今年の短歌

2023半期

#1 - #122


#1

くらげ また光らされてる くらげ 心臓はどこなの 恋はしてるの


/ 水野ヒナ 短歌の日ネプリ #短歌の時 2023年 

https://twitter.com/mizuiro_cake


水族館のくらげでしょうか。ライトアップされたくらげは幻想的で美しいけれど、よく考えてみたら人間の都合で水槽に閉じ込められ、光らされているんですよね。それを見つめる主体もまた閉塞感を感じているのかも。ゆらめくくらげと同化していくような句跨りも印象的でした。

/この歌を推薦した人 如月十

https://twitter.com/toh_kisaragi



#2

心とは遥けき湊 言葉 船 ユリカモメ 僕はたどり着けない


/ 廣野翔一 歌集『weathercocks』短歌研究社,2023年

https://twitter.com/spiralroom


叙情的で儚い

/この歌を推薦した人 たかやん

https://twitter.com/taaaakk4444



#3

死をねがわないきみはやさしい 永遠に立入禁止の埠頭のように


/ 永汐れい 本人Twitter

https://twitter.com/rei_nagashio


「立ち入り禁止の埠頭のように」という表現がとても大好きです。死は誰にも止められないものだけれど、やさしい「きみ」のように、詠み手の永汐さんもまた、やさしい気持ちで世界を見守っている方なのだろうと思います。

/この歌を推薦した人 横井マリノ

https://twitter.com/451_lll



#4

輪郭をぼやかして描くそうしろと習ったからでなくこころから


/ 安田茜 歌集『結晶質』 2023年 書肆侃侃房

https://twitter.com/ys_d_a


主体が世界に対してどう向き合っているのか、がすっと刺さってくる一首だと思います。誰かの言葉ではなく、自分自身の感覚をもって受け取り再構築するという描写は、絵を描く行為に留まらず生き方そのものを表しているようにも感じられました。とても好きな歌です。

/この歌を推薦した人 早月くら

https://twitter.com/k_hayatsuki



#5

戴冠の日も風の日もおもうのは遠くのことや白さについて


/ 安田茜 歌集『結晶質』2023年 書肆侃侃房

https://twitter.com/ys_d_a


気づけばお守りのように、朝の通勤途中にこちらのお歌を暗唱する日々を送っていました。戴冠や風を自分が受けるものとしてこの歌を読んだ時、華々しい場にあっても、ままならない状況にあっても、私たちは今いる場所とは違う、遥か遠くのことに心を寄せることができるのだと、風に心を洗われるように思いました。それは個人にとっての一時の救いになりえるだけでなく、常に世界に目を開いておくという決意にも繋がるのではないでしょうか。自分の日常の苦しさから心を解き放つとき、やさしさを世界に向けられるようになりたいと思わせられる歌でした。

/この歌を推薦した人 飛和

https://twitter.com/hiwa_towa



#6

影のみがここに踊っているような廊下であえて影の手をとる


/ 安田茜 歌集『結晶質』2023年 書肆侃侃房

https://twitter.com/ys_d_a


音が鳴っていると思いました。実際の音というよりは、演出のために効果として挿入される音。この場面の前と後では物語の意味が決定的に違うことを示すための音。この廊下はどこの廊下なんでしょうか、あるいは、どこへと続く廊下なんでしょうか。町田洋の漫画『惑星9の休日』(祥伝社、2013年)の中に「この瞬間は永遠なんだ、と思った」という吹き出しが印象的なシーンがありますが、ここにはそれに似た永遠があるように思います。二者は踊りつづけるのか、廊下の果てへ進むのか、扉を開けて部屋に入るのか、窓から脱出するのか、いずれにしても、手をとったこの一瞬が、言葉によって結晶化された中に何度でも繰り返され像を結びつづけるのが、私にはとても嬉しく感じられました。

/この歌を推薦した人 アナコンダにひき

https://twitter.com/two_anacondas



#7

おままごとしましょう僕が月として君は花です。こんばんは、はな


/ 塩本抄 恋愛短歌同好会会報 ショートケーキソング第47号

https://twitter.com/tankanosio


一読して、あたたかいタッチで描かれた絵本の表紙が目に浮かんだ。藍色に覆われた世界で、月と花だけが明るく彩られているような。表紙をめくればどんな物語が始まるのだろうと胸の高まる。

おとぎ話のような景だが、結句の優しい呼びかけは、恋の始まりも思わせる。呼びかけられるのが「花」ではなく「はな」であることも、現実の花というより人の名前であることを示唆するようだ。

しかし、月に花はなく、花がある地球と月との距離は約38万㎞。花と月は、現実には触れ合うことができない。だから「おままごと」なのだろうか。月の花への呼びかけは、決して叶うことのない永遠のあこがれに満ちているようにも思える。

この歌から始まる絵本があるとすれば、それはどこまでも美しく、しかしどこか寂しさを帯びた、そんな物語であるに違いない。

/この歌を推薦した人 てぃも

https://twitter.com/timo_0912


一読して強烈な印象を受けてじわっときて、そして忘れられないお歌になりました。

以下「恋愛短歌同好会 会報 ショートケーキソング」より

ほのぼのとした景の筈なのに何故か淋しい。

おままごとにはありがちなお父さん、お母さん、子供等の肩書きから解き放たれて月と花という配役。花とは愛を一身に受ける存在です。二人は愛だけで繋がっているのです。

主体は亡くなっているのかもしれません、だからこその月なのです。見守ることしか出来ないけれど、いつでも見守っていられる。昼も新月の夜も月は空にあるのです。結句の仮名に開かれた「はな」はきっとこの世に咲く全ての花です。普遍的で素敵な愛のお歌だと思いました。

/この歌を推薦した人 小野小乃々

https://twitter.com/aurora_konono



#9

愛はとても速く誰も見たことがないというそれをいまからあなたに見せる


/ 野村日魚子 歌集『百年後 嵐のように恋がしたいとあなたは言い 実際嵐になった すべてがこわれわたしたちはそれを見た』ナナロク社,2022年

https://twitter.com/GcXgtk


愛を語るときは、無敵であればあるほどそれが愛であるような気がします。

/この歌を推薦した人 ほのふわり

https://twitter.com/Honofuwari



#10

薪をくべなければ消えてゆく火だと私のこころの火にも思った


/ 川上まなみ 歌集『日々に木々ときどき風が吹いてきて』現代短歌社,2023年


薪をくべなければ、火は消えてしまう。人のこころも同じとうたわれている。生きているということは、誰もが薪をくべて火を絶やさないようにしなければならないと、教えられる歌だと思いました。

/この歌を推薦した人 さゆりん

https://twitter.com/0uO8MsYSJrRagqS



#11

思い出が多すぎるから置いていく誰か使ってくれればいい傘


/ 尾崎飛鳥 歌集『こい、きおく。』(私家版,2021年)

https://twitter.com/a__suuu


雨が降ると思い出す素敵な短歌です。

/この歌を推薦した人 豊冨瑞歩

https://twitter.com/miohuz



#12

「別れても君なら一人で平気」って比べる誰かみたいに泣きたい


/ gonta 2023年3月13日 うたの日 題「なら」

https://twitter.com/gonta_gonta1211


何度読んでも苦しくなります。そして何度も思い出すほど好きです。心を許して泣ける人がいてほしいなと思います。

/この歌を推薦した人 さんと

https://twitter.com/knm_mgmg



#13

灯ったり消えたりしてる宵の窓 瀕死のティンカー・ベルならおいで


/ 土居 文恵 2023年3月12日 東京歌壇 東直子選 特選一席

https://twitter.com/DoiFumie


こちらの歌は初見からずっと好きなのですが、正直に言うと、私は「ピーター・パン」の物語をほとんど覚えていません。ただ、あえて検索はしないで記憶を頼りに言えば、私が見たアニメには、ピーター・パンの呼びかけでティンカー・ベルをみんなで救おうとするシーンがあり、その時の妖精を信じる気持ちの大切さだけが鮮明に焼きついています。私がこちらの歌に惹かれるのは、「ピーター・パン」の物語をほとんど忘れて大人になってしまったそんな私にも届く、メルヘンとリアリティーが組み合わさった強い包容力を感じたためです。大人としての鎧を脱いで、作中主体のところに飛んで行けたらどれだけ素敵だろうと思います。

/この歌を推薦した人 飛和

https://twitter.com/hiwa_towa



#14

編集は神様のまね 切り分けた光景にまた光をのせる


/ 志賀玲太 短歌同人誌「ジングル」2023年

https://twitter.com/Petzvaled


編集というものは既にあるものを切り取って再構成する作業であり、作品の世界を作り替えるという点で神の真似をしていることになるのでしょう。それでも、その世界に感情を込めるのは人間だからこそできるのだと思います。「光をのせる」という言葉のチョイスが私は好きです。

/この歌を推薦した人 翠晴

https://twitter.com/aaaaaa_subaru



#15

消毒のつづく世界に生き延びてコロナビールへライムを落とす


/ toron* 2023年6月7日うたの日 題 「ライム」

https://twitter.com/toron0503


withコロナとコロナビール。短歌的には「つき過ぎている」とも言えるが、そこに消毒液という緩衝材を挟むことで、活きてくる素敵な一首と思いました。

コロナでの消毒液を手に落とす行為と、ビールにライムを搾り落とし込む所作をメタファーとして活用。

コロナを生き抜いて来た作中主体と、つぶれることのなかったコロナビール。

一首の中で幾重にも修辞が用いられた技巧も兼ね備えたお歌に惚れました。

/この歌を推薦した人 有利

https://twitter.com/ashimotowomiru



#16

三面鏡じっと見つめてそのなかでいちばん強いわたしを選ぶ


/ toron* 歌集『イマジナシオン』(書肆侃侃房,2022年)

https://twitter.com/toron0503


女性が強くなる、と言うと「化粧やメイクで変身」というイメージが先行しがちですが、この短歌では「いくつもの自分」の中の自分を選んでいます。そこに惹かれました。

強い自分、弱い自分、様々なわたし、全てに向き合ってなお、「強さはもともと自分の中にあった」ことを肯定し、静かに引き出す主体に、自分もまた勇気づけられました。

/この歌を推薦した人 やわらかおばけ

https://twitter.com/orange_adabana_



#17

茶器のなか手放すようにひらきたる茉莉花こんな晩年がいい


/ toron* 2023年04月22日 うたの日 題「中華料理」

https://twitter.com/toron0503


一読して小さな白い花のイメージと、茉莉花茶(ジャスミンティー)の香りが漂ってきて五感を刺激される一首でした。

「手放す」と「ひらきたる」という動詞がイメージの広がりをより後押ししているように思います。「茉莉花/こんな晩年がいい」のリズムもとても心地良いです。

乾燥された茉莉花のように、主体は今の生活に抑圧されたものを感じているのかもしれません。けれどそれを晩年まで手放すことはないという意志、もしくは諦念のようなものも感じました。

言葉もイメージも韻律も美しくて、はじめて読んだときから大好きな歌です。

/この歌を推薦した人 小金森まき

https://twitter.com/koganemorimaki



#18

したたかに生きてゆかねば蟷螂の母はいずれも寡婦なのだから


/ toron* 2023年6月9日うたの日題「未亡人」

https://twitter.com/toron0503


蟷螂が寡婦となる過程(交尾後の雄捕食)のイメージが静かに立ち上り、主体の「したたか」に生きる意志を導いてくるすさまじい歌です。この題でありながら、あくまで配偶者ありきではなく自分主体で生きていくのだ、底を這い上がるのだと宣言する強さが美しく、惹かれました。kの音の多用も意志の強さを感じます。その上でするすると読める歌の組み立て方にも脱帽です。

/この歌を推薦した人 塩本抄

https://twitter.com/tankanosio



#19

また雨だ、降り始めから知つてゐる雨はどれだけあつただろうか


/ 澄田広枝 歌集『ゆふさり』青磁社,2023年


見慣れている雨であっても、その始まりは知らない事が多い。たとえば、一緒にいるのが当たり前となっている母にも、少女の頃があったのだ。当たり前のこと、に目を向けると、当たり前ではなくなる。そんな感性を持てたらいいなと思う歌だと思いました。

/この歌を推薦した人 さゆりん

https://twitter.com/0uO8MsYSJrRagqS



#20

大阪のたこ焼きの出汁が東京と違うと言い張る私がうれしい


/ カン・ハンナ 歌集『まだまだです』KADOKAWA,2019年

https://twitter.com/kang_hannah


出典の『まだまだです』は、日本での生活を中心に日々の感覚を丁寧に詠まれている歌集です。海外や学業での困難なども垣間見える中、差し込まれる明るさに生きる喜びが感じられます。この歌もその一つで、些細なことのようですが、異国の感覚がいつのまにか染みついていることに気が付いた高揚がとても印象に残りました。

/この歌を推薦した人 空飛ぶワッフル

https://twitter.com/flyingwaffling



#21

ひと匙の愛を加えた candied candid candy きれいな凶器


/ ミウラユウガ きりさめ句会 

https://twitter.com/yuuuuuuuu_25


まずは短歌にこんなにもアルファベットが入っているという斬新さ。それからcandyの甘さに対して最後にくる凶器のワードの鋭さ。

全体として童話のようなオシャレな雰囲気がありますが、なんとも言えない微睡んだ痛い雰囲気を持ち合わせてる、作品として超絶すきな一首です。これがきっかけでミウラさんの作品を追うようになりました!

/この歌を推薦した人 夏西マグマ

https://twitter.com/magu_maaaa8889



#22

鉢巻の左右に蝋燭捩じ込んで白装束で配る新聞


/ ふにふにヤンマー 2023/1/28放送NHK文芸選評テーマ「午前四時」

https://twitter.com/funifuniya


どうしたらこんな行動に走るのか不明なのがとても面白いです。明らかに怨念がありそうなのに、律儀に早朝から新聞を配っている。こんな矛盾した説明困難な存在こそ、人間なのではないかと思ってしまいます。

/この歌を推薦した人 深海泰史

https://twitter.com/Shinkai_Taishi



#23

「き、吃音、なななんです」と言わないと信じてもらえない吃音は


/ アライアヤ 本人Twitter

https://twitter.com/araiaya31


吃音を扱った連作の1首目。

この主体は、自分の吃音を明かした時に「え?吃音?全然わかんない!平気だよ!」みたいなことを言われたことがあるのだろうと思う。

その人の病気や症状、悩みに寄り添おう、理解しようとする心はきっと誰にでもあると思う。しかしそれは容易なことでは無い。

自分は他人に病気を明かすときに結構な覚悟で話すが、全然そう見えないですと言われるとまあまあ辛い。そう見えないからなんだというのか。が、そういう経験をしつつも、同じ場面で「本当に吃音?全然大丈夫だよ」と言わない自信がない。多分、咄嗟に出てくるその場凌ぎの慰めで、こう励ませば少なくとも失礼にはならないだろうという、要は本心からの言葉ではないのだ。

ではどういう答えがいいのか、わからないひとは他人に寄り添えないのだろうか。そんなことはないと信じつつ、また別の答えを探している。

/この歌を推薦した人 深山睦美

https://twitter.com/57577_77575



#24

でも凪はかぜかんむりを捨てきれず離婚できないわけじゃなかった


/ ツマモヨコ 本人twitter

https://twitter.com/moyoko_bungaku


なぜこの作者の中でこれを選んだのかというと、「でも」からはじまるこの短歌が、一番情景や物語をあえて語らず、見るものの別れや苦悩、その過程にうまれたこころのかさぶたを、水面の鏡のように、または懐かしい風が吹いたあとの凪のように、毎回異なった景色をゆらりと思いださせるような、そんな刺さり方をしたからです。

/この歌を推薦した人 キニー・コーヴェル

https://twitter.com/kinee_tapioka



#25

カージャック やったぜ二週間後には闇夜を照らす事件になるぜ


/ できない うたの日2023年1月23日 題『照』

https://twitter.com/d_e_k_i_n_a_i


短歌は色々なものに似ていて、その変形のしやすさはよく希望に重なって見える気がする。この短歌も可変性の高い歌で、私は「何故かよく思い出す映画のカット」みたいだなあと思う。行ったことのない国が舞台でも、別にその映画丸ごと好きじゃなくても、つまり自分から遠くても妙に印象が残ってしまう場面……みたいな。

まず「カージャック」のこの突拍子も無さ。でも、何故か納得してしまうような馴染み方と力強さがある。「やったぜ」の二句目から、こちらを信じてくれるような、あるいは信じさせてきてしまう「思いの煌めき」があるように思う。「カージャック」は「事件」で犯罪だけれど、主体が何者かよくわからないけれど、「闇夜を照らす」のを望む、喜ぶ優しさだけは明確にわかる。主体は多分すごく弱いんだけれど、あまり社会で上手くいっていなさそうなんだけれど、光を求めて「やったぜ」っていう。

「二週間」という期間も絶妙で、生き延びるのにも死ぬのにも中途半端で、でも劇的じゃ無さが、ちょっとした現実への脱力感と「照らす」を高めている気がする。

この歌は、なんていうか絶対にすべて自分の脳からは出なさそうな言葉たちなのに、何故かすごく近い気がする、そんな印象深さがある。そして親しい気持ちで思い出してしまう。それは現実世界の自分にも溶けて行って、すこし希望の輪郭を強めてくれる気がする。大好きです。

/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼

https://twitter.com/withoutSSRI



#26

真面目さが取り柄と言われシンプルな醤油ラーメンみたいな僕だ


/ ナカムラロボ NHK短歌 2023.2.12 笹公人選 題『ラーメン』

https://twitter.com/nakamurarobot


シンプルな醤油ラーメンと真面目さは等しく哀しき王道である。あたかもそれが標準装備だと思われがちであまり真っ当に評価されることはない。そしてこの主体も自意識の中で、自分の取り柄が真面目さであるということの無個性さに苦しんでいる。

しかし、その苦しむ自意識こそが、彼の真面目さであり、愛すべき純粋な心なのである。

/この歌を推薦した人 ~1000

https://twitter.com/Xa3hHv6nrNjb5gV



#27

馬の目は湖だからそこに吹く風と思って仲間を見てる


/ ナカムラロボ 2023年5月17日 うたの日 お題「目」

https://twitter.com/nakamurarobot


馬、湖、仲間の取り合わせが美しい。にもかかわらず、何処か、死をはらんだ歌である。

/この歌を推薦した人 西鎮

https://twitter.com/xI_zhen_ivUT



#28

いま胸を痛めてますかどれが茹で卵かどうかわかってますか


/ ニャハハ猫 2023年04月02日 うたの日 題 「ます」


茹で卵か生卵か回転させて見分けるというのを、一度はやったことがあるような。「いま胸を痛めて」いるか聞いたところでのどうにもならなさを補完するように続く質問。メンタルヘルスチェックの設問として提示されるような雰囲気に、「茹で卵」が不思議と馴染んでいて、何度も読み返したくなります。ちょっとズレているけれど、信頼できるカウンセラーのように。

/この歌を推薦した人 鳥原さみ

https://twitter.com/



#29

さくら舞い終えてきれいな花筏 あなたの死にも名前がほしい


/ はとサブレ 2023年3月9日うたの日 題「桜」


花筏は死んださくらたち。でも死んでもなお「花筏」と名付けてもらえる。「あなたの死」にも名前をつけることが出来たら意味付けできたら、でも名前はついていない。そんな切実さと悲しさを感じて一目惚れでした。

/この歌を推薦した人 美好ゆか

https://twitter.com/yuka_tanka



#30

少年は壁にボールを当てている壁の向こうに母がいるのだ


/ ハリお うたの日 2023年03月14日 『 ボール 』

https://twitter.com/ZtsU3o


非常に印象的な短歌だったのですが、どう読み解くべきか難しいとも思っています。母の現状とか、ボールの勢いとか、何もわからないんですよ。ヒントが少ない。

「実際に壁の向こうにいる病床の母に元気を与えようと、力一杯ボールを投げている」ようにも取れるし、比喩的ですが「離婚などで離れてしまった母をイメージしながら、母と自分を隔てる壁に、壊れてしまえとばかりにボールを投げている」とも思える。いずれにせよ、少年の、何もできない悔しさを感じる気がして、いいなあと思いました。

/この歌を推薦した人 姿煮

https://twitter.com/sugartani



#31

家の鍵は置いて出かけるこの人とおんなじ家に帰ってくるから


/ ふじはる 2023年06月11日 うたの日 題 「自由詠」

https://twitter.com/Penguinjumping


同棲中でまだ結婚していないカップルが仕事か遊びに行く時なのかなと想像しました。私にも恋人がいるので、同棲したらこのような気持ちを抱くのかなと同棲するのが楽しみになりました!

/この歌を推薦した人 ゆり25卒

https://twitter.com/Moimoi_ayaka



#32

ついに店の金に手をつけた夜うしろから声がしてぼくだよのび太くん


/ フラワーしげる 歌集『ビットとデシベル』書肆侃侃房,2015年

https://twitter.com/shigeru_flower


まず衝撃である。

僕らはのび太君の小学生時代を知っている。この歌を読んだ時、彼の子供時代からこの歌の瞬間までの過程を我々は考え無いことはできない。

そしてこのドラえもんは何よりも恐ろしい存在へと変貌を遂げている。まるで裁きを下す審判のようだ。

そして僕らの思考はのび太をこのような行動に向かわせた日本社会のあり方へと走っていくのである。

/この歌を推薦した人 ~1000

https://twitter.com/Xa3hHv6nrNjb5gV



#33

絶世の美女を助けて目が覚めて見えた壁にはカメ形の染み


/ まさけ 2023年5月うたそら第14号 

https://twitter.com/mskpompomfuwa23


8首連作「スーパーマリオブラザーズ」の7首目。まさけさんは毎号、連作を拝読するのを楽しみにしている作者さんです。どの連作の中でもキャラクターが魅力的です。現在公開中の映画を観たのか、また元々が自分で親しんできたゲームだったのか。

固有名詞がキラキラと散りばめられて、またそれを使いながら再構築して作り上げられている連作の物語の中に引き込まれました。

/この歌を推薦した人 寿司村マイク

https://twitter.com/ xHksbNR4wv1wj8M



#34

華やかな祭りの後に目をあけたケしか知らない平成生まれ


/ ミラサカクジラ 第24回NHK全国短歌大会 近藤芳美賞 奨励賞「平成生まれ」

https://twitter.com/mirasaka_kujira


祭りが華やかであるほど、それが終わった後の夜は暗く見えます。祭り=バブル時代として読むと、平成生まれにとってはその後の暗い時代がもはや日常です。「ハレ」と呼べるような社会を知らない切なさが感じられて、とても共感できる一首でした。

/この歌を推薦した人 五感

https://twitter.com/sne_5sy



#35

選挙カー2台が出会う瞬間にラップバトルが始まるといい


/ 伊藤まり 2023年1月18日うたの日お題『いい』

https://twitter.com/itomariball


実際にあったらなんて楽しいんだろうとワクワクしながら読みました。こんな素敵なことがあったら政治に興味を持つ人も増えるんじゃないか、という期待を持ちつつも社会詠的切り込みではなくあくまで淡々とユーモラスに歌い上げているところに作者の方のおおらかさまで見えてくるようです。

/この歌を推薦した人 つきひざ

https://twitter.com/northmount836



#36

決められたレールを走りたくないのなら人を轢く覚悟をしろよ


/ 宇野なずき 本人Twitter

https://twitter.com/unonazuki


はじめてこの短歌を見たとき、ものすごく衝撃だったのを覚えています。なるほど、人生ってそういうものなんだなと

/この歌を推薦した人 Yella.

https://twitter.com/Yelladd2206



#37

できるだけ空を見ておくオゾン層塞がった日の比較のために


/ 永井駿 同人誌「号外」

https://twitter.com/longmemo_tanka


下の句でじわじわと込み上げてくる前向きさが好きです。

/この歌を推薦した人 星谷麦

https://twitter.com/zukki04651



#38

びしょ濡れの髪をすり寄せ水揚げの相場を小声で漁師は問えり


/ 永久保英敏 歌集『いろくず』いりの舎,2023年


漁協で働く永久保さんの職業詠。気配が伝わる臨場感がたまらない一首です。

/この歌を推薦した人 黒澤沙都子

https://twitter.com/nubatamanokkkk



#39

何百万首の歌を読みかつ選歌するためにあるのかわが生涯は


/ 永田和宏 結社誌「塔」2023年2月号月集


短歌界が震える究極の自虐ネタ。

永田先生、いつもお疲れさまです。https://note.com/midiumdog/n/n13ca05c23755

/この歌を推薦した人 中型犬

https://twitter.com/midiumdog



#40

ええいええんと降り続く雨がもうすぐやむという予感(別れだ)


/ 塩見佯 毎日歌壇(水原紫苑選)2023.5.8

https://twitter.com/genyoutei


「ええいええん」と、永遠をオノマトペにしてしまうという衝撃の手法。雨がやむ予感、というと状況の好転や救いを示唆することが多い気がしますが、主体が予感しているのは「別れ」である、というところも衝撃的でした(あるいは主体にとっての救いは「別れ」だったのかもしれません)。「(別れだ)」という括弧書きの効果もあり、切ない余韻の残る歌でとても好きです。

/この歌を推薦した人 永汐れい

https://twitter.com/rei_nagashio



#41

好きなパン、好きな廃墟を教えるね これでわたしが全部わかるね


/ 岡乃あや 2023年3月22日うたの日 題「私」

https://twitter.com/aa_ao_hs_words


初読で言葉選び、リズム感などビビッと来た短歌でした。あなたを教えてほしいと誰かに言われたとき、音楽や食べ物、映画といったもので自分を語るというのは想像できます。そのため初句の、好きなパンというのは浮かんでもおかしくないのかもしれないと感じました。がしかし次の、好きな廃墟を語ることで自分を表現するといった視点が新しくて面白いと思ったところです。パンと廃墟でわたしがわかる。パンと言っても色々な種類があってそれを教えることで基本的なことは分かるのかもしれない。そしてわたしについてより詳しい所までとなったら廃墟を教えることで深い所まで説明できるのかもと、納得感もありました。この主体はパンと廃墟で自身を語るが、読んでいるあなたは何であなたを語るの?と問いかけてくるような強さも感じました。結句で言い切っている所から、主体は自身のことを客観的に見ることができているのだろう。わたし、わかるねといった言葉がひらかれていて可愛さも感じられますが、その中にしっかりとした力強さがあると思います。すごく好きです。

/この歌を推薦した人 よだか

https://twitter.com/__nightwhelm



#42

今日持ってこなくてもいいお土産をありがとう いま食べちゃいますか


/ 岡野大嗣 歌集『音楽』(ナナロク社)P.5

https://twitter.com/kanatsumu


私の中で岡野大嗣さんが推し歌人の一人になったかつ「岡野沼」にハマったきっかけの一首です。私も友達や家族にはついついお土産を多めに持って行ってしまうのですがどこかで「これあまり持って行かなくてもいいかな?」と思うことがあります。そんな時にこの歌のような台詞を言われたら気持ちが救われるしその人にときめきを覚えてしまいそうになります。『音楽』に収録されている何気ない日常から感じたうれしさのようなものをこれからも大事にしていきたいです。

/この歌を推薦した人 つきひざ

https://twitter.com/northmount836



#43

水堀に浮かぶマフラーわざと投げ捨てられたのでありますように


/ 加藤こづ 2023年01月23日 うたの日 題「堀」

https://twitter.com/katookozu


忘れ物や落とし物を見かけたとき、胸に走る微かな痛み。持ち主は困っているだろう、幾度となくある小さな喪失に、それでも心をざわつかせていることだろう。置いていかれた物の気持ちは分からないが、どうしたって人の心情を重ねてしまう。離ればなれになってしまって、ふたつの喪失が生まれた。

水堀というもう拾えない場所に、その人を寒さから守っていたマフラーが浮かんでいる。強風に飛ばされたのか、荷物を抱え歩いてゆるんだのを巻き直そうと通りの端に寄って、手袋の手をうっかり滑らせたのか。冷たい冬の風が首を襲い肩を掠めて、心まで奪い去ってゆく。


願わくば、決意の別れでありますように。

/この歌を推薦した人 小藤 舟

https://twitter.com/kofujishu_tanka



#44

空つぽの子宮のみ在るわたくしとむなしき壁がはらはらと落つ


/ 加茂杏子 2023年4月21日うたの日 題「子宮」

https://twitter.com/nezame_2410


主体の事情はわからないけれど、でも人によっては悲しい臓器である子宮。「むなしき壁」「はらはらと落つ」に、子宮という悲しさ、月経という悲しさをしみじみと感じて心を鷲掴みにされました。

/この歌を推薦した人 美好ゆか

https://twitter.com/yuka_tanka



#45

おつかれさま インナーカラーのオレンジを見せて退勤してゆく夜空


/ 歌眠 2023年2月発行ネットプリント『宵越しの歌』

https://twitter.com/kamin_plz


1日の労働を終えて、駅までの帰路でしょうか。束ねていた髪を解いて、おそらくは最近染めた色を夜空に見せたのだと伝わりました。インナーカラー、の長音が疲れからの身体の伸びも連想させ、またおつかれさま、とも脚韻を踏んでいて爽やかに感じました。

空自体を擬人化して夕陽の比喩の可能性もありましたが、前者の解釈で考えました。好きな歌です。

/この歌を推薦した人 寿司村マイク

https://twitter.com/ xHksbNR4wv1wj8M



#46

もうひとつ雨が降ったら季節ごと君を栞にしてみてもいい


/ 賀茂杏子 きりさめ句会


こう、色々良さがあるのですが、まずは君を栞にする、というワードの強さ。ただ、文末してみてもいい、というふうにすることで柔らかな狂気が言い風に際立っています。

そして前半の文章、もうひとつ雨が降ったら、からは勢いでなく、計画的な愛にゾクッとします。不安定な情緒漂わせるセンス抜群な歌だと思います。こんな歌つくりてぇ…!!!

/この歌を推薦した人 夏西マグマ

https://twitter.com/magu_maaaa8889



#47

主人公、鼓動、足踏み、海、世界、夜、夜明け、朝、ひかり、眼差し


/ 笠原楓奏(ふーか) Twitter 4月21日

https://twitter.com/Fuka_Kasahara


「体言だけでも短歌は作れる!」ということでこちらのお歌が投稿されたのですが、特になにも説明されていないのにこれがかっこよくて、太い線画の漫画のコマみたいな展開が不思議と浮かびました。縦書きだと更にかっこいい。わたし的には逆光に主人公の背中、というイメージです。『ひかり』だけ平仮名で、ひ、か、り、の曲線がやわらかくて美しいです、こちらも何度読んでも痺れます。忘れられないインパクトがあると思います。

/この歌を推薦した人 水野ヒナ

https://twitter.com/mizuiro_cake



#48

溿にも♪バーニラ、バニラやってきて細波ひかる冬のいりぐち


/ 海野久美 結社誌「塔」2023年3月号作品2


溿(みぎわ)は、海や湖の水辺。「♪バーニラ、バニラ」は、性風俗店などの高収入求人を専門にする求人情報サイトのアドトラックが大音量で流す歌。バニラ求人のアドトラックは、繁華街で流れていることが多く、海や湖には似つかわしくないが、そんなところでも流れているバニラ求人の歌を聞きながら、主体が冬の近づいていることをしみじみと感じているのがシュール。

もしくは、実際にバニラ求人のトラックが来ているわけではなく、冬の近づく海や湖で佇む主体の頭の中にバニラ求人の音楽が流れてきて、高収入のバイトにあこがれざるをえないような自らの境遇に染み入り、寒さをより強く感じている歌、とも読めた。

すごい歌。 https://note.com/midiumdog/n/n1bc58f636bfb

/この歌を推薦した人 中型犬

https://twitter.com/midiumdog



#49

声援を受けることなく駅伝の舗道駆け行く宅配の人 


/ 菊川直樹 23年2月14日の読売新聞「読売歌壇」


称えられない日常の人への寂しさを感じた。

/この歌を推薦した人 たかやん

https://twitter.com/taaaakk4444



#50

儚さをこの身に宿し花として散りたい時に着るカーディガン


/ 吉田岬 作者Twitter 2023年3月5日投稿

https://twitter.com/yaotanka


短歌は音楽だとききました。何回も繰り返したくなる歌、繰り返すうちに浮かぶ映像が鮮やかになってゆく歌、がこの短歌だと思います。前半はなだらかに茎をのばすような流れがあって、「散りたい時に着るカーディガン」。このビビッドさ。「散りたい時に」のi音の刻みから本当に「散る」ように立ちのぼってくる「カーディガン」。調音のふくらかさと胸のボタンをひとつ止めるような「ン」の終息が美しい。この収まりの良さにもう一度読みたくなって、何度も繰り返し読んでしまうリズムの良さ。

よんでいくうちに、主体の儚さとともにある芯の強さも香ってくる。「この身に宿し」という固めの言い回しからは「花」を支えるしなやかな茎やがくの青々しさが漂ってくるし、何よりこの主体は「咲きたい」ではなく「散りたい」という願望を秘めている。そしてそれをひそやかにかなえるために、カーディガンを「脱ぐ」のではなく「着る」。カーディガンという比較的柔らかく、主役というよりは控えめな服を、自分の心に沿わせて暮らす主体はなんて魅力的なんだろう。歌を繰り返して主体に出会うたび、なんだか鮮やかに感じてくる。大好きです。

/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼

https://twitter.com/withoutSSRI



#51

佃煮はみな似たような味ですね「我」も煮込むとそうなりますか


/ 久保哲也 2023/5/16毎日歌壇伊藤一彦選特選二席

https://twitter.com/qtetu


自分とは何か突き詰めることの意味を考えさせられる歌でした。煮込んだ佃煮からは生臭さとかは消えるけれど、でもその消えてしまったものこそ「我」ではないか。一方で、煮込まれてこそ自分の持ち味が出てくることもありえて、どちらがいいか答えがでない。

/この歌を推薦した人 深海泰史

https://twitter.com/Shinkai_Taishi



#52

ためらったぶんだけ熟れる林檎まだわたしのための毒が足りない


/ 桐島あお 保留音 2023年5月21日発行

https://twitter.com/natsunoyuugata


これは『保留音』を手に入れた人だけが味わえる秘密の果実です。

なので仔細な感想はこちらには記せませんが、ひとつの独立した歌として読んでもしみじみ素敵だなぁとうっとりします。躊躇って躊躇って躊躇ってたっぷりと毒を含んだ林檎はどれほど甘いのでしょうか。

/この歌を推薦した人 新妻ネトラ

https://twitter.com/NTR_s2s2



#53

平かな石は鋭く水切ると明けの川面に妻と投げ合う


/ 金子正男 歌集『傘杉峠』


タイトルが気になってふと手に取った歌集、じんわりと沁みる生活詠に惹かれました。旅先でしょうか、休日でしょうか、平凡な毎日こそこの世界を進む切先になるという軽やかな決意と自信があって、でも全体でのんびりした風景があり、静かで強い歌と感じ入りました。

/この歌を推薦した人 夏野ネコ

https://twitter.com/natsuneko2000



#54

馬のこと考えながら寝てたでしょう鬣(たてがみ)が窓口からこぼれて


/ 九野川ゆうじ 2023年2月6日毎日歌壇 水原紫苑選

https://twitter.com/estuairebybee


おもしろくて何度も唸りました。上の句の不思議な問いかけが、下の句のさらに不思議な景によって上書きされて、上の句の言葉が不思議なまま説得力を持って、それがさらに下の句の理由づけになって不思議なまま真実味と強度を増していきました。

/この歌を推薦した人 池田竜男

https://twitter.com/tankadragonman



#55

ミンティアはかばんの底で砕け散りわたしが好きなひとだけ生きろ


/ 弦澤ナオ 2023年3月27日 うたの日 題「ミント」 

https://twitter.com/utanao4580


究極の自己愛は他者に向けられて完成します。

/この歌を推薦した人 ほのふわり

https://twitter.com/Honofuwari



#56

泣いているある時点から悲しみを維持しようとする力まざまざ


/ 工藤吉生 歌集『世界で一番すばらしい俺』2020短歌研究社


沈んでいた悲しみから、別の方向に感情が切り替わる瞬間があることを客観的に歌にしている視点が好きです。

/この歌を推薦した人 黒澤沙都子

https://twitter.com/nubatamanokkkk



#57

半額に命の値段下げられた事を知らずに子犬ら遊ぶ


/ 高山葉月 結社誌「塔」2023年2月号

https://twitter.com/hazuki17agosto


ペット屋さんの光景だろうか。「命の値段」という言葉に、ドキリとさせられる。「半額」という具体的な数字が生々しい。考えさせられる一首。

/この歌を推薦した人 蒼音

https://twitter.com/chari433



#58

先生のあくびを真似て笑う美沙。ウニが精子を出してる横で


/ 黒川かおる 2023年01月21日 うたの日 題『 出 』

https://twitter.com/oishiihojicha


理科室などの水槽の横という読みもあると思いますが,ウニは主体の自分への比喩のように思いました.美沙の言いなりになり,射精をしている主体.美沙はそんなときに先生のあくびを真似て笑っている.先生も美沙と何らかの関係があるのかもしれません.主体の感情はウニの外殻のようにトゲトゲになり,脳みそはウニの中身になってしまう.けれど美沙にはきっと不思議な魅力があるのでしょう.美沙はカトリックのミサと重なっていて,主体の自慰も何らかの儀式として行われているようにも感じました.

句点が美沙とウニ=主体の隔たりを巧みに表現していると思います.

/この歌を推薦した人 朧

https://twitter.com/rou_tanka



#59

空のない砂漠のような日々にいて百億年の孤独のひとつ


/ 斎藤君 #イチいち ネプリ『ウロボロスの心臓』(斎藤君・夜月雨)

https://twitter.com/6699Kono


短歌はとてもさみしさと相性のいい文学だと思うのですが、このお歌をイチいちで初めて読んだ時、これ以上ないくらいに孤独を表現しているお歌だなと思って、ちょっと放心状態になりました。


まず、「空のない砂漠」という比喩のなんとさみしいこと。どこまでも砂漠が続いていても旅人たちが旅を続けることができるのは、朝陽に力をもらったり、青空を見て前向きになったり、夕陽に癒されたり、星空に祈りを捧げたり、空の力もすごく大きいと思うのですが、そんな砂漠に空がないって、何の喜びもないに等しい旅になるに違いありません。歩いても歩いても砂の色しか見えないようなそんな日々にいるという主体のさみしさ、苦しさがとてもよく伝わってきます。


また、下の句も秀逸です。「百億年の孤独のひとつ」としたことで、百億年という途方もなく長い時間の中には、孤独がいくつもあるということを言い切っているのですが、「空のない砂漠」のような孤独は主体の抱える孤独だけれど、きっと、その長い時を生きているすべての人たちにそれぞれ抱える孤独がありますよね、という優しい問いかけのようにも思えるのです。


後に、このお歌は、齊藤君と夜月雨さんが一緒に出された『ウロボロスの心臓』という、生と死をテーマにして春夏秋冬の順に短歌と俳句と詩で紡がれたネプリの夏の一首としても載っていたのですが、どんなに果てしない孤独を抱えていても、私の中に輪廻を作って生きたいと願う主体の心情に無理なく重なっていたのも素晴らしかったと思います。


今年もとても素敵なお歌が読めて幸せです。

/この歌を推薦した人 澪那本気子

https://twitter.com/mionamajikobot



#60

ほんとうに風になるのはまずいので法定速度を守ってはしる


/ 斎藤君 2023年4月20日うたの日お題『バイク』

https://twitter.com/6699Kono


魂があの世へ行かないようにきちんと法定速度を守る主体がいじらしいですしときめきます。ユーモアたっぷりに歌われている世界観に見入ると同時にバイクに乗ることを「風になる」と最初に表現した人の偉大さも感じられてすばらしい一首です。

/この歌を推薦した人 つきひざ

https://twitter.com/northmount836



#61

スーパーの無人のレジでじいさんが「今何時だ」と問いかけている


/ 斎藤君 2023年04月30日 うたの日 題「落語」

https://twitter.com/6699Kono


時そばをモチーフにしたふざけた短歌をいつか作ってみようと思っていたのだが、この短歌のおかげでやめになった

読んだ当初はシンプルに面白かったのだが、今見ると笑いの方向性は落語とそう遠くない気がする。落語なら店員が無人のレジにアフレコし始めてじいさんをもてあそぶ展開になります。

/この歌を推薦した人 深山睦美

https://twitter.com/57577_77575



#62

生きることと眠ることを同時にしている晩白柚 切れば水が零れて


/ 坂中茱萸 2023年3月10日うたの日題「自由律」

https://twitter.com/gumminocar


穏やかで悠久の時を思わせる上句から、下句で晩白柚のみずみずしさが一気に溢れてきます。この景の動きと歌のリズムが絶妙で気持ちよく、記憶に残る短歌です。眠ることが生きることとは別として(しかも同時にしているものとして!)詠まれていて、どこか納得してしまう不思議さも魅力です。眠りはこの世ではない世界へ導くイメージもあるからでしょうか。ふたつの世界に置かれた大きな晩白柚の神秘を思いました。こんな景を読んでみたいと思う一首です。好きです。

/この歌を推薦した人 塩本抄

https://twitter.com/tankanosio



#63

空自身が壊れぬように空がまだ試さずにいる一色のこと


/ 笹川諒 『ぱんたれいvol.3』(笹川諒・三田三郎、2023)

https://twitter.com/ryosasa_river


笹川さんの短歌を読んでいると、空が自制心を持った意識主体であることが、常識以前の領域にいつの間にか息づいています。その空について新たな事実を提供されて、私はその好奇心がいつ溢れるのか恐れ、また今日まで守られ続けた自律に安心もしたのですが、ただ、自壊を選択できる存在が、我々の上を覆っているという事実には、正負の方向の概念がない心の奥から、惹かれました。

/この歌を推薦した人 アナコンダにひき

https://twitter.com/two_anacondas



#64

わからなくなれば夜霧に垂れさがる黒きのれんを分けて出でゆく


/ 山崎方代 歌集『歌集方代』1950年


真っ暗で不穏な世界への心細さを内包した覚悟に、何かホッとするような思いで読みました。NHK短歌 佐佐木定綱さんの「黒」の回に引かれていて、出会えた一首。広く読まれており、その背景を知ることで深まる歌です。同時に、「わからなくなれば」の言葉の引力を持ってポンと差し出されたとき、読み手それぞれの暗闇が立ち上がるような一首の力を感じます。

/この歌を推薦した人 鳥原さみ

https://twitter.com/



#65

春の宵住むことのない惑星の自転周期を調べてみたり


/ 糸(毛糸) 2023年02月12日 うたの日 題「ことのない」

https://twitter.com/ellaella_okka


惑星の自転周期を並べて比較した動画を見たことがありますが、木星がめちゃくちゃ速かったり、金星がほとんど動かなかったり面白いです。住むことはなくても、住んでみたらどうだろう?と想像してみたくなります。自転周期が違えば生き方も精神性も変わってくるように思います。

春の宵なので、主体はこれから新生活が始まるのでしょうか。新生活への不安からの逃避とも、期待とも読めるし、もしかしたら春になっても生活が変わることはなく、少し退屈なのかもしれません。読み手の状況に寄り添ってくれるような懐の広さをも感じます。

「惑星」も火星や水星、と決められているわけではなく、わたしだったらどの惑星がいいかなと考える余地を与えてくれます。

ただひとつ、誰が読んでも、地球以外は「住むことのない惑星」なのは共通でしょう。スケールの大きさと、けれど「住むことのない」という前提で力が抜けて、どこか無重力感のある読み心地がとても魅了的です。

/この歌を推薦した人 小金森まき

https://twitter.com/koganemorimaki



#66

ありがとう夢に来てくれてありがとう船をめっちゃくちゃにしてくれて


/ 紫月海 日経新聞 穂村弘選 2022年10月1日

https://twitter.com/shizukiumi


はたして主体にとっての「船」とは何だったのでしょうか。船は言わば、規則的に動く巨大な機械のシステムであり、大好きな人がそれを破壊してくれた、そういった想像をしました。

夢に出るまで会いたかった人が、「船」まで壊してくれるなんて、これはもう青天の霹靂です。人にとって様々な「来てくれる人」がいて、思い浮かべる「船」もあるのではないでしょうか。例え終わってしまう宿命にある夢だったとしても。

紫月海さんが思い浮かべる「船」はなんだったのか、短歌を通してもっと知りたかった気持ちが残っています。

/この歌を推薦した人 やわらかおばけ

https://twitter.com/orange_adabana_



#67

閑暇あれば蒸しまんぢうをフランス語つぽく発音す妻と競ひて


/ 寺阪誠記 #まな板杯 【まな板大賞(丸)】長井めも選 2023.1.29

https://twitter.com/teratanka


https://twitter.com/longmemo_tanka/status/1619544367685042176?s=46&t=kIV3voW76BSHCuGPDtGLMw

(長井めもによるコメント)

/この歌を推薦した人 天野うずめ

https://twitter.com/uzume_no_hijiri



#68

「あかるいね、性格」「まあね(本当は自分をちぎって燃しているだけ)」


/ 柴田葵 歌集『母の愛、僕のラブ』2019年12月16日発行(※初出は「うたらば」投稿)

https://twitter.com/hellothisissbt


Twitterで不意に流れてきていっぺんに好きになってしまった歌です。

「これ私のことだ」と思わせる言葉はどんな形の創作であれ強い。

外行きの自分と本当の自分を分けているのはほとんどの人に当てはまるのではないでしょうか?中には無理をして理想の自分を演じている人も少なからずいるでしょう。

思えば普遍的なテーマですが、それをピタリと言葉で表現できる力を持っている人は少ない。嫉妬すら覚えます。わたしが詠むべき歌だったのに!そのくらいの共感性を孕んだ歌だと思います。

/この歌を推薦した人 新妻ネトラ

https://twitter.com/NTR_s2s2



#69

朝、東、夕、西、ときに頷いてあなたはためす夢の実験


/ 芝澤樹 毎日歌壇(加藤治郎選)2023.4.24

https://twitter.com/ka_sa__ne


夢の実験!なんと魅力的な言葉なのでしょう。芝澤さんの詠まれる歌は(この歌も含めて)どれも幻想的で儚げで、いつも新作を読むのが楽しみなのですが、掲出歌は特に、紙面で読んだときに「わたしが書きたかった…」と思ったくらい大好きな歌です。

/この歌を推薦した人 永汐れい

https://twitter.com/rei_nagashio



#70

外に出て夜風に触れて思い知るこの心臓も熱源である


/ 若杉有紀 歌集『Gateway Drug』私家版,2023 

https://twitter.com/May_Rock_2096


2023年1月に出た私家版歌集。あまりに素敵な出来栄えで当時わたしも私家版歌集を出そうと思っていましたが、今じゃないなと思わされました。いい歌たくさん収録されていますが、この一首は情熱を感じてとても好きです。みんなひとつは持って生まれた心臓が熱を持っていること、わたしのそれもそのひとつだなと熱を帯びます。

/この歌を推薦した人 真野陽太朗

https://twitter.com/kuroinogaboku



#71

銭湯で栗原類と又吉に同時にふり返られて目が合う


/ 寿司村マイク 2023年4月16日うたの日題「類」

https://twitter.com/xHksbNR4wv1wj8M


見た瞬間「うぅーわ」と感嘆の声が出てしまいした。衝撃でした。この歌は言ってしまえば、あり得ない景なんですが、スローで髪の長い両氏が振り返ってくる様子が鮮明に浮かんできます。夢のような、映画のワンシーンのような光景です。ゼロから創造で、しかも31文字でこのようなシーンを思い起こさせるこの歌はもはや恐ろしささえ感じます。ずっとこの光景が2ヶ月経った今でも頭にこびりついてます。歌の共感性や奥行きという次元を遥かに飛び越え吹っ飛ばしてます。間違いなく上半期No.1です。

/この歌を推薦した人 ハリお

https://twitter.com/ZtsU3o



#72

生牡蠣はくちゆくちゆと鳴る心臓を見せたままでもミルクといふの


/ 小羽 ネットプリント「ダークサイドアパートメント」連作『真珠貝』より

https://twitter.com/kohane_ne


牡蠣の心臓は貝柱のすぐ下にあります。牡蠣を食そうというとき、我々は牡蠣の貝殻をこじ開ける必要があるわけですがこの作業の際に大半の牡蠣は傷つけられて死んでしまうのです。しかしながら業と申しましょうか、人間は、こと日本人というのは美食のためならなんだってする生き物なのです。ええ、そうです。活け作りです。心臓を傷つけぬよう細心の注意を払って開かれた貝を見ると心臓が動いているのです。そして職人はこうすこし自慢げに言うのです。「どうです、心臓が動いているでしょう?これを食べたら死んだ牡蠣など食われませんよ」と。

/この歌を推薦した人 吉田岬

https://twitter.com/yaotanka



#73

しやがんでを沈んでと云ふ吾子のゐてここは光の透るみづうみ


/ 小金森まき 本人Twitter

https://twitter.com/koganemorimaki


「しゃがむ」と「沈む」は音が似ているだけでなく、下の方に向かう動きの方向性も似ているから、子が言い間違えたのだろう。しかし主体は子の間違いを間違いとして正すのではなく、むしろ子の言葉に沿って世界を解釈し直す。そのとき、何の変哲もない地上から見慣れた風景は消え、そこは湖の底に変わる。湖面の上から差し込む光が、スポットライトのように母と子の姿を映し出す。

子は、例えばまっしろな砂の上に小さな蟹を見つけるかもしれない。そうしたら、母は子の傍らにしゃがんで、子と同じ目の高さでその蟹を見るだろう。母と子を照らす光は、水が揺れるのに従ってゆらゆらと揺れるだろう。そこは、母と子のほかに誰もいない、外の音さえも聞こえない、ふたりだけの世界なのだ。

/この歌を推薦した人 てぃも

https://twitter.com/timo_0912



#74

ビーカーの水平線を読むときは息継ぎにきたくじらの目線


/ 小泉キオ #うたの日『 カー 』

https://twitter.com/kiokoizumitanka


小学生が理科の実験で液体の体積を測っている様子と読みました。主体が真剣な眼差しでミリ単位の測定をしている瞬間を、くじらの目線というスケールの大きなもので例えられている点に心惹かれました。

/この歌を推薦した人 真 木 柱(ま き ば し ら)

https://twitter.com/maki__bashira



#75

昼顔のかなた炎えつつ神神の領たりし日といづれかぐはし


/ 小中英之 歌集『わがからんどりえ』(1979年) (新鋭歌人叢書)


/この歌を推薦した人 小金森まき

https://twitter.com/koganemorimaki



#76

神風(かむかぜ)の 伊勢の海(わた)をも まして俺 八百万(やおよろず)にも 神すら斬らる


/ 松嶋豊弐 本人Twitter

https://twitter.com/MatsushimaToyo


力強くかっこいい

/この歌を推薦した人 たかやん

https://twitter.com/taaaakk4444



#77

食べかけのアイスばかりの冷凍庫  ただしくなくてもたのしくいたいよ


/ 上坂あゆ美 歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』書肆侃侃房,2022年


上坂さんといえばもうとっくに有名なのですが、色んなうたがある中でこれを推しています。前半を聞くと、ただの自堕落な感じがするのですが後半ひらがなで綴られる文面にぐっときます。ただしくない、のは分かっててその上でのたのしくいたいよ。

なにか切ない雰囲気に何度も共感しました。泣いてた夜に出会えて救われました。上坂さんが好きだー!!

/この歌を推薦した人 夏西マグマ

https://twitter.com/magu_maaaa8889



#78

来世には君を口説くよ人生は輝きながら廃墟の形


/ 森本平 NHK短歌 2023年3月号掲載(歌集『モラル』収録歌)


読んでいると泣きそうになる歌です。一読して好きだと思いました。

/この歌を推薦した人 ナカムラロボ

https://twitter.com/nakamurarobot



#79

こんなときプリキュアが来ておかしいよ!怒鳴るなんてと言ってくれたら


/ 深山睦美 短歌誌「うたそら」第13号『やさしいプリキュア』

https://twitter.com/57577_77575


この歌を思い出しては、「そーだそーだ!」と合いの手を入れたくなる(心の拳を突き上げて)。

主体はプリキュアをとっくに卒業した年齢で、社会のなかで理不尽な怒号を浴びたりしているのだろう。そして相手に対して「ダメだ…この人には何ひとつ伝わらない…」と呆然としたり、自分の無力さに震えたりするのだ。

さぁ、そんなときはプリキュアを呼ぼう。あの善悪を迷いなく両断する真っ直ぐな瞳で、滑稽なくらいの正論を放ってくれたら。たら、れば、たら、れば。助けてください。

/この歌を推薦した人 北谷雪

https://twitter.com/kitaya_misomiso



#80

愛を知りたいなら猫を飼いましょう それでダメならもう知りません


/ 仁尾智 歌集『仁尾智 猫短歌集 いまから猫のはなしをします』(エムディエヌコーポレーション)

https://twitter.com/s_nio


自作で下記の歌を作りました。仁尾さんにお見せしたらなんておっしゃるかなってずっと思ってました。お聞きできなかったけど仁尾さんの歌集のこの短歌にその答えを見つけたなと思った一首です。クロスカウンター直撃みたいに気持ち良かったです。他にも素敵な短歌ばかりあってこの歌集とても良いのでみなさんにご紹介したいです。


猫さえ飼えば埋まるだろうか 住みやすい街に暮らしてひとつ足りない/真野陽太朗

/この歌を推薦した人 真野陽太朗

https://twitter.com/kuroinogaboku



#81

一限に出る気あるやつかかってこい今夜総てを教えてやっから


/ 須能がる↑ Twitter 2023年1月15日 

https://twitter.com/sunou_garu


ぱきん、と薄氷を割る音がしそうなくらい痛快な短歌です。勉強とは退屈なもの、というイメージを全て塗り替えてしまうくらいの勢いの良さ。この短歌のように、本来、学校の授業の本質は、生徒の生き方を変える革命であって欲しい。自分もこういう先生がいて欲しかったです。

/この歌を推薦した人 やわらかおばけ

https://twitter.com/orange_adabana_



#82

アンガーをマネジメントできるわけねえだろ俺の怒りをなめるな


/ 水口 夏 本人twitter, 2023/03/20

https://twitter.com/summ_conc


今twitter上で見るたびにぐさぐさ刺さってくるのは圧倒的にこの方の歌です。ひとつに絞るのはむつかしいですが、怒りの表現に心服しているのでこの歌を選びました。

/この歌を推薦した人 空飛ぶワッフル

https://twitter.com/flyingwaffling



#83

ドラえもん覆水盆に返してよ無理ならなんか拭くやつ出して


/ 水口 夏 本人twitter

https://twitter.com/summ_conc


この作者の良さを説明していたらこのコメントをスクロールする指であなたの指紋がなくなってしまう。スクロールするなら夏さんの #tanka を遡って欲しい。どう、好きですか、わたしは大大大好きです。

/この歌を推薦した人 キニー・コーヴェル

https://twitter.com/kinee_tapioka



#84

「前へならえ」腰に手をやる誇らしき我が子よお前が基準なのだね


/ 水沢穂波 短歌の日ネプリ

https://twitter.com/3hohenheim


誇らしく腰に手をやるお子さんと、それを見つめる親御さん。二人の間に直接のやりとりは無くとも、大きな愛が感じられて、一目見て「好き!」と思いました。

/この歌を推薦した人 如月十

https://twitter.com/toh_kisaragi



#85

加藤おまへだけぢやないのだ會澤の唾液の甘さを僕も知つてる


/ 水沢穂波 2023年3月14日Twitter人魚の羽杯

https://twitter.com/3hohenheim


とにかくすべてが格好良かったです。加藤と主体の関係、會澤の風貌、想像が膨らんで読んだ瞬間に頭の中で物語が始まるお歌でした。

/この歌を推薦した人 美好ゆか

https://twitter.com/yuka_tanka



#86

愛とかは無くて一緒の星にいて息のしやすいわたしでいたい


/ 瀬生ゆう子 suiu 

https://twitter.com/yo3eku1so


現実を美化しすぎない中にも確かに光があるような気がしてとても好きです。

/この歌を推薦した人 星谷麦

https://twitter.com/zukki04651



#87

軌道跡を辿れば五十年ずっと伐られる朝をまつ檜たち


/ 西鎮 鉄道短歌春報5

https://twitter.com/xi_zhen_ivUT


廃止となった木曽森林鉄道を詠んだ連作より。伐られる朝をまつ、という表現にハッとさせられた。そこから、檜が凛と立つ姿を想像した。神々しさすら感じたのではないか。生命の力よ。

/この歌を推薦した人 蒼音

https://twitter.com/chari433



#88

てりたまはたま切れ なぜか戦争が終わらない春、物価高、春


/ 青蒼紺碧 2023/3/25 うたの日『マクドナルド』

https://twitter.com/4DifferentBlues


2023年、春

物価の優等生の異名を待つ玉子までもがインフレの波に飲まれ、あらゆる外食チェーンから玉子が消えた。

心のどこかで「教科書の中の出来事」と思っていた戦争は現実になり、ロシアとウクライナの戦いも終わらない。

最近、何かおかしい。近頃はそんな感覚がずっとある。


この歌はたま(玉、弾)の言葉遊びを含んでいたり、全体的にちょっと呑気な雰囲気なのだけれど、目の前のおかしな現実を受け止めかねているような印象も受ける。ひとつひとつの出来事を確かめるような、どこか心許ない「春」のリフレインを、わたしは何度も思い出している。

/この歌を推薦した人 北谷雪

https://twitter.com/kitaya_misomiso



#89

雪がまだ残るところはよごれてる恵まれている自覚が自傷


/ 石原健 Twitter2023.1.13

https://twitter.com/archive_kenishi


「恵まれている自覚が自傷」、ずっと言葉にできなかった心を言語化してもらったようで衝撃を受けると同時に救われました。上句もこの下句にぴったりで美しく、大好きな歌です。この歌が含まれる石原さんの連作「首都の滑落」には好きな歌が沢山あり、どれを推薦しようか迷いましたが、もっとも心で反復することの多いこの歌にしました。

/この歌を推薦した人 永汐れい

https://twitter.com/rei_nagashio



#90

湯あたりを冷まそうとして手をかけた岩ではなくてこれは老人


/ 石川真琴 2023/5/13放送 NHK文芸選評テーマ「旅」

https://twitter.com/shinkin_memo


手をかけたのが岩ではなくて老人だったという展開に驚きました。でも意外と老人は、岩のように泰然自若として受け止めてくれそうです。裸の付き合いと言いつつ、実際の温泉では他人にそんなに気を許せないものですが、頼り頼られる関係になってしまった奇跡。

/この歌を推薦した人 深海泰史

https://twitter.com/Shinkai_Taishi



#91

落下する檸檬の種を見届けてあなたはそっと話しはじめる


/ 早月くら 2023.3.19 東京歌壇東直子選 特選一席

https://twitter.com/k_hayatsuki


檸檬の種は割とゆっくり落ちてゆくような気がします。そこに焦点を当てることで世界が少しスローモーションになる感覚があり、不思議な魅力を感じました。とても好きな歌です。

/この歌を推薦した人 吉村おもち

https://twitter.com/mechanobiru



#92

世界観を力説してる吹き出しの真裏で君とセックスしたい


/ 仲内ひより 短歌とイラストのzine『宇宙はいつだって夜』(イラスト:魚須えり子)

https://twitter.com/hiyoritte


真実を真実だって主張してうそっぽくなってしまった吹き出しの真裏で、一番ふざけているようで一番まじめなセックスをしたくないですか、俺はしたいです。ぶち壊したい、茶番をひっくり返したい。世界観なんて説明されて認識するもんじゃない、俺の感じている世界が真実の世界だと自分にわからせるために。

/この歌を推薦した人 キニー・コーヴェル

https://twitter.com/kinee_tapioka



#93

ぶっ倒れていればおなかに乗りに来る猫よ わたしは猫の乗りもの


/ 大引幾子 結社誌「塔」2023年2月号月集


猫至上主義短歌。「わたしは猫の乗りもの」という歯切れのよさに猫への絶対服従が示されている。「ぶっ倒れていれば」も衝撃的でかっこいい。https://note.com/midiumdog/n/n13ca05c23755

/この歌を推薦した人 中型犬

https://twitter.com/midiumdog



#94

ソナチネ その春なにもかもやめて君と観にゆく都市のほろびを


/ 湯島はじめ 2023年4月4日 suiu

https://twitter.com/hajime_yu11


都市の「ほろび」を一緒に見に行く、という退廃的なテーマを詠んでいるにも関わらず、それを重く感じさせず、むしろ軽やかに感じさせる歌です。それは一つ一つの言葉が定型よりも短く刻まれることで生まれたリズムの良さによるところが大きいと思います。詠み込まれた「ソナチネ」を思わせ、短歌が「歌」であることを思い出させるような、そんな力を持った短歌です。

/この歌を推薦した人 かきもちり

https://twitter.com/kakimochiri



#95

おかあさん大好き ひとりで母になる前のあなたを助けたかった


/ 鳥さんの瞼 2023年01月28日うたの日 題『 矛盾 』

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鳥さんの瞼さんの短歌は切ないけれど愛しさを感じるものが多く、印象深いものがたくさんあるのですが、こちらの短歌も一読して心の深い場所に刺さった一首です。

ひとりで母にならざるを得ない状況がどんなものだったのか様々な想像ができますが、主体は自分のために母になることを選んだ母親に深い愛情と敬意を感じていることが、ひらがなで開かれた「おかあさん」から伝わってきます。(純粋無垢なこどもの頃のまま愛情表現をしているようで胸を打たれました)また、もしも主体がまだひとりの女性であった頃の母親を助けた場合、主体の存在はどうなるのか想像が膨らみます。主体の存在も母親への愛も、ひとりで母にならなければいけなかった(=つらい状況を乗り越えなければいけなかった)母親がいてこそのもので、その母親を助けてしまえば主体自身が存在しなくなってしまう可能性もあり、「矛盾」という題を消化しつつも非常にドラマチックに詠まれていると思いました。

/この歌を推薦した人 睦月 雪花

https://twitter.com/mu_tsu_ki_s



#96

巻き貝のなかを明るくするように母は美大はむりよと言った


/ 鳥さんの瞼 短歌の日ネプリ

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(初出は昨年の秋かと思いますが、そのあたりに関係なく推したかった一首です。)この母親は娘を愛しているのだと思います。だからこそ〈巻き貝のなかを明るくする〉優しさで主体に接するわけです。その切実と輪廻。

/この歌を推薦した人 西鎮

https://twitter.com/xI_zhen_ivUT


巻き貝のなかを明るくする程度だから決してギラギラな光ではないはずなのに「むりよ」という言葉が抜け目なくしっかり刺さってくるおそろしさ。ひらがなで書かれているのもなお恐ろしい。母という存在の大きさが感じられ、柔らかい言葉選びなのに強い圧迫感を感じました。

/この歌を推薦した人 如月十

https://twitter.com/toh_kisaragi



#98

ぶっかだか 何かがここにもやってきて私の頑張り屋さんが潰れた


/ 鳥さんの瞼 ネットプリント「ダークサイドアパートメント」連作『粉チーズが高い』より

https://twitter.com/withoutSSRI


「ぶっかだか」 このひらかれ方に非常に恐ろしさを感じました。鳥さんの瞼さんの作品の特色として平然とそこらにある普通の名詞を組み上げて恐るべき密度の景を見せてくださること、そして跳躍の妙があるように思います。その2点がこの歌にも非常に反映されており今年の短歌として(とても迷いつつ)推させていただきました。ぶっかだか、物価高をひらがなにひらくことにより物価高をより得体の知れないもの「何か」として描いている。私の頑張り屋さんが潰れた、まるで俯瞰しているような視点がさらにおそろしいです。私と頑張り屋さんはおなじ私のはずなのに別の生き物のようです。私の頑張り屋さんが潰れたのを眺めているのは頑張れない私なのかもしれません。頑張れない私には物価高がなんだかもわからない、本当にこわい歌でずっと頭に残っています。

/この歌を推薦した人 吉田岬

https://twitter.com/yaotanka



#99

下心だって心だ未勝利のサラブレッドのように駆け出す


/ 哲々 2023年03月12日 うたの日 題 「心」


風や体温、光る汗の鮮烈なイメージに圧倒されます。あれこれ定義することで自分を誤魔化したり、誰かを納得させようとしたり。それを否定するというより、抱えたままで「駆け出す」宣言のように読みました。その強さが「未勝利のサラブレッド」の可能性と手を繋いでいるように感じて、とても好きです。

/この歌を推薦した人 鳥原さみ

https://twitter.com/



#100

泪(なみだ)とは血で、だから目は切り傷で、だから目を見て話したかった


/ 藤井 2023年04月25日 うたの日 題『傷』

https://twitter.com/hicrown


優しいんです…発想から『だから』の重複まですべてに無駄がなくて、ああ、そうか、そうなんだ、と何度も繰り返し読んだり、お風呂で呟いてみたりして、自分のなかにこの藤井さんの短歌が沁みてきた時に、わたしも一瞬だけ優しい人間になれた気がして、胸がきゅっとなりました。目を見られることが怖いと感じる時もあるのはこれが傷だからなのかもしれなくて、自分に落とし込むことでとても素敵に光る一首でした。

/この歌を推薦した人 水野ヒナ

https://twitter.com/mizuiro_cake



100〜〜!



#101

泣くときに泣く意味のことかんがえて わたしを壊してくれてありがと


/ 藤宮若菜 歌集『春だったわたしたちへ』私家版,2022年

https://twitter.com/___wknf__


下の句が大好きです。壊されていることに感謝する主体がまっすぐで怖くて切ないです。

/この歌を推薦した人 さんと

https://twitter.com/knm_mgmg



#102

多摩川を越えて春蝶とべる日の戸籍係に列できている


/ 藤島秀憲 『ミステリー 藤島秀憲歌集』


市役所でもなく、市民課でもなく、戸籍係という具体のレベル感がよい。まるで、花畑に戸籍係がぬっと現れたような、まぶしさがある。

/この歌を推薦した人 山名聡美

https://twitter.com/stm_ymn



#103

つぼみひらきて裏返るまでひらけるを夜の玄関の百合は筋肉


/ 内山晶太 歌集『窓、その他』(書肆侃侃房、2023)

https://twitter.com/uchibach


花びらの薄さの中に確かにある量感をびちりと言い当てられたような気がしました。景の美しさ、可憐さとは裏腹な「裏返る」というグロテスクでもある表現がそのまま歌を読む私の意識の動きのようにまで感じられます。夜を押し開けてゆく百合の些細かつ決定的な力について思いを馳せ、いつの間に花に対する畏怖を持ち始めていることに気づきました。

/この歌を推薦した人 アナコンダにひき

https://twitter.com/two_anacondas



#104

韻律のさやかな波に乗りながらあなたの喉を旅立つことば


/ 波止場裕 2023年02月17日 うたの日『 韻 』 

https://twitter.com/you_7310


お題の詠み込みに加えて、aaaと韻を繰り返し繰り返し踏み、最後もa音で締める。難しい題へ、技術と詩情の両方がある歌を返したのに感動しました。

/この歌を推薦した人 寿司村マイク

https://twitter.com/ xHksbNR4wv1wj8M



#105

一針ずつ刺繡のごとく生きていてみんなみんな表は華やか


/ 樋口直子 2023年2月20日 読売歌壇 俵万智選 第一席


一読して、何て鮮やかで励まされる歌だろうと思いました。裏ではなく表を詠まれていることで、裏側を想像させられるだけでなく、私も含めたみんなが必死に繕って「華やか」に見せている表の生き様も丸ごと肯定されたような気持ちになりました。人生を刺繡だと思えば、不器用な失敗もときに誤魔化しつつ、少しずつ生きて進んでいけそうです。

/この歌を推薦した人 飛和

https://twitter.com/hiwa_towa



#106

僕が生き急ぐと君は面白がって付き合ってくれる ダメじゃんか


/ 不凍港 歌集『不凍港』私家版第(恥露離庵刊),2023年

https://twitter.com/minato_futou


「生き急ぐ」「付き合ってくれる」と、動詞にたっぷり含まれる青春の香りが好きです。生き急ぐとしても、退廃的に生きるとしても、面白がって付き合ってくれる存在は掛け替えのないものと感じます。恋人だったり友達だったり、関係性は自由に読んで良い余地なのかなあと思ってます。結句では主体の方が止めるんですけど、その温度感もちょうどよく思えます。ダメじゃんかって言いながら一緒にいるのが幸せなら、これに勝ることはないのかもしれません。

/この歌を推薦した人 姿煮

https://twitter.com/sugartani



#107

青空をずっと見ていた地面からネモフィラが咲く 共鳴として


/ 文野やよい 本人Twitter

https://twitter.com/fumi_no_yayoi


空を見上げる地面が目線を切らずずっと青さを見上げている。そして、青を綺麗だと思うから共鳴して空に似た青いネモフィラを咲かせるってめっちゃ良いなと思いました。字開けがあることによって空と地面の隔たり、向き合うイメージができたのと、共鳴として咲くまでの時間を感じられてとても良い一首だと思いました。

/この歌を推薦した人 真野陽太朗

https://twitter.com/kuroinogaboku



#108

直らない寝癖のようで将来の夢を今でも撫で付けている


/ 峯ひろき 2023年5月23日うたの日 題『寝』 

https://twitter.com/mine_tanka


直らない寝癖は本当に厄介なもので、どうしてそんなに頑なに直らないのかとイライラさせられますし、時間をかけて直してもまたおかしな方に癖が出てしまったりと、私自身も困らされた覚えがあります。そしてこの短歌では将来の夢=寝癖のように厄介なものであると明示されつつも「今でも撫で付けている」ことから、主体にとっては完全に諦めきれない大切なものでもあるのでしょう。人間臭い心の機微がさらりと表現されており、誰でも共感できる比喩の分かりやすさも相まって心にスッと入ってくる、とても好きな一首です。

/この歌を推薦した人 睦月 雪花

https://twitter.com/mu_tsu_ki_s



#109

戦争がなければ生まれない歌で合唱団はひとつになった


/ 峯ひろき 2023年5月11日 うたの日 題「自由詠」

https://twitter.com/mine_tanka


景の普遍性と、暗示されるメッセージの強さ。シンプルかつストレートですがしっかり刺さってくる。

/この歌を推薦した人 西鎮

https://twitter.com/xI_zhen_ivUT



#110

ああ何が私を私たらしめる吹くことで風と呼ばれるのなら


/ 北山順子 結社誌「塔」2023年1月号

https://twitter.com/jk31and31


風に形は無い。空気が動くことで初めて、風と呼ばれるということに、主体が自身を重ねている。「ああ」の詠嘆から入って、その事実に触れていく構成が巧み。自身の存在意義とは、悩ましいことだ。

/この歌を推薦した人 蒼音

https://twitter.com/chari433



#111

山盛りのポテトは崩れ女らの焚き火の跡を残すファミレス


/ 北谷雪 NHK短歌入選一席 佐々木定綱選 2023年2月26日

https://twitter.com/kitaya_misomiso


強烈なインパクトがあり一瞬で忘れられない歌になりました。太古から女らは男の留守には集って焚き火を囲んで賑やかに情報交換をしていたのでしょう。マンモスの原っぱが浮かんできました。北谷さんのお歌はどれも発想がとても豊かでいつも驚嘆しています。

/この歌を推薦した人 小野小乃々

https://twitter.com/aurora_konono



#112

生活をやめるのですかその紐で何度もきみに蝶をあげたい


/ 霧島あきら 2023年05月06日 うたの日 題 「紐」

https://twitter.com/kirishima2325


紐で作った蝶は、まったくと言っていいほど生活や人生の中で役に立つ時はないでしょう。自死をのぞむ人に与えるものとしてはあまりに弱い。けれどそれは子どもが親や友人のために作るメダルのような明るさがあります。私にとってこの短歌自体が紐でられた蝶そのものです。

/この歌を推薦した人 小松百合華

https://twitter.com/komatsu_yurika



#113

さようならパンダそれからあなた もうふさわしい場所に返さなければ


/ 霧島あきら 2023年4月17日うたの日 題『パンダ』

https://twitter.com/kirishima2325


まず、パンダという題からこんなに切なく美しい一首を詠まれているのが凄いと思いました。「ふさわしい場所に返す」という行為がパンダを元の国に返すということならば、主体はあなたをどこへ返すのか。あなたは別の家庭がある人とも考えられますし、主体とは格差のある家柄の人、あるいは芸能界のようなきらびやかな世界で生きている人なのかも…と、様々な想像が広がります。いずれにしても主体はあなたと一緒にいられないことを強く意識しながらも、あなたを大切にしたいと思っていることが「ふさわしい場所」という表現から伝わってきて、切なくも優しい短歌だと思いました。また、声に出したときa音の柔らかい響きが心地好く、この短歌をより優しい印象にしていると感じました。

/この歌を推薦した人 睦月 雪花

https://twitter.com/mu_tsu_ki_s



#114

命にも死にも気圧されるなむすめ百戦錬磨の産婆のように


/ 野川りく ねむらない樹 vol.10 p.29 第5回笹井宏之賞永井祐賞「遡上 あるいは三人の女」

https://twitter.com/nogawatomoki


連作を読む限り、主体の娘は割と幼いように感じました。幼い娘に対して「百戦錬磨の産婆」という比喩を用いることにより、祈りの力強さを感じます。とても好きな歌です。

/この歌を推薦した人 吉村おもち

https://twitter.com/mechanobiru



#115

抱かれたら抱きかえせ散られたら散りかえせないから待ってて桜


/ 優岸 作者 Twitter 2023/4/1投稿

https://twitter.com/yuuka167


愛の毀れやすさ。他者へ愛情や希求は強い力を持っていて、しかし突然砕けてしまいそうな危うさがある。それを否応なく思い出させられてしまう短歌に惹かれる。

この歌の魅力は特に転調にあると思う。

「抱かれたら」「抱きかえせ」という少し荒い言い回しの体当たりさ。乱暴というよりはずっと切実な、ひたむきな力強さを持っている。

そしてそのすぐ後にくるのが「散られたら」。「抱かれたら」の対に置かれる散るの動作は、儚く失われる肉体のようにも、ほとばしる死の間際の瞬間にも見える。

そして来るのは「散りかえせ」とリズムよく来る……と思うとすぐ、「ないから」となだれ込む。

この鮮やかな転調!沢山の句またがりから突然に足場が崩れて滑り落ちてしまうこの流れにどきっとする。愛情の引き返せなさ。失われやすさ。

しかしこの歌は同じくらい強い。この主体は「待ってて桜」と手を伸ばすことができる。愛の毀れやすさは、その脆さと同時に同じくらいの強さ、強い輝きを持っているのではないか、と思える。大好きです。

/この歌を推薦した人 鳥さんの瞼

https://twitter.com/withoutSSRI



#116

消えないで、すりこぎ棒に染みついた蓬の色も祖母がいた日も


/ 葉村直 NHK短歌 2023.4.16放送 吉川宏志選「春の草」一席(NHK短歌テキスト6月号p.78)

https://twitter.com/nao_hamura


祖母が使っていたすりこぎ棒の情景が思い浮かびます。消えないで、に託された主体の思いに泣いてしまいそうになりました。とても好きな歌です。

/この歌を推薦した人 吉村おもち

https://twitter.com/mechanobiru



#117

眠ってる間に光が染み込んでいるから骨は満月の色


/ 林ねんね 2022年06月05日 うたの日 題『満』

https://twitter.com/nenne1224


うたの日で選歌をして送信フォームを押すとランダムで短歌が一首現れますが、その時に偶然出会えた大切なお歌です。当時は生活と頭がぼんやりしていたのですが、まさに満月の光のようなやさしさを放つこの一首が忘れられず、すぐに林ねんねさんのTwitterアカウントへご挨拶&フォローをさせていただきました。一句ずつ噛み締めながら短歌を読めたことが久しぶりで、本当に嬉しかったんです。骨にまで染み込むほどの光をどうしてやさしく思えるのか考えた時に、染みる、染めるではなく『染み込む』、三日月やただの月でなく『満月』であること、そして『眠ってる間』という人間のいちばん無防備で安全な瞬間のことだからだと納得して…言葉の置き方や選び方にねんねさん自身のやさしさを感じるというか、そういった部分にとにかく惹かれる一首でした。わたしの骨も満月色ならいいなぁ、と思います。

/この歌を推薦した人 水野ヒナ

https://twitter.com/mizuiro_cake



#118

はるのゆき 少女のやうな少年に一度生まれてみたかつたこと


/ 川野芽生 Otona Alice Book#1 2022年9月18日発行

https://twitter.com/megumikawano_


ロリータとは生き方のことである。そんな名言を思い出させてくれる一冊の中からとびきり心に響いた一首を選びました。

永遠の少女である為に『女性』という性を切り離して考えてみる。

乃木坂太郎氏の漫画『幽麗塔』で体と心の性別の違う登場人物が出てきます。そこでは「お前は永遠の少年でいられる」という台詞があります。体が男性でないから欲にもしがらみにも囚われない、純粋たる少年でいられるというニュアンスで話が続きました(ネタバレ防止のため曖昧にします)

永遠の少女を求める女性が一度は求めるのが「少女のような少年」なのかもしれません。ただ、もちろん「少女のような少年」にも葛藤があります。彼は少女のようであって体としては少女ではないのだから。水をたっぷり含んだはるのゆきは切なく儚い。

/この歌を推薦した人 新妻ネトラ

https://twitter.com/NTR_s2s2



#119

こちらから入れた切符があちらから出てくる イルカショーの速さで


/ 鈴木ジェロニモ 第一回粘菌歌会賞 最終候補作「イルカショー」

https://twitter.com/suzukigeno


まず、お詫び申し上げたい。鈴木ジェロニモさんは連作「イメージ」で「第一回粘菌歌会賞」をばっちり受賞されているにも関わらず、最終候補作「イルカショー」から推薦歌を選んだことを…。だってTLでたまたま出会ったこの歌が大好きだったから…。

近頃は体感する機会のほとんどない、あの、“切符がヒュンッと吸い込まれて、ピュッと顔を出す(まさに顔を出す感じなのだ。切符はとても小さいのだ)”ときのワクワク感を一瞬で思い出すことができる素晴らしい歌だ。あの動作も、このワクワクも、たしかにイルカショー…ふふふ…考えれば考えるほどイルカショーだ…たのしい…。

近い将来、紙の切符なんてものは教科書の文化史ページで見かける程度の存在になると思う。その暁には、この歌も一緒に残したらいいよ。短歌でしか、あのワクワクは残せないんだよ。

/この歌を推薦した人 北谷雪

https://twitter.com/kitaya_misomiso



#120

再生▷はくりかえす過去どのゆびできみに触れても別れる朝に


/ 鈴木精良 2023年3月27日毎日歌壇 加藤治郎選(特選二席)

https://twitter.com/fufunag


どうやっても最早戻すことはできない、別れの事実が記号に込められていて、主体の哀しみが静かに胸に響きました。どのゆびで、があまりに切実です。主体があらゆるifを想像して過去をたぐっている姿が浮かびます。結果が同じであることは分かっているはずなのに、きみに触れた指がひとつ違っただけで違う世界線へ行けたのではないかと、主体と共に回想してしまいました。歌の技術やワードチョイスもさることながら、この切実さがたまらなく好きです。

/この歌を推薦した人 塩本抄

https://twitter.com/tankanosio



#121

酢水へとさらす蓮根のうす切りの穴を朝(あした)の光がとおる


/ 服部真理子 歌集『行け広野へと』本阿弥書店,2014年


こちら今野寿美さんの『うたことば100』中の引用歌として出会いました。透明感のある美しい歌だと思いました。私にとって、はじめて自然に子音の統一の効果に気がついた歌だと思います。

/この歌を推薦した人 空飛ぶワッフル

https://twitter.com/flyingwaffling



#122

ほんとうにそのことだけをまっすぐに願えただけでいい初詣


/ 枡野浩一 歌集『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである』左右社,2022年


こんなにシンプルで美しい日本語あるんだって思って泣けました。

/この歌を推薦した人 星谷麦

https://twitter.com/zukki04651


最後までお読みくださりありがとうございます🙇‍♀️

ノミネートされた短歌やコメントへの感想は Twitter #今年の短歌2023 もお使いくださいませ。

2023年の後半もみなさまにとって良い歌との出会いのある年になりますように🙏 

また次回の参加をお待ちしております。

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