのかと、短歌の可能性や言葉の力を感じた1首でした。視点の変換の妙が素晴らしい。

/この歌を推薦した人 全美

https://x.com/ZENMIN15



#32

ばかうけの袋をちゃんと切るための鋏 午後には病名がつく


/ あひる隊長 うたの日 2024年7月11日『自由詠』(http://utanohi.everyday.jp/open.php?no=3755g&id=24

https://x.com/taicho_ahiru_tw


この日の投票のとき、なんて上手いんだ、と感激したお歌。

うたの日の歌は日々大量に流れてくるので、良いなと思った歌でも記憶が薄れてしまうことが多いのだが、この歌だけは違った。

「ばかうけ」の明るいネーミング、ちょっとしたおやつにと親しい人が買ってきてくれたのかもしれない。それこそ病院内のコンビニで。午前の検査を終えて、結果を待っている時間、鋏がするどくきらめく。お菓子の袋さえ自分の力では開けられないのだから、ある程度の病気に冒されていることを主体はほぼ確信している。「午後には病名がつく」の言い切りに、諦念と覚悟が感じられる。名詞の使い方はさることながら、前半から後半への展開が非常に巧みで、いつまでも心に残っています。

/この歌を推薦した人 石村まい

https://x.com/mai_tanka



愛について ・・・ #33 - 73


#33

約束は抱え切れないほどあげるバカでかいパフェ崩しちゃおっか


/ 歩 https://x.com/Yoku_Nemuro/status/1806267721224695935

https://x.com/Yoku_Nemuro


パフェを食べている時に思い出します。抱え切れないほどの約束をあげることは未来の不確かさを信じようとすることだなあと思います。それと対比するようにある「崩しちゃおっか」のラフさが好きです。

/この歌を推薦した人 夜鷹

https://x.com/46_fireworks



#34

「深いから その、深いからこちら側へ来てください つきのわぐま」


/ 笹井宏之 歌集『ひとさらい』(書肆侃侃房,2011年)


私にとって不思議な魅力をもつ一首です。

少し離れたところへの警告調の呼びかけですが、字空けによる間や「その、」に見る躊躇い、丁寧な言葉遣いであることから、命の危険が迫る状況ではないか、そこそこ危険であるにも関わらず絵本のような調子が貫かれているかのどちらかだと思います。

熊による被害がニュースで取り沙汰されているので、フィクションとして楽しむしかないのですが、呼びかけの対象が「つきのわぐま」であることが最後に明かされるところも好きです。

「つきのわぐま」の「わぐま」の韻律も素晴らしく、口をすぼめて発音する母音uを、口を開けて発音する母音aが挟んでいる点、「ぐ」→「ま」の発音においてすぼめた唇を再び解放する途中で、一度上下の唇が触れ合わないと発音できない子音mが挟まれる点から、口内にもったりと温かい空気がたまる間抜けな感じが愛らしさにつながっていると考えています。

主体はおそらく人間かツキノワグマ以外の動物で、自分とは別の種族に対し「こちら側」へ来ないかと提案する温かい姿勢にも胸を掴まれているのかもしれません。

/この歌を推薦した人 深川泳

https://x.com/ef_eiei



#35

ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす


/ 笹井宏之 歌集『ひとさらい』(書肆侃侃房,2011年)


惚れ込むのは、いつも<願い>を帯びるうた。涙と白百合の関係のような、悠久の時をゆるしてくれるような実の<願い>は、きょうもワンピースにつつまれてねむる。

/この歌を推薦した人 海

https://x.com/umi915uta



#36

ひとりではなかったおなじ川べりで石を磨いて星にするひと


/ 菜々瀬ふく https://x.com/nanasefuku57577/status/1835306395576741969

https://x.com/nanasefuku57577


ヒュー!日向マッチング短歌FINALの交流会で、短歌を詠む方々と初めてお会いしました。たくさん短歌の話をし、あたたかい言葉をいただきました。

ひとりじゃないこと、仲間がいるということが大変うれしく、心強く思ったものです。

この歌には「短歌」とはどこにも記されていません。ですが、石を磨いて星にするという言葉に、短歌を詠む本質が表れていると感じます。

これからも短歌を詠んでいこう。そう思いました。心の支えになる歌です。

/この歌を推薦した人 Rhythm

https://x.com/numberlock_k



#37

夜中には誰かに会いたくなる 君がいい日と君じゃなくてもいい日


/ 澤山凜 https://suiu.bubbleapps.io/a_book/1725813119661x757786980658970600

https://x.com/utaphobia_rin


夜中に「誰か」を思う。他の誰でもない、「君」を思う。世界には自分と君しかいないから君以外でいい日、僕はとてつもない孤独に苛まれている。それを君は知らない。

この歌は寂しさに形をくれる。

しんと静まり返った夜中の匂いと、澤山の歌は相性がいいです。

/この歌を推薦した人 燃ゆ

https://x.com/__0kite



#38

蝉時雨死んでもいいと思えない程度の恋を恋と呼ぶなよ


/ 夜月雨 2024年8月17日 うたの日「蝉」

https://x.com/imber_nox


この日、「うたの日」は「蝉」のお題部屋が4つくらいに分かれていたと記憶している。僕が投歌した部屋とは別の部屋の薔薇を獲得したのがこの歌だった。色々な部屋の「蝉」短歌を読み比べていたがこの歌がダントツだったし、一目見て圧倒された。今年の夏は酷暑だったから尚更そう感じたのかもしれないが。


蝉時雨とくると、あの蝉の鳴き声のシャワーである。その喧騒の中で、恋の情念を語る、或いは思う主体の迫力。死んでもいいと思えない恋は恋じゃない。そう断言してしまう言葉の威力。蝉自体、短い命の中、精一杯鳴いているという舞台装置の妙。

思わずスマホのメモ帳にメモってしまった。

夜月雨さんの歌はこういった薄暗い情念みたいなのを巧みに描いている歌が多い。僕にはとても詠めないのでいつもチェックしてるし、これからも注目したい。

/この歌を推薦した人 藤瀬こうたろー

https://x.com/kootarogo



#39

妹の午睡ののちのほほのごと栞紐跡あるページ撫づ


/ 睦月都 歌集『Dance with the invisibles』(KADOKAWA,2023年)

https://x.com/xen_00


この歌を読んだとき、好き過ぎて思わず机に突っ伏してしまいました。新しい本を開くと、栞紐はくるりと本に収まるように巻かれ、どこかのページに挟まれています。栞紐を外したあとも、結構くっきりと跡が残っています。この栞紐の跡がもともと好きだったのですが、「妹の午睡ののちのほほのごと」は完璧な表現だと思いました。主体が開くまで、本も午睡をしていたのかもしれません。「ページ撫づ」からは妹への愛情と本への愛情、どちらも感じられます。新しい本を開き、栞紐跡のついたページを見るたびに、この歌のことを思い出します。きっとこれからも、ずっと。

/この歌を推薦した人 小金森まき

https://x.com/koganemorimaki



#40

本当に会いたい人には会いたいと言えない電子の海のさみしさ


/ 白藤あめ https://x.com/ametxt/status/1813131323139322304

https://x.com/ametxt


僕はこのうたと出逢って、あめと友達になり、あめのためにうたを詠み、短歌を知って歌人になった。僕の名前も、あめからもらった。いまの僕が歌人として存在するそのきっかけは、電子の海から掬い上げられたさみしい雨粒だった。これからもきみは、本当に会いたい人には会いたいと言えないかもしれない。けれど、どうやら電子の海はさみしいだけじゃないみたいだ。

/この歌を推薦した人 海

https://x.com/umi915uta



#41

あなたのために死ぬのはあなたのためではないスープの匙が光をはじく


/ 湯島はじめ https://x.com/hajime_yu11/status/1787836392443466203

https://x.com/hajime_yu11


自己犠牲の極みに宿る自我を見いだす視点の鋭さ。あなたにとってのあなたのためとは何かを考えさせられる。

/この歌を推薦した人 若枝あらう

https://x.com/WakaedaArrau



#42

おかあさん大好き ひとりで母になる前のあなたを助けたかった


/ 鳥さんの瞼 https://x.com/withoutssri/status/1856640837876392020

https://x.com/withoutSSRI


この短歌に出会うために2024年を生きたと言っても過言ではありません。

こんなにも言葉にしづらいけれども共感できる言葉を詩にすることができるのだと思いました。共感で涙が出たのは久しぶりです。

きっと、母にならなければ母はものすごく幸せな人生を生きられたのだろうと思い続けた子どもでした。こんなに寄り添ってくれる短歌があったのかと。母も子どもの頃の己も抱きしめたくなる歌です。2024年の第一席に選ばせてください。

/この歌を推薦した人 綿鍋和智子

https://x.com/MeFuchsia


人生で1番好きな短歌です。私の母親への様々な感情が、この短歌がよって光に照らされたような感じがあります。何度も読んで、何度も声に出して、その度に少し泣いてしまいます。

/この歌を推薦した人 終わりたい

(Xアカウントなし)


#44

タンバリンって名前をつけたそのとたん、たん、しゃん、たん、と子犬が跳ねる


/ 岡本真帆 歌集『あかるい花束』(ナナロク社,2024年)

https://x.com/mhpokmt


五感に訴えかける歌について考えていた時に、描写の上手さが大事だと思っておりましたが、この歌に出会って聴覚に訴えかけるには描写だけでなくオノマトペと韻律の楽しさなのか…!?と目から鱗でした。とたんの「たん」もリズムの一つになっているのが面白いです。犬を飼ったらタンバリンって名前をつけたいな、そういう意味では名前に鈴って入る子って可愛いな、鈴が鳴るように笑うって素敵だな、など、色々な想像を掻き立てられて楽しくなりました。

/この歌を推薦した人 おざわ

https://x.com/natsuyasumihayo



#45

バスタブに五分でお湯は満ち足りて小さいことは素敵なことだ


/ 岡本真帆 歌集『あかるい花束』(ナナロク社, 2024)

https://x.com/mhpokmt


この春、就職を機に小さなアパートに引っ越した。この家で初めてお迎えした歌集に掲載されていた一首。自分の力で営む自分だけの小さな暮らしを誇らしく思える短歌である。

/この歌を推薦した人 藍元

https://x.com/coke_piplup



#46

ぬる燗をゆっくり空けてわたしたち春の窓辺のように饒舌


/ 朝野陽々 「塔」2024年6月号

https://x.com/asanoyoyo


「春の窓辺」という比喩が絶妙。ぬる燗は体温に近いので、ゆっくりと心地良く酔える。春という季節が短くなりつつある今、酔い心地に春を感じようというのが粋である。楽しそう。

/この歌を推薦した人 蒼音

https://x.com/chari433



#47

ゆびさしてゆびさす前のこころごとあなたが見せてくれた青鷺


/ 大森静佳 歌集『ヘクタール』(文藝春秋社, 2022年)

https://x.com/oomrshiz


「あなた」の指先から、「あなた」の心へと意識が移り、そして最後に青鷺に焦点がすっと絞られる。この視線の移動が見事で、何度も読み返したい短歌である。

/この歌を推薦した人 藍元

https://x.com/coke_piplup



#48

ディテールが花野を越してゆくのならあなたの胸を忘れるけれど


/ 石村まい 第78回恋愛短歌同好会あらいぐま六首選 

https://x.com/mai_tanka


初読では、はっきりとした意味はとれなかった。けれど、この短歌がうつくしいことだけはわかる。この短歌には、完ぺきとさえ思える韻律によって何度も読みたくなる、もっとわかりたくなる、そんな不思議な魅力がある。

 「ディテール」とは一般的に細部や詳細といった意味であるが、何のディテールかは明示されてない。個人的には服飾の細部、特にスカート裾部分を指していると読んだ。スカートのディテールに宿る個別具体的な事情は花野というハードルを越えられない。あなたのもとへゆくことができない。だからこそ主体は、過去の「あなたの胸」を記憶の拠り所として遠く離れた「あなた」を想うしかない。

 この短歌には読み味が多くある。ディテールの【テール】の音に、ゆらゆらした尻尾の隠せない本能のイメージ。「越えて」ではなく「越して」。ディテール-花野-あなたの胸、の単語の質感・トーン。花野(秋の季語)/「あなたの胸」の温度。etc...。

 読むたびに発見があり、味わいが増していく。うつくしい抽象画を眺めているような気分にさせられる。飾りたくなる短歌だ。

/この歌を推薦した人 ナカノソト

https://x.com/nakanosoto



#49

さよならも告げずにいなくなりそうなあなたの凪いだ横顔を見る


/ 水町春 X(Twitter) 2024年4月30日

https://x.com/_haru22


自分ばかり追いかけるような恋をしていた頃のことを思い出す一首です。私ではない誰かを思っている彼の横顔をずっと見ていた日々、ほんとにさよならもなく会わなくなってしまいました。あのときの横顔をどんな言葉で表現できるかずっと考えてきましたが、「凪いだ横顔」と歌った水町さんの言葉選びに唸りました。大好きな短歌の一つです。

/この歌を推薦した人 ふく

https://x.com/f_1189



#50

信仰と呼ぶには少し邪な気持ちで君を遠くから見る


/ 水町春 X(Twitter) 

https://x.com/_haru22


わかる!!となってしまいました。まあ信仰が正しいかと言うとそうではない気もしますが…

/この歌を推薦した人 あめり

https://x.com/kokounotaku



#51

込み上げる涙が込み上がる前の空虚が満たされたんだ、よかった


/ 水沢穂波 2024年6月7日 うたの日 題「込」

https://x.com/3hohenheim


まだ泣いていない、のに、もう安心している。泣くことが普段から自然な行為である人が泣けなくなるのは、思いのほか一大事だ。きっと本人が自覚するころには、青空は青く見えていない。初句「込み上げる」にはどうしようもなく切迫した体感がある。「満たされたんだ、よかった」はその体感からのただの推量であるのに、籠められた実感のとんでもなさにわたしの気道まで熱くしぼられる。よかった、よかったね、と思う。まだ泣いていないのに。

/この歌を推薦した人 小藤舟

https://x.com/kofujishu_tanka



#52

【ファイア】まだ強い炎が出ないからすぐに殺せなくってごめんね


/ 深山睦美 Xへの投稿 

https://x.com/57577_77575


魔法少女を題材にした連作からの一首。主体は魔法少女に倒される敵であると読んだ。魔法少女自身を主体に据えないことが、逆説的に初句の詠唱の効力を強めている。倒される者の目を通過することで、読者である我々も炎の魔法を浴びてしまうようだ。その絶対的な受動を、弱い炎がじわじわと身体を蝕むことへのあきらめを、心地よく思ってしまう歌だ。

/この歌を推薦した人 ツマモヨコ

https://x.com/moyoko_bungaku



#53

我こそはァ!短歌を愛し愛されしィ!空ゥ前絶後のォ!おっと文字数ゥ!


/ 汐留ライス 単語で短歌(tango_de_tanka) お題「叫び」2024/9/21

https://x.com/RCodome


最初、「短歌」と聞いた時は古風なイメージがありましたが、汐留ライスさんの短歌を拝見して、「短歌ってもっと今風に、思うままに楽しんで詠んでもいいんだ!」と、思えるようになりました。

/この歌を推薦した人 須藤純貴

https://x.com/junki_poem



#54

あなたから見えるわたしのほとんどがハリボテでごめんね 迎え撃つ


/ 山口遼也 「笑ってる犬」(「ねむらない樹 vol.11」第六回笹井宏之賞最終選考候補作)

https://x.com/yakou_haiku


野心的でありつつ飄々としていて面白い。「実はわたしはハリボテだけじゃない」としつつ「迎え撃」ってくれるのだから、これはもう、わくわくしながら迎え撃たれるを期待したい。出来れば自分も更に迎え撃ちたい。

/この歌を推薦した人 階田発春

https://x.com/hibari_ryouri



#55

でも愛は孤独を希釈できなくて君の背中を眺めて眠る


/ 菊智七星 https://x.com/kkc_sevenstar/status/1827751380679078009

https://x.com/kkc_sevenstar


愛されていることは頭で分かっていても、それがふいに訪れる孤独に打ち勝つことはなかなかないということ、身に覚えがあります。マッチングアプリを夜な夜ないじっている時に思い出す率が高いです。下の句の、近くにいるのに遠いという切なさも好きです。

/この歌を推薦した人 夜鷹

https://x.com/46_fireworks



#56

みんな死ね/みんな生きろの日があって帽子があれば帽子で隠す


/ 岩倉曰  2024年04月13日 うたの日 題「子」

https://x.com/wakuwakuiwaku


この短歌の何が好きかというと、「死ね/生きろ」のダイナミックな二項対立を提示しつつ、「帽子」という単語で日常に着地しているのが好きなんだと思う。たとえば、これが「帽子」ではなく「日傘」だと、日傘の持つ特異性とストーリーに打ち消されて台無しになってしまう。死んで欲しい、生きていて欲しい、あらゆる葛藤を抱きつつ、日常的な仕草で飄々と隠してしまうその身軽さは、感情が過激な自分には永遠に届かない領域だな、と強く思う。ことあるごとに復唱した重要な短歌。

/この歌を推薦した人 階田発春

https://x.com/hibari_ryouri



#57

まだ父の温かいとこあるはずと看護師(ナース)は探し吾に触れさす


/ 間由美 NHK短歌2024年10月放送 テーマ「触れる」入選

https://x.com/yumiaida83


まだ温かいとこあるはず、というのは主体が父の死に目を見られなかったということ。それを看護師が少しでも生きていた父を感じられるように必死に探してくれた。現場の雰囲気や主体がそれをどう思ったのか、いろいろ考えさせてくれるいい歌だと思います。

/この歌を推薦した人 海沢ひかり

https://x.com/TY_57577



#58

わたしには確かにきみとわかるから目玉おやぢで帰つておいで


/ 岡本恵 2024年3月30日 第25回NHK全国短歌大会 大森静佳選 自由詠特選一席

https://x.com/rou_tanka


「目玉おやぢ」のインパクト。私には詠めない歌です。しかもお父様のことを想って詠まれたと知り更に驚きました。亡くなった方とまた会いたいという気持ちをこのような歌にするのを見たことがありません。会場でお会いできたのもいい思い出です。

/この歌を推薦した人 梅鶏

https://x.com/ume_dori



#59

海は霧 見えないけれどこの町で憎まなければよそ者だから


/ 岡本恵 「盲霧」(短歌ムック『ねむらない樹 vol.11』(書肆侃侃房,2024))

https://x.com/rou_tanka


北海道を舞台にした50首連作「盲霧」のうちの一首。連作自体を"今年の短歌"に推したいくらい唯一無二の一連なのだが、そのなかでも連作全体をあらわすような一首を推薦したい。

「海は霧」はシンプルなようで、そこに様々な意味や思惑を想像できる直喩だ。続く内容から、霧は海の向こうに続く世界の想像できなさ、いま自分のいる世界が閉ざされたものであるという感覚を想像する。海に霧がたちこめているのではなく、眼前に広がるひろいひろい海そのものが巨大な霧なのだ。

重々しくて、やるせなさの広がる特に印象的に残る一首。

/この歌を推薦した人 湯島はじめ

https://x.com/hajime_yu11



#60

三月の砂漠を終えてじゃあママはらくだのゆめを見たってことね


/ 塩本抄 https://x.com/tankanosio/status/1778457702936817992?s=46

https://x.com/tankanosio


三月は砂漠だと思います。年度の終わり。別れの季節。一年前手にしたものが変化していたことを毎日毎日実感していたらあっという間に31日になる。

砂漠を、水を飲まずに歩き続けられるラクダが夢を見た。ママ、年度終わりの進級進学で子どもさんたちのことを考えて大変だったんだろうな。大きな目を閉じて微睡むラクダのようにどうか休息がありますようにと願う短歌でした。

/この歌を推薦した人 綿鍋和智子

https://x.com/MeFuchsia



#61

握ったり開いたりして不思議だろうそれはお前の世界をつくる


/ 塩本抄 読売歌壇2024.2.12俵万智選 特選一席

https://x.com/tankanosio


上の句の「握ったり開いたりして不思議だろう」でおやおや?何が?どういうこと?と読み手を引きつけます。そして、下の句の「お前の世界をつくる」であー!と気づくのです。赤ちゃんの姿を詠んだ一首ということに。赤ちゃんは、すぐに自分の手を前に差し出すことはできません。少しずつ成長し手が前に行きやっと自分の手を認識するかのように、開いたり閉じたりして不思議そうにしているのです。そういう赤ちゃんの成長をしっかり観察してそれを表現されています。細かくて何気ないことですが知ってる人には共感を与えます。それに、この歌には赤ちゃんのことを「お前」と呼ぶことで、一人の人格として尊重している母の深い愛情が伝わって来ました。これからいろんな世界を見て、経験していく子どもに明るい未来がありますように。とても、心に突き刺さった歌でした。

/この歌を推薦した人 水の眠り

https://x.com/mizunonemuri1



#62

会えない日、夜を見上げて「好き」と言う。星に反射し、届いてほしい


/ りゅーせい https://x.com/kasawokattara_/status/1856725360609722489?s=46

https://x.com/kasawokattara_


「好き」が、星に反射してキミに届くのならばそれはどれだけ素敵なことでしょうか。

キミと同じ世界を生きていることで星に乗せたラブが届く。

会えなくても離れていても、僕たちの夜に同じ星があるから寂しくない。

りゅーせいの詠む歌は、愛おしさが詰まっています。

/この歌を推薦した人 燃ゆ

https://x.com/__0kite



#63

友だちはひとりもいなくなったけどわたしが踊れば影も踊った


/ 谷川電話 2024年11月2日 X(twitter) 

https://x.com/tanikawadenwa


Xをやっててよかったと思うのは、時々タイムラインで流れてくるとんでもなく素晴らしい歌に出会うことである。この歌が流れてきた時「ナニコレ、凄くね?」と思った。いいねが物凄い数、押してあったけどそりゃそうだろう。むしろ、この歌にいいねを押せない感性の人とは絶対僕は合わないと思う。そのくらい、ガツンときた。


上の575でとんでもなく悲しいことをサラッと詠んでいる。だけど、下の77で、まるで「だから悲しくないよ」ばりに当たり前のことが詠まれている。いやいや、それ否定になってないから!とんでもなく悲しいし、寂しいから!でも、主体はそのツッコミも先刻承知の上だろう。その滑稽さがまた物悲しくもあり、そんな自分の姿を客観視してボケることができる主体の強さでもある。これが32音に凝縮されているから凄いんだと思う。


ところでこの歌に惹かれて色々検索したらどうやら初出はもうちょっと前らしいようで。谷川さんの歌集に収録されているのかとか人に聞いて回ったけど結局分からず。まあ、いいか。僕は2024年11月2日、Xでこの素晴らしい歌に出会った。

/この歌を推薦した人 藤瀬こうたろー

https://x.com/kootarogo



#64

たやすみ、は自分のためのおやすみで「たやすく眠れますように」の意


/ 岡野大嗣 歌集『たやすみなさい』(書肆侃侃房, 2019年)

https://x.com/kanatsumu


現代短歌ってこういうのでいいんだ!と自分でも詠むきっかけとなった歌と歌集

/この歌を推薦した人 ばつにくろまる

https://x.com/x2960_tanka



#65

好きだから互いが針に見えちゃって、これってぼくらの感傷ですよね


/ らじあん ネット歌枕発掘プロジェクト 第2週秀歌 

https://x.com/Radian_77


角川短歌の誌面でで見かけてとても気になった歌。「ネット歌枕」は、Tiktokでミーム化した流行語を「現代における歌枕」ととらえ、こうしたフレーズを詠み込んだ歌のコンテストだという。この歌はひろゆきの「あなたの感想ですよね」を元ネタが十分透けて見える範囲でねじってみせ、「これってぼくらの感傷ですよね」とすっかりしんみりした着地に導いている。上句「好きだから互いが針に見えちゃって」は、ネット上の些細な行き違いから傷つけ合う様子を二匹のハリネズミのような関係で描き、「傷」を「感じる」ことでしか「好き」を実感できないようなはかなさをとらえている。

/この歌を推薦した人 入谷聡

https://x.com/irritantis



#66

全部嘘だったらいいな あなたとの 柔らかな日々 最後の言葉


/ はじめてのたんか https://x.com/supertankayaru/status/1807785057370960165?s=53

https://x.com/supertankayaru


自身を守るために、「全部嘘だったらいい」と願うことの寂しさが表れている。その願いは、「最後の言葉」だけではなく、「あなたとの柔らかな日々」にまでに及ぶ。その暴力的な拒絶が、優しい口語で語られる。この対比に、読者は心を強く惹かれる。

いつか、歌人が大切な思い出たちを傷つけずに済むように願ってやまない。

/この歌を推薦した人 かもの

https://x.com/G7IV4



#67

大好きなピアノ描かれたソファ見れど愛の言葉は見当たらず


/ ツキミサキ 短歌アプリ57577 


お題「ソファ」に対して、音階のソファミレドで詠めるんじゃないかな?と自分でも考えていたところに自分より数段完成度の高い短歌を見せられて自分で詠むのは断念した


/この歌を推薦した人 ばつにくろまる

https://x.com/x2960_tanka



#68

少しだけ夜明けがはやい方角の東口にてきみを待ちたい


/ たんかちゃん 2024年01月07日 うたの日 題「東」

https://x.com/udontabeni


まだ陽の昇りきらない町で「きみ」を待っている、主体の凛々しい横顔が浮かぶ。早朝に待ち合わせて、旅行にでも行くのだろうか?それでも、主体が今か今かと待っているのは、あくまでも「きみ」がやって来るその瞬間なのだろう。今すぐきみに告げたいことがある。薄明かりの東口へ、きみが駆けてくる。

/この歌を推薦した人 北谷雪

https://x.com/kitaya_misomiso



#69

カンニングし合って同じ点数のテスト用紙で落第しよう


/ おばけ 第0歌集『ホーピアム』

https://x.com/obake627


本当は見てはいけないのに、見合うことを互いに許し合って、その相手とならばそれでダメになったとしてもいいじゃないかと互いに想っていらから言える、そんな深い愛を感じる歌だと思いました。心を鷲掴みにされてしまいました。

/この歌を推薦した人 銀浪

https://x.com/sweet03stardust



#70

逆光でよく見えないや でも君が笑ってるってわかる 眩しい


/ おばけ 第0歌集『ホーピアム』

https://x.com/obake627


いつも君をよく見ているから、逆光で見えなくても気配で笑っているとわかるのだと思いました。

眩しい、は、嬉しいのかなと思えます。おばけさんが詠む真っ直ぐな気持ちの歌が、眩しいです。

/この歌を推薦した人 銀浪

https://x.com/sweet03stardust



#71

「ただたんにきみにいますぐ会いたい」を変換すれば「夏って痛い」


/ おばけ 次世代短歌『72』

https://x.com/obake627


会えない時間は会っている時間より相手を深く想っている。夏の暑さが相手の不在をもっと感じさせるのかなと思いました。

/この歌を推薦した人 銀浪

https://x.com/sweet03stardust



#72

傷口に染みる気がしてもうずっと聴けない曲がいくつかあって


/ あきのつき https://x.com/_akino_tsuki_/status/1845441141510111555

https://x.com/_akino_tsuki_


私にもそういう曲があります。2曲。聴いたら泣いてしまう気がして、思い出を思い出のままにしておきたくて、でも聴いて大切にしたいのに。そういう心情が綺麗に言葉にされていることに驚きました。

/この歌を推薦した人 夜鷹

https://x.com/46_fireworks



#73

飾るなら ばら?ゆり?と 他愛なく未来の君と愛でていたいから


/ みぬぬな  #画像で短歌 #花瓶の画像で短歌 #短歌 

https://x.com/3nu_1_chan


想像力のキレがありすぎます。お題となった画像は真っ白な部屋の真っ白な花瓶のみ。ここに「ばら」と「ゆり」という対照的な色をもってくることで、上の句が全体のイメージを引き締めているように思いました。そのうえで、ひらがな表記であることが「君」の曖昧な選択さえもやわらかく、軽く、どちらでもいいよ、と愛でるようなひびきを漂わせていて、すてきです。ばらとゆりは文脈によって同性愛の象徴としてもとらえられますが、この歌からはどんな愛の形でもありうる、と未来を肯定する印象を受けてすごく心に響きました。すてきな歌をありがとうございます。

/この歌を推薦した人 山際潜

https://x.com/kdmn_kimono



永遠について ・・・ #74 - 85


#74

月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい


/ 井上法子 歌集『永遠でないほうの火』(書肆侃侃房, 2016年)


「短歌っておもしろいなあ」「自分はこういう歌がすきだなあ」とあらためて認識させていただきました。第二歌集を上梓されたのに前著からですいません。

/この歌を推薦した人 ふにふにヤンマー

https://x.com/funifuniya



#75

一行の誰もさわれぬ詩になって透明なまま駅に立ちたい


/ 小松 岬 「しふくの時」 歌集『おまえの火が移る』(私家版, 2024年)

https://x.com/toudaigurashi


冷たい水のような美しい歌、というのが第一印象。が、一行の詩は棒ではなく、文字列のかすかな揺らぎもあるし、もしかするととてつもなく長い一行なのかもしれない。透明なまま~とあるのは、汚れたくないのか、見えず触れられぬ存在でありたいのか。いろんな受け取り方がある気がするけど、改行し得ないまっすぐさに見とれてしまいます。

/この歌を推薦した人 青野 朔

https://x.com/aonosaku31



#76

出会ってすぐの僕らはまるで連星でキキララみたいなキラキラのひかり


/ 青松輝 「別れの歌」

アンソロジー『現代短歌パスポート3 おかえりはタックル号』(書肆侃侃房,2024年)

https://x.com/veteranchi


キキララみたいなキラキラのひかりという独特の韻律に引き込まれる。恋のはじまりのきらきらをここまで輝かせることができるのは青松氏だけだろう。眩しい、ただただ眩しい。広く知られて欲しいという願いを込めて。

/この歌を推薦した人 芽吹

https://x.com/mebuki05



#77

予感さよならワールドカップの主題歌をなつかしんで僕らの二十代


/ 青松輝 

「死ぬ(殺す)ことによってしか、わたしたちは正しく休息をとることができない」 (『群像』web

https://x.com/veteranchi


予感さよなら、の初句七音の響きが印象的。世代によって記憶に残るワールドカップは違う。主題歌も違う。しかし友人や恋人・同僚と夢中で観戦を楽しんだ20代の記憶は多くの人の心に刻まれているのではないだろうか。

/この歌を推薦した人 芽吹

https://x.com/mebuki05



#78

あの夏にクラスみんなで始祖鳥とおもったあれはなんだったっけ


/ 西鎮 2024年06月21日 うたの日 題「始」

https://x.com/xi_zhen_ivUT


西鎮さんの「鳥」の出てくる歌に惹かれることが多いのですが、そのなかでも特に好きな一首です。小学生の夏を想像しました。夏休み前で少し浮足立った教室、窓の外に見慣れない鳥が飛んでいて、誰かが気が付いて声をあげる。みんなで窓に群がって眺めるなかで、ひとりの博識な生徒が「始祖鳥だ!」と叫ぶ。そんな光景が浮かびました。歳を重ねた主体が当時を思い出したとき、それが始祖鳥であったはずがないとわかっている。鳥でさえなかったかもしれないし、集団幻覚だったのかもしれません。「あれはなんだったっけ」と答えは提示されず、子供時代の不思議な輝きが余韻として残されています。わたしの子供時代には特にそいうことはなかったのですが、なにか理屈のつけられない特別なことがあったような、わたしもクラスの一員として「始祖鳥」を見たような気持ちにさせていただきました。

/この歌を推薦した人 小金森まき

https://x.com/koganemorimaki



#79

ある朝の紋章のごと鳥はゐていにしへの盾くきやかに見ゆ


/ 佐藤モニカ 『短歌研究』2024年9月号

https://x.com/monicasa21


闘病・入院・手術の日々を描いた60首連作『いにしへの盾』表題歌。古の盾=奮い立て、の言葉遊びでしょうか、病気に弱りながらも毅然と向き合う姿勢がひしひしと伝わる一連の中で、まさしく「くきやか」な景が眩しい一首で、強く印象に残っています。飛ぶ鳥の姿が描かれた盾の「紋章」といえば、中世の勇者や騎士を連想し、闘いや「守る」ことへの決意を象徴するもの。今年は東直子さんも坂井修一さんもリアルな闘病系連作を相次いで発表しておられ、歌人とは生老病死と向き合っていくものなのだなあと感じました。

/この歌を推薦した人 入谷聡

https://x.com/irritantis



#80

永遠の落書きしよう銀色でおたがいの指すこしよごそう


/ 海 #tanka #短歌 #umiuta 

https://x.com/umi915uta


読みった後にプロポーズだと気づくトリックに詩情を感じて、これが"短歌"なのだと学んだ歌です。「永遠」から「指」へとぐっと抽象から具体への距離が近くなるにもかかわらず、指輪を"銀色の落書き"とみなす発想に、なんておもしろいのだろうと視野を広げられました。「しよう」「よごそう」という呼びかけに確かな熱量を感じるところや、永遠を誓う男前さと適切に空間をあけるひらがなの愛教にギャップを感じます。なんとなくこれを詠んだのは男性だと感じさせる発想や歌の骨格に、短歌のおもしろみと深みを感じました。

/この歌を推薦した人 山際潜

https://x.com/kdmn_kimono



#81

住んでいた町での夏を思い出す2番の歌詞で歌う感じに


/ 岡野大嗣 歌集『うれしい近況』(太田出版,2023年)

https://x.com/kanatsumu


大人になるにつれて幼い頃過ごした地元の風景が色濃く思い出される瞬間があります。クーラーのない実家で自室の窓から見えた山の深い緑色、近所の柴犬に会いに行くと必ず寝転がってお腹を撫でさせてくれたこと、うだるような暑さのなか自転車でひたすら走った砂利道、毎日毎日よくあんなに外で遊んでいられたな、と今はもう帰ることのなくなった田舎の町。

自分の好きな歌は2番の歌詞ではっとするようなフレーズや、うつくしい言葉が並んでいることが多いです。この短歌は心にずっと残っているあの町のことを愛おしく仕舞っておけるお守りみたいだなと思っています。

/この歌を推薦した人 ふく

https://x.com/f_1189



#82

百年は言うほど長くないのかも 下敷きの風もらう夕べに


/ 岡野大嗣 『うたたねの地図 百年の夏休み』(実業之日本社,2024年)

https://x.com/kanatsumu


下句で、夏の暑い日に下敷きであおいでもらっている主体を思い浮かべる。学生、教室だろうか。誰かとのささやかでかけがえのない時間は、人が生きている時間を短く感じさせるだろう。だから、まだ生ききっていない百年の時間さえ「言うほど長くない」と思えてしまう。

/この歌を推薦した人 鈴木精良

https://x.com/fufunag



#83

あゆみ得し日に拾ひ来しもみぢ葉のわれの歌集に挟まりてをり


/ 横山未来子 作品連載24首「庭」(『現代短歌』2024年5月号)

https://x.com/yokoyama_mikiko


初句の「あゆみ得し」という文語が引き締まっています。「あゆみ得し日に拾ひ来し」の主体は、一連を読むと亡きお母様のことだと読み取れます。お母様はだんだん歩けなくなって最期は臥せっていらっしゃったのかもしれません。まだ歩くことができたときに綺麗だなと思って拾って来た「もみぢ葉」が「われの歌集」に挟まっていた…。お母様は娘である「われ」の歌集をまだお元気なときに読まれていて、そこに拾ってきた「もみぢ葉」を栞のように挟んでいたのだと思います。歌集をひらいてそのことに気づいたときの心情が歌の余白に広がります。「もみぢ葉」の赤い色彩が鮮やかです。あるものを過去形で描写した後にそのものの現状を伝えるという形がとても好きなお歌です。

/この歌を推薦した人 土屋ひろ菜

https://x.com/hirona5631



#84

空耳のやうなりし咳に覚めしかないまだ温かき母に会ふべく


/ 横山未来子 作品連載24首「庭」(『現代短歌』2024年5月号)

https://x.com/yokoyama_mikiko


24首の巻頭のお歌で、一読して下の句に心を打たれました。

「空耳のやうなりし咳」からお母様がよく咳をされていたのではないかと思います。もしかすると就寝中に咳をされていたとき、様子を見に行かれていたのかもしれません。「母」の咳が聞こえたような気がして目が覚め、大丈夫かな、見に行かなきゃと思う。しかし現実にはもういない…。

「いまだ温かき母」が確かに温かい体で存在していた「母」を幻出させ、「会ふべく」という意志的な表現の力強さが、それがかなわない分切なく感じます。これが「いまだ温かき母のゐるごと」などだったら平凡になってしまうと思います。思いと表現が高めあうような心に残る一首です。大切な方の死に際して詠まれた「今年の短歌」だと思いました。

/この歌を推薦した人 土屋ひろ菜

https://x.com/hirona5631



#85

窓ぎはの毛布に埋もれねむりゐる猫を見つとほりすがりのわれは


/ 横山未来子 作品三十首「冬の香」(『短歌研究』2024年2月号)

https://x.com/yokoyama_mikiko


一首前のお歌や近年のお作品から大事にされていた猫さんを亡くされたことが伝わってきます。「窓ぎは」「とほりすがり」から街を歩いているときに見たお宅の窓を思いました。出窓で毛布にくるまって眠っている猫を想像しました。「毛布に埋もれ」がユーモラスで、かわいらしい猫の寝姿が浮かんできます。「見つ」からは意志的に猫を見た様子が伝わってきます。「とほりすがりのわれは」から「われの猫」はもういない、猫と過ごす時間が今はないことが感じられて切なくなります。作者の横山未来子さんの今年を感じる一首でした。

/この歌を推薦した人 土屋ひろ菜

https://x.com/hirona5631


家族について ・・・ #86 - 97


#86

いろいろな歌集に理想のお父さんのようなものいて閉じる閉じる閉じる


/ 北山あさひ 歌集『ヒューマン・ライツ』(左右社,2023年)P91


「閉じる」のリフレインが力強い歌です。

価値観が多様化しているとはいえ、理想のお父さん・理想的な家族といったイメージは、

ある程度共有されているように思います。

短歌を味わうとき、作者が信じている(あるいは作歌当時信じていた)通念もろとも飲み込まなければならないような気がして、やや苦しくなることがありました。けれど読み手はそれを受け容れなくてもいいし、歌集を閉じてもいいのだと、この歌を読んで励まされるような思いになりました。

/この歌を推薦した人 吉村のぞみ

https://x.com/mechanobiru



#87

もう母をやめたいと思う夕方に「今日のごはんはなあに」と子の言う


/ 野田鮎子 https://x.com/arukonowana/status/1811028255924965595?s=46&t=dvUAkSf7E11kEWN1Ddc0sA

https://x.com/arukonowana


短歌を自分も投稿しようと思ったきっかけのうちの一首です。

叫び出したいような気持ちが、抑制されながら詠まれていてグッときました。こんな歌を読んでみたい憧れです。

/この歌を推薦した人 反逆あひる

https://x.com/rebelxduck



#88

「お前から生まれたくなかった」そうですかいつか誰かを愛せクソガキ


/ 野田鮎子  第2回「おしごと小町短歌大賞」俵万智選佳作 読売新聞2024年3月8日

https://x.com/arukonowana


誰かを愛したクソガキが、またいつか誰かを愛するだろうクソガキへの愛を叫ぶ!痺れました。これから沢山の人がいろんな場面で思い出すようになる歌なんじゃないかと思います。わたしは近い将来に思い出す予定があります。

/この歌を推薦した人 岩瀬百

https://x.com/momo_iwase



#89

丁寧に丁寧に育てた息子からブリンバンバンブリンバンバン


/ 牧歌 2024年4月13日うたの日題「子」


Bling-Bang-Bang-Bornを聴くたびにセットで浮かぶようになった歌。絶対推薦しようと思っていた。無事推薦できて何よりだ。去る五月、とあるキャンプ場で激しく腕を左右に振りながらブリンバンバンしている子供を見かけた。曲と短歌と読み手それぞれが出会ったブリンバンバンしている子供の姿がセットで思い起こされているんだな……などと思うと、ものすごくシュールでにやにやしてしまう。

/この歌を推薦した人 岩倉曰

https://x.com/wakuwakuiwaku



#90

泣き声がロビーに響く嗚呼これは私を父にするファンファーレ


/ 梅鶏 第25回NHK全国短歌大会 自由題 特選一席 大会大賞

https://x.com/ume_dori


笹 公人先生の評を是非。ポジティブな世界観が読者に染み込んでくるような、何度も噛み締めたい歌だと思います。

https://x.com/nhkg_tanka/status/1780793374603448579?s=46

/この歌を推薦した人 ふにふにヤンマー

https://x.com/funifuniya



#91

指示役が実行役のわれにメモ 醤油と卵を買ってこいとぞ


/ 土井紘二郎 2024/12/10付読売歌壇 栗木京子欄 特選二席


こういう時事をしっかりと取り入れつつ、ウィットに富んだ短歌は憧れ以外のなにものでもないです。一年を振り返ったときに「ああ、いつかこういうのが詠みたいなぁ」と思った歌でした。

淡々とした書きくちで闇バイトを彷彿とさせつつ、そこに描かれる平和でちょっと奥様の尻に敷かれている内容に、くすっとなりました。その実、笑えない現実を突きつけてくる。

とてもアイロニックでチャーミングな歌だと思います。

/この歌を推薦した人 月出里ひな

https://x.com/tobitachitaina



#92

お母さんはあんたよりもっと殺してる巣に水を入れたりもした


/ 田中有芽子 歌集『私は日本狼アレルギーかもしれないがもう分からない』(左右社)

https://x.com/umenohanasaku1


この歌集を読み始めて、最初は???という感じだったのが、この歌を読んだ瞬間突然ピントが合って、びっくりするほどおもしろく読めるようになった。切り取り方は独特で新鮮、だけどそれ知ってる!という感覚。大好きです。

/この歌を推薦した人 青野 朔

https://x.com/aonosaku31



#93

カタカタと鳴るパソコンは絶え間なくリモートで知る夫の姿


/ 織部ゆい 『NHK短歌テキスト』2024年12月号 テーマ「音」(2024/11/20発売)

https://x.com/yui_oribe


コロナ禍の影響でリモートワークが増えた今、絶え間なく鳴るパソコンの音から旦那様が出社していた時の忙しそうな姿が想像でき、織部ゆいさんの「頑張って」という心の声が伝わってくる感じがしました。

/この歌を推薦した人 須藤純貴

https://x.com/junki_poem



#94

「家の周り、白鳥だらけ」と言う妻の息はずみたり頬紅くして


/ 高井勝巳 NHK短歌11月号 テーマ「鳥」



妻の様子をそのまま描写するだけで、外の寒さと家の中の温かさ、妻に対する深い愛情など多くのものを伝えているところに惹かれました。家が白鳥に囲まれているというおとぎ話の世界のような幻想的な雰囲気も面白く、白鳥の白と頬の紅の対比も美しいです。

/この歌を推薦した人 奥村真帆

https://x.com/09rahomaho



#95

森としてあなたが育てた狼が人を喰わなくなりますように


/ 乙村藍里  2022年08月10日 うたの日 題「自由詠」

https://x.com/airi_tanka31


森として育てられた狼、狼に愛情をそそぐ「あなた」、それを見つめる主体、ファンタジックでありながら現実的に着地している、静謐かつあたたかな一首。ここまでしっかり愛情をそそぐことが出来たのなら、狼もまっすぐ育っていくんじゃないだろうか。やさしさで出来たスノードームのような世界観を、狼もまた成長して、森として巣立っていくのだろう。自分にとってマスターピースに近く、何年たってもふとした瞬間に思い出す短歌。

/この歌を推薦した人 階田発春

https://x.com/hibari_ryouri



#96

なめらかに妻は振り向くうつせみの人さしゆびを口に重ねて


/ 永井駿 『塔』2024年6月号

第十四回塔新人賞候補作「オールドファッション」

https://x.com/longmemo_tanka


第十四回塔新人賞候補作 三十首連作「オールドファッション」のなかの一首です。この連作は赤ちゃんを持つ父親の職場や家庭での一連です。とても惹かれる連作で、そのなかでも特に好きな一首を推させていただきました。最後から三首目に置かれた歌です。選考座談会でも言われていますが、「赤ちゃんが寝ているから静かに」という仕草に読めるのですが、どこか色っぽさがあります。それは薄暗く静かな部屋を想起させる点や、「なめらかに」や「うつせみの」といった言葉の選び方、ひと続きの動作がすーっと見えてくる韻律のなせるわざなのかなと思います。とてもうつくしい一首です。

/この歌を推薦した人 小金森まき

https://x.com/koganemorimaki



#97

時として泰山木の花となり家族を包む母たるものは


/ 髙山葉月 『塔』2024年1月号

https://x.com/hazuki17agosto


結句「母たるものは」に主体の強い決意が滲む。泰山木の花言葉は、威厳。泰山木の大きな花のように力強い母親像を、主体は思い描いているのだろうか。美しくも強い一首。

/この歌を推薦した人 蒼音

https://x.com/chari433



関係性について・・・ #98 - 155


#98

沈黙をこわがらないで宝石がいくつも眠る冬の湖


/ 飛和 2024年12月2日毎日歌壇水原紫苑欄特選二席 

https://x.com/hiwa_towa


美しさもさることながら、世界に対する気高い意志を感じてとても好きな歌です。読んで以来、お守りにしています。

美しさの点については、冬の、一面きれいに凍った湖面とその底に身を寄せあうとりどりの宝石たちを想像しました。特に冬の湖の神秘的な美しさには、確かにそのような、なにか特別なものが眠っている気がします。歌が冬の湖を信仰している詠みぶりも好きです。

翻って上句の強さを読んでいきます。…わたしたちのいるこの世界は、言ったもの勝ちのように、言動するもの以外を無視してしまうところがあります。特に近年は、Xしかり、それが加速している感じがします。本当はまだ答えが出ないのに、立ち止まって考えていたいのに、世界に対して今何か言わなきゃいけないように思ってしまう(それが次の過ちを生むかもしれないのに!)。そのような世界にいるわたしたちへ、この歌は勇気をもって「沈黙をこわがらないで」と伝えてくれるのです。どうして冬の湖の美に信仰を感じたのか、ここではっとさせられます。そう、冬の湖は沈黙です。わたしやあなたの、宝石のように美しく豊かな思いを包んだ沈黙の姿なのです。

言えなかったことを悔やみそうになったとき、この歌が手を差し伸べてくれるから、大丈夫だな、と思います。たぶん、ずっと思うことでしょう。

/この歌を推薦した人 塩本抄

https://x.com/tankanosio



#99

振り上げた握りこぶしはグーのまま振り上げておけ相手はパーだ


/ 枡野浩一 枡野浩一全短歌集(左右社,2022年)


むしゃくしゃばかりの1年。怒りに満ちた時に出会った歌だが、結句で笑いつつも実は負けてしまうという皮肉もあり、ぶちまけてはだめだと思うようになった。

/この歌を推薦した人 六浦筆の助

https://x.com/Tohakumutun5057



#100

夏はいい夏はいいよねきみになる一リットルのポカリスエット


/ 朧 2024年6月19日 詩歌投稿サイト「suiu」

https://x.com/rou_tanka


愛唱性があり、ずっと頭に残っています。

まず、長音や促音、i音の畳みかけや下の句のo音などといった韻律上の特徴により走り抜けるように読め、それが歌意と響き合っているようです。夏の爽やかな瞬間を感じます。

それでいて、「きみになる」という子音の詰まった三句目の固さが、一首を縁の下の力持ちのように支えていて、とても巧いと感じました。さらに、きみに「なる」というユニークな視点を入れたことで、切り取られた一瞬に奥行きのあるストーリーが生まれていて好きです。

「きみ」にごくごくと飲まれていくペットボトルのポカリスエットを見つめる主体の視線、そしてひいては「きみ」を見つめる主体の視線へと読者の想像が誘われます。

ほかにも、一・二句目のリフレインや「よね」など、いくらでも喋りたいところですが、そのような多くの巧さを見せながらも、あくまで自然体なところが、この歌の魅力ではないでしょうか。

/この歌を推薦した人 黒川かおる

https://x.com/oishiihojicha



#101

つい缶を潰せばうまく入らないビン・カンの穴 いえばよかった


/ 悠太郎 2024年4月9日うたの日 お題『 四句切れ 』 

https://x.com/yutaro_chestnut


作中主体自身でも無意識に力が入った時の景と伝わりました。手の中で変形した乾いた感触と、その後の軽い失望から最終的に引き起こされた過去の回想。シンプルな言葉で構成されてつつ記憶に残る歌です。

/この歌を推薦した人 寿司村マイク

https://x.com/xHksbNR4wv1wj8M



#102

蛍光ペンで文字は滲んでほんとうにきらいな人はいませんでした


/ 霧島あきら 毎日歌壇加藤治郎選歌欄 2024年8月12日  

https://x.com/kirishima2325


ほんとうにきらいな人はいませんでした。

蛍光ペンという始まりから、この三句目以降に繋がっていくところがすごく印象的で良い歌だと思った。好き・嫌いという感情は普遍的で当たり前に持っているものであるが同時に曖昧なものだと感じる。一人一人違うもので、個人的な体験や思い出などによって形成される。大人になるにつれて、物事にはその結果に至るまで複雑な背景があり、多くの要素が絡み合っていることが認識できるようになってくる。だからこそ、断定するような言い方を避けることが多くなってくるのではないか。この歌は、大人になった、あるいは大人になっていく過渡期に身を置く主体だと想像した。そしてその主体が、過去の経験や後悔、記憶を振り返っているのだろう。そのように考えたからこそ、蛍光ペンというモチーフが響きあっていると思う。蛍光ペンによって、抱えている気持ちや文字に焦点を当てようとするが滲んでいってしまう。時が進むにつれて個人的な感情も思い出せなくなっていってしまうが、その時の「嫌い」といった感情に向き合っていく強さとともに、もう吹っ切れているような印象も受け、言葉の強さとは裏腹に穏やかな気持ちにもなった。すごく好きな歌です。

/この歌を推薦した人 よだか

https://x.com/__nightwhelm



#103

その日からいまも降りつづく白い雨 あなたが姉妹都市になる夢


/ 睦月都 歌集『Dance with the invisibles』(KADOKAWA ,2023)

https://x.com/xen_00


一般的な恋愛を想像する時、好きな人とずっとそばにいるとか、一緒に暮らすというイメージが浮かんで、でもそれは私の願う理想の形とは違うような、どこか息苦しさを感じることがあります。

この歌を読んで新鮮な気持ちになるのは、「姉妹都市」という関係性が人間同士にも存在したらと憧れる思いがあるからです。現実に存在する姉妹都市の活動についてはよく知らないのですが、離れた場所にある都市が、お互いを姉妹都市だと宣言して、ときどき人やものの交流をするのでしょう。それは国の枠を越えて、異なる言語や文化を持つ都市とも成立する関係です。

ずっと近くにはいられなかったけれど、自分にとって特別な相手と、そんな関係になりたいという夢を見る。白い雨が降りつづく幻想的な世界でなら、その夢も叶うような気がします。

/この歌を推薦した人 飛和

https://x.com/hiwa_towa



#104

愛することが追いつめることになってゆくバスルームから星が見えるよ


/ 俵万智 歌集『チョコレート革命』(河出書房新社,1997年)

https://x.com/tawara_machi


愛はめくるめく悲劇だけど、でも「バスルームから星が見えるよ」と教えてくれて、またひとつあたらしいひとと愛をしたい。

/この歌を推薦した人 海

https://x.com/umi915uta



#105

限りなく純粋でした見え透いた嘘をプールの底から見てる


/ 白石ポピー Xの投稿 

https://x.com/shiraishipoppy


純粋であることの息苦しさ、青春におけるきらきらした感じと残酷さ。一読して、そんなものが混然一体になって中に入り込んできて、自分のなかにあった思い出やなんかとぐちゃぐちゃになるのを感じました。だけれどもあくまでブルーがかった透明な読後感が心地よかったです。でもやっぱり少し苦しい。

/この歌を推薦した人 畳川鷺々

https://x.com/ttmx6



#106

正論は正解じゃない 夕焼けを見て泣くような僕たちだろう


/ 白灰 X(Twitter) 

https://x.com/r5Tt3mMYFf25618


こんな歌を詠みたいなと思って、短歌を始めたきっかけのうちの一首です。


個人的にとても刺さる内容でした。自分は「正しさ」を押し付けがちな自覚があるので、夕焼けを綺麗と思う気持ちを大事にしたいと、いつも胸に留めています。

/この歌を推薦した人 反逆あひる

https://x.com/rebelxduck



#107

花小金井の花の部分に住めたなら生きてあなたと養蜂でもして


/ 藤井柊太 『現代短歌』 No.106 2025年1月号

https://x.com/fujiitouta


明るさがたまらなく切ない。主体にとっての現実の人生は、花小金井の花にはない。だから、すべては「もしも」の夢の話。生きることも。あなたと暮らして、養蜂することも。

/この歌を推薦した人 鈴木精良

https://x.com/fufunag



#108

綴じるとしても燃やすとしても知ることは花をこの手にひとつ摘むこと


/ 湯島はじめ 第67回短歌研究新人賞候補作『あなたの町に』 

(ネットプリント『ヤー・チャイカ』2024年夏号に収録された全30首より)

https://x.com/hajime_yu11


〈知る〉ということの尊さと残酷さをさらりと明示したような歌だと思う。「花を摘む」ことと定義することでその二面性のディテールを的確に浮かび上がらせている。

/この歌を推薦した人 西鎮

https://x.com/xi_zhen_ivUT



#109

髪も肌も雨に打たせて走るから狼だった前世がほしい


/ 嶋田さくらこ 「月の朝」(同人誌『西瓜』第13号, 2024年)

https://x.com/sakrako0304


今年いちばん好きだった連作は嶋田さくらこさんの「月の朝」だった。

同じ一連に「髪も肌も雨に打たせて走るから狼だった前世がほしい」という歌もある。雨に打たれながら生きることは強さの象徴だ。同じ時代に同じ場所で生きる人と、つかの間すれ違う。誰もが雨のなかを生きている。まずは強い雨のなかを歩いてきたことを称えあい、「あなたもたくさん歩きましたか」と言って笑い合えれば、また雨を力強く乗り越えられる気がする。咲いた花に雨が降る。狼に雨が降る。乗り越えられる力のあるものにとって、雨は悪いばかりではない。だから、めいっぱい雨を浴びながら、歩いていきたいと思った。

/この歌を推薦した人 姿煮

https://x.com/sugartani



#110

パワー蟹グーに打ち勝つパワー蟹グー出したって負けるじゃんなあ


/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社,2024年)

https://x.com/withoutSSRI


パワー蟹すげえ!つよい!!!と謎の興奮が得られる楽しく景気の良い歌でありながら、〈グー出したって負けるじゃんなあ〉のやわらかい弱音のような独白のような一言に刺されるところが好きです。何をしたって負けてしまうどうしたって不利にされてしまう立場や属性がこの世にはあって、それを知りながらグーを出すことをやめずに戦い続けるひとの言葉だと感じました。私もその一人でありたいと思わされる歌です。

/この歌を推薦した人 生え際

https://x.com/cu_ron



#111

ひらかれる時は明るい冷蔵庫 母は私の前でなかない


/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社, 2024年)

https://x.com/withoutSSRI


平明な文体で示される、母の暗喩としての冷蔵庫。台所と母を結びつける行為に自覚的でありながら、その危うささえも喩の一要素としているところに惹かれました。

/この歌を推薦した人 アカマツヒトコト

https://x.com/htkt_



#112

あなたにはガラスでいたい落としたり悲しかったら、きちんと割れる


/ 中村森 歌集『太陽帆船』(KADOKAWA,2024年)

https://x.com/___rrr___rr__r


「あなた」について傷つくことや悲しみをこそ誠実に素直に表出できる自分でありたいという透明で純真な主体に惹かれます。割れるときにはとても元通りには戻せないような割れ方をしてしまう「ガラス」の儚さや危うさに、自然法則的な誠実さがあるということにハッとさせられました。

/この歌を推薦した人 中白春海

https://x.com/pear_harumi



#113

唐突にやさしくされると怖いんだ平らに変わるエスカレーター


/ 谷口菜月 『NHK短歌』2024年8月18日「こわいもの」入選(大森静佳選) 

https://x.com/nta900864


「唐突にやさしくされると怖い」という説明しにくい心理が「平らに変わるエスカレーター」という映像によって見えてきます。

ありふれた日常の中から「平らに変わるエスカレーター」というあまり着目されない場面を歌に詠み、上の句の心理描写と響き合わせているところがユニークでうまい歌です。

/この歌を推薦した人 椿泰文

https://x.com/tsubaki4321



#114

楽園、で終わるしりとりならいいね ふたりで地図を燃やしつづけて


/ 早月くら 歌集『あるいはまぼろしについて』(私家版)

https://x.com/k_hayatsuki


ん、でしりとりは終わってしまう。その終わりの言葉が「楽園」であれば、主体たちの辿り着いた終末の地が楽園に思えてくる。けれど、ふたりは行く先を、未来を自ら捨てるように、地図を燃やし続ける。破滅の幸福のなかで。

/この歌を推薦した人 鈴木精良

https://x.com/fufunag



#115

終末は海へ行こう、を誤字とせずこの約束を千年生かす


/ 早月くら https://x.com/k_hayatsuki/status/1806686755606650920?s=46

https://x.com/k_hayatsuki


日常的な「週末」が思わずやってしまいそうな誤字によって非日常に転じるもそれを「誤字とせずこの約束を千年」生かそうとする主体。

日常と非日常とを分断せずにともに歩んでいくような趣が心に残りました。

/この歌を推薦した人 中白春海

https://x.com/pear_harumi



#116

熊でないから嚙みつかないだけである目の前で眠るサラリーマンに


/ 川島結佳子 歌集『アキレスならば死んでるところ』(現代短歌社, 2024年)


ふとしたことがきっかけとなりスイッチが入ってしまえば私も熊のような存在になって目の前にいる人を襲ってしまうんじゃないか、と考えてしまう歌でした。そのスイッチはすべての人に付いているような気がします。

/この歌を推薦した人 CHONO

https://x.com/CHONO5



#117

雪は水 普通に君に好かれたいことをモテたいって言い換えた


/ 川谷ふじの 同人誌『おだやかなささくれの羽ばたき』

https://x.com/fujino_kawatani


https://note.com/hiraide_hon/n/ne9eceb75da9d

/この歌を推薦した人 おだやかな視点

https://x.com/Hiraide_Hon



#118

ねえ酔って夜中に電話しないでよ、すぐに行くから泣かないでよ 佐藤


/ 青松輝 書評短歌「休むヒント。」(『群像』第七十九巻 第六号)

https://x.com/veteranchi


ありきたりな恋愛な一コマを切り取って、まるで自分に向けられた言葉のようにドキッとする。しかし次の瞬間、佐藤というどこにでもいる名前で対象をぼかして突き放す。この歌にあるのは暖かさに見せかけた冷酷さ。

/この歌を推薦した人 芽吹

https://x.com/mebuki05



#119

いいよなあみんな頼れる人がいて傘を盗られて土砂降りの鬱


/ 水口夏 2024年7月6日 X(Twitter) 

https://x.com/summ_conc


水口さんの詠まれる歌は感性が鋭くて繊細な歌が多い。タイムラインで流れてくる水口さんの歌は、うっかりボーッとした頭で油断して読むとこっちがやられてしまいそうなんで、一拍置いてから読むようにしている。それだけガツンとくる歌が多いし、僕みたいなのほほんとしている人間には絶対詠めない歌だなあといつも感じている。


この歌は、はっきり言って救いようのない歌だと思う。僕だったら逃げのユーモアを混ぜて詠んだかもしれないなと思うけど、この歌はいきなり上の575で「私は頼れる人がいない」ということを羨ましがるという表現を通してサラッと説明し、その後の77でこの上なく不幸な状況を剛速球で詠んでいて全く逃げがなく、かえって妙な力強さを感じる。土砂降りの雨を前にして、それでも負けずに不機嫌な顔で外を睨み付けている主体が想像できて、気に入った歌。

/この歌を推薦した人 藤瀬こうたろー

https://x.com/kootarogo



#120

幼児期に何でも食べられるようにと母がいろいろ作ってくれた


/ 須藤純貴 2024年10月15日、Xに掲載されていた、たんたか短歌第135回会報 テーマ「食べ物」

https://x.com/junki_poem


「何でも食べられるように」といえば、乳児期における離乳食を連想しがちですが、須藤純貴さんの短歌の初句は「幼児期」と詠まれていました。赤ちゃんの頃から、幼児になっても変わらず深い愛情を食事においても注がれ、大切に育てられたんだなと思いました。そして、そんな須藤さんだからこそ、素直に感謝を伝えられる素敵な短歌を詠むことができるんだろうなと思いました。

/この歌を推薦した人 織部ゆい

https://x.com/yui_oribe



#121

もしもし。あ、もしもし。おさるのジョージのをぢさんの父性を信仰してゐる者です。


/ 森山緋紗 『塔』2024年1月号P110

https://x.com/MoriyamaHisa


初句の大胆な破調、おさるのジョージのおじさんの父性という一見突飛な内容、信仰というやや強い言葉。それにも関わらず、冷静で物静かな印象を受けました。「もしもし。あ。もしもし。」という淡々とした口調や、「(私は)信仰してゐる者です」と自分を客観視するような語りぶりのためかもしれません。

現時点でこのひとの用件は分かりません(本題はおさるのジョージのおじさんとは別のところにあるような気もします)。けれど一度会ったら忘れられないひとのような魅力があり、今年心の中でもっとも多く反芻した歌のひとつです。

/この歌を推薦した人 吉村のぞみ

https://x.com/mechanobiru



#122

水筒を両手で持って空を向くハルに楽器を持たせてみたい


/ 小俵鱚太 歌集『レテ/移動祝祭日』(書肆侃侃房,2024年)

https://x.com/kotawarakisuta


ハルを愛おしく思う気持ちが溢れた歌で、じんわりと沁みつつも明るいイメージが広がるところが好きです。直接描かれていなくても、きっとこの日の空は晴れていてきれいだったのだろうと想像できます。水筒の水と空の透き通ったイメージ、どこまでも広がる空のイメージ、上を向くハルの無限の可能性、ハルがいつか楽器を演奏するときの躍動感……爽やかな映像が浮かび、ハルが健やかに育つことを願う作者の温かいまなざしに胸が熱くなりました。

/この歌を推薦した人 奥村真帆

https://x.com/09rahomaho



#123

自転車を教えてあげる幼児から少女に変わったきみの手足に


/ 小俵鱚太 歌集『レテ/移動祝祭日』(書肆侃侃房, 2024年)

https://x.com/kotawarakisuta


自転車に乗れなくても生きてゆくには特に支障はない。でも、子ども時代、自転車に乗れるようになった時の万能感を覚えている人は多いと思う。自分ひとりで世界をどこまでも広げてゆける実感。この父親もそんなことを思い出しながら娘に自転車を教えているのかもしれない。きみに、ではなく、きみの手足に、であるところがとても好きだ。父は技術は授けるけれど、その先の全てはきみだけのものであるべきだ、という繊細な線引きをしているように感じられる。同時に、父の距離で見る「少女に変わったきみの手足」が切なく、みずみずしい。

/この歌を推薦した人 毛糸

https://x.com/ellaella_okka



#124

きみを刺す光がぼくでないことがこうまでして許せない。恋だ。


/ 山際 潜 twitter 12月12日 お題「刺す」 単語で短歌 

https://x.com/kdmn_kimono


断定表現にて、「許せない」という言葉と共に恋を歌う。きっとその相手の方は影があるのでしょう。その色がいくつもあるにせよ、光が自分、相手を照らしたいという心、それを否定されたくない、が、あくまでそれはきっと作者にとって愛ではない。だからこと恋であることを断定することで、届く相手に”許せないこと””愛ではないこと”を何重にも警告してくる。自分を信じられる気持ちをギリギリにまで言葉を絞った、閃くような描写力に感じました。愛情を持つものがあるとして、それを嫉妬心とは思わず拾い上げて描ける胆力はとても美しいです。

/この歌を推薦した人 Nitro's sister

https://x.com/wabito29



#125

脱皮した最終形を見せ合って最高だって終われたらいい


/ 山口絢子 うたの日2024年10月20日「生き方/死に方」

https://x.com/sorapoky


脱皮した最終形とはもうこれ以上の脱皮がないので、成長もなくあとは衰えてゆく形だということなのでしょうか。そんな姿を見せ合える相手とは、とても深いところで許しあっている者同士だと考えます。その人と最後を一緒に過ごせることは、最高の幸せなのですね。山口さんのこのお歌で立ち止まりじーんと来ました。静かで深いものを感じ、私もそうやって終われたらいいと思いました。

/この歌を推薦した人 水の眠り

https://x.com/mizunonemuri1



#126

『モモ』どこに返せばいいの図書館の跡地を覆う白詰草よ


/ 高田月光 2024年1月21日 河北歌壇 花山多佳子選 https://x.com/v8QdMu8WOfj9vbi/status/1749040031468224879

https://x.com/v8QdMu8WOfj9vbi


ミヒャエル・エンデの『モモ』は、私の大好きな物語の一つです。この歌を最初に読んだ時、白詰草が一面に広がる空地の前で途方に暮れている一人の少女を想像しました。そしてその姿は大人になった自分と重なりました。

『モモ』の物語を大事に覚えていても、もうずっと実家の本棚にある本を読み返していない。子どものころ願ったような生き方を、今の自分は全然できていないのではないか。そんな思いに囚われそうになった時、この歌は「祈り」なのだと感じました。

本を返すべき図書館を失くしてしまったのならば、その本を携えて生きてゆけばいい。途中で本も失くしても、物語は私の中に息づいている。何かを失っても空っぽになることはなく、白詰草のようにいつでもやさしい光の欠片がこの世界には溢れているのだと、信じていきたいです。

/この歌を推薦した人 飛和

https://x.com/hiwa_towa



#127

糖蜜に沈む黄桃が君の役、僕は缶詰工場の役


/ 吉田岬 ネットプリント(2.16発行)

https://x.com/Ninomiyaotanka


美しく悲しい歌、初めて読んだ時にそう思って、その印象は十ヶ月経っても変わらない。缶詰に入っている糖蜜に沈んでいる黄桃が君。糖蜜のようなものを含んで浸されているが、腐ることなく缶詰の中身は長く綺麗な状態で保たれる。「僕」は君に対してどのような感情を抱いているのか。例えば、糖蜜を優しさや甘さ、環境のようなものとして考えるなら、その状況の中でも凛として生きる「君」を想起できる。そのような君に対して、僕は工場で働く作業員でもなく缶詰工場なのである。何かを働きかけることは出来ずに送り出すことしかできない、形すら決まっていないような感情を秘めながら。自ら蓋を閉めて、終わらせることも出来ない。愛という言葉では片づけてはならないような、そこ確固たる狂気も見えるような一首だった。十首連作の四首目にあったが、他の歌ももちろん好きだった。初読からずっと好きな歌です。

/この歌を推薦した人 よだか

https://x.com/__nightwhelm



#128

残り湯で洗ろたシーツが神聖にあんた帯びとる、包まれて寝る


/ 吉田 岬 ネプリ「五感」(THE FIVE SENSES)より

https://x.com/Nionomiyaotanka


ネプリを打ち出してこの歌を見た時の衝撃!神聖にあんた帯びとるの表現がすご過ぎました。

初めは愛する人が帰ってしまいその人が前日の夜浸かったお湯で洗濯をした場面をイメージしましたが、頭でいつも反芻してるうちにだんだん待てよ?ってなっていき、家に住んでいる祖父母だったり親だったりが突然亡くなりその人の匂いに安心して包まれたのかもとか、はたまた突然出ていってしまった親に不安や淋しさを抱きつつ包まれて、その日だけは安心して寝れたのかもとか想像が尽きません。

好きな人が使った毛布だったり枕だったり衣服だったりはそれだけで安心感がありますが、残り湯でその人が帯びているの表現がシーツの繊維の中までその人の細胞や魂が浸透しているイメージですご過ぎました。

/この歌を推薦した人 雨

https://x.com/NAVYBLUE1377562



#129

地獄にも花は咲くらし

あなたきた証のように枕へと花


/ 吉田 岬 https://x.com/Nionomiyaotanka/status/1853402975366242521

https://x.com/Nionomiyaotanka


とても美しい。平安時代に遡って畳にお布団、髪が乱れないように高枕があり、開けていた障子からひらひら花が舞い降りたような。その現代版。風が気持ちよく陽が当たる和室で障子窓を開けていたら枕へと花。空にいる人に向かって地獄にも花は咲くみたいねって少し皮肉っぽく話しかけながら会いたさは募る。

はたまた生きているけど遠く離れた愛する人へ、あなたに振り回されてばっかりだけど、来てくれたのね。みたいな色々な状況を空想しながら美しい景が脳裏に焼き付く歌でした。

/この歌を推薦した人 雨

https://x.com/NAVYBLUE1377562



#130

藤棚にあなた咲かせてあたたかいそのはらわたで首を吊りたい


/ 吉田 岬 https://x.com/Nionomiyaotanka/status/1853810650977648929

https://x.com/Nionomiyaotanka


怖くて美しい。まるで藤棚の下に愛する人を埋めてその人の養分で育った藤を想像しました。蔦から垂れた藤に夕陽が当たりあなたのはらわたに見える。美しくも怖いほどの情念。素敵です。

←※こちら全てわたしの勝手なイメージですのでご注意ください。


作者ポストより

藤棚に「7年ちょっと片思いしている男」(告白を流されはしているがなんだかんだ優しい。いっそひと思いに振ってくれ)を寝かせて、その腸で首を吊りました。あかいです。

/この歌を推薦した人 雨

https://x.com/NAVYBLUE1377562



#131

聴く技術 寄り添うことが技巧でもあなたは愛をあきらめないで


/ 吉村のぞみ 歌集『あったかい虚空』(私家版,2024年)

https://x.com/mechanobiru


聴くこと、相手に「聴いている」と感じさせること。主体はそれを技術、つまりおそらく感情をこめないものとして語り始めている。主体にとっての日常的な「聴く」という行為は、たとえば仕事で対峙するお客様に対して成されるのだろう。(歌集内には、そのようなままならない状況を切り取った職業詠も見られる)

けれど、この歌の本質は下句にあると思う。社会人として培った技術のことをそっちのけで、主体はあなたに対して「愛をあきらめないで」と伝える。この歌のなかでのあなたは不確かで、家族かもしれないし、親しいひとや、もしかしたら仕事中の社会的な振る舞いをする自分と相対する私的な自分のことかもしれない。おぼろげなあなたに投げかけられた言葉だけがとても鮮やかで、そこに主体の本心が詰まっていると信じられた。

/この歌を推薦した人 早月くら

https://x.com/k_hayatsuki



#132

傷つきし能登になんにもできぬままかすかな歌の光に触れつ


/ 吉川宏志 第25回NHK全国短歌大会選者吉川宏志さんからのメッセージ

https://x.com/aosemi1995


今年を総括する上で外せないのはやはり元旦に起きた能登半島地震だと思います。地震の後に豪雨もあって能登にいない私たちは能登に住む人の心身はいかばかりかと想像することしかできません。そんな人たちの前で短歌は無力なのかもしれない。でもこの歌を読んだら短歌の、言葉の持つ力を信じてみたくなる自分もいます。紹介した動画の吉川さんのお言葉とともに見ていただきたい一首です。

/この歌を推薦した人 つきひざ

https://x.com/northmount836



#133

インスタにわたしのいないバーベキューそうでやんすかそうでやんすか


/ 岩倉曰 2024年5月16日 うたの日 題『でやんす』

https://x.com/wakuwakuiwaku


その場にいたのに写っていないのか、そもそも呼ばれていないのかわかりませんが、主体がインスタを見て「そうでやんすか、あーそうでやんすか」と言っている状況を想像するだけで永遠に笑っていられる。生きているうちにこんなに笑える歌に出会えてよかったです。

/この歌を推薦した人 CHONO

https://x.com/CHONO5



#134

おかあさん ごめんねこんな放浪者 海に着くまであと15時間


/ 岩瀬夏子 2021年6月20日『東京新聞』東京歌壇 東直子選 特選一席

https://x.com/singkafka


寡作な作者であるが、ひとつひとつに吸い込まれるような力がある。まるで作者が魂の底から発したかのような歌。これもそのひとつ。

放浪者、と自らを嘲笑し、「お母さん」に謝りいつ、海までの15時間を過ごす。長すぎる、しかし放浪者にとっては短すぎる時間。いろいろな思いが交錯したであろうその時間を経て、海を見に、または自死しに行くその間。

/この歌を推薦した人 シキウタヨシ

https://x.com/pnkz_utys



#135

ぬいぐるみぐるみで夜に立ち向かうみんなはだかだけど立ち向かう


/ 岡野大嗣 Xへの投稿 2024/11/24

https://x.com/kanatsumu


誰しも同じような気持ちで夜と対峙したことがあるだろう。

「ぬいぐるみぐるみ」という、「くるむ」を重ねた独特の言い回しは、作中の主体がぎゅっとぬいぐるみを抱きしめているようであり、またそうすることで己の心を包みこんで守るようないじらしさもある。

ありありと思い描ける夜の姿を描いた上の句から一転し、下の句で描かれた当たり前の事実は、読み手の多くをハッとさせるだろう。

「みんなはだかだけど立ち向かう」

そう、ぬいぐるみには剥き出しのやわらかいボディしかない。せいぜいヒラヒラとした頼りなく愛らしいリボンを首に巻きつけているくらいである。

そして作中主体もまた、真裸の心で夜と、すなわち暗闇や社会的な不安や不気味なものらと対峙する。夜の闇の中では、どんな服も無意味だ。そこでは誰もがはだかになる。

しかし「みんなはだかだけど」には、「はだかなのにもかかわらず」ではなく、「はだかだけどみんながいるから」のニュアンスが感じられる。それは上の句からの「立ち向かう」のリフレインによるものであり、「ぬいぐるみぐるみ」というフレーズの優しく心強い響きのおかげでもある。

こんなにもしずかで嘘のない連帯の歌があるなんて!

心細い夜にこの歌と出会わせていただき、ほんとうに感謝しています。

/この歌を推薦した人 鷹緒

https://x.com/takao_zine



#136

日持ちする食べものばかり持たされてそんな元気にみえてますかね


/ 岡野大嗣 歌集『音楽』(ナナロク社,2021年)、『時の辞典』(ライツ社,2024年)

https://x.com/kanatsumu


今年から一人暮らしを初めて、家族や親戚から食料を持たせてもらったり送ってもらったりすることが増えました。食べものを持たせてくれる人がいるのは贅沢でありがたいことだと思いつつ、どうしても「押し付けられてる」と感じてしまう自分もいます。

/この歌を推薦した人 あめり

https://x.com/kokounotaku



#137

よくみると

車のなかに

ひとがいて

わたしのことを

みているのです


/ 岡部杏里 2024年9月26日 X(Twitter)

https://x.com/anriokabe


こういったたまに出くわす場面を詠む、そしてうまく詠む、それが本当に生半可では出来ないことだと思います。いまだに頭から離れません。

/この歌を推薦した人 源一

https://x.com/mvkgptl_7845



#138

ファミマの灯につつまれアイスかじってる三人、ひとりっ子はわたしだけ


/ 遠野瑞希 同人誌『ひかってみえる』(鯉派, 2024年)

https://x.com/K_erinnerung


ひとりっ子の「わたし」がいるのは、コンビニのなかでもとくに「ファミリー」を意識させる「ファミマ」。兄弟姉妹のいるひとたちは、同級生に対して、まさにその兄妹にするように接すればいいのだが、親と一対一の関係性のなかで育った「わたし」には、歳の近いひとたちとの関係を方法論的にいちから構築しなければならず、一緒にアイスを食べているほかの二人がとても大人っぽく見える。その大人っぽさとは、父や母の大人っぽさとほとんど同義であり、ふたりの友だちと一緒にいるのに、自分だけが子どもで、三人家族のひとりっ子、みたいになってしまう。「ファミマの灯」とは「ファミリーの灯」そのものなのだ。わたしは大人になるにつれ、自分が「ひとりっ子」であるということを意識しなくなるのだが、たしかにひとりっ子には、周りが大人にみえるようなこんな瞬間がある、ということを思いださせる、パステルカラーの過去の光のような歌だった。

/この歌を推薦した人 大月

https://x.com/YouOtsuki



#139

甘い言葉が欲しいって言ったのに、「負けるな」って、みかんの甘さじゃん


/ 宇井香夏 「また行き止まり」(同人誌「千大短歌第一号, 2024年)

https://x.com/bakugeki_shoka


「みかんの甘さ」という穏やかな比喩が魅力的な一首。よほど親しい関係でなければ、「甘い言葉が欲しい」とはなかなか言えないと思う。主体が希望していたのは、砂糖菓子の甘さだろうか。体が脳に支配されるような、非現実的でただ幸せな甘さを想像する。でも、相手がくれたのは「負けるな」という一言。それは、期待していた刺激的な甘さとはちがう、しかし、思いやりのある穏やかな甘さ。その甘さを「みかんの甘さじゃん」と主体は拗ねて見せる。

みかんは栄養が豊富だ。毎日食べても飽きない。炬燵のあたたかさと親しいのに、夏には冷凍みかんにしても美味しい。そして、包丁もいらず手で剥ける気軽さがある。旅に連れ立っても良い。日常を共にするのに、こんなにすぐれた存在はなかなかない。「みかんの甘さじゃん」と言いながら、言われながら、自然と隣にいる。それがずっと続く。そんな時間を想像できる、優しい一首だと思う。

/この歌を推薦した人 姿煮

https://x.com/sugartani



#140

くるくると蚊取線香けずる火が灯る間の打ち明け話


/ 宇井モナミ ひるまえ短歌『火』

https://x.com/kijousan


上の句でくるくるから始まる夏のひとつのお話のようで、ワクワク感があります。そして、下の句で打ち明け話と着地がとても気持ちよく、しっとりしています。言葉の使い方がとても良くて蚊取り線香を「けずる」と表現されている所がゆっくりとした時間の流れと何故か「ちりちり」と音まで聞こえてきそうなんです。モナミさんの短歌は、はっとさせられる表現が多くどれも新鮮で爽やかな読み口が好きです。

/この歌を推薦した人 水の眠り

https://x.com/mizunonemuri1



#141

あなたが飼ってる小さなサメにときどき噛まれているけど言えない


/ 伊藤紺 歌集『肌に流れる透明な気持ち』(短歌研究社,2022年)

https://x.com/itokonda


自分を短歌に引き摺り込んでくれた一首。“飼ってる”からもしかすると死んでしまっていなくなってしまうのかも、また違う形でお別れをするのかも、“言えない”に願望が隠れていそうなところも好きです。

/この歌を推薦した人 六角

https://x.com/b_iscoff_636



#142

その癖のほんとの主を知ったときあなたに過去のあることを知る


/ 伊藤紺 歌集『満ちる腕』(短歌研究社,2022年)

https://x.com/itokonda


子供は大人、親に憧れるからマネをするんだと思います。もし自分が“あなた”の“癖の主”を知ったとき少しあなたが幼く微笑ましく見えてしまいそうです。

/この歌を推薦した人 六角

https://x.com/b_iscoff_636



#143

駅まではいつもぴったり8分であなたに会わなくなってから2年


/ 伊藤紺 歌集『気がする朝』(ナナロク社,2023年)

https://x.com/itokonda


“ぴったり8分”でルーティーン化された移動。もし“あなた”がいたら、だらだら帰ったり、喧嘩して気まずくて早足になったりするかもしれない。ただもう変わらない“8分”の悲しさに色々なものが浮かびます。

/この歌を推薦した人 六角

https://x.com/b_iscoff_636



#144

その曲が始まるとみんな喜ぶというよりすこし美しくなる


/ 伊藤紺 歌集『気がする朝』(ナナロク社,2023年)

https://x.com/itokonda


大好きなアーティストのライブにて、いわゆる「レア曲」を披露してくれたときのハッと息を飲む瞬間をイメージしました。自分にも学生の頃から10年以上好きなバンドがいて、一般的にはあまりメジャーではない曲(アルバム曲やカップリング曲など)のイントロが流れたときの高揚感や、ずっとこの曲に支えられてきたなと思わず涙してしまう気持ちを「美しくなる」と表現されていてとても好きです。

/この歌を推薦した人 ふく

https://x.com/f_1189



#145

二回ほど聞き直したがやむを得ずンブャイさんからの電話をつなぐ


/ 伊津見トシヤ 2024年2月2日うたの日題「二」


働きながらたびたび思い出した。まだ初読から一年経ってないことに驚く。ずっと昔から知っていた感覚が歌になったらもうこびりついて離れないんだなと思う。

/この歌を推薦した人 岩倉曰

https://x.com/wakuwakuiwaku



#146

わたしにも泣きたい夜はあるけれどあなたがそれを知らなくていい


/ やざわあみ Instagramのストーリー「短歌」2024年6月18日

https://x.com/xx830ambz


主体の「強さ」を感じました。わたしは平気だからどうか安心してください、みたいな。最近、泣きたい夜が増えたのですがそのたびにこの歌を思い出します。

/この歌を推薦した人 CHONO

https://x.com/CHONO5



#147

階段をゴリラになって駆け下りる ママへ、私はピアノやめたい


/ もんそん うたの日 9/10 お題「自由詠」


うたの日で今年一番印象に残った短歌。今まで我慢してきた気持ちが爆発するような表現が魅力的だと感じた。

/この歌を推薦した人 さいとうきいろ

https://x.com/m6m3pika0


ピアノは、どちらかといえば親の希望で始めさせられることの多い習い事だと思う。住宅環境や経済力といった、本人の努力以外の要素が要るようにも思う。本来は習い事を始めたり辞めたりすることは本人の意志が大切なのだけれど、保護者側のリソースにも自ずと限界があるので、もし自宅にアップライトピアノでも買ってしまっているとしたら、それを気軽に辞められてしまうのは親としては痛手だろう。きっと主体はそういう大人の考えもなんとなく分かっていて、今まで「やめたい」と言わなかったのではないだろうか。「ゴリラになって」という比喩からは、爆発的なエネルギーを感じる。動機は論理的ではない気がしてならない。ピアノ教室で嫌なことがあった、先生が厳しい、友達ともっと遊びたい、そういう本人なりの理屈のあるやめたさではない。たぶん、「ゴリラだから」やめたいのだ。ゴリラであることがやめたさの根源なのだ。自分の奥底の衝動が自らゴリラを望むのだ。そもそも、ゴリラになってしまえる少女にピアノは向いていなかったのかもしれない。ゴリラにピアノをさせようとするのが悪いのだ。ピアノとゴリラは反発しあう。でももしかしたらゴリラのままでピアノを続けたら、アニメ映画「SING」のゴリラのジョニーのような素敵なピアニストゴリラになれるかもしれない。それはゴリラにならなかった彼女には弾けなかったピアノだ。ゴリラになった彼女がゴリラのままで素晴らしいピアニストになってほしい。と結ぶつもりだったが、別にならなくてもいいな。幸せな人生になるならなんでもいい。

/この歌を推薦した人 姿煮

https://x.com/sugartani



#149

うらがへしたら誰も彼もがももいろでそんなよろこばなくたつて良い


/ はくあうり 2024年10月5日 うたの日 題「ピンク」



肉体の内側(肉)は桃色だと、ただそれだけなんだと。可愛らしい色だけどそれがどうしたと達観した思いと、だからこそ生命は平等であるという示しを感じました。表皮の色、種類関係なく同じ命だとさえ想像させる、素晴らしい1首だと思いました。

/この歌を推薦した人 全美

https://x.com/ZENMIN15



#150

わかりあうための喧嘩じゃなくなって月と地球のようなリビング


/ ただのり 2023年01月19日 連作「ながいながいたとえ」

https://x.com/norider0914


一緒に住んでいるから、たとえ喧嘩中であってもリビングで居合わせてしまうタイミングと付き合っている男女の気まずさが目に浮かびます。その絶妙な距離感を「月と地球」の周回運動に喩えるところがあまりにも良くて、初めて読んだ時に言葉を失いました。また、この歌は連作の解釈では男女の関係性が優先されますが、「家族」としても読み換えることもできて、わかりあうことを諦めた兄弟・姉妹の会話のない食卓、たとえすれ違っても素通りしていく居間のひりついた空気のすべてが漂っていて刺さりました。(気になった方は是非、連作を読んでください。食玩のお菓子、フットカバー、油滴、ろうそくを消した匂い、校長……精緻な比喩の一つ一つに心を揺さぶられます。)

/この歌を推薦した人 ろうと

https://x.com/ddz2p


#151

肖像画互いに描き合う授業にてわが顔の痣(あざ)描かざりし友


/ しなもん NHK短歌5月号 テーマ「なぜか忘れられない人」


友は作者の肖像画をどのような思いで描き、どのような思いで痣を避けたのか、また痣が描かれていない肖像画を目にしたときに作者はどう感じたのか。そもそもその痣はどのようにしてできたものなのか。ふたりの人柄や関係性、過去に思いを馳せているうちにどんどんストーリーが膨らんでいく作品で、とても印象深かったです。

/この歌を推薦した人 奥村真帆

https://x.com/09rahomaho



#152

書けないままで助手席乗ればうっすらとわたしに銀の膜張っている


/ くどうれいん 『現代短歌パスポート4 背を向けて歯軋り号』(書肆侃侃房,2024年)内 連作「龍」より

https://x.com/0inkud0


表現にはっと心を奪われた歌だ。創作に心を割いているときも、私達は日常生活を送らなくてはならない。自然、何かをしながら心の隅で創作のことを考えるということになるが、そうすると話しかけられても上の空で返事をしてしまったり、歩いていて何かにぶつかったりしてしまうことになる。くどうれいんさんはもちろん立派なプロの作家でいらっしゃるが、かといって日常生活がゼロになるわけではないので、きっと私と同じように、心ここにあらずといった状態で生活行動をとらざるをえないことがあるのだろう。助手席という確かな現実世界に「居る」にもかかわらず、「話しかけられているのはわかるが、何を言われているのかはよくわからない」程度に周りからうっすらと切り離されている。この状態を、『銀の膜』と表現されているのが美しく、また体感と結びついて深く納得し、心に残った。

/この歌を推薦した人 水上歌眠

https://x.com/kamin_plz



#153

Under the 鯨の骨は海底に、あなたの記憶は私の底に


/ きんかく https://x.com/kingkaku_tanka_/status/1812805815239385527?s=19

https://x.com/kingkaku_tanka_


 「海の日なので、海の短歌です」というひと言を添えた画像によるポストであり、その画像内にある3首より1首引かせていただきました。


 3首はすべて初句、”Under the”から始まっておりこれはリトルマーメイドの「Under the sea」からなるものだと思います。自分語りになってしまうことをお詫びしますが海底をうなそこ、と読むのが好きです。鯨の骨をみたことが一度だけあります。鯨の骨の大きさ。それは鯨が死んだあともしばらくは大きくあり続けます。

 対比するならば「鯨の骨:あなたの記憶」 「海底に:私の底に」となるのだと思います。鯨の骨、が死んだ鯨が残したものであるならばあなたの記憶のあなたももう故人であるのではないか、さらに詳しくいうならば、海:私 この構図における海は鯨が生前住んでいた場所なのですから「私」もあなたの居場所だったんだろうな、と思います。

 そして、あなたの記憶の居場所でもあり続けようとするのだろうなと、そう思いました。

/この歌を推薦した人 吉田岬

https://x.com/nionomiyaotanka



#154

アルコールランプに蓋をするように きみに「じゃあね」と告げた改札


/ Rhythm  2024年12月7日 Xにて「11月自選3首」

https://x.com/numberlock_k


別れとアルコールランプの終わりを結びつける発想がうつくしいと思いました。上の句と下の句の間にスペースがあり、そこで火が消えた音が聞こえます。自らの手で静かに蓋を閉め酸素を使い果たした火が消えゆく……この「じゃあね」以降主体は相手と会う気はなく、でもそれに相手は気づいていないのかもと考えます。

/この歌を推薦した人 菜々瀬ふく

https://x.com/nanasefuku57577



#155

言い訳すらもうしないのね 焼き過ぎたシャウエッセンが裂けて弾ける


/ gonta うたの日「自由詠」 

https://x.com/gonta_gonta1211


 浮気を咎める妻と開き直る夫、さらにいえば初犯ではないという状況に思えました。

 各所各所に技巧が散りばめてあり、たとえば「言い訳すらもうしないのね」のねは口語であることを強調しつつ責める気持ちとかなしみ、諦観を想起させますしその後の一字開けも場面の切り替え、心象と風景の切り替えとして非常に効果的です。

 下の句も非常に景色を読者へ見せるものであるとともに心象風景として、「焼きすぎたシャウエッセン」は夫と浮気相手の関係性の隠喩でもあり、もう元には戻れない主体と夫の関係性そのものの隠喩、そして一番は主体自身であるように読みました。

 自分自身が裂けて弾ける、どう考えても限界である、もうこれ以上ないだけ傷つけられてしまっていると、そのように提示されているのだと思いました。

 水面下にたくさんの意図を巡らせていながらそれをすずしい顔で読ませるような力。そのアッサリとした感じがまた凄まじい歌だぞ、と思いましたのでここで今年の短歌として是非推させていただきたく思います。

/この歌を推薦した人 吉田岬

https://x.com/nionomiyaotanka



決断について ・・・ #156 - 169


#156

波のあるひとと云はれてああわたし海だつたんだ泳いでいいよ


/ 高田月光 読売歌壇 2023年12月18日 俵万智選

https://x.com/v8QdMu8WOfj9vbi


ため息が出るほどうつくしく好きな歌。

「波のある」というのはおそらく感情のことだと思う。喜怒哀楽が豊かなのだろう。気分が良いときもあれば悪いときもあり、それを相手にさらけ出している。続く「ああわたし海だつたんだ」がとても素敵で、前向きでも後ろ向きでもないような、すっと思ったとおりの発露のような表現。人からの言葉が提示されていたところから一転して、読者の前には雄大な海がひろがる。そして相手に対する「泳いでいいよ」の愛の深さ。少しの諦めも感じさせつつ、信頼をもって相手に自分を委ねているのが伝わってくる。旧仮名のやわらかな印象といい、想像させる情動といい、推さずにはいられない歌でした。

/この歌を推薦した人 石村まい

https://x.com/mai_tanka



#157

善人じゃないと気づいて人生はようやく冬の薔薇に追いつく


/ 小俵鱚太 歌集『レテ/移動祝祭日』(書肆侃侃房,2024年)

https://x.com/kotawarakisuta


置き場第1号で真っ先に惹かれた歌。

『レテ/移動祝祭日』に収録されていて、何度読んでも深く深くこころに沁みてくる。自分はきっと「善人じゃない」ことに気づいている、その素直さがとても好ましく、また共感もできる。そもそも、自分が善人だと言い切れる人はいるのでしょうか。冬の薔薇は、本来の季節に咲くような、みんなしてやわらかに開花するものとは違い、枯れた環境のなかにぽつりとひらくもの。寒さのなかにひっそりと佇む姿には気高さとさびしさが同居している。その渦に自分が、善人じゃないとわかった自分が「追いつく」というところに、安堵でも達成感でもない冷静な把握を感じられる。みずからを省みる正しさやうつくしさだけではなく、人生は結局ひとりであるということすら示唆しているようです。

/この歌を推薦した人 石村まい

https://x.com/mai_tanka



#158

じゃあ僕は嘘の仕事に戻るから。嘘の仕事で稼いでくるから


/ 柳川晃平 置き場 第六号

https://x.com/koheiyngw


嘘の仕事とは何なのだろう。この台詞は誰に言っているのであろうか、自分かもしくは誰かに対してか。この主体は、今の仕事に満足してないのかもしれない。働いている実感がなく、夢と現実のような隙間にいて、自分に言っているのだと感じた。朝、いつものように起きてスーツに着替えて電車に乗るために決まった時間に家を出る。その繰り返しのなかで、この言葉はある種救いにも感じた。後半の、稼いでくるからというところに、淡々とした表現ながらも迫力を感じた。連作のうちの一首だが、衝撃を受けた。とても好きな歌です。

/この歌を推薦した人 よだか

https://x.com/__nightwhelm



#159

一列にずっと並んでいるタクシー 夜の選択肢は無限大


/ 北町南風 2023年05月25日 うたの日 題「列」 

https://x.com/THE_NORTHSOUTH


うたの日でごっそりデータが消えてしまっている2023年4月1日~2024年3月31日に出された歌ですが、Xのスペース「北町南風のオールタンカニッポン」でお話させていただいたときに、北町さんのツイートをたどらせていただいて、見つけました。

行き先を告げれば基本的にはどこへでも行けてタクシーの可能性はまさしく無限大なんですけど、駅前などに並んでいるタクシーは一方向を向いている、という、二景の対照が好きです。車が並ぶ歌では奥村晃作さんの

次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く /奥村晃作

が有名ですが、北町さんのこの歌ではまず上の句で奥村さんの歌のような車列を想像させておいて、その車列が車列でなくなる瞬間のわくわく感が下の句で出ていていいと思いました。

また、誰の夜、誰の選択肢なのか書かれていない、想像もほぼつかないことも、ここでは功を奏していそうです。タクシーを常用するような生活をしていない限りは、やはりタクシーはぜいたくな、非日常の移動手段ですから(少なくとも私にとってはそうです)、誰でもときどきこういう楽しい気分になれるよ、ということを教えてくれているようでもあります。

スペースで作者ご本人にうかがってはじめて気づいたのですが、タクシーと選択肢、に同じ「たくし」の音が含まれている、という言葉遊びの要素もあります。いま言葉遊びと書きましたが決して軽んじるつもりはなく、読みやすい、愛唱性に優れている理由として、そういう心配りもあるのかなと考えました。

/この歌を推薦した人 袴田朱夏

https://x.com/hakamada_shuka



#160

白つつじは忘却の果て 人生で最初に選んだプレゼントは何


/ 北谷雪 2024年5月19日 東京歌壇 東直子 選 

https://x.com/kitaya_misomiso


つつじの花の蜜を子どものころに吸った思い出を持つ方は少なくないのではないでしょうか。つつじと聞いてまず浮かぶのは鮮やかなピンク色の花ですが、私の通学路には確かに白つつじの花も咲いていました。

記憶の奥にひっそりと眠る白つつじと同じように、私は人生で最初に選んだプレゼントのことをもう覚えてはいません。この歌を読んだ時に想起したのは、今はもう会うことのない、どこにいるかもわからない、私の実家の子ども部屋の色褪せた写真の中にだけ輪郭を残す、幼い日の友人たちの姿でした。

大切なものの多くを、私たちは人生の中で通り過ぎていきます。ふと思い返しても、もう正解にたどり着くことは叶わないでしょう。けれど思い出に心を傾けるとき、そこにはかすかな寂しさとともに、光が現れます。その光が、私を今いる場所まで連れてきてくれたのだと思うのです。

/この歌を推薦した人 飛和

https://x.com/hiwa_towa



#161

成功者敗者復活戦敗者

ぼくのしごとは生きていくこと


/ 武井窓花 X(Twitter)2024/01/19 

https://x.com/tanka_madoka


復活のためには一度死ななくてはならない。「敗者復活戦敗者」は二度死んでいる。そのため、「成功者」/「敗者復活戦敗者」には勝者/敗者以上の距離がある。

 そんな「ぼく」は自らの仕事を「生きていくこと」に設定し、宣言した。本来、仕事とは他者に価値を提供してはじめて成立するものだと思うが、「ぼく」は「生きていくこと」が他者にとっても価値であると信じようとしている。成功者となる夢を諦めつつも、敗者復活戦敗者なりの(キレイゴトだけではない)能動的なつよい意志を感じさせられた。

 競走に疲弊したこころにうまくさわってくれる短歌だと思う。

/この歌を推薦した人 ナカノソト

https://x.com/nakanosoto



#162

あなたが決意したのは長い長い混迷の果てだった そこには白い鳥がいた


/ 鴇巣 X投稿連作「【自動記述】」

https://x.com/t_un_s


「鳥」に望まれているのは、意味のある何らかの行動をすることではなく、ただそこにいることであるようで、そんな時間や事象も大切にしたいと思う歌でした。

/この歌を推薦した人 豊冨瑞歩

https://x.com/miohuz



#163

「共用スペースでは必ず犬を抱くこと」買いに行かなきゃ、犬を。


/ 田中有芽子 歌集『私は日本狼アレルギーかもしれないがもう分からない』(左右社.2023)


「言葉を異化する」を超えた田中有芽子さんの「世界を異化する」感覚がとてもすきです。その代表歌として挙げるならこれかなと。

/この歌を推薦した人 ふにふにヤンマー

https://x.com/funifuniya



#164

タンカタンカ!!スーハースーハー!くんくんはぁ…はぁ…作れない!はあっあああぁん!!!!!!


/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社、2024年)


短歌作れないときに読むとすっごい笑えて元気が出るので。あと勢いに見せかけて何気にすごい言葉の配置が計算されている気がするので。ラブです❤️

/この歌を推薦した人 ケムニマキコ

https://x.com/qeiV97pW0x5342



#165

インドへと自分探しに行ってきて6人ぐらい見つけて帰る


/ 川島薪 2024年09月22日 うたの日 題「分」 

https://x.com/ShortBeat57577


シュールさに笑いが止まらなくなってしまった歌だ。自分探しと言えばインドがよく引き合いに出されるが、これだけ文化の違う場所で6人も見つかるのであれば、インドまで行かずとも町内で見つけられたのでは、という気もする。そもそも自分探しとは、自分という「人」を探すのではなく、生きがいや自分らしさといった「自分を構成する要素」を探す、という意味合いだが、この歌では「人」とカウントされているので、「自分」が何人も見つかっていそうで、引き連れて歩いているさまを想像すると見た目のシュールさが物凄い(まさか日本に連れて帰ってはいないでしょうね)。自分探しイコールインド、という一種の安易さを冷笑しているようで、見つけて帰っちゃうという一応の解決(?)をみているところも面白い。「6人ぐらい」という中途半端さがまたリアルでよい。そんなに見つかるなんて、自分とは一体何だったんでしょうね?しかし、自分が1人も見つからないよりは、6人見つかる人生のほうが、もしかしたら単純で楽しいものなのかもしれない。川島薪さんの作品はこのように、人を食ったような、それでいて憎めないどころか心の底から笑わせてくださったり、考えさせられたりする作品が多くあり、勝手ではありますが今後のご活躍も楽しみにさせていただきます。

/この歌を推薦した人 水上歌眠

https://x.com/kamin_plz



#166

下りていく錠剤の音を隠しつつ次は東京、東京でした


/ 千代田らんぷ 第70回角川短歌賞 佳作「雨宿り」(角川『短歌』2024年11月号)


電車の車内アナウンスのような下の句に、目を引かれました。都会を目指す人にとって終点となるような東京で、新しい生活が始まろうとするときに、未来志向であるはずのアナウンスが「でした」と過去形で結ばれる倒錯感にくらくらします。錠剤を飲み込むのではなく「下りていく」とした身体感覚や、おそらく、自身のうちに秘めた後ろ暗さになぞらえているところにも、強く惹かれました。

自分がどこへ向かっているのか分からなくなっているときに、何度でも思い出したくなる一首です。

/この歌を推薦した人 藤原ほとり

https://x.com/Penguinjumping



#167

食べていいフルーツなのか分からずにティーだけ啜る 都市とは覚悟


/ 汐見りら http://utanohi.everyday.jp/open.php?no=3850c&id=19

https://x.com/sio3rira


フルーツティーはポットの中に紅茶と、オレンジやりんごなどのフルーツが入っています。紅茶を飲み終えたら、ポットに残ったフルーツに「行儀が悪いから残す覚悟」「もったいないから食べる覚悟」を迫られるのです。主体は行儀の良い都市に住んでいるのか、そういう都市にきたのか、今、都市を構成する一部として残す覚悟をしたのでしょう。そこで過ごす人々の覚悟が重なって、都市ができていったり、保たれたりするのだなと思いました。

/この歌を推薦した人 えふぇ

https://x.com/sonohi_1nichi



#168

コロッケを温めて寝る わたしって何しに日本に来たんだろう


/ 岩倉曰 https://x.com/wakuwakuiwaku/status/1800861819885719892

https://x.com/wakuwakuiwaku


この歌のことを考えていたらひと夏が終わっていました。

私も、自分が何しに日本に来たか、まだわかっていません。(note「この夏ずっと考えていた歌のこと」)

/この歌を推薦した人 中森温泉

https://x.com/midiumdog



#169

傷ついてないんじゃなくて傷ついても止まらないって誓ったんだ


/ Shizuku Compass twitter 2024年12月8日

https://x.com/Shizuku Compass


ずっと心に留めている私自身の生き方にかなり似ている気がして勝手に共感して泣いてしまった。すぐ後ろに控えている、私が傷つけたかも知れない人たちの亡霊や、私自身の心や、人の気持ちに物凄く敏感になる時、この歌に近い声が聴こえてくる人へエールを送りたい。きっとあなたは一人じゃない。それでも失敗を責めるでしょう。だけど人生は関係なく続く、立っていないと風に倒れてしまう。歩いていれば、少なくとも倒れずに済むことがあります。この歌を歌ってくれたことを感謝したい。それで選びました。

/この歌を推薦した人 Nitro's sister

https://x.com/wabito29

死について ・・・ #170 - 181


#170

死者を島に渡すことよき 死にし者なにものかにわたすことよき


/ 葛原妙子 歌集『朱霊』(『葛原妙子歌集』書肆侃侃房, 2021年)


――この歌は伝染病ペストを扱う連作の最後に置かれており、「死者」を「渡す」「島」とはイタリア・ヴェネツィアの共同墓地であるサンミケーレ島を指している。一方で、「死にし者なにものかにわたすことよき」という言葉は広い意味に開かれている。


死者を孤立させず、「なにものか」に「わたす」こと。死に場所から葬場に、自宅から葬場に、家族の一員から自然の一部に、この世からあの世に渡すこと。こうしたいずれの意味においても、「死にし者なにものかにわたすこと」は「よき」ことなのだ。これほど広がりをもつ弔いのことばを筆者はほかに知らない。( 短歌五十音(く)葛原妙子歌集)

/この歌を推薦した人 ぽっぷこーんじぇる

https://x.com/popcorngel



#171

みちのくの死者死ぬなかれひとりづつわれがあなたの死をうたふまで


/ 本田一弘 歌集『磐梯』(青磁社,2014年)



今年出会った歌です。「みちのくの死者」への愛惜と祈りに打たれました。途方もない祈りです。

わたしの未熟さゆえ多くの言葉を尽くして語ることができないのがもどかしいですが、この歌を一生忘れることはないと思います。

/この歌を推薦した人 高田月光

https://x.com/‎v8QdMu8WOfj9vbi



#172

彼という文字を散らして波にするように海へと撒かれる遺骨


/ 葉村直 2024年9月8日放送NHK短歌 俵万智選題「文字」一席

https://x.com/nao_hamura


唯一無二の発想の散骨のお歌に衝撃を受けました。海に撒かれて彼は、さんずいを持つ波になるのですね、海と混ざって広がってゆく、そしてその海に主体は包まれて見守られて生きてゆく、悲しくも美しい壮大なお歌に胸を射抜かれました。

/この歌を推薦した人 小野小乃々

https://x.com/aurora_konono



#173

死ぬことは怖いねふたりふたりって鳴る絨毯の上の足音


/ 平岡直子 歌集『みじかい髪も長い髪も炎』(本阿弥書店、2021年)


ふたりを足音に例えるのも、ふたりふたりとリフレインさせるのも初めて見ました。絨毯は足音をきっと吸収してしまう。その鳴らない足音をふたりふたりと表現すると、決してひとりぼっちじゃないのに途方もなくさみしくて心細い気持ちになりました。さみしいのは好きです。

/この歌を推薦した人 ケムニマキコ

https://x.com/qeiV97pW0x5342



#174

魚にとり死とは何かを訊ねれば〈氷のように硬い光〉と


/ 尾内甲太郎 第9回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載『前頭葉の色づくころ』尾内甲太郎 « 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト 

https://x.com/onaikotaro


この歌を読んだときに、頭をガンと殴られたような衝撃があった。死とは何かを詠った歌は数あれど、わざわざ魚に死について訊ねた歌はそうないだろう。そして、魚は「死とは〈氷のように硬い光〉」と言っている。その答えになぜか説得力がある。

そもそも人間の住んでいる世界と、魚の住んでいる世界は大きく異なる。我々は常に大気に囲まれているが、魚にとってのそれは水である。そのため、周りの温度も異なる。「世界の海面の平均温度は季節によって19.7~21℃」※1そうだが、「日本海全体の8割以上の体積となる深層(約300m以深)は、日本海固有水と呼ばれる水温0~1℃程度、塩分34.1程度のほぼ均質な水塊で占められている」※2らしい。ほとんど大気圧における凝固点に近い。

人間にとっての死のイメージは、人によって異なるだろうが、冷たくさびしいものであるという印象は多くの人が抱くのではないだろうか。それは哺乳類が死ぬと体温が下がることから想像されるものだと思うが、その意味で、常に0℃の水で満たされた魚の住んでいる世界は、死の世界に近いのだろうか。

ただ、魚は変温動物であり、人間のように温度受容器を所持しているわけではなく、暑さや寒さを刺激として感じることはない(と思う)。だから、本来であれば、魚は人間のように氷を冷たいと感じることもないし、ましてや死と結びつけるものではないはずだ。けれども、この魚は死は「〈氷のように硬い光〉」(冷たい光ではない)と言っている。これをどう解釈するか。

私はなぜか、『ライ麦畑でつかまえて』の主人公のホールデンが、「セントラルパークにいるアヒルは、冬の間は何処に行くのだろう」と考えるシーンを思い出した。ホールデンはタクシーに乗るたびに、運転手にこの質問をぶつけてみるのだが、大抵「からかっているのか」とキレられる。しかし、ホーウィッツという運転手は、なぜかアヒルが冬の間どうなるかではなく、魚について答えてくれ、「連中は氷の中でちゃんと生きているんだよ。それが魚ってものなんだ。まったくもう。ぴっと氷漬けになってな、そのままのかっこうでひと冬を過ごすんだ」※3と説明する。実際は水面に氷が張られたとしても、水中まで氷漬けになることはなく、冬の間も魚は氷の下で生きているのだろうが、このホーウィッツの台詞を読んで、なぜか冬の間に池の中で氷漬けにされて、じっと春を待つ魚やアヒルのイメージが定着してしまった。だから、尾内さんの短歌を読んだとき、冬を越えたことのある魚は、氷の中で一度死を体験しているのではないかと思ってしまった。そのため、魚にとっての死は、〈氷のように硬い光〉になるのではないだろうか。


※1 地球温暖化による海水温の上昇で、海の“砂漠化”が懸念されている | WIRED.jp 

※2 気象庁|海洋内部の知識 日本海固有水について 

※3 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』 J.D.サリンジャー (著), 村上 春樹 (翻訳).白水社,2003,p.139

/この歌を推薦した人 ニコ

https://x.com/watch_niconico



#175

幽霊は傘をもたない 六月をいつか貰った知識と過ごす


/ 湯島はじめ 同人誌『光るかもね Vol.2』(右脳水星短歌会,2024年)

https://x.com/hajime_yu11


そうか、確かに傘をもっている幽霊は見たことがない。実際にはもちろん、フィクションのなかでも。この「知識」をいつか貰った主体は、貰ったその時どう思ったのだろう。いま、どんな気持ちで雨の降る六月の窓の外を見ているのだろう、と、この歌に出逢ってからずっと考えています。そしてこの歌を通して「知識」を貰ってしまった自分はこれから来るだろう六月になにを思うのか、などと考えさせられてふわふわした気持ちになります。

/この歌を推薦した人 畳川鷺々

https://x.com/ttmx6



#176

手放しで坂をくだって自転車の少年いまだ死は異国なり


/ 小俵鱚太 歌集『レテ/移動祝祭日』(書肆侃侃房,2024年)

https://x.com/kotawarakisuta


ああこれは中年の歌だなあと思いました。手放し運転は年齢にかかわらず危険行為だけれど、少年と中年では死に対する距離感は圧倒的に違う。中年が少年を振り返る時、死はよそごとで遠かったと思う気持ちが「異国」の一語で読者に刻みつけられる歌です。

ずっと憧れてきた人や大切な人の訃報が急に増えてきたと思う人生の折り返しあたりで、死がぐっと身近になり、主体にとって死はそれこそボーダーを越えてきたのかもしれません。逆にすぐ隣にいる感じもしないのがお年寄りとの違いでもあるのかなと思います。

/この歌を推薦した人 といじま

https://x.com/toijima1



#177

死者には靴がないから死者の玄関はつやめく虫の背中みたいに


/ 甲斐 ネットプリント『うなぎかき氷』「痛いところ」2024年08月22日発行

https://x.com/mi_iu_u


個人的に短歌的2024年は甲斐さんに出会った年でした。

虫の背中、僕はカナブンの緑色に輝く羽が敷き詰められている玄関を想像しました。

虫の羽固有の涼しさが死者を迎え入れるのには適切だと読むたびに思います。

元々つやめく虫の背中のイメージがあって、それと幽霊には足がないみたいな二つの発想が玄関というキーワードで合流して作られたのかなとか考える。

しかし、幽霊→死者や足→靴という選択がすべて大成功していて凄いな、恐らく僕ではこのあたりの変換にカロリーを使い切ってしまいなかなか玄関という発想の合流地点に辿り着かないから(死者の靴)と(つやめく虫の背中)で違う歌にしてしまう。その意味でこの歌には常人の二首分の、ないし1.5首分の幻想が入っていると思った。

/この歌を推薦した人 ~1000

https://x.com/Xa3hHv6nrNjb5gV



#178

東京で死んだら渡り鳥になり故郷の海でもう一度死ぬ


/ 芋高舞 NHK短歌テキスト2024年11月号 大森静佳選 テーマ「鳥」

https://x.com/coke_piplup


あり得ないことを詠っているのに説得力を感じる歌は、良い歌が多いように思う。これも、そんな歌のひとつであろう。東京に居ながらにして感じた強い郷愁が、鳥の歌となって具現化したような歌だ。

/この歌を推薦した人 西鎮

https://x.com/xi_zhen_ivUT



#179

あかねさすビッグマックに触れているあなたの死から遠く離れて


/ 安藤みなも 2024年06月18日うたの日 題「死」


「あかねさす」は、日、光、紫などの枕詞として用いられるが、これらの語はこの歌に含まれていないから、早朝東の空が茜色に染まってくるというこの言葉本来の意味で使われているのだろうか。「あなたの死から遠く離れて」は、その文字どおりの意味とはうらはらに、何ということのない行為をそれと対比せざるを得ないほど、「あなたの死」が時間的に又は心理的に近接していることをうかがわせる。「あなた」を看取った後の朝なのか、あるいは「あなた」の不在の痛みを感じつつ過ごした後の朝なのかもしれない。

 「あなた」がいないこの世界でも、時間がくれば朝は変わらずやってきて、主体に空腹を感じさせる。そして、主体が触れているビッグマックという食べ物は、なにものかの死を前提として初めて成り立つ食べ物である。生きているということは、どんなに「あなた」の死を悲しんでいても、逃れようもなく生々しいものなのである。もう二度と新しい朝を迎えることのない「あなた」と、その死を悼みつつ、生きていくという歯車を回し続ける主体は、こうして「遠く離れて」ゆく。そのあまりに深い溝が胸に迫る歌だ。

 しかし同時に、この歌は、「あなた」のいない世界で生きていこうとする主体の強さも感じさせる。死者との間の超えられない深い溝を越えようとするには、逆説的であるけれど、その溝の深さを直視するしかないのかもしれない。この歌は、そんなことを私に教えてくれる。

/この歌を推薦した人 てぃも

https://x.com/timo_0912



#180

シーフードミックスという霊園が凍っているね 1キロあるね


/ はだし 同人誌「なんたる星」2024.7月号 https://note.com/nantaruhoshi/n/nb30829eb4da2

https://x.com/hadashinomanmay


冷凍のシーフードミックスが霊園=死の集合という発想が今までなかったので虚を突かれて、そのまま結句の「1キロあるね」で投げ飛ばされた感じです。1キロは多いよ。

/この歌を推薦した人 汐留ライス

https://x.com/RCodome



#181

その遠さ 結ばれている星々の 共に生きてはいない晩年の


/ うすいまゆ 連作「たたかわないで眠る」2024年9月

https://x.com/atreat_m


うすいまゆさんが、『毎月短歌の本9月号』に寄せられた連作の中の一首です。

歌の中にある流れのようなものも好きなのですが、敢えて置いてあるふたつの文字空けが、少しずつ離れて光る星を演出しているように思えました。

/この歌を推薦した人 小仲翠太

https://x.com/OnakaSuiTanka



社会について ・・・ #182 - 229


#182

この蜘蛛はメンタルの個体だって巣がでかいどんどん広がっている


/ 川村有史 歌集 川村有史『ブンバップ』(書肆侃侃房,2024年)

https://x.com/kawatomura


この蜘蛛は……メンタルの個体……!?歌集『ブンバップ』には魅力的な歌が沢山あるのですが、個人的にずっと気になる歌がこれでした。

蜘蛛は恐怖症もあるくらいの生き物で、恐怖症とまでいかなくても少なくない数の人が不快害虫として認識しているはず。その蜘蛛をマイナス一辺倒でなく歌にする着眼点に惹かれました。

次に「メンタルの個体」。個人的に虫であればフィジカルな気がする。でも、蜘蛛ってなんとなく知性や神秘っぽい感じもあるし、じゃあメンタルなのかも……と勝手に謎の納得をしてしまいました(フィジカルなら蜂とか蟻とか?)。しかしやっぱり「個体」だから、ポケモンみたいにフィジカルの個体、スピリチュアルの個体も本当はいるのかも……。

また言い方も「メンタルな」ではなく「メンタルの」であることで、「メンタル属性」みたいな特性を持っているのか、それともメンタルが強いという意味なのか断定できないのも好きでした。

この断定できない=可能性がいくつかある、という意味で「だって」もすごくいいなと思っていて、

「メンタルの個体/なぜなら」の意味のだってか、「メンタルの個体/だよ」の意味のだってかはこの歌の中でわからなくて、どっちに断定しなくてもいい感じがすごく軽やかで歌のムードをかっこよくしているなと思います。

その後の流れも鮮やか。「蜘蛛」「メンタルの個体」というやや負荷のある単語から「だって」でプレッシャーがかかった後の「巣がでかいどんどん広がっている」。濁音や、んのリズムでどこまでも加速する開放感。歌集『ブンバップ』ではリズム感、というかリズムのある歌が沢山あるのが特徴的なのですが、この歌もそうなのだと思います。

そしてこの「どんどん広がっている」巣と、それをせっせと広げる蜘蛛を見ている主体に不思議な優しさを感じて、歌自身の快さとともにやっぱり惹きつけられる歌でした。大好きです。

/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼

https://x.com/withoutSSRI



#183

あの虹を無視したら撃てあの虹に立ち止まったら撃つなゴジラを


/ 木下龍也 歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』(書肆侃侃房, 2016年)

https://x.com/kino112


難しいこと抜きに、うおお隊長!アツい!とテンション上がりました。おそらくこの歌を読んだほとんどの人が同じ映像を観ることができると思うし、そうさせられるのは本当にすごいことだと思います。

/この歌を推薦した人 青野 朔

https://x.com/aonosaku31



#184

みながみな咲かなくていい雪の日に生まれてしまった花もきれいだ


/ 紡里さら #短歌 #tanka 

https://x.com/26gibako


咲く花も、咲けない花も、咲かない花もすべてを包み込む「きれいだ」があんまりにもやさしくて、やわらかくて、読むたびに泣いてしまう歌です。言葉の上ですべてを肯定することはあまりにも容易いですが、こんなにも愛情深い花や生命への眼差しをわたしは知りません。「みながみな咲かなくていい」とうつくしい韻律で肯定され「雪の日」という多くの命が埋もれてしまう日、「生まれてしまった花」というつらい境遇にある命を「きれいだ」と祝福するこの歌が、こころの底からすきです。「みな」「生まれてしまった花も」「きれいだ」、たいせつに握って生きていたいことばです。短歌は人を救います。

/この歌を推薦した人 山際潜

https://x.com/kdmn_kimono



#185

こんなにも人の顔りがするなんて咲かさまのままひら枯れていく


/ 文雪 X(旧twitter)

https://x.com/FUMIYUKI_KAJIN


掛詞をあえて分かるように異なる漢字をあてる妙技、それでいて短歌としての美しさも兼ね備えていることに驚愕させられた


https://x.com/FUMIYUKI_KAJIN/status/1849407832007004222

/この歌を推薦した人 ばつにくろまる

https://x.com/x2960_tanka



#186

七日間校長室を占拠した教頭が告ぐ「恋愛自由」


/ 反逆あひる Xの投稿:2024年11月7日 22時9分

https://x.com/rebelxduck


多分……これが「自由恋愛」だったら選ばなかった。恋愛自由。何か政治的なスローガンのような響きでビッとくる。それが校長室を選挙した教頭から告げられるわけだから、間違いなく反逆の後だ。目的が生徒の自由な恋愛か、生徒"と"の自由な恋愛か、はたまたさらに大きなスケールの話なのかは知らないが、声高らかに「造反有理」と叫んだに違いない。私利私欲と万民の願望を乗せた、イボが多くて脂ぎった教頭の今後が楽しみになる一首。

/この歌を推薦した人 鯖虎

https://x.com/misosarasenryu



#187

べっぴんさんべっぴんさん軍事境界線飛ばしてべっぴんさん


/ 白雨冬子 2024/8/25 うたの日「38度線」

https://x.com/hakootokobook


ぱっと見の軽さとじわじわと考えさせられるギャップにやられました。漫才のつかみとして飛ばされた「ひとつ」に意味なんか無いように軍事境界線の意味も存在も軽いノリで飛ばしてしまえたら、そしてそれをみんなで笑えたらいいのに、という祈りをはらんだ歌。べっぴんさんはどんな国にだっているんですから。

/この歌を推薦した人 岩瀬百

https://x.com/momo_iwase



#188

お客様、このたび大変申し訳アリアリアリアリアリーヴェデルチ


/ 鳥さんの瞼 2024年5月12日うたの日題『自由詠』

https://x.com/withoutSSRI


下の句は『ジョジョの奇妙な冒険』の5部のブチャラティの有名な台詞です。それを抜きにしても理不尽なクレームに応対する主体が平謝りすると見せかけて必殺技ラッシュでお客様をぶちのめす様子が痛快でこういう歌をぜひ作ってみたいと強く思いました。大好きです。

/この歌を推薦した人 つきひざ

https://x.com/northmount836



#189

成果って何、成果って何、成果って痛いの痛いの諦めてくれ


/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社,2024年)

https://x.com/withoutSSRI


介護職の現場でも成果主義の人事考課になり疑問に思っていた時に出会い、何だかすっきりさせられました。

/この歌を推薦した人 六浦筆の助

https://x.com/Tohakumutun5057



#190

逆マリー・アントワネットがやってきて私の全てをパンにしていく


/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社,2024年)

https://x.com/withoutSSRI


初見は2024年ではありませんが初見のときから、何を言っているんだろう、と思わず二度見してしまうような魅力のある歌だと思っていました。2024年発行の歌集に入っているのを改めて確認し、うれしかったです。

マリー・アントワネットが民衆に言ったとされる言葉「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」の逆……というわけですが、単純に逆ではなくて、二ひねりくらいされています。まず、逆マリー・アントワネットがやってきてパンにして去っていく、という、一連の動きが早く、元気な子どものような疾走感すらあります。宮廷生活をしていたマリー・アントワネット自身はそこまで身のこなしがよくなかったのではないかと思いますが、逆マリーのきびきび仕事をする感じが面白いです。ほかの民のところへすぐ真に仕事をしに行ったのでしょうか。

言うまでもなく、全てをパンにする、という魔法のような行為も、真マリーの逆の上を行っています。逆マリーのおかげで、パンにされてしまうと困るものまで全てがパンになってしまったのかもしれません。「私」=民衆の「ありがたいんですけど、そうじゃないんですけど」のような声が聞こえてきそうです。逆マリーもやはり真マリーと同じで、民衆とわかり合えない。

こういうありがた迷惑って実際ときどきあるよなあ……と思えば、その手のことの比喩のようにも読めます。ただ、疾走感のおかげでしょうか、「ああもうなんかしょうがないね、逆マリーだからね。とりあえずパンは食べるとするか」などと、「私」が割り切っている印象も受けます。一方、逆マリーの立場になってみると、逆になってもわかり合えないというのはやりきれないことかもしれません。

ここまで「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」がマリー・アントワネットの発言としてきましたが、少し検索をすれば、実際には別人の発言であったようにも見受けられます。勝手な読みかもしれませんが、自分がしていない発言の濡れ衣を着せられたマリー・アントワネットの怨念が逆マリーとなってぼんぼんとパンを配っているところを想像すると、まずはその仕事っぷりが面白くもあり、次に、考えさせられます。この発言だけでなく、真マリーは立場上、何枚も濡れ衣を着せられたことでしょう。民衆ともわかり合えないそんなマリーの最後の味方になるような、やさしい歌なのかもしれないと思いました。

/この歌を推薦した人 袴田朱夏

https://x.com/hakamada_shuka



#191

生きているだけでえらいの生きている定義がそもそも違う気がする


/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社、2024年)

https://x.com/withoutSSRI


「生きているだけでえらい」というポジティブなワードを素直に受け取れない複雑な感情が、シンプルかつ的確に言い表されていて心を打たれました。

/この歌を推薦した人 汐留ライス

https://x.com/RCodome



#192

お化粧は禁止されてたお化粧はマナーになった惑星は馬鹿


/ 石川真琴 http://blog.livedoor.jp/nenkinkakai/archives/34467160.html

https://x.com/shinkin_memo


中高生までは「子供はメイクをする必要はない」、大学生になると「社会人としてメイクはやって当然」と、言うことが変わる他人たちが惑星なのかもしれない。そんな他人たちの言うことに振り回されて、でもおとなしく従ってきてしまった作中主体が、自身を惑星と思ったのかもしれない。と、いろんな想像をしながら読みました。鏡の前に立つたび、星を象ったコスメを見るたびに思い出す、切なくて、でも少し勇気が出るお歌です。

/この歌を推薦した人 えふぇ

https://x.com/sonohi_1nichi



#193

うつくしい裸足だ とても あなたはもうあなたに跪かなくていい


/ 水没 X(Twitter) 2024年7月31日 https://x.com/op9us/status/1818633645877334118

https://x.com/op9us


六首連作「ゆうれい」の三首目。

静謐で私的な、送るひとと送られるひとの最後の時間を思いました。

もう立ちあがり、みずからを支えることのないひとの裸足。

生をねぎらい、解放をことほいでさえいるような語りかけが、しずかに心を打ちます。

家族の旅立ちのあった今年、いっそう大切にしたい歌になりました。

/この歌を推薦した人 短(やまめ)

https://x.com/awatohai



#194

レジ打ちにも顔があったと思い出す自分の指を箸にするとき


/ 深山睦美 『未来』2024年7月号

https://x.com/57577_77575


「顔があった」という表現の雄弁さ。そこにあったはずの有機的な対話が浮かび上がる。

/この歌を推薦した人 若枝あらう

https://x.com/WakaedaArrau



#195

グツグツとAIの絵が出来上がる気泡の形を残したままで


/ 森生 X 2024年11月24日zhttps://x.com/leftbehindfor/status/1860374129205182656

https://x.com/leftbehindfor


AI絵の不気味さをこれ以上なく表せていると思う。

最近の割と洗練されたやつではなく、stable diffusionをみんなが個々に入れて使っていた頃のAI絵の感じがある。

”気泡の形を残したままで”の、絵に変なものが混じった感触が良い。

/この歌を推薦した人 ~1000

https://x.com/Xa3hHv6nrNjb5gV



#196

米国の歌詞にお嬢さんはゐないイヤリングもない銃がでてくる


/ 森山緋紗 『かばん』2024年8月号、第12回現代短歌社賞次席「風ごと握る」から

https://x.com/MoriyamaHisa


「森の熊さん」という歌が下敷きとなっているこの歌。英語の歌詞には、確かに、お嬢さんもイヤリングも出てこない。原曲は、銃を持っていないのになぜ逃げないの、と熊が問いかける歌詞らしい。しかし、歌意は、もっと深いところにありそうだ、と思う。

/この歌を推薦した人 みおうたかふみ

https://x.com/mioh01015



#197

モモレンジャーみたいな定位置 津田梅子が新顔となる五千円札


/ 小仲翠太 読売歌壇俵万智選2024年8月12日 https://x.com/OnakaSuiTanka/status/1822748134268953037

https://x.com/OnakaSuiTanka


新札の津田梅子を「モモレンジャーみたいな定位置」とする斬新な発想の歌です。津田梅子から遠い存在のモモレンジャーを連想したところがユニークです。

/この歌を推薦した人 椿泰文

https://x.com/tsubaki4321



#198

しよう ディズニーのカチューシャ、オープンカー、怒り続けて許さないこと


/ 小松岬 『塔』2024年5月号作品1

https://x.com/toudaigurashi


初句「しよう」が大胆。並べられた3つのことが並列になっていて、「ディズニーのカチューシャ」というライトで共感性の高いものから、「オープンカー」に飛躍して、「怒り続けて許さないこと」につながる構成で、最後にずしんと心に来る。怒ることを続けるのは難しい。しかし、正当な怒り・許さない気持ちが、自分を、世の中を変える原動力となる。

note「塔2024年5月号気になった歌10首⑨」)

/この歌を推薦した人 中森温泉

https://x.com/midiumdog



#199

シンバルを夜に鳴らすな口笛で蛇が出てくるレベルじゃないぞ


/ 汐留ライス Xの投稿:2024年12月6日 22時32分

https://x.com/RCodome


真っ先にシンバルの音、暗い夜の情景。何があったのかと思う。「鳴らすな」とあるが私の中では鳴ってしまった。そして「口笛で蛇が出てくるレベルじゃない」と脅されるも、何が出るか分からずワクワクする。そのワクワクとリズム感がまず楽しい。シンバル、夜、出てくる、レベルの楽しい「る」責めがあるのと、おおよそ暗さとは無縁であろうシンバルからの急展開がいいのかなと思う。見事に「ふざけた」素晴らしい一首……背伸びして長々書いたが、要は一目惚れである。

/この歌を推薦した人 鯖虎

https://x.com/misosarasenryu



#200

マンモスを食べてたころを思い出す小さな灯りでおっぱいあげて


/ 山田香ふみ 2024年10月20日 東京歌壇 東直子選

https://x.com/kafumi_t


小さな(たぶん、オレンジがかった)灯り、夜によく起きてしまう赤ん坊を育てた人なら忘れられないはず。ほかの家族を起こさないよう、ささやかな灯のもとでそっとおむつを替えて、授乳して、寝かしつける。それが2か月、3か月と続くと、自分と赤ん坊ふたりきりで世界に取り残されてしまったような気がして、夜が怖くなった。あの頃、この歌を知っていたらどんなに心強かっただろう。ぽつんとひとりおっぱいをあげている景なのに、太古からの全ての母と繋がるような、自分自身が地母神としてずっと生きているようなスケールの大きさが感じられてとても魅力的だ。

/この歌を推薦した人 毛糸

https://x.com/ellaella_okka



#201

わんにゃんをまねた幼稚園バスをとらのこわんさか元気におりる


/ 山際 潜 twitter 12月8日 お題:バス 単語で短歌

https://x.com/kdmn_kimono


可愛い子供たちが虎の子として出ていく。寒空の時期です。わんにゃんバスなのに虎の子という表現が可愛い。

悲鳴や嬉々とした声や、ものによっては奇声が発せられる動物のような元気の良さももしかしたら内包している子供たちの姿を強く印象に感じます。心を込めたシニカルな表現。

風の子強い子元気な子…和みます。

/この歌を推薦した人 Nitro's sister

https://x.com/wabito29



#202

地球から左右の靴をはがすたび夜のファミマが近づいてくる


/ 山下ワードレス スペース短歌

https://x.com/ywordless


宇宙飛行士が遊泳しているような足取りでコンビニに向かっている。ただ歩くという描写を地球から足が剥がれるという表現に脱帽しました。そのふわふわした感じが、主体に何か良いことがあったのかなと想像させる。ファミマの看板の色味が地球ぽくて、主体は地球にはいなくてどこか宇宙を飛び跳ねてるんだと思います。ウキウキして何買うんだろうなと、楽しくなる1首でした。

/この歌を推薦した人 全美

https://x.com/ZENMIN15



#203

保険料払った夜に本物の蟹より美味いカニカマを食む


/ 斎藤君 第五十三回全国短歌大会 水上芙季選 秀作第二席

https://x.com/6699Kono


われわれが感じ取ることができない本物の「死」そのものよりも、保険料を支払うという行為は、金銭的・心理的な負担を伴うという点でずっと「本物」らしい。そんなアイロニーを「本物の蟹より美味いカニカマ」という卑近な存在の喩で捉えるところに、詠み手の人間性を感じることができて印象的でした。

/この歌を推薦した人 アカマツヒトコト

https://x.com/htkt_



#204

模試監督バイトおばさんなるわれを「先生」と呼ぶ生徒可愛い


/ 佐々木ゆか 第133回短歌部カプカプのたんたか短歌みんなの題詠 テーマ「学校」


模試監督バイトおばさんという存在が好き。自嘲的だけどかわいさがある。自分も先生と誤認されることがある職場にいるので、なんというか、もう、これー!!!になった。そして本当の先生だったらこんなにすっと「かわいい」が出るだろうか、と想像させられる結句「かわいい」の凄さ。

/この歌を推薦した人 岩倉曰

https://x.com/wakuwakuiwaku



#205

悪趣味なドレスできみがしてきたと話す旅だよ その黄色い蛾


/ 甲斐 「真実味」『光るかもね Vol.3』右脳水星短歌会

https://x.com/mi_iu_u


この短歌について、あるいはこの短歌とともに書かれることは多くある。ぜひ各々で思うところをどこででも書いてほしいと思うが、ここではひとつだけ、短歌を読むことと愛唱することの違いに関わることを書く。短歌は愛唱されるときには読まれていない。短歌は読まれているときには愛唱されない。考えると当たり前のことに思えるが、短歌を鑑賞するこの二つの態度の共存不可能性について私自身が目にした記憶はない。愛唱というのは読者のからだが短歌を「所有」しないとできないと常々思っていて、愛唱される短歌自体に読者の所有を要請する性質が見受けられるとはいえ、やはりそれは当の短歌そのものとは別の何かで、しかもそれは一度変わったら二度と変わらないものでもあるようだ。甲斐さんのこの短歌はそのような読者の所有を許さない。愛唱される歌が読者の胃袋にずっと留まるのだとしたら、この短歌はずっと噛みつづけなければならない。読み進めながら短歌そのものが要求する視点の変化や気持ちをばりばり食べる必要があって、大げさでもなんでもなく、読むたびに読む前と同じ人ではいられなくなる。いわゆる人生と変えるということとはまったく違った意味で。

読み始めるとだれもが否応なしに皮肉めいた印象を持つことだろう。「悪趣味なドレス」と「きみ」。発話者がきみに対して持つ視線の皮肉(つまり下向きのずれを想起させる視線)に、ほのかに悪意も潜伏していて、それを感じながら読み進めていくと四句目の「話す」に出会うことになる。ここできみを見る視線に、きみが話すことを聞く立場が混在して、読者は揺らぎを覚えることになる、が、それも一瞬のことで、目はすでに続く「旅だよ」と一字の空白を見ている。「旅」という言葉の飛躍によって、皮肉めいた印象が、謎めいた、あるいは滑稽味のある印象に接続される。広がりと自由な感じも「旅」と言う言葉によってもたらされる。こうして読者は一首にそう書かれている通り「悪趣味な」読むという「旅」をさせられる。視点とそれに伴って起きる気持ちをずらされながら。そして、結句の「その黄色い蛾」という言葉を読むことになる。ここまでの意識の流れを宙づりにするようなこの喩えのすばらしさをどういったらいいだろう。読者が潜ってきた複雑な層の時間が、具体的な「その」黄色い蛾にぶつかって止められる。「その」黄色い蛾が目の前に大きく広がって、その他には何もないようなこころの留まり。「旅だよ」の余韻を引いているのでこの留まりは途方もなく気楽で自由でもある。驚くのはこの短歌を何度読んでも、「その黄色い蛾」は、ずっとそのように現れること。もちろん再読する際には、初読のときの過程を知った上で読むことになるけれど、短歌そのものが「読む」ことを要請するこの短歌には、再読時にも「読む」以外のことができない構造があって、それを支える強度の言葉と卓抜な比喩がある。一首の短歌は、作者のものでも読者のものでもなくて、ましてや愛唱する人に所有されるものなんかではなくて、短歌そのもののものである、ということを一瞬だけでも信じさせてくれる、こういう短歌だけを読んでいたい書いていたいと思わせてくれた、今年一番の短歌です。

/この歌を推薦した人 池田竜男

https://x.com/tankadragonman kurokogane.bsky.social



#206

オレが見た瞬間ネギが倒れ込むネギを立て直すのはオレだよ


/ 工藤吉生 歌集『沼の夢』(左右社, 2024年2月)

https://x.com/mk7911


登場人物(?)は主体とネギという極めてシンプルなものですが、まるでコントを見ているように映像がなめらかでした。主体が見ただけでネギが倒れて「仕方ないなあ」とぼやきながらもネギを立て直す。ネギと主体の間に見えない心の交流があるようで読んだ後は自然と笑顔になれました。

/この歌を推薦した人 つきひざ

https://x.com/northmount836



#207

のたれ死にしたことがある気がしてる 照らされてオレンジの歩道橋


/ 工藤吉生 歌集『沼の夢』(左右社,2024年)

https://x.com/mk7911


歌集のP76にもう一首と並んでて、この1ページは完璧だなって思います。


ふっくらと陽のあたる街 ここに住む誰もが泣いたことのある人

/この歌を推薦した人 真野陽太朗

https://x.com/kuroinogaboku



#208

月を視て誰かを想い泣いたとき人は誰もが疑似かぐや姫


/ 空虚 シガイ 

アンソロジー『月のうた』刊行記念企画「月」にまつわる短歌募集。2024年8月29日にXにポストされた短歌。

https://x.com/36aoRu1Re4K4AbR


空虚さんの短歌では、月を「見る」のではなく「視る」と詠まれているところに、想い泣く人が月をジッと、まっすぐに見つめている様子を連想しました。かぐや姫のように、純粋に。大切な人に会いたいと願う気持ちが伝わる素敵な短歌だなと思いました。

/この歌を推薦した人 織部ゆい

https://x.com/yui_oribe



#209

人生の道はまだまだ続くからたまに息抜きたまに息抜き


/ 季川詩音(きかわことね) https://x.com/risa_takafuji/status/1858821534800113970?s=46

https://x.com/Risa_Takafuji


特に若い人に向けてそんなに走り続けなくていいんだよ、少し休もうと伝えるメッセージ性が今の世の中にぴったりだと思い、強く心が惹かれました。

/この歌を推薦した人 ウーたん

https://x.com/utanhinamatsuri



#210

そのアニメは物語に関係のない災害が来ることはなかった


/ 丸田洋渡 『文學界』2024年9月

https://x.com/qualia_of_sky


https://note.com/hiraide_hon/n/nda311b58f0b3

/この歌を推薦した人 おだやかな視点

https://x.com/Hiraide_Hon



#211

とおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおくの戦争


/ 夏風かをる 東京歌壇・東直子選 2024年11月17日特選 

https://x.com/Kaworu0K


とにかく心に残る歌。加藤治郎さんの名歌を思い出したひとも多いと思う。「お」が果てしなく続く。距離感とともに、怒りのようなものも増幅させている。「お」の文字がだんだん大きくなっていくような錯覚さえ覚える。

/この歌を推薦した人 みおうたかふみ

https://x.com/mioh01015



#212

立体を立体的にする部品があれば外してからたたむ都市


/ 碓井やすこ X 2024年12月02日 

https://x.com/taojiao_chan


自分の観測では彗星の如く現れた歌人。

元々ネタツイ等を投稿していた方らしい。

初めて作った短歌という投稿を9月21日にしていてこの時の短歌も普通に上手い。

”立体を立体的にする部品”の持つ説得力がすばらしく、その説得力が腐らないうちに駆け抜けられることが短歌の美点だと思う。

最後の”都市”に、例えば冬の都市みたいに抒情を付け足さなかったのが良かったと考える。

”折りたたみ北京”という中国短編SFを思い出した。

/この歌を推薦した人 ~1000

https://x.com/Xa3hHv6nrNjb5gV



#213

「焼酎も茶も出さんとに」つぎつぎと襲ふ台風を媼わらへり


/ 伊藤一彦 『続々伊藤一彦歌集』現代短歌文庫162 (砂子屋書房、2021年)


宮崎は、毎年呼んでもいないのに台風が訪れ、甚大な影響を与えている。だが、媼たちは慣れているのか、「焼酎も茶も出さんとに」とかろやかに笑い飛ばしている。主体はどんな気持ちで聞いていたのだろうか。続いていく日常に埋もれそうな言葉たちを丁寧に掬いあげた歌。

/この歌を推薦した人 敦田眞一

https://x.com/akazomewemon



#214

似よる人いくたりもゐるみどりごのかほ 亡き人もひつそりとをり


/ 伊藤一彦 『続々伊藤一彦歌集』現代短歌文庫162 (砂子屋書房, 2021年)


主体の家族の子供だろうか。誕生したばかりの子供の顔に、その家に生きている人々を垣間見ている。主体からみた「亡き人」は、主体がうんと若い頃に親交があったのだろう。「ひつそりと」にみどりごの顔の雰囲気やパーツに亡き人を思っているのだと読んだ。

/この歌を推薦した人 敦田眞一

https://x.com/akazomewemon



#215

バス停にスクワットしてゐる媼おそろしく長く元気に生きむ


/ 伊藤一彦 『続々伊藤一彦歌集』現代短歌文庫162 (砂子屋書房、2021年)


年配女性がバスを待っているのだと思うが、スクワットをしていたなら、驚くだろう。主体にとっても意外な出来事で、「おそろしく長く」と思ったのかもしれない。結句「生きむ」は自動詞上二段活用に推量の「む」だが、「生く」には自動詞四段活用もある(この場合、生かむとなるか)。言葉の時代で選択したか、音で選んだのかは分からないが、細部までしっかり考えられているのに、伊藤一彦氏の歌に対する真摯な姿勢が思われた。

/この歌を推薦した人 敦田眞一

https://x.com/akazomewemon



#216

ひとりでも「いただきます」と言う人の日々が誰より幸せであれ


/ まちりこ https://x.com/NZ75724/status/1751940436795834660

https://x.com/NZ75724


たとえひとりの食卓であっても「いただきます」と言えば自分以外のすべてに感謝しすべてと繋がっていて温かい気持ちになれる。

実家(ここ)ではそんな様子は見かけなかった子供達ですが、独り暮らしを始め「いただきます」と手を合わせる日々を送っている気がして、送っていてほしくて胸が熱くなります。とても素敵なお歌です。

/この歌を推薦した人 神洲橋

https://x.com/kamisubash33489



#217

空を見て俺はわらった俺はすぐしあわせになる癖があるから


/ ぷくぷく たんたか短歌第136回みんなの題詠・テーマ詠『空』



全人類にこのマインドが必要だから、紹介したいと思いまして。笹井宏之賞おめでとうございます。

/この歌を推薦した人 ケムニマキコ

https://x.com/qeiV97pW0x5342



#218

回送のバスは空白だけ乗せてなのにあんなに優しく曲がる


/ ナカムラロボ 2024年01月21日 うたの日 題「空」

https://x.com/nakamurarobot


触れられる優しさだけじゃなく、私たちの生活はちょっとした気遣いの集合によって成り立っているのではないかと思いを馳せたくなるような歌だと思いました。そしたら座面の固さ、空調の効きの悪さ、人のうるささ、途端に全部をゆるせてしまえるくらいの尺度で生きることができるかもしれないし、信号に引っかかってもいつもより穏やかな気分で待つことができるかもしれない。そうした気づきを与えてくれる光のように感じました。「回送」という言葉がとても心に沁みて、普段は誰かを運ぶためのバスだって、空白を満たして優しく曲がる瞬間が「秘すれば花なり」というのでしょうか、深夜の道路補修に徹するロードローラーみたく「人しれずがんばるのりもの」のように愛しく思えてきます。

/この歌を推薦した人 ろうと

https://x.com/ddz2p



#219

雨男であること隠しパーティーのどんじり歩く雨の北岳


/ どんぶり 朝日歌壇佐佐木幸綱選2024年10月13日

https://x.com/donburix


雨の日の登山を詠んだ歌はあまり見かけませんが、この歌は雨の日の登山を詠んだ秀歌です。

南アルプスの北岳は何度か登りましたが、よい山です。

北岳の情景と雨男であることを隠して登っている心情が浮かんできて、ユニークな視点で詠まれているところがうまいです。

/この歌を推薦した人 椿泰文

https://x.com/tsubaki4321



#220

読む人に理解を委ねなくなった注意書きまだ新しい紙


/ といじま 2024年2月24日うたの日 お題『 委 』 

https://x.com/toijima1


お店の内外や街角で、店主や住人が注意書きの紙を貼っています。

特にお店では「いつもトイレを清潔に使っていただきありがとうございます」のような文言が様式美であり、怒りは隠されていますが、それがストレートな警告文に変わったのを、日々の経過の中で気づいた歌と伝わりました。

その気づいたときの感情は一言も書かれていませんが、作中主体が紙の向こう側の人の緊張を受け取っているのが、四句からのまだ新しい紙、で滲み出ているように感じました。好きな歌です。

/この歌を推薦した人 寿司村マイク

https://x.com/xHksbNR4wv1wj8M



#221

時をかけるなら二十歳(はたち)の君を救うんだが今はうどんを奢るので精一杯だ


/ できない 歌集『おくたばり』(点滅社, 2024年)

https://x.com/d_e_k_i_n_a_i


少し物悲しさもあるけれど、果てしなくやさしく愛しい一首。

「きみ」が二十歳のときとても辛い状況にいたことを知ったのか察したのか、私は時をかけてそれを救うという。救いたい、ではなく、救うんだがという言い切りが良い。

おそらくだが、「きみ」は二十歳のときの状況によるものなのか、今でも万全な状態ではないのだと思う。「うどん」は日常的な食べ物ではあるけど、どことなく元気がない人にふるまうイメージだ。ともあれ、それがいつまで続くのか良くなるのか悪くなるのかわからないけれど、それでもきみと今同じ店でうどんを食べる。素朴な心情の吐露による"今この瞬間"の描写が、希望のように思える一首。

/この歌を推薦した人 湯島はじめ

https://x.com/hajime_yu11



#222

喚いても助からないとわかってて喚いてるのになんなんだこいつ


/ できない 歌集『おくたばり』(点滅社,2024年)

https://x.com/tenmetsusya


あまりにも”わかる”歌でした。

自分もよくSNSなどで〈喚いても助からないとわかってて喚いてる〉のですが、これって誰かに助けてほしいとか慰めてほしいとかそういうのでなく単に自分のぐにゃぐにゃとした苦しみを言語化することで少しでも落ち着きたいという気持ちの産物なので……。

〈なんなんだこいつ〉が指しているのは単にそういった喚きを馬鹿にしてくる人間だけでなく、ネガティブな言葉を使うべきでないとか弱音は無意味だとか謎の根性論をふりかざしてくる言説も含まれると勝手に解釈して勝手に共鳴し首がもげるほど頷いております。

/この歌を推薦した人 生え際

https://x.com/cu_ron



#223

片隅に春売っていて足を止めミモザ二本を買って帰りぬ


/ シキウタヨシ 歌集『親父の黒鍵』(大陽出版,2024年)

https://x.com/pnkz_utys


ご家族へも春を届けようとする優しさが感じられ、とても和みました。

/この歌を推薦した人 ぞんぴ

https://x.com/USHI_MANIA



#224

われからのミモザと聞きいし父の言う「コート片せよ」の柔らかさ


/ シキウタヨシ 歌集『親父の黒鍵』(大陽出版,2024年)

https://x.com/pnkz_utys


不器用な優しさの良さが伝わってきます。(「親父の黒鍵」を最初から通して拝読すると尚更)

/この歌を推薦した人 ぞんぴ

https://x.com/USHI_MANIA



#225

ぱらぱらと降り出した雨「さいかう(催花雨)」と呼ぶにはあまり冷たくて、はる


/ シキウタヨシ 歌集『親父の黒鍵』(大陽出版,2024年)

https://x.com/pnkz_utys


春先や花冷えの寒さを過去の情景と共に思い出し、懐かしくなりました。

/この歌を推薦した人 ぞんぴ

https://x.com/USHI_MANIA



#226

〈ザムザ氏の〉あめがザム―ザム―降る〈散歩〉泥跳ね走るアヴァンギャルドへ


/ ササキリユウイチ 2022年4月28日 「note」だまつてゐろよ 短歌30首連作

https://x.com/you_rissk


この歌は、八木一夫の代表作《ザムザ氏の散歩》が前提にあるだろう。陶芸家・八木一夫は、「清水焼」発祥の地である京都府五条坂に生まれながら、伝統的な作風から離れて「オブジェ焼き」と呼ばれる現代アート的な陶芸作品を志向した。その八木の活動拠点となったのが、前衛陶芸家集団「走泥社」である。カフカの小説に着想を得た《ザムザ氏の散歩》は、「ウンゲツィーファー」となってしまったグレゴール・ザムザの具体的な姿についてひとつの解釈を示すように、円形の足付き胴体に土管がたくさん生えたような形をした、得体の知れない「オブジェ」となっている。コンセプトを重視する現代アートの文脈で、この作品は敗戦によってまさに「変身」してしまった戦後の日本人の象徴のように解釈されてきたが、この歌に書かれた、雨の「ザムザム」という擬音の発見、「走泥社」を解体した「泥跳ね走る」という疾走感は、解釈を離れて一心不乱に手を動かして《ザムザ氏の散歩》を作る、八木一夫の創造の楽しさを取り戻すようだ。

/この歌を推薦した人 大月

https://x.com/YouOtsuki



#227

そんなにもスプラトゥーンが好きならねイカに育ててもらえばいいのよ


/ アゲとチクワ https://twitter.com/age_to_chikuwa/status/1770036994527379543

https://x.com/age_to_chikuwa


「イカに育ててもらえばいいのよ」が強烈にめちゃくちゃで、初見で爆笑しました。今でも思い出すたびに笑います。

/この歌を推薦した人 汐留ライス

https://x.com/RCodome



#228

とれたてのペットボトルに贋作の桃、ただ泡が朽ちるのをまつ


/ onwanainu 町田市民文学館 ことばらんど 「57577展2nd」 

https://x.com/ex_onwanainu


思い入れのある題詠、鈴木晴香選「泡」特選一席の作品。見た当時は全然読めなかったのが徐々に分かってきた気がします。「贋作の桃」は人工香料で誤魔化されたピーチ風味の炭酸水、「とれたて」=キャップを開けて徐々に炭酸が抜けていく様子を「ただ泡が朽ちる」と描いている。泡が抜けるのではなく「朽ちる」としているところに、張りぼての贋作があっさりと馬脚を現すような、中途半端な取り繕いなどあっさりと露呈してしまうという「真実」への切ない希求のようなものを感じました。

/この歌を推薦した人 入谷聡

https://x.com/irritantis



#229

静寂を絞り一滴志明院鴨の雫は飛び石目指し


/ kcom Xの投稿:2024年11月19日 19時44分

https://x.com/kentt_com


「静寂を絞り一滴」にやられた。静かな場所で水が滴る情景にこれ以上の言葉は中々ない気がする。そして鴨。読んだ瞬間は、鴨が飛び立つ時に水が飛び石めがけて跳ねるような、躍動感のあるシーンが浮かぶ。そして志明院は鴨川の水源を護持する寺であるから、鴨は気の利いた洒落でもある(はず)。句の上下の静動の対比と情景描写が素敵な一首。

/この歌を推薦した人 鯖虎

https://x.com/misosarasenryu



身体について ・・・ #230 - 239


#230

とつぜんにスプリンクラーはまわりだし水のつばさのひかりにふれた


/ 鈴木美紀子 歌集『金魚を逃がす』(コールサック社,2024年)

https://x.com/smiki19631


スプリンクラーの描く弧を水のつばさと呼ぶのが綺麗で、突然の出会いを受けて驚きと恍惚に見舞われる感じがすごく好きです。私はこの歌を読んだ時に、推しとの出会いを言語化してもらった気持ちになりました。

/この歌を推薦した人 おざわ

https://x.com/natsuyasumihayo



#231

飛行船ならば薄暮に降りてきて あなたの白いふくらはぎたち


/ 霧島あきら 2024年8月4日東京歌壇東直子欄特選二席

https://x.com/kirishima2325


喩の絶妙さにまず目を奪われました。二つのふくらはぎが、飛行船だなんて、思いつきますか?でも確かにそう言われたらそのように見えてしまうのです。黄昏時に白いふくらはぎがふっとそこだけ浮かんで見えて、本当は近くに見えていたものが幻想になっている。現実には近い距離なのに感覚として遠いから、降りてきてと伝えているのですよね。

h音が散りばめられているのも巧みです。歌の浮遊感を増しています。夕方とか、黄昏でもいいのに、薄暮。音からしても必然の言葉でしょうが、それだけでなく、なんとも優しい、夕方のグラデーションを連れてきます。この色味と白いふくらはぎとの取り合せの見事さ!

主体があなたに対して何を思っているのかは明瞭ではありませんが、遠く感じたあなたへ、来れそうなときでよいからわたしのところまで来て、と呼びかけているのかなと読みました。この心情の淡さ微妙さも、景の色味と併せてとても好きなところです。

夕暮れの空を見上げると、思い出す歌です。

/この歌を推薦した人 塩本抄

https://x.com/tankanosio



#232

指揮棒が上がる前、その一瞬に確かに廻る非言語のこと


/ 牧角うら 短歌連作サークル「置き場」第5号 牧角うら「Per-cuss-ion」 

https://x.com/mkdoki


オーケストラの、とくに打楽器にスポットを当てた一連の最初の一首。

指揮棒が上がる(曲が始まる)一瞬、その直前の特有の静けさを『確かに廻る非言語』とあらわした美しい歌でとても印象に残った。

この瞬間に対して着目したことがまず秀逸なのと、曲の始まるほんの一瞬の、楽団の鋭い息遣いやさまざまな思惑、緊張感、指揮棒にあつまる視線などのまさにその場に渦巻く非言語的なエネルギーが歌から伝わってくる迫力のある一首。

/この歌を推薦した人 湯島はじめ

https://x.com/hajime_yu11



#233

きみの手のサイズの指を掴まれてすこし大樹に近づく身体


/ 八幡氷雨 2024年03月03日 連作「喃語のゆりかご」

https://x.com/Yahata_Hisame


一読して、泣きそうになりました。絡みつく蔦のようにいつの間にか吾子が大きくなっている様子をこうも巧みに表現できてしまうのか、と感心すると同時に「大樹」という言葉に崩れ落ちたのを覚えています。主体を大樹とした時に「きみ」はこれから共に育っていく仲間ともとれるし、いつかはわたしの指から離れていくだろう小さな生命とも言えるでしょう。だから、わたしはきみの帰ってくる場所であり続けたいと切に願う親の気持ちに思えて、心が震えました。(また、連作の最後の一首、『まだ過去を持たないきみが回想のすべてにかかるもやを蹴飛ばす』によってこの歌は補完されているように感じて、きみが忘れるまでに費やした時間の分だけわたしたちは大人になっていく。それでも「忘れないでね」「わたしは覚えているからね」という強い気持ちが込められていて、とてもとても良かったです。)

/この歌を推薦した人 ろうと

https://x.com/ddz2p



#234

王子様だった黒髪 やわらかく変わってゆく横顔を見ていた


/ 鳥さんの瞼 https://x.com/withoutSSRI/status/1815022744167170367?t=N7mn-9GzO3JzsYMN1bSCcA&s=19

https://x.com/withoutSSRI



 #スペース短歌 のテーマ「恋の歌、または恋を思わせる歌」に投稿されたご本人のXから引きました。

同じポスト内に3首の歌が投稿されており少女同士の印象を受けました。


 ここからは歌が少女同士のものと仮定した上で私の妄想を書きます。


 王子様の輪郭はおそらくきりりとしていたのでしょう。まだ若い、いうなれば青い輪郭の鋭さがだんだんとやさしくなっていく、王子様ではなくなってゆく過程を「見ていた」とあります。その視線を恋の歌、または恋を思わせる歌、として描かれたことにまずうつくしさを感じました。


 この歌の「王子様だった」という言葉に引っ張られてしまいがちですが王子様ではなくなることへの感情に言及する言葉はここには出てこず、王子様ではなくなってしまったことがかなしみであるなどといった読みはあまりそぐわないように感じました。むしろこの「見ていた」からは平行な、王子様だった頃も、王子様ではなくなってゆく過程も、その後の姿をも等しく恋しく思うようなものなのではないか、と私は思いました。

 あくまでも歌には「見ていた」とだけあります。その淡さこそがむしろわたしや、もしかしたらあなたの想像をより喚起する効果があるのではないかとも思いました。


 誰かのの恋を根掘り葉掘りするものではありませんね。とにかく、とても好きな歌でしたので今年の短歌として是非推させていただきたく思います。

/この歌を推薦した人 吉田岬

https://x.com/nionomiyaotanka



#235

調べても調べなくても同性の裸が無料で出るね.jp


/ 鳥さんの瞼 歌集『死のやわらかい』(点滅社,2024年)

https://x.com/withoutSSRI


「.jp」は「ジェイピー」と読むと収まりがよいだろう。全く、詠まれている通りで、昨今のインターネットはアダルト広告に溢れている。一説によると男性向けのアダルト広告はクリック率が高く、収益が上がりやすい傾向があるため、広告を見ている人の性別や年齢などの属性にかかわらず、とにかくアダルト広告を表示しておくと、広告会社は成績がよいのだという。したがって作者や私のような女性のタイムラインにも同性の裸が大量に流れてくる、ということになるのだが、この点については本当になんというか(もちろん人によるとは思うが)Not for meですよ、という思いが湧きつつも、もはやよくあることであるので、『出るね』以上の感想を持つこともなく、冷静にスクロールして視界から追い出してしまう。あれだけ持て囃されていたターゲティング広告とは一体なんだったのか。テクノロジーはエロに敗北してしまったのか。本当にこれでいいのかジェイピー。社会問題の提起を、日本の国別ドメインである「.jp」を組み込むことで軽妙に処理しているインパクトも相まって、強く記憶に刻まれた歌である。

/この歌を推薦した人 水上歌眠

https://x.com/kamin_plz



#236

肩甲骨だって翼の夢をみる あなたはなにをあざけりますか


/ 虫武一俊 歌集『羽虫群』(書肆侃侃房,2016年)


空想的な一首なのだろうと読み進めると、下句で一転、居心地が悪くなります。

下句が開かれていることで、その疑問文は子どもの声音で再生され、それに伴い真顔の子どもの目が想像されます。

建前すら嘘だと断じていたかつての私の、幼いからこそ揺るぎない強い眼差しと目が合うのです。愛想笑いを浮かべてみても表情を変えることなく見据えてきます。

痛いからこそ何度も読み返したくなる短歌です。

/この歌を推薦した人 遠野鈴

https://x.com/to_no_rin



#237

からだをもっていることが特別なんじゃないかって、風と、風のなかを歩く 


/ 谷川由理子  歌集『サワーマッシュ』(左右社、2021)


不思議さと同時に説得力のある歌。風にさらされることで自分の身体の輪郭がはっきりと認識されるような、それでいて風と自分との境目が次第に曖昧になってしまうようなとりとめのない感覚を言葉で表すとこうなるのですね。

/この歌を推薦した人 岩瀬百

https://x.com/momo_iwase



#238

憎しみの翼ひろげて打ち振れば少年の雨期しずかにめぐる


/ 江田浩司 歌集『メランコリックエンブリオ 憂鬱なる胎児』(現代短歌社, 2022. 初版1996)


今年は「短歌五十音」という企画を主催し、四人(+一人)で五十音順に歌人を紹介した。

江田浩司は自分が最初に担当した記事だ。https://note.com/popcorngel/n/n74f5e107b75c

細かい分析は抜きにしよう。憎しみも、翼も、雨期も、憂鬱も、「少年」にぴったりと馴染んでいる。少年を象徴する歌として卓抜している。

/この歌を推薦した人 ぽっぷこーんじぇる

https://x.com/popcorngel



#239

ずっと邪魔だった翼を捨てた夜コンビニで立ち読みする天使


/ 宇野なずき X(旧Twitter)

https://x.com/unonazuki


コンビニで立ち読みすることすら許されなかった(元?)天使、幸せになってほしいです。

/この歌を推薦した人 あめり

https://x.com/kokounotaku



暴力について ・・・ #240 - 248 


#240

産めば歌も変わるよと言いしひとびとをわれはゆるさず陶器のごとく


/ 大森静佳 歌集『ヘクタール』 2022年 文藝春秋

https://x.com/oomrshiz


「産めば歌も変わるよ」という呪いのような言葉を作中主体に投げつけたひとびとは、歌が変わることをポジティブな意味で述べているのだろうか。歌人の作歌姿勢において、『言葉派』と『人生派』の二つのタイプが存在しており、その考え方や読みの違い、対立についてがしばしば俎上に乗るが、この歌における「ひとびと」は『人生派』に属していて、作中主体は『言葉派』に属している印象を受ける。

本当は生活なぞせずに、ずっと創作活動をしていきたいと思う時がある。しかし、仕事をしなければ日々生きることもままならないし、国民の義務である納税を行うこともできない。その上、周りの人間は、人のプライベートな事情もお構いなしに好き勝手なことを言ってくる。

それに、個人的な意見として、作歌をする上でどうしても生活の影響を受けることを避けれらないことがある。そんな時、冒頭の短歌を読むと、主体の静かな怒りと、力強さに励まされる気がするのだ。

冒頭の短歌は『夢のロープ』という連作の中の一首なのだが、連作中には『歌は歌、と晶子は言えりその意味をわたしや風がずたずたにする』という一首も置かれている。与謝野晶子の「歌は歌」の後には、「歌よみならひ候からには、私どうぞ後の人に笑はれぬ、まことの心を歌ひおきたく候。まことの心うたはぬ歌に、何のねうちか候べき。まことの歌や文や作らぬ人に、何の見どころか候べき。」※1という文が続く。歌詠みならば、作者自身の本心を詠えという意味なのだろうが、それを『わたしや風がずたずたにする』という。そこに主体の、人生から解き放たれて、より広い場所へと至ろうとする意志が込められている気がする。

余談だが、今年の塔短歌会の全国大会での現代短歌シンポジウムにおいて、ピーター・マクミラン氏と吉川宏志氏の対談内でこの短歌が取り上げられた。マクミラン氏はこの歌の中の「陶器」は「磁器」の方がイメージに近いのではないと述べており、実際に短歌を英訳する上で「porcelain(磁器)」の単語を当てていた。その場に作者の大森さんがいたために、マクミラン氏がどちらのイメージだったかと訊ねていて、大森さんも「作った時は磁器のイメージだったかも」と確か回答していたが、ここではどちらのイメージが歌に合っているかという話はしない(そんなことは誰もするべきではない)。ただ、その対談を聞いて以来、陶器のような怒りについてずっと考えている。


※1 与謝野晶子(1904)『ひらきぶみ 』青空文庫,https://www.aozora.gr.jp/cards/000885/files/3629_48834.html

/この歌を推薦した人 ニコ

https://x.com/watch_niconico



#241

この家に赤紙が来た じいちゃんのうしろの壁や柱や窓に


/ 水沢穂波 2024年3月14日 うたの日 題「来」

https://x.com/3hohenheim


一般に召集令状を表すことの多い赤紙は、それだけでインパクトのある言葉だと思いますが、この歌では(それ自体では何気ない)下の句が合わさって強烈な印象を残すところが特徴だと思います。

読み方は限定する必要はないと思いますが、戦後長い時間を経たあとで、作中主体には見えていない赤紙が、主体の「じいちゃん」には見えている、という景を個人的には想像しました。郵便物などが来るにしては、「じいちゃんのうしろの壁や柱や窓に」は妙だからです。

「じいちゃん」にとって戦後の時間は、文字通り戦争の記憶に規定されてきたのではないでしょうか。赤紙は実際には今「この家に」は来ていない、という認識は実は自明ではなく、「じいちゃん」に見えている世界はまったく異なるのではないか、と想像します。

終始淡々とした口調で、それだけに「この家」という指示語に主体の心情が乗っているようにも感じられます。この内容はこの文体でしか表現できないと思わせるようなところのある、素晴らしい歌だと思います。

/この歌を推薦した人 黒川かおる

https://x.com/oishiihojicha



#242

わかるなよ あなたにわかるかなしみはあなたのものでぼくのではない


/ 仁尾智 『また猫と 猫の挽歌集』(雷鳥社,2024年)

https://x.com/s_nio


『また猫と 猫の挽歌集』の一首目。初手から顔を引っ叩かれたような気持がしたけれどこの一首が詠み人の数だけ短歌が生まれる理由だと思います。

/この歌を推薦した人 真野陽太朗

https://x.com/kuroinogaboku



#243

しろたえのあぶくは鍋に煮え立ちてそれは笑いに見えなくもなく


/ 今哀子 作者Twitter(2024年5月14日) 

https://x.com/3156AIKO


何も起こってないのに怖いぞ。初読の印象はこれでした。まだ何も起きていないのに、起こりそうな……そんな予感がして歌の中で立ち止まってしまうような引力を感じた歌です。

まず「しろたえのあぶく」。真っ白な泡……?といきなり少し面食らう。泡、じゃなくて「あぶく」。じゃあ、石鹸とかではなさそう。泡というよりもなんとなく壊れやすそうで、有機的な感じ。「ぶ」って濁音が入ってるのもなんだか意味ありげ。

そしてしろたえ、という枕詞の古い感じからも、何が始まったんだ……?と思ってしまう。全部ひらがなというスローペースさにも妙な緊張感がはしる。

そして「鍋に煮え立ちて」。ああ鍋だったのか、……いやあぶく、とか言うか?粘性がある感じはするけど、やっぱり変な感じ。煮え立ちて、のお上品な雰囲気、そしてここでいきなり漢字になってするする進行するのも気になる。

で、来る「それは笑いに見えなくもなく」。え、なにその「それは」!?あぶく、って言ってたのに、ここでわざわざ「それは」とか言うのでめっちゃ異形のモノ感。怖い間がここにできてる。講談師の一呼吸みたいな。しかも、「笑い」。顔とかじゃなくて、そういう次元じゃなくて笑い。笑顔じゃない、笑い。怒ってはないけど、この「笑い」は得体が知れなくて怖い。誰なんだ。

でもこれは「見えなくもなく」。断定じゃない。主体はただ見ているだけ。でもこの断定しなさが不安で、何か始まってしまうようですごく怖い。「なくもなく」というちょっと回りくどい繰り返しの音が、「あぶく」の発生してゆく音のようでもあり、ずっと続いていくような空気感を持っている。

この、まだ不安な感じ、何か起こりそうな感じ、のなかに思わずずっと居続けてしまいそうになる。言葉の一つ一つは大人しいのに気がつけば絡め取られている……そんな魔力をもったすごい歌だと思いました。大好きです。

/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼

https://x.com/withoutSSRI



#244

北前船がはぐくみし能登のゆたけきを陸路とぼしと侮る声の


/ 黒瀬珂瀾 

『短歌研究』2024年3月号 三十首連作「令和六年一月一日、およびそののち」(2024年12月号に再掲)

https://x.com/karan_mirai


連作のタイトルどおり、石川・富山の震災を詠んだ連作の一首です。この連作の迫力と胸を打つ真摯さ、冷静な観察と社会批評に、何度読み返しても新鮮に感じ入ってしまいます。

そのうちのこの一首の、能登の人間になんと寄り添った歌であることか!能登半島はその土地柄、充実した道路はあまりつくれず、震災前から酷道としか言いようのない道も普通にありました。それが震災を受けて、いっときボランティアさえ入らせない状況をつくってしまった。下句の声は、能登など人の住むところではないと言わんばかりの声でしょう。このような声はほんとうにたくさん聞きました。確かに人命がかかっていれば、そう思うのは無理もないことです。ですが、能登にゆかりのある人間が、どんな思いでそれを聞いていたことか…。

一方で、能登のゆたけきについて。能登は北前船によってさまざまな物資、そして文化が運び込まれる豊かな港でした。能登出身の義母は、ときどき子ども時代の七尾港の話をしてくれます。舶来品、船で来る外国の人々、青柏祭のでか山、釣りとも思わず採った名もなき魚たち。海なし県生まれのわたしには、どれも魅力的な話ばかりです。震災前の輪島朝市の活気も本当に素晴らしかった。

この歌は、能登の人々の歴史をわたしたちに差し出しながら、もういちど考えてみてほしい、と訴えているように思うのです。

/この歌を推薦した人 塩本抄

https://x.com/tankanosio



#245

インスタと略したときに残されたグラムを燃やす(グラムは燃える)


/ 京野正午 2024年12月13日 うたの日 題「残」


インスタのグラムを燃やすという発想がいいなと思いました。

/この歌を推薦した人 kuu

https://x.com/TwiKUU



#246

仏性や笑わせんなよ母さんをいつも殴っていた喉仏


/ 吉田岬 作者Twitter(2024年5月5日) 

https://x.com/Nionomiyaotanka


剥き出しの感情が生々しくも鮮やかで、その鮮やかさを美しく感じてしまう。美しく感じてしまうことをすこし後ろめたく感じながらも歌から目が離せない、そんな魅力のある歌だと思いました。

「仏性や」の初句のスタートで硬い印象の歌なのかと思いきやいきなり「笑わせんなよ」が炸裂する滑り出し。そして「喉仏」の体言止めでぐっと止まるダイナミクスがかもしだす緊張感。

主体は「母さん」の子供で、「殴っていた喉仏」の持ち主は父親でしょうか。「父親」とは決して言わない、というか人とも言わない部分に、主体の屈折した気持ちと視点が出ているように感じます。書いていないのに濃く匂い立つ存在。

「喉仏」というのは顔まではきっと辛くて見上げることができず、かといって目を逸らすこともできずに見ていた(見るしかなかった)位置なのかもしれません。母さんとは違う尖り方をした部位さえも攻撃的なシンボルに見えたのかも、とも思います。声に関する場所でもあるので、きっと怒号をあげながら殴っていたのだろう……という連想も連れてきます。

(また、読みすぎかもしれませんが、「笑わせんなよ」の主体が笑った時に震える喉にも、喉仏はあったりするのかな……なんて考えてしまいます)

そして「仏性」。「喉仏」と遂になっています。こうして見るとこの歌は「仏」から「仏」に終わる、つまり「仏」の中に閉じられた歌で、でもこの歌の仏は助けてくれるどころか母さんを殴ってくる(主体のことも殴っていたかも)。閉塞感、助からなさをこの構造にも感じました。

「仏性」の読み方は「ぶっしょう」ですが一度読んでから戻ってみると、濁音+促音の組み合わせに「殴って」にほのかにオーバーラップするようにも思えました。またこれも読み過ぎかもしれませんが「仏」は「ふ」と読むこともできるので、ふせい、父性ともどこか遠いところで重なってくるのかもしれない……と思いました。

閉じられている中で痛々しい記憶を歌った歌で、きっと過去なのだろうけれど、今まさに起こっているような、血がまだ流れているような新鮮さがあります。構造の端正さと感情の力が合わさって、苦しいながらも美しい歌だと思います。大好きです。

/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼

https://x.com/withoutSSRI



#247

怖かったですか心に名を付けて呼ぶために鳴き声を捨てた日は


/ えふぇ Xへのポスト 2024年10月7日 

https://x.com/sonohi_1nichi


えふぇさんの短歌にはいつも心動かされてしまうのですが、これは特に印象に残りました。読んだ時のドキッとした感覚をよく覚えています。

人類が進化の過程で動物的な「鳴き声」を整理し「言語」を獲得する──そんな不可逆性を帯びた変容に着目した歌、冒頭に置いた「怖かったですか」の問いかけでその後戻りのできなさに読者は気が付きます。

この歌を通して言語として洗練される前の牧歌的な時代、鳴き声を発するだけの動物でいられた頃を思うとき、同時に、無邪気でいられた子供時代のことを重ね合わせて想起してしまいます。あの頃を憧憬をもって振り返りながらも、言葉つまり思考や知恵を得て大人になった今を冷静にとらえ、日々を生きることへの覚悟を新たにするのです。

/この歌を推薦した人 水沢穂波

https://x.com/3hohenheim



#248

オリエンタリズム〈Orientalism〉美しいって雪原をほめつつ車で乗り入れること。


/ 佐々木遥 『早稲田短歌47号』(2018年)

https://x.com/kidouraku_mnri


オリエンタリズムとは、ごく簡潔にいうと異国趣味のこと。西洋の人々が東洋の人々を偏ったまなざしで捉えることは多くの問題をはらんでいる。「雪原をほめつつ車で乗り入れる」さまは、オリエンタリズムの具体例として機能する。しかし、批判的で気の利いた用例による言い換えにとどまらない力を持つ歌だ。なにかを奪うさまを想像するとき、もぎとるような動作が脳裏によぎる。この歌はけれど、もぎとるのではなく乗り入れる。つまり相手のフィールドに侵略する。美しさを台無しにする。オリエンタリズムという言葉を名づけなおす辞書であり、同時に一方的な美へと名づけなおされる恐怖をも伝えている歌だ。言葉への、そして世界への誠実さに感嘆した。

/この歌を推薦した人 ツマモヨコ

https://x.com/moyoko_bungaku

今回コメントをいただいた皆様と番号#の一覧

吉村のぞみ様 ・・・#1, #86, #121

野村直輝様 ・・・#2

畳川鷺々様 ・・・#3, #105, #175

アカマツヒトコト様 ・・・#4, #111, #203

梅鶏様 ・・・#5, #22, #58

岩田茶閑子様 ・・・#6

ナカムラロボ様 ・・・#7

若枝あらう様 ・・・#8, #41, #194

大月様 ・・・#9, #138, #226

真野陽太朗様 ・・・#10, #207, #242

中白春海様 ・・・#11, #112, #115

中森温泉様 ・・・#12, #168, #198

蒼音様 ・・・#13, #46, #97

豊冨瑞歩様 ・・・#14, #23, #162

ニコ様 ・・・#15, #174, #240

小野小乃々様 ・・・#16, #172

北谷雪様 ・・・#17, #26, #68

西鎮様 ・・・#18, #108, #178

海沢ひかり様 ・・・#19, #21, #57

藍元様 ・・・#20, #45, #47

ぽっぷこーんじぇる様 ・・・#24, #170, #238

早月くら様 ・・・#25, #131

寿司村マイク様 ・・・#27, #101, #220

おだやかな視点様 ・・・#28, #117, #210

燃ゆ様 ・・・#29, #37, #62

短(やまめ)様 ・・・#30, #193

全美様 ・・・#31, #149, #202

石村まい様 ・・・#32, #156, #157

夜鷹様 ・・・#33, #55, #72

深川泳様 ・・・#34

海様 ・・・#35, #40, #104

Rhythm様 ・・・#36

藤瀬こうたろー様 ・・・#38, #63, #119

小金森まき様 ・・・#39, #78, #96

綿鍋和智子様 ・・・#42, #60

終わりたい様 ・・・#43

おざわ様 ・・・#44, #230

ナカノソト様 ・・・#48, #161

ふく様 ・・・#49, #81, #144

あめり様 ・・・#50, #136, #239

小藤舟様 ・・・#51

ツマモヨコ様 ・・・#52, #248

須藤純貴様 ・・・#53, #93

階田発春様 ・・・#54, #56, #95

湯島はじめ様 ・・・#59, #221, #232

水の眠り様 ・・・#61, #125, #140

ばつにくろまる様 ・・・#64, #67, #185

入谷聡様 ・・・#65, #79, #228

かもの様 ・・・#66

銀浪様 ・・・#69, #70, #71

山際潜様 ・・・#73, #80, #184

ふにふにヤンマー様 ・・・#74, #90, #163

青野 朔様 ・・・#75, #92, #183

芽吹様 ・・・#76, #77, #118

鈴木精良様 ・・・#82, #107, #114

土屋ひろ菜様 ・・・#83, #84, #85

反逆あひる様 ・・・#87, #106

岩瀬百様 ・・・#88, #187, #237

岩倉曰様 ・・・#89, #145, #204

月出里ひな様 ・・・#91

奥村真帆様 ・・・#94, #122, #151

塩本抄様 ・・・#98, #231, #244

六浦筆の助様 ・・・#99, #189

黒川かおる様 ・・・#100, #241

よだか様 ・・・#102, #127, #158

飛和様 ・・・#103, #126, #160

姿煮様 ・・・#109, #139, #147

生え際様 ・・・#110, #222

椿泰文様 ・・・#113, #197, #219

CHONO様 ・・・#116, #133, #146

織部ゆい様 ・・・#120, #208

毛糸様 ・・・#123, #200

Nitro's sister様 ・・・#124, #169, #201

雨様 ・・・#128, #129, #130

つきひざ様 ・・・#132, #188, #206

シキウタヨシ様 ・・・#134

鷹緒様 ・・・#135

源一様 ・・・#137

六角様 ・・・#141, #142, #143

さいとうきいろ様 ・・・#147

ろうと様 ・・・#150, #218, #233

水上歌眠様 ・・・#152, #165, #235

吉田岬様 ・・・#153, #155, #234

菜々瀬ふく様 ・・・#154

袴田朱夏様 ・・・#159, #190

ケムニマキコ様 ・・・#164, #173, #217

藤原ほとり様 ・・・#166

えふぇ様 ・・・#167, #192

高田月光様 ・・・#171

といじま様 ・・・#176

~1000様 ・・・#177, #195, #212

てぃも様 ・・・#179

汐留ライス様 ・・・#180, #191, #227

小仲翠太様 ・・・#181

鳥さんの瞼様 ・・・#182, #243, #246

鯖虎様 ・・・#186, #199, #229

みおうたかふみ様 ・・・#196, #211

池田竜男様 ・・・#205

ウーたん様 ・・・#209

敦田眞一様 ・・・#213, #214, #215

神洲橋様 ・・・#216

ぞんぴ様 ・・・#223, #224, #225

遠野鈴様 ・・・#236

kuu様 ・・・#245

水沢穂波様 ・・・#247

最後までお読みくださりありがとうございます🙇‍♀️  来年もみなさまにとって良い歌との出会いのある年になりますようにまた次回の参加をお待ちしております。

トップ画像: UnsplashKieran Whiteが撮影した写真